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盗賊は増殖し、ボスの退場は早い

 木の匂い香る部屋。


 リオルは、ベッドで気持ち良さそうに就寝していた。これぞ野宿と宿屋の違いだろう。


 熟睡真っ最中、そんなリオルの部屋の前には、現在一人の少女が黄色い寝間着姿で立っている。


 少女は宿屋の若い従業員だ。少女が何故リオルの部屋の前にいるかというと……それは。


「やっぱり、このままじゃダメ……だよね。貰ってばっかりなんて悪いし。さ、流石にえ、ええっちなことはできないけど……添い寝くらいはしよう。男の人は喜んでくれるって聞いたことあるし。……久しぶりに家族の食卓が温かかったな。お客さんは普通で良いって言ってくれたけど……」


 少女は幸せを感じさせてくれたリオルにお礼をしに来たのだ。傍から見たら、添い寝の危険性を本当の意味で分かってない無垢な少女に映るだろう。


 実際、性欲がある普通の男なら、夜這いと勘違いして襲ってくる可能性もある。


 だけど今回に限っては謎の安心感があり、リオルには他の男性客とは違う何かを感じていた。


 だからこそ、誰にもしたことのない初添い寝でお礼をしようと決心したのだ――心臓を異常にばくばくさせながら。


 五分~十分ほどリオルの部屋の前で、緊張から二の足を踏んでいた少女は、深呼吸を何度か繰り返すと、小声で「よし!」と意を決してノブに手をかけて回した。


 部屋に忍び込んだ少女は、抜き足、差し足、忍び足と、少しの音も立てないように細心の注意を払いながら、リオルが眠っているベッドの横までゆっくり接近する。


 リオルは部屋に侵入されても、すやすやと吐息を立てたまま眠っており、布団は縦に上下していた。


 微量でも殺意を持った者、悪意のある者、物音を立てる者なら目を覚ましていたことだろう。もしかしたら、反射的に抹殺していた可能性もある。


 しかし、それ以外の者。つまりこの少女はどれにも当てはまらなかったから、リオルは起きることなく今も普通に眠っている。


 そんな無防備とも言えるリオルの寝顔をじーっと見た少女は、数秒後には可愛らしく微笑んだ。


「素っ気ない態度で無愛想な第一印象とは大違いですね。寝顔は意外とまだ幼さが残っていて……何だか可愛い感じがします」


 豹変する前のリオルは、柔和な表情が似合う青年だった。サラサラしたダークシルバーの髪、瞳は綺麗な碧眼。


 本来であれば、顔立ちだけでもそこそこの有料物件と言っても過言じゃない。


 少女の素直な感想は間違ってなかった。リオルが聞けば不愉快に思うかもしれないが、寝顔に関しては紛れもない事実である。


「じゃあ、その……あの……失礼しましゅ……」


 少女は噛んだことで恥ずかしさが上昇しつつも、リオルの横へと潜り込んだのだった。





 ドンドンドン! ドンドンドン!


 うるせぇ……超うるせぇ……。


 俺は扉を激しく叩く音で目が覚めた。現時刻を確認しようと、ギルドカードを取り出す……ことができない。


 俺は重みのある右腕の方を確認した。


「何でこいつがここに……?」


 ドンドンドン! ドンドンドン!


 しつこいな……。何度も叩かなくたって起きてるっつうの。というかこいつ……この状況でよく寝てられるな。昨日からどこか神経が図太いと思ってたがここまでかよ。


 俺はしがみ掴まれてる腕を少し力を入れて引き抜き、ベットから降りて扉の方に向かう。


 扉を引いて確認すると、村長の義娘が必死の形相をしていた。


「どうした?」


「来ました! 盗賊が来ました! 確認できる範囲ではおよそ百人、倍に増えてるんです!」


 村長の義娘はテンションで誤魔化してるつもりでも、表情には絶望が分かりやすく出ている。


 戦闘ができない村人なら慌てるのも仕方ないか。冒険者でもビビる者は少なくないだろうし。


「分かった。分かったから落ち着け。俺より歳上だろうが」


「は、はい……すみませんでした」


「じゃあ、潰してくるか。そいつの面倒は任せた」


 俺は村長の義娘を部屋に通し、俺のベッドでいまだに眠ったままの少女を見せた。


「へ? あ……マナちゃん!? あの……もしかして昨夜はお楽しみでしたか?」


 マナってこいつの名前か? そんなことより、変な勘違いをしてるな村長の義娘。


 状況が分からんのは俺も同じだ。大体寝起きで頭がまだ完全には働いてない。働いてても分からんだろうけど。


「んなわけあるか。起きたら横にいたんだよ。何もしてないし、むしろ被害者だ」


「あ、あの。ご武運を……」


「雑魚がたかが二倍に増えようと所詮雑魚だ。お前らが気にすることは人質に取られないことだけ。足手まといにはなってくれるなよ?」


 俺はそれだけ言い残して宿屋を飛び出し、騒ぎの大きな方に向かった。


 向かった先は村の外で、約三十人の村人が武装していた。どうやら村人の戦力は盗賊の三割程度らしい。


 女、子供、年寄りはどこかに避難させてるみたいだ。


 老人も考えたな。村に盗賊団が入る前に俺を呼んでおくとは。血染め対策はこれでバッチリか。


 にしても、盗賊団がどれだけこの村を舐めてるか分かるな。正面から堂々と率いるとか自信過剰の馬鹿か勝利を確信してる奴くらいだろ。


 三ヶ月で五十人増やした手腕は認めても、現時点でそれ以外は凡人以下だな。数っていうのは同レベル同士で戦う時は有利だけど、一段レベルの違う奴とでは効果が薄い。


 精々隙を突くか、体力消耗を狙う捨て駒要員にしかならん。何の脅威も感じやしない。


「おぉ……来てくれましたな旅のお方」


「軽い運動をしにな」


「それは頼もしいですな」


 村長は口では余裕を見せて笑ってるが、半信半疑だとも思ってるはず。その反応で正解だ。普通はFランク冒険者に期待などしない。


 戦闘を見せたことで、多少腕が立つと思われただけ。戦闘要員の村人がここに集まってるのは、俺に殲滅できるとは思ってないからだろう。


「訊いたか? 軽い運動だってよ」

「昨日から思ってたけど、Fランクにしては自信たっぷりだよな」

「昨日も殲滅とか言ってたけど……そんなに強いのか? まだ十代に見えるのに」


 村人達が色々言ってるが、そんなものはどうでもいい。精々死なないようにすることだな。基本的に己を守るのは己だけなんだからよ。


 ……お、どうやらお出ましのようだ。地獄へようこそ盗賊団。調子に乗れるのは最期なんだ。人生最期の調子乗りを味わえよ。少しは調子乗り話を聞いてやるから。


 ん? 何か盗賊団の後方辺りが騒がしい。


 盗賊団の下っ端共が道を開けて堂々と大男が前へと出てきた。もじゃもじゃ髭にデコッパゲ……あれがボスっぽいな。


 何故か知らんけど顔晒してるし。部下との差別化か? だとしたらただのアホだな。


「アゼルーク村の諸君。監視させていた部下から聞いたぞ。よくも部下を殺してくれたな。殺ったのはどいつだ? 今なら殺った奴と村娘五人を差し出したら許してやるぞ。どうだ優しいだろう?」


 優しい、優しい。超優しいよー。今まで人を要求しなかったのは良心的だねー。何人かの殺しはしたようだけど。


「も、もう限界なんだ。お前らのような集団に恵んでやる物なんて何もない!」

「そうだ! どれだけ苦しい思いをしたと思ってるんだ! この悪魔共が!」

「もう二度とお前らには屈しないぞ!」


 村人達は今までの鬱憤を晴らすように、盗賊団へ威勢の良い言葉を浴びせる。中には口汚い罵声を言う者までいた。


 それを聞いても尚、盗賊団はニヤニヤと軽薄な笑みを絶やさない。


「おうおう言ったな? 言いやがったな? 後悔するなよ? 諸君にはどうせ何もできやしない!」


「どういうことですかな?」


 余裕は数だけじゃないのか。ならば何だ? 最低なことをするってことだけは分かるが。


「こういうことさ、連れてこい……ビル!」


 背が高く、死んだような目の痩せた少年が、村の方から縄で縛った女二人を連行してきた。まるでこの世のすべてを憎んでるような目だな。


 人質になるなって警告したのに……もう人質にされたのか。


「離しなさい。何でこんなことを……」


「痛い、痛いよ! ビルくん離して!」


「ミューズ!」


「マナ!」


「義父さん!」


「お父さん!」


 親子の再会だな。最悪な方の。


 もう少し影を潜めとくか。俺は村人の体で姿を隠して気配を薄くした。


「ビル! これはどういうことじゃ!」


「そうだビル……悪戯じゃ済まされないぞ!」


「本気だよ村長、ラルクさん」


 死んだ目少年は、小柄な村長と茶色の短髪壮年に睨まれ怒鳴られても怯んだ様子はない。


 むしろ、薄く不気味に笑っている。


「何が理由なのじゃ。わしらは同じ村の仲間だというのにどうしてこんな……」


 村長の目には悲しみが宿っている。怒りと悲しみが半々という感じかな。


「言ってやれよぉビル。お前の心の闇を全部よ!」


 盗賊団のボスは愉快そうに笑って言う。


「僕が憎いのは盗賊。それは今でも変わらない。僕が天涯孤独になったのはコイツらの所為だ」


「ならばどうして?」


「村の仲間を殺されたのに誰も逆らわなかった。そんなあなた方が憎いんだ。心の奥底から憎い。僕は家族を失ったんだぞ。それなのに……この腰抜け共が何を今更! 僕はあなた方も僕と同じように不幸にしてやると決めたんだ! 僕の家族を殺した盗賊の手を借りてでも!」


 何だ……典型的な馬鹿がヒステリックを起こしてるだけかよ。どんな事情があるのかと思えば……まったく同情できん。


「ビル……お主……」


「家族が生きてるあなた方を許せないから! 僕の家族は父さんだけだったんだ……それなのに! どうして僕だけが……父さん……」


「どうだ? これで分かったか? 人質を取られた諸君にできることなんて最早何もな――」


 お前はもう喋らんでくれ。お前は村同士のいざこざが見たかったのかも知れんが……俺はお前に対する砂粒程度の興味を完全に失った。


 ヒューン! 


 ――ザシュ!


「…………あ?」


 盗賊団のボスは理解した――自分のデコッパゲな額に、一本のナイフが突き刺さってることを。


 理解したと同時に絶命し、白目を剥きながらゆっくりと背中から地面に倒れた。


 一万コルタの安物ナイフでごめんな。でもよ、お前のような四流悪役にはお似合いの最期だろ? 


「ボ、ボス……?」


 俺を除く誰もが理解できない。あまりにも呆気なさ過ぎるボスの最後を。不意を突いた出来事を。


 俺は身体強化状態で、村人集団の中から前へと出る。そんな俺に全員の注目が集まった。


「盗賊の頭が警戒心も抱かず前線に立つな、このでしゃばり野郎。身体強化もしないで突っ立って、偉そうに喋って……馬鹿なのか? 馬鹿なん……ってもう聞こえてないか」


 こんなんが元Bランク冒険者って……。意識の高い部類の現Bランク冒険者とかが見たら発狂するんじゃないかと思う。


「え? え、え?」


「混乱してるとこ悪いな」


 俺は死んだ目少年の後ろに回り込み、両腕を掴んでバキボキッと曲がる限界以上に捻り折る。


「へ? ぎゃぁぁぁぁぁ!! 痛い痛い痛い、痛いぃぃぃぃぃ」


 死んだ目少年は狂ったように叫ぶ。俺が両腕を折ったことで片腕を押さえることもできないでいる。


 お前の処遇を決めるのは俺じゃないが、裏切り者にはそれ相応の罰が必要だ。当分は痛みに苦しめ。


「お前は力もないのに調子に乗るな。そもそもそんなに父さんのことが好きなら一人で特効して勝手に死んで会いに行け。盗賊に立ち向かえないのはお前も同じだろ。それから目を逸らして恨む方向を強者の盗賊から弱者の村人に無理矢理変えただけ。お前は弱者の中の弱者で、仲間を売った卑怯者だよ」


 俺は少女と村長の義娘を両腕の脇で抱えて村長陣営まで戻る。


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