村へ到着、村の現状
午後を過ぎ、夕方に差し掛かろうとした頃。意外と長く続いた森にも、ついに終わりが見えた。
歩く速度を早め、とうとう出口を迎える。
目に見える範囲に村を発見。まだ少し遠いが、そこまで苦にはならない距離だな。
でもま、暗くなる前に宿は確保しておきたい。走るか。
俺は疲れない程度の速度で村まで向かった。
おいおい……。近づくにつれて景観に違和感を感じてはいたが、ここまでか。
村の入り口の横には村の名前か、ボロボロの看板に文字が書かれている。
「何々。えーっと……あせ、アゼ? アゼ……ルーク村か?」
どうにか読めた。【アゼルーク村】ね。看板なんて一番最初に目につくと思うんだが、この村ってそんなに厳しい状況に陥ってるのか? 例えば数十年に一度の凶作とか。
何にしても面倒事の匂いがぷんぷんする。入り口から既に漂ってくるなんてあまりないことだが。
寄らないっていう選択肢は最初から外してる。避けるだけの旅に面白味は見出だせない。
これも旅の醍醐味として受け入れるか。俺は覚悟を決めて村に足を踏み入れた。
……何だこの村は。全然活気がない。遠目から見たのと看板で察してたけど……それにしても酷い。
すれ違う村民は老若男女問わず、少しも笑顔が見えない。心の底から疲れきった顔をして痩せ細った者が多い。酷い者の中には目が死んでいる者まで確認できる。
王都では目にしたことのない光景だ。王国と村に経済格差があるにしても、毎日の食事に困るほどのものなのか?
厳し過ぎる格差があるとは到底思えないが、現状が現状だ。今到着した俺には否定も肯定もしようがない。
今は様子見だな。俺に害がないのなら特に問題ないことだし。
どうせ俺は一泊したら出発する身だ。深く関わることもない。
問題点を挙げるとするなら、食事に関してだけだが……。宿屋での食事が貧しいのであれば、自分で作るのもやむなしか。
俺は目の前を通り過ぎようとした、女と比べてもだいぶ小柄な白髪の老人に声を掛ける。
「ちょっと良いか?」
「はて……何のご用ですかな?」
「宿屋を探してる。場所を教えてほしい」
「ついてきなされ」
老人は考える素振りすら見せず、直々に案内してくれるらしい。
人柄はあまり悪くはなさそうだ。第一印象に限るが。
「暗い村だ……そう思ったでしょう?」
「ああ」
「これでも三ヶ月前、アイツらが……」
老人は俺の一歩前を歩いてる。表情は窺い知れないが、短い言葉の節々から、憎々しさと悔しさの両方を何となく感じ取れた。
「あいつら?」
「いえいえ、何でもありませぬよ。どうか忘れてくだされ」
老人は誤魔化すかのように温和な口調に戻した。
それからは特に会話もなく、お互いに無言で歩き続けていると、ある建物の前で老人が足を止める。
「ここが村唯一の宿屋じゃよ」
「助かった爺さん。礼を言う」
「当たり前のことをしたまでじゃ。……それと旅のお方」
「何だ?」
「今日一日は宿屋から出ないことをなるべく推奨するのじゃ。出てしまえばその瞬間から自己責任となってしまうゆえ、気をつけなされ」
俺が「それはどういうことだ?」と訊き返す前に爺さんはそそくさと歩いていった。
気になる忠告の仕方だったな。内容は告げず、一方的に気をつけろとは。
暗く重たい村の雰囲気、笑顔のない疲れ果てた様子の村民、老人からの情報不足な忠告。本当に奇妙な村としか言い様がない。
俺は少し考えたが、考えるのを中断し、古い木造の宿屋の中へと入った。
俺より少し幼い栗毛の少女が入ってきた俺の方を向くと、接客向きの笑顔を見せる。
「ようこそお越しくださいました! 何泊するご予定ですか?」
「一泊だ。風呂もしくはシャワーはあるか?」
魔法で清潔に保つことはできるが、洗ってさっぱりできるならそれに越したことはない。
「はい、ございますよ。旧型のシャワーですが、部屋に常備されております」
「食事は今夜と明日の朝に頼む」
少女は返答するのに躊躇する素振りを難度か見せるも、諦めたように口を開いた。
「……大変申し訳ありません。お食事は材料のお持ち込みがない限りはお断りしています」
「何故だ?」
「事情は言えないんですけど、今この村は食糧難なんです。お客様が材料をお持ちでしたら、食事をこちらでお作りすることもできるのですが……。本当にすみません!」
あらかじめ予想しててもこれは驚くな。
宿屋で食事を客に提供できないってことは、家族分の食べ物を確保するだけでも一杯一杯ということだ。いや、もう崖っぷちに立たされているのかもしれん。
この村……誰一人として余裕のある者が存在していない。改めてよく見ると、目の前の少女ですら若干頬が痩けている。
これは俺の想像以上に、【アゼルーク村】はヤバい状況にあるのかもしれない。
そう思ってると、五~六歳に見える幼い子供が奥の部屋から現れ、少女の前までトコトコ走って近寄った。
「ねえちゃんねえちゃん。ごはんまだ?」
幼児は催促し、少女のロングスカートをくいくいと引っ張る。
「こら! お客様の前でしょ。あっちのお部屋で大人しく待ってなさい!」
「だっておなかすいたんだもん!」
少女は幼児を叱るも、幼児は育ち盛りに加えて我慢の難しい年頃。簡単には引かなかった。
「もう……我慢しなさい。男の子でしょ?」
少女は幼児の目線まで腰を落とし、頭を撫でながら諭し口調で優しく慰める。
「だって、だって、あいつらが、あいつらがきてからずっと……」
幼児は不機嫌そうにぐずりながら、老人の口からも聞いた「あいつら」という複数人を指す言葉を口にした。
「それ以上は言っちゃ駄目! もしどこかで訊かれてたら大変なことに……。お客様、今のは聞かなかったことにしてください。お願いします!」
少女の顔色が目に見えて悪くなると、幼児から見る方向を俺に変更し、確認するなり深く頭を下げて頼んでくる。
何をどうしたらそんなに怯えるんだ。これが魔王軍ならまだ分かる。だが、おそらく違う。
魔王軍が関わってるならこの村はとっくに滅ぼされてる。言ってはなんだが、魔王軍がこんなちっぽけな村に価値を見出だすとは俺には思えん。
だとしたら、導き出される一番可能性の高い答えは……人間か。こんな時に同じ人間同士で何をやってんだか。
「分かった……」
「ありがとうございます」
「あ、今部屋の鍵をお渡しします」
少女が受付台の下にあると思われる鍵を取ろうとしたが、俺は止めることにした。
「もう一度外に出るから、その後に渡してくれ」
「今日は外に出るのはお控えになさった方が……」
少女はあからさまに顔色を悪くする。もう大体分かった。あの老人と同じような反応を見るに、そういうことなんだろう。
「自己責任なんだろ。さっきも老人から訊いた。別に問題ない」
「ですが……」
「それより、食材を渡しておくから食事の用意を頼んだ」
「へ? でも材料をお持ちには見えないのですが」
少女は理解不能らしく、きょとんとする。
『ボックス収納』
俺は取り出したい物を思い浮かべた。すると、出現した黒い空間から、受付台上に食材がドサドサ落ちてくる。
「嘘……ボックス収納持ちの人なんて生まれて初めて見た……」
「す、すげぇぇぇ」
少女は小さな声で呟き、幼児は目を輝かせて子供らしく純粋に驚いていた。
「あれ、でも一人分にしては量が多いです。こんなにも食べるんですか? 見た目と違って大食漢なんですね……」
少女は大量の食材に若干引いているが、食材に目が釘付けだ。吸い寄せられてると言っても良い。
「取り出しミスだ」
「で、ですよね! ビックリしましたよ」
「いいなぁ…………ゴクン」
幼児が受付台に乗ってる、肉、魚、野菜、フルーツなどの食材を見て、唾を飲み込んだ。口の端からは涎が垂れそうになっている。
「戻すのも手間だ。今日と明日の俺の食事分以外の食材は好きにしてくれて構わない」
「そ、そんな駄目です! お客様に提供する側が施しを受けるなんて……」
自分では気づいてないかもしれないが、さっきから腹の虫が鳴りまくってる。気になって仕方ない。
「別にそんなつもりはない。使わんのなら勝手に処分しろ」
「あ、まま待ってくださいお客様!」
慌てて止めようとする少女との会話を俺は切り上げた。
今日一日はこの村に泊まる。そんな時に外から不快な声が聞こえると気分が台無しだ。
邪魔な奴らは捩じ伏せる。俺の旅が盛り下がるのは勘弁だ。
何より許せんのは忠告とは言え、外出を規制されること。俺が譲歩する意味が分からん。
自分が行動したい時は、いつでもどんな時だって自由に行動する。王都を出たのはその為でもあるのだから。