新たなスタート。ギルドの小者
俺は自宅への道を帰っている。日も徐々に暮れ始め、青かった空はじわじわと朱色に染められつつある。
冒険帰りの者、夕食の買い物をする者、これから飲みに行く者。【アラドス】へ魔族の幹部が侵入していたとは思えないほど、平和な光景が広がっていた。
まあ、そう遠くない未来では、見られなくなりそうだが。今回の件は間違いなく何かしらの引き金となる。幹部を殺したことで何の変化もない方がおかしい。
魔族と衝突する日は着実に縮まった――そう考えるのが現実的だ。均衡が破られる日は近い。矛先が向かない限り、俺には関係ないが。
……やっと、やっとだ。これでしがらみからも解放された。疲労感はあるが、それでも足取りだけはいつになく軽い。
勇者パーティーにすべてを押し付けることにも成功した。あの契約魔法は当分の間、破られることはない。何故なら、代表者をアイザワにしたからだ。
俺は適当にアイザワを指名した風に言ったが、それには一つ狙いがあった。契約魔法は一般的にはあまり知られていないのだ。教員が驚きを露にしたのも、知識に無かったからである。
あれは結構古い部類の本で知った魔法だ。俺は読書量は多い方だと自負している。いつか蓄えた知識が役に立つ日が来るとは思っていたが、まさかそれが今日だったとは。
図書館の棚に並べられている莫大な本の中、偶然発見したその本にはこう記されていた『契約魔法の解除方法はただ一つ。それは、代表者の死。この方法以外で破る方法は存在しない。誰かが契約魔法を完璧に理解し、新たに作らない限りは』と。
実質、アイザワが死ななければ解かれることはない。これからは本腰を入れてアイザワを鍛えるだろうし、護衛も騎士団長や宮廷魔導師クラスが任されるはず。バルムドにお墨付きを貰ったあの三人も才能的に強くなる。
つまり、俺が面倒事に巻き込まれる可能性はほぼゼロ。バレることはない。例え俺だと結びついたとしても証拠は出ない。俺がこの国に縛られることはない。
十日だ。十日後、出国する。その時こそ真の自由であり、新たな俺の始まりだ。
俺が学園を辞めた翌日。
昨日サラは帰ってこなかった。おそらくだが、事情聴取を受けていたのだろう。俺の身代わりご苦労様だ。
これからについてだが、まずは資金準備だな。両親の遺産もあることはあるが、まだまだ心許ない。サラと半分にすれば、三百万コルタずつ。多そうに思えるが、金はあればあるだけ良い。戦闘経験にもなるし、ギルドで稼ぐ。
ギルドにはランクアップ試験があり、ランクを上げるには試験を受けなければならない。Cランク冒険者からは固定給料もつくが、国が危機に陥ると強制労働の義務が発生する。国の為に命を懸けるとか俺には無理。
幸いだったのは、Fランクの俺でも高難度の依頼を受けられることだ。その代わり完全な自己責任であり、死んでも文句は言えないがな。
俺は円錐型の大きな建物に足を踏み入れる。相変わらず、ワイワイガヤガヤと賑わってるな。良い意味でも悪い意味でも。
俺は自分に送られる視線を無視し、依頼書が張り出されている場所まで向かった。ここで注意だが、俺はBランク依頼までしか受けない。強いという印象を与え過ぎて、目をつけられるのを避ける為だ。
俺が依頼書を眺めていると、冒険者二人の中々に興味深い話が流れてくる。
「おいおい聞いたか、例の話」
「あれか、明日の午後から重大発表を広場でするって話」
「ああ、それだ。いったい何だろうな」
「さあな。まあ、明るい話が良いよな。最近は魔族とかの暗い話ばっかだしよ」
「そうだな……」
耳に入ってきた会話から推測は可能だった。
勇者パーティーのお披露目だ。国王もこのまま隠し通すことは不可能だと判断したはず。それにこのタイミングは発表するのにベスト。魔族に不安を抱く国民に、とーっても良い報告ができるだろうし。
国王は真実が分かっていたとしても、勇者パーティーの活躍にする必要がある。勇者パーティーも勇者パーティーで自分達が倒してなくとも、倒したと言わなければならない。
どんな偽り演説をするか楽しみだ。俺も明日暇なら見に行ってみるか。
まあ、明日は明日。今日は今日。依頼はこれに決めた。俺は紙を剥がし、一番近くに座る受付嬢に渡した。
「あの、失礼ですが、あなたはFランクですよね?」
栗毛の若い受付嬢が、俺を見るなり怪訝そうに確認してくる。どうやら俺はこの受付嬢にも知られてるらしい。
大した知名度だな。ちっとも嬉しくない。
「そうだが何か?」
「本当に良いのですか? あなたが受けたら生存率は絶望的だと思われますが」
ランクで判断すると目が曇るぞ。まあ、少し前の俺を知ってるなら先入観の所為で仕方ないとは思うが。
「構わない」
「しつこいようですが、もう一度確認します。本当によろし――」
「ソフィちゃんこの坊主がどうかし……おいおいマジかよ。ぶははっ、これは笑えるぜ。お前みたいなのが依頼を受けるとか何の冗談だぁ? 臆病小僧のサーファジュニア!」
「……」
依頼書を勝手に奪い取り、俺を嘲笑してきた、このハゲ! もとい体格に恵まれた、顔の厳ついスキンヘッド男。
うざったい奴が現れたもんだ。この大男の所為で無駄に注目を浴びてしまったんだが。
つうか、ジュニアってなんだよ。そんな呼ばれ方今まで一度もされたことねえよ。
「どんな低ランクの依頼を……は? はぁぁぁぁぁぁ! 小僧お前とうとう自殺すんのかよ。Bランクってふざけ過ぎだろ」
「お前には関係ない。さっさと失せろ」
コイツ、ホントに消えてほしい。お蔭で鬱陶しいひそひそ声が増えた。
「何だとテメエ! 随分と偉そうな口叩くようになったじゃねえか。臆病小僧の分際でよ。俺はお前と違ってランクはC。しかも、あと少しでBランクだ。格が違うんだよ格が。口の聞き方には気をつけな。でなきゃ次は泣かすぞコラァ!」
あーやだやだ。ランクで強くなった気でいる奴はこれだからみっともない。
耳元で叫ぶのも止めろ。唾を飛ばすな。もしかして地味な嫌がらせか? 汚ねえな。口の締まりが悪い奴め。
「早く了承してくれ。それがあんたの仕事だろ」
「無視してんじゃねえ! 舐めやがって。こうなりゃ痛い目見せてやる」
「駄目です。ここは暴れる場所ではありません。あなたも挑発しないで。謝ってください」
「黙れ。いい加減仕事しろよ。職務放棄は減給だろうが」
俺に謝れとか意味不明なこと言いやがって。絡んできたのはあっちからだろうが。不当に謝らせようとすんな。
「優しいソフィちゃんの好意を無駄にしやがって。ソフィちゃん、少しも心配するこたぁねえ。先輩からのありがたいアドバイスだ。常識知らずの生意気小僧へ、な!」
拳を振り上げてどうするんだ? お前ごとき野蛮人が俺を殴れると思うなよ。
『止まれ』
『俺を一割強化せよ』
俺は小さく呟き、言魔法を発動。
大男の動きを止め、自分を強化。
「あばよ、Cランクの小者野郎」
「ぐわぁぁぁぁぁ!」
大男の無防備な腹を強めに蹴ると、痛みによる叫び声を上げながら吹っ飛び、壁に激突して意識を落とした。
やっと耳障りな奴が消えたか。将来ハゲないか心配してしまうほど不快の塊だった。
「これでも受ける資格はないと?」
「い、いえ……申し訳ありませんでした。依頼を受理します。お気をつけてくださいませ」
俺は足早にギルドから出た。少し目立ち過ぎた気もしないが、あの程度なら大丈夫だろう。ギルドマスターも以前言っていたしな――絡んだ奴の自業自得だ、と。
依頼内容はCランク魔物――パンチングコングの群れ十二頭の討伐。報酬は三十万コルタ。依頼達成はギルドカードで証明するんだったよな確か。
冒険者の報酬額は高いのは、ソロに比べてパーティー組が多いのと命懸けという理由からだ。
強い者が得をする。まさに弱肉強食だ。豹変前の俺は実力主義な面に馴染めなかった。今は全然平気だがな。
環境が無理矢理にでも人を変える……ということかもしれない。