平穏な出発。そうは問屋が卸さない
「君は力があるんだから責任を果たすべきだ。オレ達と一緒に来てくれ!」
「貴方のことは正直誘いたくないですが、貴方の力は本物です。真実をお父様に話せないわたくしが、王女として果たすべき責務は、貴方に即戦力として国に残ってもらうことです。安心してください。もちろん報酬もちゃんと払いますから」
「あたしは……ただリオルと一緒に居たいだけよ。それ以外は何も望まないわ。勇者パーティーとして働かなくても良いから、ずっとあたしの側に……」
アイザワ、力持つ者の責任とか知らん。人を頼る前にお前が強くなれ。勇者なんだから勇者らしく自分で人を救えよ。
王女、一先ず安心した。契約魔法の効果が発動してるようで。それはそれとして、報酬なんかじゃ釣られん。自分で稼いだ金で生きていける。何よりもお前らと行動とかストレスで死ねる。
ミラー、お前は何かちょっとヤバい。背中がずっとぞわぞわしっぱなしだ。目を据わらして俺を見るな。正気に戻れ。それが無理なら回れ右してくれ。
せっかくの楽しい気分を初っぱなからぶち壊しやがって。
どうしてこうなったんだよ……。
西門を通り抜けた俺は、道に沿って歩いていた。
景色を楽しみつつ、のんびりとした良い気分だったのだ。
それなのに……。
おかしいだろ。門を離れた直後だぞ。そんな直後から幻聴が鳴り止まないなんて。
後方からずっと聞こえてくるんだよ。旅立って数分で病気発覚か? 冗談じゃない。
昨日買った状態異常回復薬を飲めば治るかな。たぶん治らないだろうな……。
もう手遅れだ。幻聴に引き続き、幻覚まで見えてしまったのだから。
「ずっと無視するなんて酷いじゃかいか」
早歩きを意地でも止めない俺の前に、進路を塞ぐようにして回り込んできたのは、アイザワただ一人だけ……ではなく、王女とミラーまで一緒だった。
幻覚が三人も目の前に……。
俺はそれをガン無視し、その横を颯と通り過ぎたが、また前に回り込まれた。そしてまた颯と通り過ぎる。このサイクルを数回繰り返したところで、肩を掴まれてしまう。
実体のある幻覚……だと。そんな馬鹿な。
「何度も何度も無視するな!」
現実逃避はここらが潮時か。そうさ……この三人は紛れもない本物だ。気づいてたさ。気づいててわざと無視し続けたのに……どうして全然諦めないんだよコイツら!
「何の用だよ……」
テンションだだ下がりで俺は訊いた。そもそもお前らパーティーとは学園でさようならの関係だったろうが。
どうして今日に限って見つかるんだ。お前らは俺の疫病神か何かなのかよ。
「やっと反応したかい。無視の件は水に流すよ」
「早く用件を言え。鬱陶しい」
「……単刀直入に言おう。君を勧誘しに来たんだ」
「…………はぁ?」
これが現在に至るまでの経緯だったな。何とか頭の中を整理できた。
あまりにも唐突で、意表を突かれた勧誘だったこともあり、記憶の混濁が少し起こり、意識までもが一瞬飛ばされてしまっていた。
「答えは聞くまでもないだろうけど……」
「ああ、来てくれるんだね。君は僕達を魔族から助けてくれた。もう仲間みたいなも――」
「もちろん断る。今すぐ方向転換して帰れ」
勝手に仲間認定すんな……反吐が出る。そもそも助けてねぇ。今後でしゃばってくるであろう過激な魔族を少しでも多く蹴散らさせる為に生かしてやっただけだ。
そうじゃなきゃ生かすかよ。こんな諸刃の剣的なストレス発生装置。決定戦が開催された日、何度辛酸を嘗めさせられたことか。
大体勇者なんだから、勝手に世界救ってろよ。人を巻き込むのが勇者の仕事なのか?
無力感を味わったなら、一日中修行しとけ。仮にも勇者だ。才能くらいは一級品のはずだろ。こんなところでサボってんなよ。
これでこの先役立たずのままなら、制裁を加えてやる。首根っこ引っ掴んで、敵がわらわらしてる魔王軍の領地に放置の刑だ。
「ど、どどうし――」
「貴方を王都に連れ帰るんです。絶対に帰りませんよ、わたくし達は!」
遮ってやるなよ。俺と違って仲間だろう。隣でしゅんと花が萎むみたいに落ち込んでるぞ。同情心は欠片も湧かないからどんどん推奨するけど。
「知るか。お前らの都合に俺を巻き込むな。そもそも俺に命を救われた自覚があるなら、恩を仇で返すなよ……」
「それとこれとは話が別だ。そもそも君が僕を売ったんだろ!」
「そんなこと忘れた」
忘れてないけど、蒸し返させない。そもそも俺は悪くない。悪いのは人質を取られても、一向に名乗り出ないアイザワの方だ。
何より、売られたアイザワの顔が見たかった。あの時はアイザワに与えられたストレスを、アイザワで解消できて本当に良かったと思ってる。
「君ってやつは! そもそも君は今からどこに行こうとしてるんだい?」
「冒険だよ、冒険。自由な冒険だ」
「こんな時にかい? ここは君の国なのに、少し身勝手が過ぎやしないかい?」
身勝手の何が悪い。身勝手は極めるものだろ。
所詮この世はどこまで自由に生きれるかだ。その過程で死ぬのら、またそれも本望。簡単に死ぬ気はさらさらないがな。
「こんな時だろうと、こんな時じゃなかろうと、俺の考えはある日からずっと一貫してる」
「無責任だ。君には力があるのに。……今のオレなんかよりずっと強い力が」
悔しさを顔に滲ませるあたり、自分の弱さはちゃんと自覚してるようだな。
良かった、良かった。自分の力を過信する馬鹿は早死にしやすいからな。そんな奴ならここでボコボコにしてた。
コイツが死のうと胸は痛まんが、早々に退場されるのは困る。それが原因で旅の途中、魔王軍に遭遇する確率を増やされたら堪ったもんじゃない。
俺は両親のように戦闘狂ではないのだ。無駄な戦闘はそこまで望まん。邪魔者は関係無く痛い目を見てもらうつもりだが。
「だからどうした? お前らに俺の行く道を邪魔する権利はない。俺をお前らの道に引きずり込もうとするな。迷惑だ」
「貴方はその力を国の人々の為に使うべきです。そうすれば、貴方は力の使い方次第で英雄にだってなれるでしょう」
詳しくは知らんが、英雄になったら得することが多くあるのだろう。俺は毛ほども興味ないが。
「それは無理だな。それに俺は学んだから」
「それはどういう……」
「学園の力ある者達が教えてくれた。力は自分の為にこそ使うべきだって。俺を虐げてた奴らはな、ずっと笑ってた。俺を罵倒し、痛め付けて喜んだ。言葉では通じない人種だった」
初めて俺は両親の教えにも間違いがあることに気づき、同時に人間の醜悪な本性を知った。
「だから俺は力にはもっと強い力で……。ここで気がついたよ。力を振るう理由が何であれ、その根元は皆同じ。自分自身の為だってな。俺は国の為には動かない」
「そんな人達はごく一部だけです。国には多くの優しい善人が実在します。貴方の出会ってきたような人ばかりではありません」
そりゃあ、王女の前では誰だって良く映る……映りたがるだろ。ほとんどの者が王族には媚びるのだから。変なことをする奴の方が少ない。ほぼゼロと言っても良いかもしれない。
きっと幸せな人生を送ってきたのだろう。人間の綺麗な部分だけを見てこられるような……そんな人生を。だけど、これから先は嫌でも直面することになる。
「本当にそうか? 俺は見るに耐えない人間の本性を何度も見たけどな」
「貴方の巡り合わせが悪かっただけです。もっと視野を広げて見てください」
逆に王女はもっと視野を狭めてみろ――細かいところに。普段とは違う景色が見えてくるはずさ。
「じゃあさ、ここに残る条件として、俺を虐げてた人間すべてを処刑しろ……俺がそう言ったら実行するか? もしこの王都で魔王軍と衝突した時、助かる命は確実に増えると思うが」
「そ、そんなことできません……」
重要な取捨選択を迫られた時、甘っちょろい王女は選択できない。あの国王なら迷いはしても、すぐに決断するだろう。死の危険がつきまとうにも関わらず、娘を勇者パーティーに加入させるくらいだからな。
王女は人としてなら躊躇して大正解だが、国を守る王族としては不正解だ。
まあ、例え選んだとしても、最初から残る気はゼロだったが。
「だろ? そもそも俺は過去の屑共には興味を無くしてる。今のは訊いてみただけだ」
「……」
言葉で負かされたことが悔しいのか、王女は唇を噛む。
「でも、そうやって王女が拒否したように俺も拒否させてもらうから。魔王軍との小競り合いなんて勝手にしてろ」
「小競り合いじゃなく、大問題だから言ってるのですが」
「俺にとっては重要じゃないから、小競り合いで十分だ」
「リオル……行っちゃ駄目だよ……。リオルはあたしとずっと、ずっと、ず~っと一緒なんだからね」
今まで黙っていたミラーが、病んだ発言をしてきた。
そんな沈んだような暗い笑顔を見せるな。不気味過ぎる。
そして俺の方に歩いてくるな。身の危険をひしひしと感じる。
「近寄るな。お前は勇者パーティーだ。引き受けたからには多くの者を救うのが使命だ。俺とお前じゃ住む世界が違い過ぎる」
「そんなことないよ……。だってあたしはサラよりも前からリオルのことを知ってる。近くの森を冒険したり、スライムから逃げたり、沢山お出かけして遊んだり、将来を有望視されて期待に押し潰されそうになった時は優しく慰めてくれた。他にも色んなことをリオルと経験してきた。リオルはこれからもずっとあたしと一緒に居なきゃ駄目」
ミラーは俺との思い出を声を弾ませながら、楽しそうに話す。
「いい加減俺から卒業しろよ。俺達は決別しただろうが。一緒に行動は不可能だ。俺より魔王軍に集中しとけ」
「やっぱり……魔王軍なんてあるから。魔族なんかが存在するから。キリングタイガーを解き放ったから。それらさえ無ければあたしは縛られなかったのに!」
「……」
それもあるかもしれないが、結局は自分で決めた道だろう。まだ学生なんだ。人質でも取られない限り、断ることもできたはずだ。恨むのは自分の正義感と決断だと思うが。
「良いよ……もうこの際、無理矢理にでも……」
表情を消した顔と怖気立つ底冷えのするような低い声で物騒なこと呟くなよ……。
「聞こえてるんだが」
「そ、そそうだね。それが一番だと思うから、無理矢理にでも連れていこう!」
「で、でですね。三対一ならわたくし達だけでも何とかなるでしょう!」
話が通じないと分かれば、今度は実力行使か。
バルムドに負けた勇者パーティーで、しかも人数が減った三人で俺を連行できるはずないだろ。一体何を考えている?
いや、深くは考えてないな。純粋に今の不気味な雰囲気を漂わせているミラーの機嫌を損ねたくないだけか。
つまり、結局ただの馬鹿共ってことだな。
はぁー。正直コイツらの相手は怠いけど、ちゃちゃっと捻って地面に伏してもらうとするか。