出国は明日。準備は入念に
昨日、騒がしいパレードが開催されてる間、俺はこの王都では最後となるギルド活動を終えた。
ギルドで稼ぎ始めてから一日二回だった依頼を、昨日は三倍の六回受けて危なげなく達成。流石に少しは疲れた。
合計依頼回数二十回、稼いだ総額は七百八十万コルタにまで及んだ。
ギルドで活動していた期間中、ランク昇格試験を何度か勧められたが、面倒なのと稼ぎ目的がメインだったこともあり、今のままでも不都合はないから全部断った。
さてと、今日は必要になりそうな物を買い揃えなくては。必要な物はそれなりにあるからな。
今俺は、両親のお下がりだが、小型の空間収納ポーチを腰に装着し、買い物の途中である。
空間収納ポーチはとても高価だ。容量次第でも値段が全然違う。何故かというと、空間魔法使い自体が少ないのと、難易度が高いという理由で職人が育たないからだ。
しかし、ボックス収納持ちが圧倒的に不足しているこの世の中、売れ行きが滞ったことはない。
だから俺は王都を出るまで、ボックス収納を使う気はない。その後は包み隠さず使っていくつもりだけど。
買い物のは服屋から始まり、旅の必需品のテントや寝袋、適当な食料と調味料、一万コルタの安いナイフを武器屋で二十本。
明日からの服装――蒼いコート、白いシャツ、ズボンと靴は黒。靴は機動性を重視した。
買った四点には常に清潔、自動修復、若干の温度調整が付与されている為、五十万コルタと通常の約十倍値が張ったが、何度も買い換えるよりはマシだと割り切った。
「あの店で最後にしよう」
カランカランの音と共に俺は入店する。少し狭さを感じ、古びた内装で、左右の棚に何種類かのポーションが並べて置いてある。
「いらっしゃい。お客さん、何をお求めで?」
正面の机を隔てた向こう側の背の高い椅子に座っている、腰の曲がった老婆が嗄れ声で出迎えた。
「魔力、傷、状態異常。それぞれの回復ポーションを頼む」
「状態異常を除いた二つの効果は大・中・小の三つだけど、どれにするんだい?」
何気にポーションは初めて買う。大・中・小の効果を訊かないといけない。
「大・中・小の違いは?」
「おやおや知らないのかい。ということは、今日がポーションデビューかね?」
「そうだが」
「そうかいそうかい。じゃあ、早速説明するかね。魔力小は千、中は一万、大は五万回復。傷小はかすり傷、中は骨折、大は病気と状態異常以外回復。状態異常は病気以外なら大体の異常は治るよ」
魔力については正直微妙だな。俺の魔力は百万以上。一般ギルド員の平均が一万。言魔法を使用しなければ、役立つと言えば役立つが。値段を訊いてみるまではまだ分からない。
傷については中々だな。回復系の魔法は結構魔力消費が激しい。自動回復の時はそんなでもないが。
状態異常は二瓶で良いだろう。そこまで使うとは思えない。状態異常に陥るような間抜けな真似をする気は今後一切ないが、何事にも保険は必要。持ってて悪いことはないよな。
俺は少し悩んだ末に考えをまとめた。
「それぞれ大と状態異常の値段は幾らだ?」
「こりゃたまげたよ。まさか最初から大を頼むなんてねぇ。お金の方は大丈夫なのかい?」
「さあな。教えてくれなきゃ分からん」
「それもそうだね。魔力大は五十万コルタだよ。五万回復なんてAランク以上しか購入しないんだけどねぇ。傷大は八十万コルタだよ。体力までは回復しないけど効果が凄いからねぇ。状態異常は少し下がって二十万コルタってとこだよ」
思っていた以上に高いな。確かに大からは中と比べても効果が凄まじい。こんなの多く買ってたら金が幾らあっても足りんが、生存率が上がるのなら安いと考えるべきかもしれない。
ギルドで稼いでたのは良かったが、出ていくのも早いとは……。
にしても、ポーション店は存外儲かりそうだな。調合技術が高くないと無理らしいし、簡単な道じゃなさそうだが、身につけば一生勝ち組だろう――これもこの国が魔王軍に勝てたらの話だが。
「魔力大を四瓶、傷大二瓶、状態異常を二瓶頼む」
「個人でそんなに買ってくれるお客さんは、随分と久しぶりだねぇ。新規購入者と初ポーション記念として、サービスで三百二十万コルタで良いよ」
嬉しい誤算だ。こんなことは滅多にない。遠慮せずに八十万コルタまけてもらうことにしよう。
「その歳でお金持ちだねぇ」
俺のポーチと金を見て、老婆は感心したように言う。
「ギルドで少しばかり頑張ったからな」
「将来有望だねぇ。あ……ちょいと待っていておくれ」
何かを思い出した様子の老婆が、店の奥に入っていき、新たなポーションを手渡してきた。
「この黄色いポーションは何だ?」
「国のお偉いさん直々に頼まれて新開発した人間にだけ効く副作用なしの【ドーピングポーション】さね。飲んだものの身体能力を個人差はあるけど、何倍にも跳ね上げるのさ。強いていうなら、持続時間が五分と短いのが欠点かね。それでも強力だと思わないかい?」
人間限定というところに強みがある。これに関しては奪われたとしても、魔族には適用されないのだから。
ただ……これを使おうとしたってことは、相手との実力差がそれだけ大きいということ。もしも奪われたなら、希望が絶望へと一瞬で早変わりし、普通に敗北するだろうな。
「何の為に開発を頼まれたんだ?」
「ほら、魔王軍の動きが活発化するらしいじゃないかい。それに備えてだがね」
「なるほどな。国も意外と色んな分野に手を伸ばして対策してるというわけか」
頼まれた時期がいつかは知らないが、こんなものを頼まれて作れるこの老婆も大したものだ。
脳の衰えは無いのか? そう疑問に感じたが、無いのだろうな。
「ただでくれるというなら……ありがたく貰っておこう。ではもう行く。有意義な買い物ができた」
「こっちも良い取引ができて嬉しかったよ」
老婆はこんな歳までなんの為に商売してるんだろうな。もう金も十分あるだろうに。まあ、サービスするあたり、年寄りの道楽なのかもしれない。
「そうか」
「またよろしく頼むよ」
「また……か。すまないが、または無いだろうさ」
「お前さん、それはどういう――」
俺は老婆の声を最後まで聞くことなく、苦笑いして店を後にした。
時間の経過は早い。買い物をしていただけで夕方とは。
昨日の名残かしらないが、今日の王都は一昨日よりもずっと賑やかだ。きっと勇者パーティーに希望を見たからだろう。
だけど俺から見れば、現時点でまともな戦闘ができるのは、先日新加入したバーン家の長男だけ。他のメンバーはおそらく魔族幹部の部下とどっこいどっこいかそれ以下。
こういう光景を見てるとつくづく思うよ。何も知らないことは幸せであり、とても残酷なことなんだって。
俺はそんな人の波に紛れながらも、最後の一日を過ごす家に帰宅する。
家の中が明るい。侵入者か? なんてな。どうせサラだろう。何も気にすることはない。顔を合わせるのも今日と明日まで。今更情なんてもの、湧くこともない。
そう思いながら、俺は静かに家の中へと入った。