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王都を何事もなく去りたい

 ドタドタドタと床を鳴らす音が響き、奥の部屋からサラが桃色の髪を揺らして玄関まで駆けてきた。


「お、お帰り……」


 サラは緊張しているようで、どこかぎこちない。


「ただいま。勇者パーティーご苦労さん」


 対して俺は特に何とも思わなかったから、自分でも意外過ぎるくらい普通に喋れた。


 気にしないようにしても、少しは感情に起伏があるかも……くらいには思っていたのだが、そんなこともなく冷静なままだ。


「あ、ありがとう。その……ご飯食べた? ま、まだなら一緒にどうかな?」


 たどたどしい言い方だ。俺の反応を窺って間違えないようにしてるのかもな。だとしたら……。


 何をしたって……もう遅い。俺達二人は既に別々の道を個々で歩んでる――そうお互いに認識してるはずだ。


 今更上辺だけの家族を演じて何がしたい? 俺には分からない。積極的に知りたい事柄でもないから訊かないが。


「もう作ったのか?」


 生憎俺は空腹ではない。買い物途中にちょこちょこ食べていたからな。


「まだ……だけど、もし良かったらこの後――」


「そっかそっか。それなら良かった。今日は少し疲れたから風呂入ったら先に寝るな、お休み」


「え、え? あ、うん。お休み……」


 明日のこともある俺は、話を早々に切り上げ、備え付けの魔導具で風呂を沸かす。ゆっくり湯船に浸かった後、自室のベットに直行した。


 明日からは風呂に入れない日もある。今日はその分まで風呂を満喫することができた。


 今日は思う存分ゆっくりと休み、疲れがゼロの良い状態で明日は旅立ちたいものだ。


 少しワクワクした気持ちもありつつ、俺の意識はいつの間にか暗闇へといざなわれていった。





 目が覚め、一通りの準備を終えた俺は、早速昨日購入した服装へと着替えた。


「着心地は上々。動きは外で確かめるか」


 何年も世話になり、物が減少した自分の部屋を心行くまで見渡してみれば、少し感慨深くなる。


 最後に机の上に置いてあるツーショット写真を見た。二人は幸せそうな満面の笑顔だ。俺は父さんに似ており、サラは義母さんに似ていた。


「父さん、義母さん。今日から俺は世界を見て回るよ。世間……特に人間の国は魔王軍で一杯一杯なのに暖気のんきなもんだろ? 二人が生きてたらきっと怒るよな」


 戦闘狂で正義感の強い二人のことだから、率先して魔王軍と戦うだろう。


 その前に俺の豹変を食い止めて、根性とか叩き直そうとしたりしそうだけど。


「俺は二人のことは好きだし尊敬してるけど、少し嫌いでもあるよ。二人と比較されて辛い思いもしたからね。勝手に死なれた時なんてどれだけ大変だったか……」


 そもそも二人がさ、俺の豹変前の性格の時、もしも弱気な性格が原因で苛められた時は、抵抗も防御もしないで真剣に話せなんて教えたから、俺は信じて言葉で伝え続けたのに。


 結果的に何も変わらず、分かってもくれず、むしろ被害が拡大してこうなったんだよ。どんだけ人の善性を信じてたんだか。


 豹変したこと自体には何も文句ないけどさ。


「それじゃ……もう行くよ。愚痴はまだまだ言い足りないけどさ。最後に、サラを守るって誓ったのに破ってごめん、特に義母さん。言魔法の約束は許してよ。使ってなかったら二人との対面が早くなってたんだしさ。墓参りは気が向いたらかな。当分ここら辺には戻る気ないから」


 言いたいことを言い終えた俺は、自室を後にして靴を履いて庭へと出た。


 ハイキックや後ろ回し蹴りなどの足技は違和感なく使える。走っても普段通り快調。それどころかこの靴のお蔭で走りやすい。


 これならば全然問題なし。よし、そんじゃ出発しようか。


 俺が庭を経由して、家の敷地を出ようとした時、玄関から急いだ様子のサラが出てきた。


「――待ってよお兄ちゃん! どこに行くつもりなの?」


「ん? 冒険だけど」


 嘘は言ってない。世界を見て回る旅なんだから立派な冒険だ。


「冒険って……。いつ帰ってくるの?」


 サラは訝しむ。これは勘づいてるな。


「さぁ? 少なくともサラが心配することじゃないぞ。サラは勇者パーティーなんだからそっちの心配だけしてれば良い」


「誤魔化さないでよ……。お兄ちゃんはこのまま帰ってこないつもりなんだよね?」


「流石に隠しきれないか。そうだけど……何か問題あるか?」


「あるよ! この家はどうするの? わたしだけで住むなんて広過ぎるよ! それにわたしだって勇者パーティーがあるから、帰ってこれない日も多くなると思うし……」


 じゃあ、答えは簡単だ。そこまで複雑に考えることもない。


「そのままで良いだろ。盗賊なんて王都には存在しないし。どうしても気になるなら売ってみれば?」


 そう、売れば良い。Sランク冒険者の両親が建てた家だ。勇者パーティーだから国から金は出るだろうけど、個人資金とするのも案外悪くないと思うが。


「本気で言ってるの? そんなことできるはずないよ。この家は、家族の思い出が沢山詰まった場所なのに……」


「俺は記憶に保管されてるから問題ない。勝手にしてくれ」


 俺は物は大切にしても、絶対に必要な物じゃなければ、盗まれない限りはあまり執着しない。家は思い出の一部かもしれないが、両親との思い出は十分記憶に刻んだ。俺が忘れない限りは残り続ける。


 流石にボックス収納に吸い込むのは駄目だ。というか、そこまでする理由がない。俺の魔力が多くても、こんなサイズの家を吸い込んだら容量が一気に少なくなる……と思う。


 キリングタイガーでも一割ほど占領してるというのに。


「……しかった……に……ってよ……」


「今、何か言ったか?」


「優しかったあの頃に戻ってよ! わたしがお兄ちゃんに冷たくしてたことは謝るから……何度だって謝るからわたしを許してよ……。お兄ちゃんまで居なくなったら……わたしの家族はもうお兄ちゃんだけなのに!」


 優しかったあの頃……ね。一体いつのことを言ってるんだ。


 子供の頃、迷子になって泣いていたサラを一番最初に発見して慰めた時。それとも両親がギルドの仕事中に風邪を引いて看病した時。またはそれを含めたすべてのことか?


 何にしたって俺の心は揺れない。サラに対して揺れるような心はとっくに冷めきっている。


「サラが勇者パーティーの道を選んだように、俺は俺の道を選んで進む。その一歩が今日だ。サラの心の支えは俺じゃない。今の仲間だ。家族としての繋がりは切れなくとも、お互いに頼るのはここまでにしよう」


「そんな悲しいこと言わないでよぉ……わたしは、わたしはお兄ちゃんのことが!」


「――それ以上は言うな。それは俺に伝えるべきじゃない」


 続く言葉は何となく予想できる。だからこそ、俺は聞く気はないし、聞いたとしても止まらない。


 言うだけ無駄なことを言わせることもない。


「最後に忠告しておく。勇者パーティーはこれから先、ずっと命懸けだ。今のままなら確実に全滅すると断言できる。強かった父さんと母さんでさえ死亡する世の中だ。もっともっと強くなれ。それが生き残る為に必要なことのひとつだ」


 俺はサラに背を向ける。


「本当に、行っちゃうんだ……ひぐっ……ぐすっ」


 俺はサラのすすり泣く声を背に、振り返ることなくそのまま歩き去った。





 家から離れ、学園やギルドの横を通り過ぎ、西の門を目指して歩く。


 この街並みを見るのも当分は無し……もしくは最後か。王都に生まれて王都で暮らしてたけど、街自体は中々綺麗だったな。


 全員が全員じゃないが、人間のことは割と嫌いになったが。無条件で人を信じるな。


 それに関しては人間に限った話じゃないが。結局は見極め能力が問われるわけだ。


 ……お、門が迫ってきたな。


 この先からは未知の世界。敢えてどこの国に何がある――とかは調べてない。大まかな国の位置を記憶してるくらいだ。その方が面白いしな。


 まずは、出だしから躓かないことを祈ろう。


「あばよ。ウルファス王国王都アラドス」


 門をくぐった先で、広大な平地が俺を出迎えた。


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