告白と出発
一先ず一件落着したところで村人達は各自解散した。百にも及ぶ盗賊の死体処理や日課となる決まった仕事があるからだ。それでも嫌々取り組む者は誰一人として見当たらない。
今夜は盗賊に渡すはずだった食料で宴会を開くんだと。それが楽しみだからなのか、昨日と変わらぬ痩せ細った体型にも関わらず、暗かった雰囲気は完全に霧散しており、表情は生き生きとしていた。
俺はというと、宴会の誘いを断った。長々と夜まで滞在する気はない。盗賊の件を国や都市に知られる前に去るのが一番だ。この村の者ではない俺が潰したとバレてしまう可能性がある。
バレること自体は別に構わないが、それは【ウルファス王国】の領土を抜けてからが好ましい。今バレることがあれば面倒事に発展する可能性だってなきにしもあらずだ。
そんなわけで、宿屋に戻った俺は少し遅めの朝食を終え、これから出発する……のだが、見送りが二人来ていた。
村人全員で見送ると言われた時は、冗談じゃないと断った。むしろ見送り不要とまで言ったのだ。しかし、全然引く気配がなかったので、代替案として見送りを可能な限り少数にしろと要求した。
……で、目の前に映る二人が見送り要員となった小柄な村長と宿屋の栗毛少女だ。
「やはり……宴会が開かれる夜まで残ることなく行ってしまうのですな? まだ何のお礼もしておらぬのに」
「馴れ合う気はない」
旅は楽しむけど多くの者達と深く交流する気はない。距離はある一定に保つと決めている。情があまり芽生えない程度の交流は、旅をするのに最低限必要なこと。
関わらないで生きていくなら山に家を建てて自給自足でもしてれば良い話だ。俺はそんな生活望まない。人生を退屈にするだけだし。
「ではせめてもの礼としてこれを受け取ってくださりませぬか」
「これは……?」
手渡された物は随分と年季の入ったずっしりとした重さのある魔法銃だった。銃口は従来の物よりも広い部類に入ると思う。
「初代村長が若い頃に五大都市のひとつ【スガンピード】で愛用していた銃。魔力弾を三倍の威力に増幅して撃ち出す代物ですじゃ」
魔法銃を専門に学べるあの都市か。にしても、三倍か……三倍は思いの外凄まじいな。
「そんな強力な銃を保持していながら、どうして盗賊戦で使わなかった?」
「躱される心配を考慮した結果ですじゃ」
銃の操作が下手ってことか? 村に使い手が一人もいないと。
俺の意見としては多少狙いが悪くても、連射さえすれば命中す――
「……連射できないのか?」
そうなら使い勝手は中々に悪い……が、村長はゆっくり首を横に振って否定した。
「魔力不足が原因ですのじゃ」
村長が言うには【アゼルーク村】の村人が保有する平均魔力量は3000。一番多い者で10000前後。
この銃を撃つには最低でも魔力が5000は必要らしい。長所短所がはっきりしてる分、使う勇気はでないようだな。
魔力枯渇による疲労感で動けなくなれば終わりだし、理由にも納得できる。確かに燃費が悪い――魔力が平凡以下の者には。
初代村長だけは特別で、生まれつき魔力に恵まれていた……が、今の村長に渡るまで誰一人として魔力に恵まれなかった。故に使い手も初代以降現れてない、とそういうわけか。
今の俺なら最高で二百発程度は撃てるな。遠距離戦では結構役に立ちそうだ。
硬く頑丈でもあるから、接近されたとしても銃で殴れそうな気がしなくもない。
「銃も初代も使ってくれた方が喜ぶでしょう。受け取ってくれますかな?」
「貰うとしよう」
これなら武器として申し分ない。ここで遠慮なんてしても一切得しないしな。
時には強欲になることも必要だ。まあ、今回の件に関しては見合う報酬だとは思う。
「それと……またいつでもいらしてくだされ。その時は最高の待遇で持てなすことを約束しましょう」
「機会があればな」
村長は俺の返答に頷き、少女の方へ向き直る。
村長は少女の肩をぽんぽん叩き耳元で何かを告げると、含んだ笑みを浮かべたまま俺に一礼し、村の方へゆっくりとした足取りで戻っていった。
少女は何故か顔を紅潮させている。大方あの村長に何か変なことでも言われたのだろう。
「あああああ、あの!」
「あが多い。落ち着いてから話せ」
異常にテンパる少女は胸に手を当て、何とか平常心を取り戻そうと大袈裟に深呼吸をしている。
「ふぅ~。耳を貸してもらえませんか?」
「こそこそ話さんでもこの場に盗み聞きする者は居ないんだが」
パッと見渡す限り人影もない。気配もまったく感じられない。
「お願いします!」
少女が頭を下げた後、あまりにも真剣な瞳で見つめてくるので、俺はため息を吐いた。
「分かった。早くしてくれよ?」
俺は後頭部をかき、足を少し曲げて少女の背に近い位置まで屈む。
「は、はい! では……失礼します」
「……」
少女は「きゃっ!?」と悲鳴を上げ、地面に顔面ダイブした。
何故なら、俺が接近途中の少女をギリギリで躱したからだ。
「ど、どうして避けたんですか!」
土で軽く汚れた少女は涙目で俺に抗議してくる。
「いやだって」
「だっても何もありません! お蔭で顔が土で汚れましたよ……」
口内に土が入ったのか、少女はぺっぺっと唾を吐いている。
「俺の勘違いじゃなければ、頬にキスしようとしたよな?」
「へ? 何のことですか? お客さんとは昨日会ったばかりですよ。わたしはそんなに軽い女じゃありません! 気を取り直してもう一度お願いします」
「分かった……」
拒否はできたが、あまりにもあっけらかんと動揺もなしに言ってきた為、俺は一応確かめることにした。
「今度は大人しくしててくださいね。じっと……ですよ? じ~っと」
「……」
何故そんなに念押しする? と思いながら黙っていると、少女の顔がどんどん迫ってくる。
やっぱり耳から少しずつ進路がズレてるぞ。目を閉じて口を尖らす意味は?
「きゃわっ!?」
俺は先程よりもギリギリで躱し、派手に転ぶように仕向けた。
勘違い野郎に仕立てようとしたことに対する特別なご褒美だ。
「勘違いじゃないんだが。一体何の真似だ?」
少女は二度目で対応力が上がってたらしく、何とか顔面を防ぎ、すぐに立ち上がって俺に詰め寄ってくる。
「大人しく頬を差し出してください!」
ついに本性を見せたな。自分を黒と証明する言葉を真っ直ぐ飛ばしてきた。
「残念だけどそれは無理だ。今朝学んだからな」
「え、何をですか?」
心当たりないみたいな顔をするな。布団の中に潜り込んできた件しかないだろ。
「お前に隙を見せたら駄目だと」
「言っておきますけど、あれはお客さんにしたのが初めてですからね! わたし本当に軽くありませんし」
「体重が重いというとこか?」
「女としてです!」
かっかしてるとこ悪いが、もちろん冗談だ。ちょっとはからかわんと俺の気が済まんからな。
「なら何が目的で俺の横に寝ていた?」
「目的というか、あれはお礼です」
「お礼?」
「昨日はお客さんのお蔭で家族は久々に幸せな笑顔を取り戻しました。そのお礼です。それにお客さんは何故か安心できました」
何だその根拠のない安心感は。俺は趣味じゃないとは言え、かなり危ない橋を渡ったと思うが。
食材のことだってただ単に腹の虫がうざったかったからだ。他意はない。
「だからあれは――」
「ミス……ですよね。だとしても勝手に感謝しますから否定しても無駄ですよ。何と言っても今日は村まで救ってくれましたし。添い寝をした甲斐は十分にありました」
少女はペロッと舌を出した後、明るく笑って見せた。
「マセガキ……」
俺は軽く睨んだ。
こんな少女にからかわれるとは不覚だ。
「な!? マセてません! こう見えてもわたし立派な十六歳です!」
おいおい嘘を言うなよ。十六歳って十三歳の間違いだろ。
本当…………なのか? あり得ない……。
「同い年……だと。そんな馬鹿な……」
「へ? お客さんってわたしと同い年だったんですか? えへへへ~、そうなんだ~」
何をにやけてるんだ。そういう面を見ると益々幼く見えて信じられない要因が増えていく。
「今年で十六だ」
「わたし今年で十七歳ですよ。わたしの方がお姉さんだったんですね。意外でした」
「…………はあ!?」
俺は自分でも驚くほどのすっとんきょうな叫び声を上げた。
さらっと今何て言った? 俺が宿屋で最初に見てからずっと年下だと思ってた少女が同い年でも驚きなのに実は一年上だと……悪夢だ。
「お客さんの人間味のある表情……貴重ですね!」
何やら少女……とはもう言えない。彼女……は喜んでいるが、俺には余裕がない。
「嘘だろ。こんなの詐欺だ。童顔で体型も平らに近くて背も百五十あるかないか、なのに……」
「む、失礼ですね。背は確かにあれですけど、体型は痩せてるだけで、正常な体型に戻れば……む、胸だって膨らみます!」
彼女はむくれて本当か嘘か判断しかねる負け惜しみに似た言い訳をしてきた。
「はいはい。改めて考えてみれば世界は広いんだしこんな不思議もあるよな。落ち込む必要はないか」
受け入れよう――このような特殊な例があることを。でなければ永遠の謎として無駄に考え続ける羽目になる。そうならない為には許容すれば良い。
「わたしの存在をさらっと不思議扱い……」
落ち込んでるところ悪いが諦めろ。俺の心の安寧を保つ為だ。
「もう言いたいことは終わりか?」
「正直まだまだ話したりないですけど……これで最後にします」
彼女の雰囲気が変わった。張りつめた空気がこの場を一瞬で支配する。
「……言ってみろ」
「お客さん……好き、です。でもわたしは引き止めません。不可能だと分かってますから。だから待ちます。いつまでも待ってますから、いつかまた来てくださいね!」
潤んだ瞳で強い気持ちを伝えてきた……が。
「無理だ。タイプじゃない」
覚悟を感じ取ったからこそ、俺はばっさりと好意を切り捨てた。
「酷いです! わたしは本気ですよ!」
彼女は俺の両手首をか細く小さな手で握り、再度想いを伝えてくる。
「事実だ。それにたった一日二日で人生の幅を狭めるな。もっと冷静になれ」
「そんなこと言って……後で後悔しても知りませんよ……?」
そう弱々しく言いながら、彼女は俺の手首からゆっくりと名残惜しそうに手を離した。
「後悔するのはお前だ。俺じゃない」
俺を好いても良いことはない。絶対に折れない覚悟を持ち続けたとしても、想いが叶う可能性については何とも言えない。
「本当に……待ってますから。わたしを好きにならなくても良いので……また来てください。わたしは名も知らないお客さんを待ち続けます」
彼女は目元を拭い、またもや変わらぬ覚悟を見せてきた。
今度は俺が戸惑う番らしい。
「お前……」
諦めてなかったのか……。たかが一泊しただけの客だぞ。それを分かった上で強い意志で伝えてくるのか。
「次に会えた時は是非名前を……名前を教えてくださいね!」
可憐な花が咲いたような明るい笑顔だ。その笑顔には迷いが完全に消え去っている。
「百歩譲って考えておく……が、期待はするな。俺は約束を必ず守るほど律儀じゃない」
何を言っても今の彼女には無駄だ。なら俺が折れるしかない。必要とあらば約束を破るってことは前以て伝えた。あとはもう彼女次第だ。
「はい……その答えだけで満足です。お気をつけて行ってらっしゃいませ。お客さんの旅路に幸運を願います」
馬鹿な女だ……。待ち続けるなんて自分を不幸にし続けると同義。俺が再びこの村に訪れるのを信じてずっと待つ気でいるとは。わざわざ辛い道を選ぶ必要はないだろうに。
「たく、分かってるとは思うが、俺はお前に恋してないし、少しの好意もないからな。早めに心変わりしとけよ」
俺は一方的に言い捨てて【アゼルーク村】から出発した。
俺が滞在した超短期間中に惚れるなんて到底理解できん。本当に素で困惑してる。だけど冷静に考えてみれば大丈夫なはずだ。俺のことなんてすぐ忘れるに決まってる。何よりも出会ってからの期間が短いのはどう考えても致命的だ。
今はどういうわけか俺に熱が上がっちまってるみたいだが、その内冷めるに決まってる。長期間会えずに恋心を維持するなんてことは難しい。
もし次に訪れたとしたら、その時は新しい彼氏を見ることになるさ……きっとな。
「お客さんがわたしの為に厳しい言葉で振ってくれたのは理解してるよ? でもね、そんなことをされれば更に燃え上がってしまうのがわたし。わたしの恋心を、覚悟を甘く見ないでね。お客さんの思ってる以上に何倍も一途で重いんだから……」