盗賊は殲滅されて村は解放される
ナイフで縄を斬って二人を拘束から解放した。
盗賊側の陣営に目を向けるも、放心状態が続いている。この怒涛の急展開にどうしても理解が追いつかないようだ。
村人も村人で盗賊の反応と然程変わらず、ほとんどの者があんぐり口を開けている。
こっちでは親子の再会だが。
「怖かった、怖かったよぉ……」
「マナ! 無事で良かった……本当に良かった!」
勢いよく飛び込んできた少女を父親は両腕で強く抱きしめる。恐怖から解放された安堵からか少女は涙を流し、父親は涙をこらえて背中を優しく撫でていた。
「ミューズ……二度も守れんですまんのぉ……。これでは息子に顔向けできん。わしは、わしは、自分が情けない……」
「お義父さんは精一杯頑張ってます。自分をあまり責めないでください。捕まってしまったのは自業自得ですから……」
もう一方は義理の親子なことや、義娘がある程度大人なこともあってか、お互いに暗い顔で反省会と化している。
「マナ、落ち着いたかい?」
「うん……。お客さん、助けてくれてありがとうございました……」
「君には感謝してもしきれない……。昨日のことといいマナのことといい本当にありがとう!」
長いようで短い抱擁を終えた親子が、俺に振り返り感謝した。少女の目には涙の流れた痕跡が見え若干充血もしている。父親の方は潤んだ瞳で優しい笑顔を向けてきた。
「大したことはしてない」
「やっぱり、お客さんは優しい人ですね! あ、あの! 今更ですけど、お名前を教え――」
「お前ら聞けえぇぇぇぇぇ!! いつまでもいつまでも混乱してんじゃねえぞ! ボスが死んだことをいい加減受け入れやがれ! 俺が、ナンバー2の俺が次のボスになるんだ! 俺の指示に従――」
自称ナンバー2の心臓には、ボスを殺したナイフと同じ安物ナイフが突き刺さっていた。
口をぱくぱく開閉させてから、一歩二歩よろけながら進んで崩れ落ちる。
何でお前らはそう、馬鹿なんだ。自分から居場所を教える――親切な的か何かなのかよ。
別に自己主張するなとは言わんけど、するならするで最低限の警戒くらいしろよ。警戒しても無理だって言うなら弱者確定だから強者になるまで控えるべきだろ。強者と勘違いしてるから死んだんだろうけどさ。
もう故人だし。何を思っても仕方ないことだが。
「ナンバー2の処理も終えた。次はナンバー3か? それとも全員か?」
俺が盗賊団の方に一歩踏み出ると、盗賊達は後退りして仲間割れを起こし「お前が行けよ!」「やだよ、そう言うてめえが行け!」「黙れ、お前ら二人で行ってこい!」などと押しつけ合いが始まっていた。
そんな中、集団をかき分けて一人の盗賊が前に出てきた。全員同じ格好だから体格でしか見分けがつかんな。
「や、ややっぱり、おお、お前は!」
俺を指して目を見開きながら、滅茶苦茶どもる盗賊は俺に見覚えがあるらしい。
「誰だ?」
「昨日森で会っただろうが!」
昨日? 昨日は雑魚に絡まれて、更に村でも絡まれて始末した覚えしかないぞ。
「あーはいはい。あれな、あれあれ」
「絶対思い出してないだろ! お前の所為でな、あの後仲間の二人は魔物に食われたんだぞ!」
あの後二人? 元々三人組か。あ……スルーしてた。
最初に絡んできた方の面倒だから見逃した雑魚共ね。それなら納得納得。
え? で、コイツは俺を逆恨みしてんの? 魔物に食われたのは事後だから自業自得じゃん。
「俺に目をつけたのが悪い」
「少しは申し訳ないとか思えよ!」
「申し訳ない、申し訳ないな~」
「この野郎!」
何でキレてんだよ。盗賊やってる方が明らかに悪いだろ。むしろ旅の途中で絡んできたお前に土下座してほしいんだが。
もしかして……死んだ仲間と同じ場所に行きたいのか? だから俺に支離滅裂な言い分で挑発して怒らせようと……。それなら辻褄が合うな。
しょうがないなぁ。しょうがないから芝居に付き合ってやろうじゃないか!
「申し訳ないからこそ、お前も同じ場所に送ってやるよ。寂しくはないと思うぞ。盗賊団の皆と一緒に旅立てるんだ。死んだ仲間も温かく出迎えてくれるさ」
「い、嫌だ!」
迫真の演技だな。盗賊なんて選らばずに別方向へ進めば大成できただろうに。
「そんなこと言うなよ。お前は食べられてる仲間を見捨てたんだろ?」
「ち、違う!」
「お前が生きてることこそが何よりの証拠だ。仲間が首を長くして待ってるぞ? 地獄でな」
「うわぁぁぁぁぁ!!! たたた、助けてくれぇぇぇぇぇ……あ、え?」
踵を返して大袈裟に逃げる演技まで……。俺はそれに応えよう。俺は腕をがむしゃらに振りながら逃げる盗賊の背中を狙い澄まし、全力で心臓目掛けてナイフを投げ込んだ。
真っ直ぐヒューン! と風を切りながら飛んだナイフは心臓を見事に貫通。何と逃げる方向に立っていた仲間の心臓をも偶然貫く奇跡が起こった。
今のは計算してなかったが……良かったな? 仲間と一緒に逝けたんだから。決してお前はひとりぼっちじゃないぞ。
あっちにはボス、ナンバー2、先に旅立った仲間、一緒に死んだ仲間、他にも沢山行く予定だ。
もう少し待っててくれよな。残りのお仲間に関してはすぐに同じ場所へ旅立つように俺が誘導してやるから。
「ボスもナンバー2も消えた……続いてリーダー格までも一人……」
「一体どうすれば良いんだ!」
「こ、こうなりゃ自棄だ。数で押せ押せ押せ! こんな奴らに怯むなぁぁぁぁぁ!!」
意外と元気一杯じゃないか。これは大漁だな。生きの良い馬鹿な奴らがこんなにも……。これなら自信を持って堂々とアイツへの手向けにできることだろう。
「く、来るぞ! 皆構えろ!」
「ボスは死んだ。残りは烏合の衆だぞ!」
「ここを乗り切れば村は自由になれる。またあの頃の平和な日々が戻ってくるんだ!」
うん、勘違い演技はここまで。慣れないことはするもんじゃないな。変に疲れる。
「まあ……量より質だってことを冥土の土産に教えてやるのは吝かじゃないけど」
本格的に開戦したが、ここからは一方的に蹂躙させてもらう。
俺は熟練度の上がってきた属性強化をする。光のオーラを全身に纏う。やはり王都の頃より馴染むし力が溢れてくる。戦闘をするようになったから成長期に似た現象が起こってるのかもしれない。
俺はまだまだ上を目指せる。どこまでも強くなれる。死なない為には力が必要。世界を見て回るには都合の良い展開だな。
俺より上の実力者はまだまだいる。人間の中では上位の方だと自惚れなしに言えるが、他の種族は力の底が未知数。だからこそ、強くならなくては。
俺はライトソードを二つ顕現させ、一番近くの盗賊まで一瞬で駆けて頭を刎ね飛ばす。盗賊が俺を視認したのは、飛び散る鮮血とともに首が宙に舞ってる途中だった。
そこから作業が始まった。力の差が明確に開けば単純作業と化すようだ。俺が葬った敵は全て一撃で終わらせた。付近の敵から効率よく一人一人……死体がどんどん増えていく。
敵に気づかれる前に頭を刎ね、心臓を一突き、攻撃はほとんどがこの繰り返しだった。躱されることがあれば即座に追撃、戦意喪失して逃げても背後から斬り伏せる、ごく稀に向かってくる蛮勇も同じ。
結局最後に斬り伏せた者を含めても、歯ごたえのない者ばかりで、強敵どころか見込みのある者すら現れることなく、予想通りの結末を迎えた。
所詮盗賊は、甘い密だけを吸いたがる落ちこぼれた怠け者の集まり――昔誰かに聞いたその話に相違はなかったな。
「すげぇ……本当に殲滅しちまったよ」
「返り血もほとんど浴びてないように見える」
「これで解放されたん……だよな?」
戦闘に参加していた者達が「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」と歓喜の雄叫びを上げた。中には涙を流す者まで見受けられる。
戦闘に参加した村人のほとんどの者が一殺しており、かすり傷や深めの怪我をしているが、興奮する度合いの方が圧倒的に大きいようだ。
これが勝者と敗者の違い。一方は抑圧されてた感情の爆発、一方は一人残らず皆殺し。今回の場合は報復等の可能性を考えて生かす価値がないと判断した結果でもあるが。
さて、村にはまだ最後の問題が残ってる。どう対処するのか見物だな。
現在【アゼルーク村】の中央では村人達が傷小回復ポーションを複数使用し、痛みを和らげて話せるまでに回復した両腕の捻れ折れた例の少年を取り囲んでいた。
「村長、ビルは追放した方が良いと思います。仲間を売ったような奴を信用できません!」
今のところ賛成反対は半々ってところか。
少年は俯いて顔を上げない。上げられないが正しいか。この少年は形勢逆転されるなんて夢にも思ってなかっただろうし。
「ま、待ってくれ! この子は、ビルは、親友の息子なんだ。これからは家で引き取ってちゃんと更生させるから、一度で良い……チャンスを与えてやってくれないか? きっとビルは寂しかったんだ。それに気づいてやれなかった……。だから、だから頼む。この通りだ!」
この壮年は確か俺に昨日文句を言ってきた……親友の息子ってこの少年のことだったのか。
土下座までしてるんだ。余程この少年を気にかけていたのだろう。あまりその思いは伝わってなかったみたいで、今顔を上げた少年にやっと伝わったみたいだ。
「おじさん……」
こうなると村人は判断しにくい。最終決定は村長に委ねることになるだろう。
しかし、身内である義娘を人質に取られた村長と少女の父親が許せるかどうか。
「もう良いよおじさん。僕なんかの為におじさんが頭を下げることなんて……。それに父さんの子供だからって気にしなくても……」
つい先程まで不気味な笑みを浮かべてたのが嘘みたいに、少年の顔は諦めと悲しみで満ちている。
「馬鹿野郎! 確かにお前は親友の息子さ。だけどな、お前が赤ん坊の頃から知ってるんだ。とっくに息子みたいな存在になってるんだよ。そんなお前を……ビルを! 見捨てられるはずがないだろ!」
壮年は少年に怒った。怒りに任せた雑な怒り方じゃない。少年のことを思いやった少年の為だけの気持ちがこもった怒りだ。
「おじさん……おじさん……ごめん。僕……僕は何てことを! これじゃ……これじゃ……父さんに顔向けできないじゃないか……」
壮年の言葉は少年の胸を打った。涙が止めどなく溢れるほどに強く激しくそして優しく。
「ビルよ……」
村長は少年にゆっくり近寄った。
「村長……」
「反省しておるか?」
「はい……ごめんなさい」
「もう二度と裏切らず、信頼を取り戻す為に一生懸命頑張ると誓えるか?」
村長は少年の真意を知る為か、真剣な顔で質問をし、問いに答えると目に生気が宿り始め、特に二つ目の問いに答える時はあの死んだ目の印象が完全に消えていた。
「誓います。父さんとおじさんの為にも……僕はもう裏切りません。必要とあれば命だって懸けます」
少年は迷いのない眼差しで言い切った。ここまで短時間で変わるとはな。俺を含めて人間ってよく分からんな。
「憎しみは何も生まぬ。ビルの心の悲鳴に気づいてやれなかったわしらにも責任の一端はあるじゃろうて。わしはビルの頑張り次第では許そうと考えておる。皆はどうじゃ?」
「村長がそう言うなら……」
「被害に会った二人が納得してるなら……何も」
「まだ子供です。もう一度だけならチャンスを与えても良いかもしれませんね」
被害者側の村長に言われて反対できる者などいない。少女の父親も頷いている。
盗賊の脅威が消え去ったことで心にゆとりができたからか、村人の聞き分けが良くなったようにも感じた。
「二人はどうかのぉ? 直接的な被害者の意見を訊かぬとな」
「許しません……と言いたいところですけど、子供に更正のチャンスを与えるのは大人の役目だと思います」
「少し怖い……ですけど、まだ子供ですからね。今回だけは多目に見ることとします」
いやいやお前も十分子供だろ。胸の膨らみは多少あっても背は低くて顔も幼いんだし。何を胸張って偉そうに大人ぶってんだ。
「そういうことなら、これで一件落着かのぉ」
「皆……皆ごめんなさい。そして……ありがとうございます」
少年は不恰好ながらも、囲んでいる村人達に頭を何度も何度も下げた。
「ビル! 良かったなビル!」
「おじさん……おじさん……」
壮年は少年を横抱きにして笑顔を見せた。そんな壮年を下から見た少年は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、闇の晴れた笑顔を見せていた。
小規模集落だからこそ、一度結束さえすればその絆は固いのかもしれない。
個人的にはあまりスッキリした終わり方とは言えないが、この村の納得した結果ならば、何かを言う気はない。そこまで深く関わる気もないし、俺に迷惑がかからなければ何でも良い。
そもそも村人達と俺では生きてきた環境が違い過ぎる。価値観が違うのは当たり前のこと。
そんなことを考えるより、今日の予定だ。腹減ったし、まずは飯を食べたよう。
その後はこの村を出発だな。