魔族ナインの一角VS勇者パーティー
バルムドは空中動作をしていたのと、アイザワに集中していたことで、接近する三種の弾丸に気づくのが相当遅れた。
だが、バルムドは並外れた反応速度を発揮し、咄嗟の判断から腕を交差して防御。命中確実だった筈のまともな直撃から難を逃れる。
踵落としを回避できた見返りとして、アイザワは蹴られたスピードそのまま、叩きつけられるように床へと落っこちた。
これはこれで痛そうである。
「……おいおい、誰だぁ。茶々入れてきた奴はよぉ」
思わぬ奇襲を仕掛けられ、バルムドはキレ気味となり、いつ怒りが爆発してもおかしくない容貌に変わった。
外套は少しボロボロとなり、焦げた匂いが風に乗ってこちらまで漂ってくる。
外套から僅かに露出している手の甲も、少しだけ焼けていた。
バルムドを視界から外し、俺はBブロックの入場門辺りに目を向ける。
すると、属性強化の光輝くオーラを身に纏い、指で銃の構えを取っている――リラ・ミラー、サラ・サーファ、ミシェル・ホワイトの姿を確認した。
アイザワの窮地を救ったのはこの三人で間違いない。使った魔法はライトバレット、ウォーターバレット、フレイムバレットの魔弾を撃ち出す魔法か。
三人は銃の構えを解いて腕を下ろすと、アイザワの側に駆け寄よった。サラとミシェルさんが前に出て警戒、リラが得意分野の回復魔法で、痛みに苦しむアイザワを治療中だ。
ミシェルさんも回復魔法は使えるが、一番得意としているリラに任せるつもりらしい。サラは光属性持ちだが、回復魔法の適正がなく、使っても発動しない。だから、自ずとこの立ち位置となる。
この三人……やはり関係者だったか。秘匿内容は勇者関連。
駆けつけた理由は、勇者パーティーに選ばれたからだろう。王女の安堵した表情を見るに、王女自身もパーティーメンバーの可能性がある。
何故未熟な学生をわざわざパーティーメンバーに選んだかまでは定かではない。けど、才能ある者を選んだのもまた事実。
まあ、そこらの込み入った事情はどうでもいい。問題はこの三人が登場しても、然程状況が好転するとは思えないことにある。
王女のように、魔力がすっからかんなわけではないだろうが、多くても五割残ってれば幸運な方だろう。
一体どうするんだろうな……。
「私達は、勇者パーティーです。本当なら、まだ貴方とは戦いたくありません。でも、見逃してはくれないですよね……?」
イラついてるバルムドに、ミシェルさんが少し強張った表情で無理を承知のことを訊く。
「当たり前だぁ。俺様の好意を無下にしたのはそこの雑魚勇者だ。しかもお前らは、その雑魚を助ける為とはいえ、俺様に奇襲をしやがった。借りはきっちりと返す主義なんでなぁ」
逃がすわけないだろ? といった感じで、バルムドは元々鋭い目付きを更に鋭くさせる。
そりゃあ許すわけないよな~。命拾いするチャンスを蛮勇と愚かな正義感で、いとも容易く踏み潰して不意にしたのは他でもないアイザワなんだから。
お、肝心なその本人にリラが声を掛けたようだ。
「アカシ。まだ戦えるわよね?」
アイザワに外傷は見られない。リラの魔法で、戦闘復帰が可能なレベルまでには回復したみたいだ。
とは言え、回復魔法は他に比べて魔力消費が割と多い魔法。決定戦の消費も兼ねると魔力残量は少ないだろう。まあ、これに関しては全員に言えることだが。
勝負を決めるなら、バルムドが本気を出す前の今だけ……だな。
「うん……」
肝心の治してもらったアイザワだが、圧倒的力量差にまたまた臆病風を吹かせ始めた。蛮勇を上回る恐怖を体感したらしいな。
アイザワの言動から予想するに、よっぽど柔な世界に住んでたのだろう。そんな奴がこの世界に馴染むのは酷ではあるが、勇者を引き受けた時点で、同情の余地はない。
流石の蛮勇勇者でも心が折れたか? と思っていたら、リラがアイザワの頬をバチンッ! と強くビンタして、活を入れるように説教を始めた。
「しっかりして! 貴方が無茶したから最大のピンチを迎えてるのよ。怯えてる暇があるなら、シャキッとして勝つ為に全力を尽くしなさい!」
にしても……良い音したな。爽快な気分になれたよ。
アイザワが頬を押さえて目をぱちくりさせているが、俺はそれを見て少し吹き出しそうになった。
「リラ……目が覚めたよ。迷惑かけてごめん」
上手く活が入った様子のアイザワは、自分でも両手で頬をパチンッと数回叩いて気合いを入れる。
「……よし、皆! あれを取り出すから、時間を稼いでほしい」
戦意喪失していた瞳に光を宿し、パーティーメンバー全員に向けて頼みごとをした。どうやら何か手があるらしい。
三人も頷き、アイザワから離れて前に出る。アイザワは集中する為か、ゆっくりと目を閉ざす。
「話し合いは済んだかぁ。もういいよなぁ!」
ここまで律儀に待っていたバルムドも、我慢の限界が来たらしく、前衛の真ん中にいるミシェルさんに、準決勝で見せたリラのスピードに匹敵する速さで接近した。
ミシェルさんは、このスピードなら、ギリギリ対応できるらしく、突っ込んできたバルムドの拳が顔に命中する寸前で、素早くバックステップをして回避する。
強者の余裕からか、馬鹿正直に真っ直ぐ攻撃してきたバルムドを、両端にいた二人が見逃す道理はない。
サラは跳躍して、ミシェルさんに避けられたバルムドに踵落としを、リラは顔面目掛けてハイッキックを繰り出していた。
この挟み撃ち攻撃に、ミシェルさんを追撃しようとしていたバルムドは舌打ちし、行動を中断。自分を硬化する魔法は間に合わないと判断したのか、素手で防御行動を取った。
アイザワよりハードな攻撃だと防御した瞬間、腕に衝撃を受けて気づいたらしく、一瞬だけだがバルムドは表情を苦しいものに歪める。やはり、油断してたな。
体が頑丈な魔族でも、流石に属性強化なしじゃきつい筈だ。スピード強化だけでは無理がある。
それでも、払い除けるのは流石と言うべきか。
払われた二人は軽快な身のこなしで見事着地し、それと同時に高速詠唱をしていたミシェルさんの魔法が発動する。
『光よ、目標を雁字絡めにし、動きを止めよ、光縛り』
あれは……リストレイントよりも難しい拘束魔法。難度の高い魔法の筈だが、習得していたとはな。
完全に気を取られていたバルムドは立ったまま、銅・腕・足を動かないように、床から出現した光の縄のようなもので、強く拘束され、ガッチリと頑丈に固定されていた。
「クソガァ! 何だこれは……。体が動かねぇぞ!」
自分の状況を把握したバルムドは、手足を動かそうとするが、思いの外強い拘束力で、完全に脱け出せる気配がない。
イライラが募り、浅黒い顔を真っ赤に染め、額には青筋が浮かべている。
見下し過ぎたな。結果的に……だが、アイザワと最初に戦ったことで、学生の程度を把握した気でいたのだろう。
ところがどっこい、まだまだアイザワよりも強いんだよなぁ、あの三人は。どんなに格下でも舐め過ぎたら痛い目に遭う。
バルムド、お前は俺にとっての反面教師として役に立ってくれた。ありがとよ。
「皆、詠唱開始! アカシもそろそろでしょ? 始めなさい!」
リラがそう叫ぶように伝達すると、勇者パーティーの面々は頷き、各自で詠唱を開始した。
確かにチャンスは今しかない。自分の持つ最強魔法でケリをつけるのだろう。
やはり短期決戦に持ち込んだか。
さて、上手くいくかな。これで無理ならもう敗北は確実。免れることは不可能だぞ。
『光よ、輝く魔法に圧倒的な底上げを、ホーリーベール』
『光よ、多数の球体を縦横無尽に放て、マルチバーストストライク』
『光よ、多数の球体を縦横無尽に放て、マルチバーストストライク』
『人類の希望となる武器よ、聖なる導きにより、今ここへと降臨を願う、聖剣召喚』
うはー凄まじいな。これをただの一般人に向けたら木っ端微塵どころか跡形も残らないだろう。
ミシェルさんが、最初に魔法を発動させた。すると、ミシェルさんを除く三人の頭上に神聖な光のベールが現れる。
ホーリーベールの効果は、指定した者限定で光魔法の威力を増幅させる補助魔法。
それなりに魔力を消費するとはいえ、ミシェルさんが使ったということは、意外と一番魔力残量が少なかったのだろう。
次にリラとサラが詠唱を完成させた。二人の前方には計十六個の光球が浮かんでいる。俺がアイザワ戦で使用した拳並みの球体よりも二回り程大きい。ホーリーベールの効果は絶大だな。
しかし、アイザワの目の前で、アイザワをボロボロにした俺の魔法を出すとはね。二人の最大魔法がそれだったとは皮肉じゃなかろうか。
そして肝心のアイザワだが、俺が一度も聞いたことのない詠唱をしていた。聖剣って召喚形式だったんだな。初めて知ったよ。
魔方陣から召喚され、アイザワの手に掴まれた聖剣からは、凄まじいエネルギーを肌で感じた。力の奔流が神々しい光と共に伝わってくる。
その輝きはライトソードの比ではなく、本物の圧倒的な輝きと存在感が誰しもの目を引く。バルムドだけは嫌悪と怒りにまみれた顔だがな。
剣の握り部分は全部黄金色で、刃全体は虹色の光で満たされている。
半端ねえなあれ。雑魚の魔物なら光に当てられただけでも卒倒するんじゃなかろうか。あんな代物をアイザワが完璧に使いこなせるとは思えないが、使いこなせたらヤバそうだな。
流石聖剣。主人のアイザワなんて霞みすぎてどこにいるかもわからない。まあ、それは言い過ぎにしても、聖剣が主役でアイザワが付属品の様に見えなくもない。
全員の準備が完了したところで、サラとリラのプカプカと浮いていた光球が、いまだに動けないバルムドを一斉に取り囲んだ。
最後にフィニッシュ役のアイザワが、虹と黄金に輝く聖剣を垂直に振り上げる。
「これで終わりだあぁぁぁぁぁ!!」
『シャイィィィンブラストオォォォォォ!!!』
聖剣からより一層強い光が放たれると、アイザワの猛々しい雄叫びと共に大きく、そして勢いよく振り下ろされた。
光の巨大な衝撃波がバルムドへと向かっていく。おそらくこれもホーリーベールで強化されたものだ。
バルムドは慌てて『闇肌・硬』で自分の守りを強化するが、結局はそれが精一杯で、防御姿勢すら取ることもできず、盛大に真正面から直撃した。
更に、バルムドを取り囲んでいた光球が誘発を起こし、巨大な爆発を生み出した。直後に余波が発生し、爆風と爆音が広範囲を襲う。
「ギヤアァァァァァァ!!」
これは決まったか……?
というか殺す気満々だな。あんな馬鹿げた威力は俺が属性強化してても、まともに受ければ死にかけるレベルだ。運が悪ければ死ぬかもしれない。それ程強力だった。
爆発の中心地は、まだまだ煙が晴れない。
勇者パーティーは、全力を振り絞って力尽きたのか、その場にへたり込んでおり、大量の汗を掻き、肩で何度も何度も大きく息をしている。だが、余裕がなくても視線だけは、煙一点に注がれていた。
発生していた濃い煙が、段々薄くなってきた様にも見える。
そして……とうとう煙が完全に晴れた。
そこには――