バルムドの真の姿
「なん……だ。あの姿は……」
誰かがそう呟いた。アイザワかもしれないし、教員かもしれない。もしかしたら観客の可能性も。
俺は違うけど。
でも、そういう言葉が出てしまうのも分からなくはない。
バルムドはその姿かたちを大きく変化させ、プレッシャーによる圧迫感を増大させていたのだから。
全体的に一回り、あるいは二回りほど大きくなっており、中央の角は伸びて太く長く変化し、鋭さも増している。頭の左右からも角が生えており、三本角になったそれはまさしく魔族の姿に相応しいとまで感じた。外套の背中を突き破って黒と紅が混ざりあった大きな翼も出現している。元々鋭い目は赤く充血しており、怒りが見てとれた。
全体的にかなり迫力を増しており、俺にはキリングタイガーに似た――いや、それ以上の強者足る何かをひしひしと感じている。
勇者パーティーは今にも絶望で膝が崩れ落ちそうだ。なけなしの勇気を振り絞って立ち続けているのだろう。勇者パーティーに限らず、闘技場にいるほとんどの者がそんな状態ではあるが。
何故なら、バルムドが姿を変化させてから、聖剣によって受けた重度の傷が、目に見えてハッキリと消え去っているからだ。
「よくも、よくもやってくれたな……この下等種族どもがぁ!!」
キレたバルムドは床を踏み鳴らし、怒声をピリピリと響かせ、いきなり戦闘態勢となる。
これはまずいな……。本当に殺す気満々になってる。変身前までは、殺気をまったくと言っていい程纏っていなかったのに、今は全身から濃密に放たれている。
「皆! 全身全霊で警戒して! 一瞬でも気を抜いたらヤバ――」
バルムドが床を陥没させ、俺でもかすかにしか見えない程の一瞬でリラに接近し、ラリアットで腕全体を振るっていた。
「うぐっ」
咄嗟の勘だろう。リラは反射的に腕を交差していた。
しかし、その防御はあまり役目を果たせず、観客席の防御結界までスピード感溢れる勢いで、減速することなく一気に吹っ飛ばされる。
だけど、よく防御した。あれがなければ致命傷だった可能性が高い。もう動けないだろうけど。
「リラさん!」
「リラ!」
「うおぉぉぉぉぉ!! よくもリラを!」
怒りを爆発させたアイザワが、けたたましい雄叫びを上げながら、明らかに鈍った動きで接近し、バルムドに聖剣を振り下ろそうとした。
「うるせぇ。雑魚が」
バルムドはアイザワの顔面に裏拳を素早く打ち込む。
「げっはぁ」
アイザワは顔面をへこませたまま、鼻血を撒き散らせ、リラとは別方向に変な声を上げて軽々と吹っ飛んだ。
「アイザワさん!」
「アカシさん!」
「次はお前らだぁ」
バルムドはアイザワを一瞥すらもせず、同じ場所で固まっていた残り二人、それぞれに拳をプレゼントする。
「うっ」
「ぐっ」
二人は十字ガードの上から吹っ飛ばされた。
そして呆気なく地に崩れ落ちる。
意識が残ってたら良い方だろう。いやどっちらかと言えば、残ってない方が幸せか。
「ふ、フハハハハハハハッ。残念だったな勇者共。俺様を含めた魔族はなぁ、ナイン並みの圧倒的強さがあれば『解放せよ』の一言で俺様みたいに真の強さを発揮できるんだよ! あの一撃で俺様を殺しきれなかったのがお前らの敗因だぁ」
とんだ奥の手だな。反則級の能力だ。
パワーアップに加えての酷かった傷まで回復するなんて、この場の誰もが想定外だろうよ。まさに、回復要員要らずだな。
「さて、もういいか。お前ら勇者パーティーは慈悲なく殺す。正直雑魚勇者にはこれっぽっちも見込みねぇ。だが、あの聖剣はかなり厄介だ。女共も将来危険になりうる。雑魚勇者はどうでもいいが、女共には今回で確実に死んでもらう。まずはお前からだ……女」
そう言うと、バルムドは翼を羽ばたかせ、床に伏したリラの目の前に風を起こしながら降り立った。
見込みがないと断言されてアイザワ……本当に不憫だな。俺もまったくの同意見だから同情することはないが。
「あ、あぁ……」
リラの表情が恐怖に歪んでいる。顔色も青白くて相当に悪い。
「今の恐怖度はどんな具合だぁ? その顔をもっと絶望に染めてやろう。俺の序列はナイン。つまり、九番中九位だ。上位に君臨する者達は、俺よりも桁違いに強い。魔王様はそんな化け物達を従えるに値する強さと器を兼ね備えておられる」
そんなに……か。バルムドが最低レベルで、他は底知れぬほどの強者とか絶望的だな。
これは人類詰んだか? ビビらす為のハッタリっていう可能性も否定はできないが、おそらく事実なのだろう。
「そ、そんな……」
リラの絶望的な表情が伝染したかのように、俺の見える範囲に移る全ての者達が、顔色を死人のように変えている。
「じゃあさよならだ。死ね」
バルムド、残念だな。今回だけはお前にも運が足りてない。
光の属性強化に上乗せして、
『限界の五割強まで己を強化せよ』
「なん……だと」
「随分と弱っちい拳だな。バルムド」
俺はバルムドの拳を片手で受け止め、余裕の表情を浮かべて蹴り飛ばした。
「ゴハッ」
お前よりも俺の方がまだ強い。お前までなら今の俺でも十分に勝機を見出だせる。
「り、リオルどうして……」
「勘違いするなよ。最後の借りをお前達に返すだけだ」
「借り?」
「リラとミシェルさんだけは、俺を見えてる範囲だけとはいえ、助けてくれた。それが原因で苛められもしたが、それでも借りは借りだ。そして幼馴染だったことへの最後の情だ。そうこれが最期だ。俺とお前達との関係はな」
次は助けてやれない。もっと死なないくらい強くなれ。
この学園に入るまでの、リラと過ごした時間は楽しかった。それだけは嘘じゃない。だけど、今日この瞬間に、正真正銘俺達の関係は終わる。
「……い、いや、待って、待ってよリオル!」
今までありがとう。
「お別れだ、ミラー」
「リオル、リオルゥゥゥゥゥ!」
俺はミラーの呼び止めに振り返ることなく、吹っ飛ばしたバルムドの場所まで歩いた。
「き、貴様ぁ! 何の真似だ。急に横槍入れてきやがって。さっきも俺様を馬鹿にしたよなぁ。もう我慢ならん。先に貴様を殺してやる!」
「ナイン最弱が吠えるじゃないか。ちょこっと変形した程度で強者顔するなんて恥ずかしいやつだな。その立派な角を武器の素材にされたくなければ、もう少し口の利き方に気をつけろ」
「どこまでも生意気な。十年ちょっとしか生きてない分際でぇ、調子に乗ってんじゃねえぞぉ! この下等種族がぁ!」
速いことは速いが、動きが単調になってるぞ。これだから、キレやすいやつは簡単で手間がかからなくて楽だ。
馬鹿正直に突っ込んできたバルムドの拳を避け、カウンターとして腹の中心へ一発入れにいく。
『闇肌・硬』
「ふっ、馬鹿め……?」
「馬鹿はお前だ。単細胞」
「ぐあぁ。な、何故……だ」
バルムドは血ヘドを吐き、腹を両手で押さえながら苦しそうに唸ると、膝をついてうずくまった。
「簡単なことだ。お前の強化魔法より、俺の拳が強かった。ただそれだけの話だ」
「あ、ありえない。下等種族風情が聖剣もなく、俺様の魔法に、肉体に、勝った……だと」
「傷心中悪いが、どんどん逝くぞ。ナインの最下位さん」
俺は笑顔を浮かべて、からかい口調でバルムドを見下ろした。
「ば、馬鹿にするなぁぁぁぁぁ!! 下等種族が俺様を見下してんじゃね――」
バルムドは血管がはち切れんばかりにキレて、顔を沸騰させるも、俺はその途中で魔法を発動する。
『四肢を縛りつけろ』
バルムドは床から生えてきた刺々しい植物に捕らえられ、あっという間に固定された。四肢には鋭い棘が刺さり、血が伝っており、痛みを耐えている。
「貴様ぁ! 何をする気だ!」
「何だろうね。ま、楽しみにしてなよ」
俺は最大級の笑みを見せつけ、次なる魔法の想像を開始した。