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今度の成長に期待します

「あたし……全力でやるわ。しっかりと受け止めてね」


 ミラーは、小型のポーチから――ポーチだと!?


 ……驚くことでもなかったな。腐っても勇者パーティーなんだ。収納ポーチを持っててもなんら不思議じゃない。


 一体何を取り出すつもりだ。


「今回は負けないよ。少し反則になるかもしれないけどね」


「強い貴方に対しては形振なりふかまっていられませんので。国に連れ戻す為の戦いです。卑怯と言われても仕方ありません」


 そんなにも自信があるのか。


 ん? あれは……。へぇ~なるほどな。あれが過剰な自信の源か。


 てことは短期決戦に持ち込む気か。


「これは貴重なものよ。数も限られてるわ。でも、リオルに比べたら些細なことよね」


 そう言いながら、ミラーは王女とアイザワに黄色いポーションを渡し、それを全員が飲んだ。


 あの老婆はそんなにも高価なポーションをただでくれたのか。次の商売時から店の利用者になるって思われてたからか? だとしたら、結果的に俺だけが得したことになる。


「ドーピングポーション……どれだけの効果があるのやら」


『光よ、我を強くする輝きを身に纏え、属性強化』


 俺を光のオーラが包み込み、何日か前よりもやや強く輝く。俺も少しずつ成長してるということか。


 あっちも全員光の属性強化かよ。使い手が少ないことで有名な属性なのにこの場だけで四人か。外から見れば中々豪華な光景に映りそうだ。


 にしても、通常の属性強化にさえ振り回されてるのに、アイザワが上手く扱いきれるとはどうしても思えないが。


「もったいない……貴重なポーション無駄にしたようなもんだろ」


 俺は小さく呟き、戦闘態勢に入る。


 先に雑魚から仕留めるか。まずは人数を削らせてもらう。


 地面を蹴るようにして、一気にアイザワの懐に潜り込む。


「ぐはっ」


 拳を抉り込ませ、殴り飛ばした。


 アイツ……一応俺の動きを目で追ってたな。動体視力まで上がるのか。自分で使う分には良いが、相手が使う分には厄介だな。


 あの老婆が、魔族に効果が適用されないように作った功績は、俺の想像を超えて凄いことだったみたいだ。


「これで一人減らせて……ないのかよ」


 アイザワは腹を押さえてはいるものの、その顔にはまだまだ余裕を感じられる。


 以前戦闘したアイザワなら今ので確実に沈んでたはず。今のが六割程度。次は全力でやってみるか。


 どの程度まで身体能力が向上するのか、知りたいとこ――


「うおっと」


 左から光弾が数発、俺を狙ってきたが、体を反らして躱す。


 後方から気配を感じたかと思えば、すかさずミラーが俺の首筋へと手刀を落としてくる。


「チッ!」


 俺は何とか()()()()で避けきった。


 若干体勢を崩した俺の正面。いつの間にかアイザワが接近しており、蹴り飛ばそうと足を繰り出している。


 俺は咄嗟にガードし、少し後ろに後退するだけですんだ。


 あのアイザワまでもがAランク冒険者並の速さとパワーだ。相変わらず動きは単調だが。


 これは面倒だ。お前にはもう退場してもらおう。


 俺は属性強化状態の全力速度で、アイザワの後ろへ回り込み、背中を蹴って吹っ飛ばす。顔面ダイブでズズズッと地面に着陸して止まったアイザワが痛みを感じてのたうち回ったり、立ち上がる素振りを見せる前に、今度は横腹を蹴り飛ばした。


 ゴロゴロゴロと何回か転がり、アイザワの意識は途絶えた。一度目を耐えきったのは正直予想外も予想外だったが、これで何となく分かった。


 あの【ドーピングポーション】の正確な効力についてが。耐久、パワー、スピード、動体視力。主にこの四つに多大な恩恵を与えてる。


 少なくともワンランク上の相手となら、互角以上に戦えるようになるっぽいな。アイザワがもう少し戦闘を学んでいたなら、一対一でもそれなりに手こずっただろう。


 残りは二人。楽勝だと思ってたが、あのポーションの効果は想像以上に絶大だった。五分という制約がありながら、長いと錯覚させるくらいには。


 ……少しだけ気を引き締めるか。


「流石ね。ポーションを飲んだアカシをあんなにも簡単に倒すなんて。ステファニー先輩、同時に攻めましょう」


「ええ、それが無難でしょう」


 戦闘素人のアイザワであれならこの二人は……。


 言魔法の使用も検討すべきか。


 使うにしても、まずは属性強化のまま全力勝負をする。それで手こずるならやむを得ない。


 俺は密かに小声で詠唱を開始する。


 詠唱完了と同時に、かなりのスピードで俺との距離を左右から二人が詰めてくる――このタイミングだ。


『フラッシュ』


 強烈な発光が二人の視界を奪い「キャッ!」と言う声が耳に届く。成功だ。俺は目を開けると、視界不良に陥った王女に狙いを定めた。


 一撃で気絶させる。俺は王女の背後に素早く移動し、正確に手刀を命中させた。


 王女は糸の切れた人形のように倒れる。それなりに力を入れたのだ。気絶してもらわないと困る。


 残るは一人。まだ回復していない。ならば、一気に同様の方法で終わらせる。


 これで終わりだ。俺の手刀が決まる……そう思った瞬間。


「――っ!?」


 ミラーは気配を感じ取ったのか、俺が「当たる」と思った直前にしゃがんで躱し、続けざまに足払いをしてきた。予想外の反撃に俺は反応が遅れ、背中から地面に落ちる。


 攻撃が当たったことで、目を閉じながらも俺の位置を把握したミラーは、追撃の手を出そうとしていたので、俺は防御してから反撃しようと思う。


 思ったが……何だこの状況は。


「リオル、ごめん。ごめんなさい……」


 何でコイツは俺に抱きついて泣いてるんだよ。


 想定以上に力が強い。意地でも離さない気か。どんだけ強化されてんだ。たった五分だからって底上げされ過ぎだろ。


「何がだ。というか離せミラー」


「――名字で呼ばないでよ!」


「そんなこ――」


「本当は分かってるの。あたしの自業自得だって。でも、あたしはリオルのことが好き。ずっとずっと好きなのよ。だからアカシとの仲を勘違いされた時はショックを受けたわ。顔を赤くしたのだって、リオルについて話してたからああなったの。名前で呼んでるのも同情からよ。知り合い一人いない中、勇者になって心細いだろうと思って……」


「……」


「そしてあの日、あの魔族が襲撃してきた時を境にリオルとの縁が完全に絶たれたと思った。そう思えば思うほどあたしは自分の精神を保つのが難しくかったわ。魔族の所為にするのが精一杯だった。最初は純粋に両親の期待とリオルの為……ただそれだけだったのに」


「俺の為……だと?」


 何で俺が関係する。意味不明なんだが。


「王様に言われたの『勇者パーティーだと発表した時、周囲に与える影響力が強くなる』って。その言葉にあたしは思ったわ。今以上に強くなって影響力を得られれば、学園であたしの幼馴染のリオルを傷つける者は居なくなるって」


「言わなければ伝わらない」


 何年幼馴染をしたって、以心伝心なんて稀に起こるかどうかの現象だ。黙ってるのに分かるはずあるかよ。


「そう……よね。本当にあたしは大馬鹿者よ。勝手に決めて、勝手に情緒不安定になって、勝手に暴走して……今も迷惑かけて……」


 泣き続けるリラの力が弱まったのが分かった。ポーションの効果が切れたのだろう。


「これまでのことを許して……だなんて図々しいことは言わない。だけど、あたしはリオルが居なくちゃ駄目なの。駄目になっちゃうの。だから……だから……」


 すまないが、お前の気持ちには答えられない。お前はお前の道を行け。俺は俺の道を行く。


「もう俺のことは気にするな。そもそも許す許さないもないのだから」


『眠れ』


「リオ……ル……?」


 俺の魔力が乗った一言で、ミラーのまぶたは逆らうこともできず、睡魔に誘われてゆっくりと落ちていった。


 ミラーを丁寧に振動に気をつけてどかし、すぐ横の地面に寝かせる。


 今更何を言われても俺が考え直すことはない。この国を旅立つのは絶対だ。ウルファスは俺にとってマイナスが多過ぎる。揺らぐことなどあり得ない。


 俺達は間違って間違って間違った末に道を別々にした。再び交差するにはお互いが進み過ぎた。もう後戻りは不可能だし、する気もない。


 これからも間違えることは多くある。それでも俺は、本当の意味での後悔だけはしない。後悔しない為に、強く生きる為に、生にしがみついて今の俺が存在する。


「できればお前とはもう会いたくない。お前は俺に依存し過ぎだ。その労力を俺から他へ向けることを願ってる」 


 俺はミラーを最後に一瞥し、出発する為に足を動かした――直後、人の気配を感じた方に俺は足を向け直した。


「リオルさん……」


 白銀ロングの髪が風で靡き、複雑そうな顔で俺の名前を呟く彼女。直接顔を合わせたのは一番久しぶりだな。


 ミシェル・ホワイト――何故か非公式に勇者パーティーを脱退した二大貴族。かつてのクラスメイトでもある。


「一応訊くが、俺を連れ戻しに?」 


 ホワイトは頭を横に振った。


「分かった。場所を変えようか」


 ここで続けて話すのは得策じゃない。一人来たということは、他にも誰か来てもおかしくない。


 ここから五分ほど離れた大きな岩の後ろで話を再開する。


「どうしてここへ?」


 俺は岩を背もたれ代わりにし、早速正面のホワイトに話を切り出す。


「西門近くの用事を済ませて帰ろうとしていましたら、噂を耳にしまして」


「噂……ね。もしかして勇者パーティーに関することか?」


「正解です。一人の少年を追って勇者パーティーのメンバーが西門を出たと。こんな端の方に勇者が来てるはずないと、周囲の皆さんは半信半疑だったようですけど」


「そういうことか。目立つのに顔を隠さないとは迂闊な奴らだ」


 今思えば、西門付近の人々が少し騒がしかった気がする。旅のことで頭が一杯だった所為か、周囲に対する警戒をすっかり忘れてたな。反省点がひとつ増えた。


「ですがそのお蔭で……。噂を信じて赴いて正解でした。ここ数日間は、リオルさんとお話しがしたくて出歩いてましたから」


 ホワイトは嬉しそうに微笑む。


 俺を探してたか。ちょうど良い。


「ひとつ訊きたいことがある。勇者パーティーを抜けたのはどうしてだ?」


「リオルさんとの溝をこれ以上深めない為です」


「俺との溝……」


「私とリオルさんには大きな壁がありますよね?」


 壁はある。ホワイトに限らずな。そして、今その壁に一番近いのも……。


「言わなくても結構です。分かってますから」


 ホワイトは悲しそうな笑みを浮かべる。


「どうして俺にそうまでして関わる。俺はそこまで思われるような奴ではない。正直理解に苦しむ」


 俺は自分勝手な人間に成り下がった。自分の欲望に忠実になった。同じ種族の人間さえ、魔王軍に滅ぼされても構わないと思ってる。これに関しては自分に関係ないならの話だが。


「リオルさんは、初めて容姿も家柄も関係なく普通に接してくれた方なんです。そして私の知る誰よりも優しかった」


 優しかった……ね。俺の中では、過去の俺はただの甘ちゃん野郎だった。


「今は優しさの欠片もないと自負してるが」


「いいえ、変わってしまったリオルさんもちゃんと優しさを残してますよ。リオルさんは自分に悪意が向かない限り、無差別に暴力を振るいませんし、振るう時は何かしらの理由があります。先ほどのことだってそうでしょう?」


「あれは……まだまだ俺が甘いからだ」


 女に対しての暴力行為に無意識な抵抗感がある。勝手に気持ちが抑えられる。こればかりは何故か根強く残ってた。こんなんじゃいつか足元をすくわれてしまう。


「あくまでも私の見え方ですから気にしないでください。それに私はとっくに魅了されてます。目が曇ってても仕方のないことですから」


 溝を深めたくない、俺の擁護、魅了された、勇者パーティーからの脱退、話したくて探してた。


 これってまさか……そういうことなのか?


「……俺と一緒に行きたいのか?」


「はい……と言いたいところですが、残念ながら行けません。私は二度もリオルさんを裏切りました。そんな資格……今の私にはありません」


 裏切り……ね。どのことを指してるのか分からない。俺はそもそも裏切られた意識はない。不要になりそうなものを自分で切っただけで。


「俺が許すと言っても?」


「はい。それに今の私の実力では足手まといになりかねませんから。私はリオルさんのお荷物にはなりたくない」


 今のホワイトの言葉には、目に見えない力強さを感じた。


「そうか」


「ただ、この王都にもう一度訪れて、私が足手まといにならないくらい成長したとリオルさんが判断されたなら、その時は私も……私も一緒に連れていってくれませんか? 我が儘を承知の上での発言ですが、それでも許してもらえるのでしたら、よろしくお願いします」


 ホワイトは深々と頭を下げる。言葉の節々からも覚悟が垣間見える……が。


「家のことはどうする気だ。二大貴族なんだぞ。そんなこと許されるのか?」


「言質はもう取りました。例え言質を反故にされても、私はもう迷いません」


 言い切ったか。余程の揺るぎない強い意志があるんだな。


「……連れていくとは確約できない」


「そう……ですよね。無理を言ってしまいました。ごめんなさ――」


「少し待っていろ」


『創造開始』


 俺の手のひらの上が白い光に包まれる。イメージを固めて創造する。


 光が徐々に収まると、手のひらの上に飾り気の無い白銀のブレスレットが出現する。どっと疲労感が俺を襲う。魔力が一気に半分も消費されるとは思わなかった。


 俺は一息吐いて、額の汗を腕で拭う。


「……これを渡しておく」


「これは……? 今のは一体……」


 ホワイトは驚愕を露にし、目を見開いていた。


「これはオリジナルの魔導具だ。本当に絶体絶命の時にこれを使うと良い。握って助けを求めて念じてくれれば発動する」


「どうして私にくれるのですか? 期待してしまうではありませんか……」


「覚悟と誠意が伝わった。理由はそれだけだ」


 俺は簡潔に伝え、そのままブレスレットを手渡して握らせる。


「ありがとうございます。毎日肌身離さず大切に持ってますね」


「大袈裟だ。じゃあ、俺はもう行く」


「次に再会できることを心待にしています」


 俺は久々に純粋で綺麗な笑顔を見たような気がした。王都では人々の笑顔を散々目にしてきたはずなのに。何だかおかしな気分だ。


「ふっ、またな。ミシェルさん」


「――っ!? はい……!」


 俺は泣きそうで嬉しそうなミシェルさんを一目だけ見て、遅れた分を取り戻すように走り出した。


 もし再会するなら願わくば、俺が渡したあれを使った時じゃないことを……。


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