盗賊と村人の未来は明日決まる
「小僧、なんてことをしてくれたんだ!」
「もうこの村はおしまいだぁ……」
「せっかくここまで……三ヶ月間ずっと耐え忍んでたのに!」
俺が盗賊を始末した後、村人の各々が絶望感を醸し出したかと思えば、怒りの矛先をこちらに向けて責め立ててきた。
報復を恐れて何もしない臆病者共のくせに、こういう時は強気なのか。その気力をもっと知恵を絞ることに使えてれば、盗賊の目を盗んで冒険者に討伐依頼を出すことも可能だったはずだ。
例えば都市に赴いた時、ギルドでAランク以上の冒険者限定で秘密裏に依頼するとか。Aランク以上の冒険者一人でも盗賊団風情なら討伐可能だろう。
人質を取られる前に始末するのだってそう難しくない。金の心配もない。依頼金なら納得する事情を説明すれば国が払ってくれる。
「ふっ」
「な、何がおかしい!」
俺は無意識に鼻で笑ってたらしい。村人の壮年が怒鳴ってるけど、しょうがないだろ。笑いたくもなるさ。
弱者は強者よりも深く考え続ける必要があるというのに……考えることを放棄している。強者に立ち向かうのに必要なこと――それは知恵だ。間違っても恐怖に屈することじゃない。
弱者が悪の強者に知恵で劣るなら、死を受け入れる覚悟を持った方が良い。誰か別の強者が助けない限り死は確実になるのだから。
世界が弱者に厳しいのは今に始まったことじゃない。それどころか大昔からの世の摂理だ。今のご時世は特にその色が顕著――嫌なら弱者を卒業することだ。簡単なことではないが。
魔王軍なんかは強者の立場と言える。人間の国は魔王軍に知恵で負ければおそらく終わりだ。
種族の数からしたら人間が有利。しかし、圧倒的な力の前に数など早速意味をなさない。これから先は、個々の力を限界以上に高めると共に考え続けることが求められる。
それなのにコイツらは何を甘えてんだ。誰もがいつも救われる幸福な結末などありはしない。耐え忍んでたら終わりを迎えるに決まってる――終わりは終わりでも最悪の終わりをな。
「遅かれ早かれ旨味が無くなればお前らは終わりなのによ、何を言ってんだ?」
「どういうことだ!」
「考えれば分かるだろ。牙を抜かれた意気地無し連中は頭も悪いと見える。おめでたい奴らだ」
頭に綿でも詰まってんのか。目を逸らし続けた結果が、盗賊を好き勝手させてる今の現状だろうが。
「何だと!」
「果たして俺にキレてる暇があるのか? 今の現状を抱えたお前らに」
あるはずないよな。あるわけがない。ただでさえも、俺が盗賊の一人を葬ったことで報復されるかもしれないのだ。
ま、少し時期が早まっただけの話。遅かれ早かれこの村は潰される運命にあった。
「お前らが盗賊に好き勝手させてた期間は長い。食料が底を突くぐらいだからな。対策を取ってない所為でお前らはもう崖っぷちだ。自分達が一番分かってるんじゃないのか?」
「……」
押し黙ったってことは……図星か。表情も暗い。
やはり全員自覚してたか。全世界どこにでもいるデブが一人もいないほど全員痩せてるんだ。自覚してて当然とも言える。
「食料が足りなくなる。で? 次は? 次は女だ。その次は? その次は子供だ。最後は何だ? 村人全員の命だ。俺を非難する前に自分達の愚かさをもっと強く自覚しろ」
女は性の捌け口、子供は売られる、搾り取れるものが無くなればいよいよ用済みだ。
「好き勝手な事を言いやがって……。仕方ないだろうが! 冒険者や国の騎士団に頼もうとしても、バレたら殺されるんだ。実際に何人も殺された。親友だって……。都市に行くときは必ず親しい者を村に置いていかなければならない。こんな状況で我々にどうしろと!」
村人の壮年は、募ったイライラを大声でぶつけてくる。
「知るかよ。結局お前らは自分が可愛いだけだ。現にお前らはあの女性を見捨てようとしたよな? 守ろうとしたのは身内である老人だけ。同じ村で暮らす仲間一人すら守れないそんな奴らが不幸自慢してんじゃねえよ。仲間ではなく……ただの他人だって言うならその限りじゃないが」
こんな甘ったれ共に教えてやる筋合いはない。滅びたければ勝手に滅べ。お前らの行いがお前らを殺すんだ。
言い切った俺は、これ以上無駄話き付き合ってられないと踵を返し、宿屋へ戻ろうと足を動かした。
「――ま、待ってくれ!」
「ちょっと待てって。呼び止めてどうすんだよ?」
「確かに彼の言う通りだ。もしこのままならこの村は盗賊共に搾り取られるだけ搾り取られる。遅かれ早かれ餓死するか殺されてしまうかの二択だ。目を逸らすのは止めにするんだ」
呼び止められたと思えば、村人達が話し合いを始めた。
まさか……俺のあんな粗暴な言葉で感化されたのか?
嘘だろ……。
「……あんた、もしかしたら冒険者か? ただ者じゃない感じがした」
武術の心得がありそうな壮年が俺の実力を感じ取ったらしい。
まだ身体強化しか見せてないんだが……。
「ああ……とは言ってもFランクだ」
俺はコートの内ポケットからギルドカードを取り出し、周りの村人に見せた。
「F……ランク。終わったぁ……」
「Fランクって駆け出しなんじゃ……」
「戦力になるのか? でもさっきは……」
ランクを言えば勝手に失望するはずだ。ギルドの奴らなんかはご丁寧に嘲笑のおまけまで添えてくれたのだから。
「それでも良い。力を貸してくれ。あんたにはランク以上の強さを見た。先ほどの非礼は詫びよう。なんだったら気が済むまで殴ってくれてもいい」
「確かに強かったな。おれからも頼む。殴ってくれても構わない。この通りだ!」
「私からもお願いします! この地獄から抜け出せるなら何だってします。協力してくれませんか?」
文句くらいで殴るかよ……。最初から不快にするのが目的の悪口だったらボコボコにしてたが。
「断る。俺はそんなに暇じゃない」
「そ、そんな……」
「そこを何とか!」
「お願いします。もう戦うしかないんです!」
「明日……俺が出発するまでに盗賊共がこの村に来たなら殲滅してやる。俺の滞在中に不快な者達が介入するのなら、微塵も容赦する気はない」
滞在中に盗賊程度の雑魚に騒がれたら迷惑極まりない。
防衛の為とは言え、俺が村の寿命を縮めたのも一応は事実。
俺からすれば、村人は足手まといだから共同戦線は張らないし、明日現れなければ見捨るが。肩入れし過ぎる事情もないしな。
俺は今度こそ踵を返し、この場から去ることにした。
「待ってくだされ、旅のお方」
「あんたらは……」
俺が宿屋までの道を戻る途中、老人とその義娘が追いかけてきた。
「申し遅れましたのじゃ。わしは村長のトム。先ほどは義娘のミューズを助けてくださりありがとうございました」
「私からも礼を言わせてください。あなたがいなければ私は今頃あの人に顔向けできない体に……本当にありがとうございました」
頭を下げて感謝されてもな。俺には助けた意識がない。飛びかかる火の粉を払ったら偶然そうなっただけで。
「成り行きで勝手に助かっただけだ。そんなことより、盗賊との殺し合いに発展するかもしれない心配は良いのか?」
「良いのですじゃ、いや……良くはありませぬ。しかし、これで良かったのですじゃ。旅のお方の言った通り、食料が限界な今、次に要求されるのは村の娘達。この村の村長としてそれだけはさせるわけにいかぬ」
厳しく怒りに満ちた顔つきで老……村長は言う。義娘を連れていかれそうになったことで心境の変化でもあったのか知らんが。
「盗賊一人一人は所詮村人に毛が生えた程度の犯罪者だ。ボス以外は大して脅威ではない。俺に殺された盗賊ならこの村にも勝てる者がいたのだろう?」
「そうですな。しかし、何せ数が多い……。わしらが逆らわなかったのはその所為ですじゃ。ボスは元Bランク冒険者とも聞きまする。この村の一番強い者でもCランク冒険者と渡り合えるかどうか……」
勝てる見込みが見出だせなかったのと、何を仕出かすか分からない集団だから従っていたと。
確かにBランクならそれなりに強いか。村人には手に終えないのも頷ける。だからこそ、もっと早く国や冒険者にどうにかこうにか手段を見つけ出して頼むべきだった。
「盗賊の数は?」
「三ヶ月前の目測ではおよそ五十でした」
村長の義娘が問いに答えた。
よくもまあそんなに外れ者を集めたな。呆れと同時にほんの少しだけ感心するよ。
数は村人の方が多い……が、戦闘要員は村人の二倍以上か。三ヶ月前ということは増殖してる可能性も十分に考えられる。
「もう一度言っておくが、明日出発する前に来ないなら俺はこの村を立つ。その場合は自分達でどうにかしろ」
そうなったのなら、それは与えられた罰だ。考えることを放棄して恐怖に屈したお前ら村人の。
「……」
「来たなら知らせてくれ。殺しても良いなら容赦の欠片もなく無慈悲に全滅させてやる。盗賊の返り血で村を染めたくないのなら、俺を呼ばない方が良いかもな」
二人から同時にゴクンと唾を飲む音が聞こえた。
俺は緊張感に包まれた二人を放置し、今度という今度こそ誰にも邪魔されずに宿屋に戻った。
「あ、お客さん! 大丈夫でしたか!?」
宿屋に戻った俺を確認するや否や、物凄い勢いで少女が詰め寄ってきた。
「うるさい。近くで大声出すな。行く前に問題ないと言った」
耳がキーンとしたぞ。どんだけ今日あったばかりの客を心配してんだよ。
「で、ですが」
「――そんなことより食事だ。食材を渡したんだ。当然用意してあるんだろ?」
取り敢えず、腹が減った。旅というのは意外と疲れる。環境が快適な家の時と違うから疲労の感じ方も違う。その内慣れるとは思うが。
「は、はい。でも本当に良いんですか?」
「何がだ?」
「あんなに食材を貰ってしまっても……」
俺は自分で料理をしなくて済む。ついでに気になって仕方のない腹の虫を静かにさせられる――今も鳴ってるが。
まともな食事ができると頭で理解すれば、その分恩を感じて美味しい料理にだってなるはず。
「くどいぞ。別にただ恵んだわけじゃない。どうしても納得できんのなら、期待を込めたチップだと思えばいい」
「分かりました。素直に感謝することにします。弟にも久しぶりに我慢させずに済みそうですし。この宿屋に泊まってる間は何でも言ってください。出来る限りのことは致します」
「別に普通で良い。料理が美味しければそれで」
「……分かりました。では食堂に案内しますね!」
少女は納得できなさそうな顔を一瞬したが、すぐに元気な笑顔を浮かべ、俺を食堂まで案内した。
蝋燭があちこちに灯されており、薄暗さはあるものの雰囲気が出ていて悪くない感じの場所だ。
机と椅子は木製。奥の部屋が厨房だろうな。
「客は俺一人か?」
俺が訊くと少女の顔は一気に暗くなる。答えを聞くまでもなく、経営状況は中々に厳しいらしいな。
「はい……。最近この村は辛気くさいと冒険者の皆様方からも言われてまして。泊まる方も激減してしまいました」
「盗賊の迷惑効果は絶大か」
「はい……ってどうして知ってるんですか!?」
「そんなことはどうでもいい。早く飯を持ってきてくれ」
こんな古い宿屋でも料理は美味しかった。料理が運ばれてくる途中から既に、どれも匂いだけで俺の食欲を多大に増幅させた。
俺が作る物とは料理の質が違う。これが提供する側の料理――そう改めて思わされた。
「お味はどうでしたか?」
「美味しかった。チップは正解だったな」
特にスープ料理とステーキは最高だった。スープは飲み始めたら手が止まらなくなり、ステーキは調理方法が見事で味も柔らかさも完璧と言わざるを得ない。
「喜んでもらえたのでしたら作った甲斐がありました」
少女は嬉しそうに笑って言った。俺は目をパチクリさせる。
「これはお前が作ったのか……」
「何ですか……その意外そうな顔は。失礼な人ですね。これでもお父さんに劣らないと自負してるんですよ?」
「そのお父さんはどうした? てっきり俺はその人が作ってると思ってたが」
「お父さんは……ちょっと外に行きました」
なるほど。少女の様子から察するに父親もあの場に行ったわけね。
「そうか。俺は満足したから後は自分達で夕食を楽しめ。腹の虫が鳴りっぱなしで気になる」
「い、言わないでください。うぅ恥ずかしい……」
少女は顔を両手で隠す。
何だ、敢えて無視してたのか。空腹が続いた所為で自覚すらしない領域に達したのかと思ってた。
「食べとけば良いものを律儀なやつだ」
「そんなことできませんよ……」
幼く見えても、一人前の立派な従業員やってるんだな。
この後、食事を終えた俺は、少女に泊まる部屋へと案内された。