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ノースレイの森

 王都の外へ出た俺は【ノースレイの森】を光の属性強化状態で奥へ奥へと風を切るように突き進んでいた。キリングタイガーの姿が消えたことで、元々この森に生息していた低ランク魔物が戻ってきている。


 野生の勘なのか、俺を避ける魔物も多いが、逆に実力差を読めずに襲いかかってくる魔物も少なくない。急いではないが、戦闘経験の足しにもならない魔物の相手は御免こうむりたい。


 そもそも魔物であれ、無益な殺傷をしようとは思わない。俺を殺しに来るならまた別だがな。今の俺は道を阻む魔物限定で殴り飛ばしながら移動している。


 一番は言魔法で気配を消すことだが、使う気はない。頼り過ぎたら自己の成長を阻害する可能性もある。言魔法の使用は基本的には避けたいと思う。


 ギルドでの出来事はノーカンだ。正当防衛として反射的に発動させてしまったから。イラッとした感情を抑えるのは意外と難しいのだ。


 さてと、討伐対象の生息地域は大体ここら辺か。だいぶ奥まで来たな。周囲をざっと見渡しても木々ばかりが映る。


「地道に探すし――」


 あ、少し離れた先の小高い丘に発見。目もバッチリ合った。俺のことを観察してるようだ。


 あれがパンチングコング。体毛は桃色で鮮やかだな。……とんでもなくゴツイけど。筋肉の鎧――そう称したくなるほど、ムキムキだな。


 ん? アイツ群れのボスじゃねえか。背中が銀色だから間違いない。いきなり真打ち登場かよ。


「何はともあれ、せっかくボスを見つけたんだ。仲間を呼んでもらいますかね」


 俺は周囲を警戒しつつ、パンチングコングに向けてダッシュする。


「――危なっ!」


 左右から拳サイズの石が遠投されてきた。俺は咄嗟にしゃがんで避ける。肩強いしコントロールも良い。連携されたら怠いかもしれない。


 取り敢えず、こっちを見てウホウホ鳴いて手を叩きながら楽しんでる、ボスより一回り小さな二頭には、早々に退場してもらうことにする。


『光よ、ぶつかり爆ぜろ、ライトボールボム』


「お返し……だ!」


 俺は手のひらに浮かぶ光の球体を握り、右方向のパンチングコングの顔面に狙いを定め、大きく振りかぶって思いっきり投げた。


 スピードに乗った球体は、空気抵抗を無視するかのように飛んでいく。


 バァン!


「よし! 命中。まずは一頭目」


 パンチングコングは避けることもできず、球体にぶつかり、ぶつかった瞬間に球体が爆発し、そのまま後ろに倒れた。


「次はお前……ってまたかよ」


 さっきとは違う色をした石が飛来するが、余裕を持って難なく避ける。焦げ茶色の石が、俺の足元付近に勢いよく落下した。


「…………く、くさっ!?」


 俺は堪らず指で鼻を摘まんだ。


 何だよこの鼻がひん曲がりそうなほどの強力な刺激臭は。まるで排泄物のような……まさか!?


 あのくそ野郎……自分のふんを投げやがったな。確か、パンチングコングの糞は物凄く臭かったはず。


 しかもこれ……まだ新しい。白い湯気が普通に見える。


 おい、何を喜んでやがんだ。尻をこっちに向けて叩くのを止めろ。挑発ばっかしやがって。


 人をイラつかせる天才だな。そんな才能を持って生まれた自分自身に後悔して死んで()()


『闇よ、我の手に顕現せよ、ダークソード』


「ケツにぶっ刺され!(地獄に落ちろ)」


「ウホォォォォォ!!! ウ……ホ……」


 パンチングコングは痛ましい叫び声を上げ、尻を押さえたまま絶命した。


 激情に駆られた所為で本音と建前が逆になってしまったが、あのうざいパンチングコングを葬れたから良しとしよう。


「ウンガアアアァァァァァァ!!」


 仲間の死をきっかけに、今まで静観していたボスコングの黒かった顔と胸が突如赤く変色し、憤怒の雄叫びが上げられる。


 続いて、四足立ちから仁王立ちとなり、周辺に響き渡る激しいドラミングを開始した。


 それが集合の合図とばかりに、ボスの左右に五頭ずつパンチングコングが出現する。


 怒って群れの仲間を全員呼んだか。……俺にとってはこの上なく好都合だ。探す手間が省けた。


 揃ったところ悪いが、一気に仕留めさせてもらうぞ。糞を投げるという下品な行為はもう二度とさせない。


『光よ、複数の槍で敵を貫け、ライトランス』 


 イメージした通り、俺の前方に光の槍が十本浮いた状態で顕現し、手を振り下ろすのと同時にボス以外のパンチングコング目掛けて放たれた。


 光槍の飛来スピードに反応すらできず、パンチングコング六頭の心臓を貫き絶命させる。四頭は群れの中でも上位個体なのか、殴って破壊した。流石にパンチングコングと名付けられるだけあるな。


 ボスを含めたパンチングコングは仲間意識が強いらしく、顔と胸を真っ赤っ赤に染まり尽くすほど怒り狂い、興奮しながら俺に向かってくる。


 俺は高速気味に詠唱し、顕現した光剣を素早く構える。


 殴りかかってきた一頭をすれ違いざまに一閃。パンチングコングの胴体と首を分断すると落下し、地面と接触したのかごとっと鈍い音が鳴る。


 後続の二頭が同時に重そうな拳を、俺の頭を潰すべく振るってくるが、ギリギリまで引き付け、しゃがんで躱して空を切らせ、斬り上げで腕を二つ落とす。痛みに怯んだ二頭の首が宙に舞う。


 そして、目の前のコイツで依頼討伐個体数は達成だ。ドラミングで気合いを入れ直したら、俺に怒涛の連続パンチを繰り出してくる。俺はしっかりと目で捉え、後ろに下がりながら何度も避ける。動きが鈍った瞬間に転じて心臓に光剣を突き刺した。


 これで依頼は終了したが、ボスコングが鼻息を荒くして怒ったままだ。俺としてはこれでさよならする気満々だが……。


「ウンガァ!」


 ボスコングは俺を殺すことを諦めないらしい。


 ボスコングが大きな図体に似合わない跳躍をすると、上から大きな拳骨を振り落としてきた。


 ドガァン!


 ……地面が深く陥没してる。陥没を免れた周囲は地割れでひびが入っている。素であの力は反則級だな。これが群れを率いていたボスの力か。パンチングコングはボスでもB級程度なのだが、この個体はB級上位の実力がありそうだ。


 とはいえ、昨日の激闘と比べれば随分と霞む。動き自体は遅くないし、あの攻撃力は目を見張るものがある……けど、脅威を感じない。当たらないというのもあるが、昨日の出来事が脳裏に焼き付いてることが原因だろう。


 ということで、俺は余裕綽々と避けてる最中だけど、ギルドへ戻ることにした。


「群れを討伐した俺が言うのもなんだが、また新しい群れを見つけて頑張れ。お前ならどこの群れでもボスになれる。パンチングコング……時々糞投げコング。最後にアドバイスだ。糞の臭いは改善した方が良い。それじゃ」


「ウンガァ! ウンガアアァァァァァ!!!」


 ボスコングが怒りの咆哮を上げながら追いかけてくるが、俺の速度で簡単に振り切り、この場から離脱した。





 あれから、森の中間地点ほどの場所まで戻ってきた。魔物は見当たらないな。俺は速度を緩めて歩くことにした。


 見渡す限りの木々。キラキラと綺麗な漏れ日。川のせせらぐ音。どれもが癒しを与えてくれる。


 こうやって自然を満喫するのも悪くない。


「うわぁぁぁぁぁ! 逃げろ! 逃げろ逃げろ逃げろぉぉぉぉぉ!」


 無粋な声を響かせ、良い気分を一瞬でぶち壊したのは、ポイズンビー三十匹ほどの集団から死に物狂いで逃げてる冒険者四人パーティーだった。


 ポイズンビーは、紫に黒の縞模様と毒々しい見た目で、羽だけは白い。普段は仕舞ってる猛毒針を出して攻撃する。刺された場合、十五分以内に解毒しなければ確実に死ぬ。


 ポイズンビーから逃げるということは、あの無粋なパーティーは高くてもCランク構成か。


 どうせ実力を過信して巣にちょっかい出したんだろ。想定以上の数だったから手に終えなくて逃げてるとか、そんなところか。


「ひ、人がいる。あれ? アイツって確か。何であんな奴がここに……。いや、ちょうど良い。皆、聞いてくれ……」


 俺を最初に発見した先頭を走ってるアフロ頭の男がニヤリと笑い、パーティー内で何かの話をし出した後、こっちに方向転換してきた。


 なるほどな。分かりやすい奴らだ。


 俺も良いことを考えた。少しの間だけ、俺はアイツらの視界から外れる為に走る。


「あ、おい逃げんな!」


 俺はある闇魔法を発動させた。


「クソ! アイツ、どこ行った? このままじゃ俺達は……見つけた! お前の体力が少なくて助かったぜ。あ、やべぇ来たぞ! おおっと足が勝手に滑ったー!」


「……」


「すまんな。犠牲になってくれ」

「ごめんな、まだ死にたくないんだ」

「あなたの分まで、精一杯生きます!」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」


 アフロ男は笑って、優男は悪びれもせず、パーティー唯一のケバい女は堂々と踏み台宣言、気の弱そうな童顔男は謝ってるけど自分の命優先。


「来るな、来るなよ! ぎゃあぁぁぁぁぁ! 痛い痛い痛い痛い痛い! お前ら絶対、絶対に許さないからなぁぁぁぁぁぁ!!」





「いやー助かったぜ! まさに天運だよな。あ、そうだ。聞いたか? ぎゃあぁぁぁぁぁだってよ。腹いてぇ」

「ああ。まさか臆病者があんな場所にいるとは。だけどあんな場所で何をしてたんだ?」

「そんなのどうでも良いです。生き残れたことが大事ですよ」

「こ、これって殺人なんじゃ……」


 やっと来たか。随分と遅かったな。待ってたんだぞ。


 森の出口でずっとお前らを。


「何を言ってんだよ。アイツは偶然巻き込まれて、勝手に転んだんだ。不幸な事故だよ、事故。それに俺達の命の恩人になれたんだ。むしろ感謝してるはず……さ? どどどどうして、どうしてお前が生きてる!」


 アフロ男のゲスな笑みが、森から出たとたんに固まり、動揺へと変わった。アフロ男の仲間も似たような反応を見せる。


「よぉ、屑共。生還おめでとう。そして新たな地獄へようこそ」


 優しい俺は笑顔のまま出迎えて上げた。


「良いから答えろよ!」


 俺はアフロ男のせっかちさにやれやれと頭を振って、わざとらしい溜め息を吐く。


「お前らが犠牲にしたのは、俺じゃなくて俺が闇魔法で作り出した俺そっくりの影人形だ。なのにお前らときたら馬鹿だよな」


「何だと!」


「だってそうだろ。お前らの視界から外れて隠れるチャンスがあったのに、膝に手をついて立ち止まってるんだぞ。お前が俺の影人形を転ばせた時も何も言わなかった。影人形は喋れないから当然だ。お前らが俺を嵌めようとしたから逆に俺がお前らを嵌めたんだよ」


「だけど俺は、俺達は! お前の叫び声をちゃんと聞いた!」


 うんうん頷いてるけどお前らって本物の馬鹿か。


「当たり前だろ。俺が叫んだんだから。もちろん姿を隠してな。迫真の演技だったろ? ネタバラシはここまで。さぁ、本番に突入しようか。押し付けられた礼はたっぷりしてやる」


「は? 確かに俺達の魔力はほとんど空だ。でもそれがどうした? 臆病者なんか体術で十分だ!」


「そうかそうか。じゃあ俺は遠慮なく魔法使わせてもらう。天国へのご案内だ」


 この少し後、俺は鬱憤を晴らすことになる。まずアフロ男、優男、童顔男を光の拘束魔法で縛り、森で人気の無い場所を選び、三つの木に縛り直した。


 そしてこの森最弱の水色ぷよぷよ魔物――ノーマルスライムを三匹見つけて連れて来ると、三人に一匹ずつ配置し、体当たり地獄を体験させた。最弱でもスライムの体当たりは一般男性に拳で殴られるのと同等に痛い。


「許してください。三人はもう……限界です」


「じゃあ、()()()助けてやる」


「本当ですか!」


「まずは一人だけ選べ。この中で一番大事な仲間は誰だ?」


 ケバい女の顔は自分に選択権を与えられたことによって、重圧から顔色が真っ青になった。三人が三人とも、弱りながらも「自分を助けろ」と必死で言う。そんな中、ケバい女が選んだのは優男だった。


 優男は腫れた顔で微笑み、ケバい女は頬を赤らめる。この間にも、アフロ男と童顔男はスライムに体当たりされてる。二人は優男とケバい女を憎しみの瞳で睨んでいた。


「もう一人助けるなら、ケバ……お前が二人のどちらかと代われ」


「は、話が違います!」


「どこがだ? 二人助ける権限は与えてるだろ。お前が拒否してもお前は助かる。そいつと共に。お前が身代わりになれば、そいつともう一人が助かる。ほら、話通りだろ?」


「そ、そんな……」


 何を絶望してんだよ。人を犠牲に生き残ろうとしておいて甘い考え持ち過ぎだろ。どう転んだってお前らの行く先は地獄の一択だけだ。


「た、頼むよ……仲間だろ?」


「助けて……助けてください」


 あーあ。ボコボコになっちゃって。少し前まで俺を蔑んでいた元気はどこに消えたんだ。


「はぁー。しょうがない。特別にお前が身代わりになれば二人まとめて助けることにしよう。これが最大限の譲歩だ」


「分かって……るよな? パーティーのリーダーを助ける……のがメンバーの責務だってこと」


「信じてる……よ。君なら、君なら……」


 人間は自己保身の塊ってことなのかね。よし決めた。もしここで二人を助けることをこの女が選べば全員解放しよう。


「二人は期待してるぞ。これで断るのは可哀想じゃないか?」


「分かりました……二人のことは諦めます」


「へぇー」


 一瞬だけ二人が感動で目を潤ませたのに、上げてからドン底に突き落としたな。


「おいお前! 恩を仇で返すのか!」


「そんな……酷すぎる。あんまりだ!」


「女の子にそんなの耐えられるわけないです! 男なら我慢してください! 大体今回のことはリーダーが強行した依頼じゃないですか。自分の後始末は自分でしてください。あなたは何もしてないけど、私はこの人と生きるって決めたのでごめんなさい。二人ともさようなら」


 ケバい女は優男に寄り添いながら立ち去る。アフロ男と童顔男はもう罵倒する気力も無いが、瞳だけは憎悪を宿らせ、ケバい女と優男が消えても睨み続けていた。


 飽きた俺は程なくして二人を解放し、置き去りにして帰った。生き残れるかは不明だが、生き残った暁にはケバい女と優男は危ないかもな。


 ま、知らんけどね。


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