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謎の侵入者、その目的は?

 Bブロックの舞台に、黒い外套で全身を覆った見るからに怪しい者が降り立つと、観客席の生徒及び教員が静けさを破って騒がしくなる。


 天井が壊された音に驚く者、演出じゃないかと疑う者、警戒心を露にする者など様々な反応が見て取れた。


 その中で、教員陣はほとんど、いや――全員かもしれない。警戒のレベルが生徒とは明らかに異なっていた。現にBブロックの舞台を複数人で囲んでいる。


 この時点で演出の可能性は消えた。ならば何なのか……。ただの不審者という可能性も無きにしもあらずだが。


 俺は、全身黒尽くめと言っても過言ではない正体不明な者を注意深く見続けた。


 外套に隠されて詳細なことはわからないが、背格好を見る限り、背はかなり高くてガッシリしているように見える。


 侵入者はその場でぐるっと首を回し、周囲を観察しているみたいだ。


 急に現れた侵入者は今も尚、一言足りとも発していない。それが一層場の不安感を煽っている。


 ここで、この緊張感たっぷりの空気に痺れを切らした一人の教員が現れた。


 彼は現在の模擬戦授業を担当している男性教員だ。肉体派だと一目でわかる筋骨隆々な体格をしており、短気そうな見た目をしている。実際に短気だし、短気だからこそ先陣を切ったのだ。所謂一般的に脳筋と呼ばれる部類の人である。


 彼が他の教員による制止を無視して近づくのは時間の問題だったのだ。


 普通は相手が危険人物の可能性があるのだから、十分に距離を離した上での会話が常套手段となる。


 それを無視してわざわざ近距離での会話、か。馬鹿なのか、根性なのか、命知らずなのか――やはり脳筋だな。


 生徒を教える教員がそれで良いのか、と言いたくなる。きっと蛮勇なのだろう。まあ、取り敢えずは傍観に徹しようじゃないか。


 筋肉教員は侵入者の真正面間近まで接近し、癖のある口調で威圧的に話し掛けた。


「おんし、一体何もんじゃい。フードを取って顔をみせい」


「丁度良いか……」


 外套に包まれた侵入者は、低めの声を小さく発した。つまり奴は体格通り、男。


「何がじゃい。ちゃんと聞こえとんのか!」


 男の発した言葉の意味がわからず、自分の話を無視された筋肉教員が、額に青筋を浮かべて男に怒声を浴びせた。


「お前に一度だけ質問するぞ。俺様は気が長い方じゃねえからぁ、より良い返答をオススメする」


 そんな筋肉教員の気持ちなど関係ないとばかりに、男は生意気な口調で言葉を口にする。


「いきなりなんじゃい。生意気な! おんしにそんな偉そうな態度を取る資格なんぞない!」


 男の態度に筋肉教員は、怒りのボルテージが更に上げた。


「この学園に異世界により召喚された勇者がいるという情報を掴んだ。どれが勇者だ?」


 召喚された勇者……だと。この学園にいる? どういうことだ……。いや、まさか! なるほど、そういうことか。繋がったよ。


 足元近くで、這いつくばった状態からいつの間にか座り込む姿勢に変わっていた王女を見ると、目を見開いて驚いている。王女だけ他と違う反応だということはすぐにわかった。


 例えるなら、何故バレた! という顔だ。


 筋肉教員の怒りを完全に無視して、男はどこ吹く風状態。一方的に自分の言葉だけを優先し、逆撫でさせている。


 この数の、謂わば敵だらけの場所で、こんなにも横柄な態度を取れるというのはどういう思惑だ? 


 よっぽど自分の実力に自信があるのか、あるいはただの馬鹿なのか――判断できそうもない、この時まではそう思っていた。そう、この時まではな。


「勇者じゃって? そんな話聞いたことないわい。それよ――」


「そうかい。なら、もうお前に用はねぇ」

 

 男が気だるそうに言うと、筋肉教員の胸部に、ブレて見える程の速さで貫手を放ち、寸分の狂いもなく心臓へと完全に貫通させていた。


 筋肉教員は「なん、じゃい……」と言って意識が消え、腕を引き抜かれて背中から床に崩れ落ちた。


 今のは間違いなく即死だな……。


 男の手の部分が露出し、浅黒い肌が一瞬見えたが、腕を引き抜くと同時に真っ赤な血液で染まり、その腕からはポタッポタッと血が床へと垂れている。


 俺は初めて間近で人が殺された場面を見たというのに、冷静過ぎる程落ち着いていた。


 コイツ、強いな……。あの貫手、俺は見えたが、この学園でその動きを捉えられたのは、おそらく教員含めて十人もいないだろう。


 この光景を理解した生徒達は、圧倒的な恐怖を感じ、一斉に悲鳴を上げながら逃げ始める。


 だが、それも長くは続かなかった。何故なら、男から放たれた尋常じゃない殺気が、大闘技場内に散らされたからだ。


「黙れ、騒がしい。大人しくしてろ」


 この殺気に足がすくみ、恐怖して体が動かず、ほとんどの生徒が座り込んでしまう。教員の中にも苦しそうな者が幾人かいた。


 それも仕方のないことだ。その殺気はそれほどに強力だったのだから。


 しかし、一部の教員は優秀で迅速だった。すぐに魔法を行使して危険な男を打倒すべく動いたのだ。


「おっと。お前ら余計なことをするな。遊んでほしいなら後で相手してやる。今やるってぇなら、この場の生徒を巻き込む覚悟でやるんだな。この程度の防御系魔導具の結界程度ならすぐに壊せるからよ」


 それでも、男がまだまだ上手うわてだった。教員達は、男の言葉で魔法を中断せざるを得ない。教員は生徒を盾にされると動けないのだ。


 男の表情はフードで隠れて見えないが、声が弾んでいる。あのフードの奥にはさぞ残酷な笑みを浮かべてることだろう。


「卑怯な……」


 優秀な教員の内、誰かが憎々しげにそう吐いた。


「それより早く答えろよ。どれが勇者だ? なんなら挙手しても良いんだぞ」


「一体君はさっきから何を言っている? 我々は勇者が学園にいるだなんて話、聞いたこともない」


「何……? あーなるほどなぁ。情報が露見した場合のリスクを考えて秘匿してるのか。だが、もうバレてるぞ。この学園にも知ってる奴がいる筈だ。早く出てこい。さもないと一人一人…………殺していくぞ」


 男は教員の言葉に何やら考えるように少し黙ったが、すぐに納得いったように口を開く。


 そして最後には殺気をたぎらせ、堂々と殺人宣言をした。


 精神の未熟な学園生には、刺激が強い言葉だったようで、再び生徒が「おい、誰が勇者なんだ! 早く出ろよ!」「勇者なら俺達をたすけてくれ!」「死にたくないよぉ……」といった感じに騒ぎだす。自分の命の為なら言いたい放題だな。それでこそお前らだよ。


 でも一理ある。先陣切って人々の為に命を張る肉の盾――俺は既にそんな可哀想な運命を辿るかもしれない勇者を特定している。


 なあ、お前が勇者なんだろ?


 東方の島国とかいう異世界から召喚されし愚かな蛮勇勇者――アカシ・アイザワ。


 勇者の器じゃなさそうな、自分の都合ばかりのお前がそうだとは信じたくなかったよ。いや――本当の意味で肉の盾となるなら、大きな器なのかもしれないな。


 まあ、俺はそもそも勇者に頼る気は毛頭ないが。


 さて、正義感が強いアイザワ君はどこですかぁ。もう回復魔法で傷は治ってる筈ですよねえ。


 まさかビビってんのかアイツ。あの殺人と殺気にヒヨりやがったか。情けない! 蛮勇勇者の称号が泣くぞ?


 俺は観客席を見渡し始める。


 あ、見つけた。観客席の前列にいたんだな。アイザワの奴……足がすくんで青ざめてやがる。


 しょうがないなぁ。あまり手間をかけさせないでくれ。そんなんじゃダメダメじゃないか。


 俺が背中を押してやるから、ちゃんと役目を果たすんだぞ? 


「おーい。そこの黒尽くしさん」


 俺は軽い感じの口調で、手を振って男を呼んだ。


 この突然の行動に男だけじゃなく、全員の視線が俺へと集中する。


「それは、俺様のことかぁ」


 何言ってんだコイツ。ボケたか?


「あんた以外どこにいるのさ」


「あ? 舐めてんのか?」


 男はそこら辺の品のない冒険者のように、沸点の低さを露呈させてキレ気味になる。


 まあ、俺もわざと挑発してるけどな。


「はいはい。それより俺、勇者わかったよ」


 俺がそう言うと、アイザワはぎょっとしていた。


 フハッ。傑作だよその顔。


「本当か? さっきの無礼は見逃してやるから、早く教えろ」


 どこまでも不遜で偉そうな態度だねぇ。やっぱり教えないっ! とか言ったらぶちギレるんだろうけど。今は止めとこう。


 もっと面白いことが起こりそうだし。


「ほら、アイツです。あの前の方にいる黒髪黒目の顔を青ざめさせてる優男」


 俺は思いっきりアイザワを指差しながら答えた。


「ど、どうして貴方が知っているのですか!?」


 後ろから騒がしい王女の声が聞こえた。

 あらら、そんなに焦っちゃって。それじゃ、貴女がだめ押ししたのと同じですよ。


「これで確定だな」


 俺は口元に小さく弧を描いてニヤッとする。


 ハッとした王女は、人聞きの悪いとこに「騙したのですね……」と言ってきた。


「勝手に鎌にかかっただけでしょ。それに中途半端な時期に黒髪黒目で、魔法を知らない者が留学してきたら、そりゃあ疑いますよ」


「だとしても! 黙っとくべきところです。アカシ君を死なせたいのですか? 彼はまだまだ全てにおいて未熟ですが、いずれ人類の希望となる勇者なんですよ!」


 男そっちのけに、王女は俺へと憤慨する。


 あんなのが人類の希望、ねぇ……。人類を破滅に導く駄勇者の間違いだろ。もしくは肉人形バージョン盾。


「知るか。あんたらがアイツの手綱を掴んでない所為で、俺は絶大なる不快感を覚えた。理由としてはそれだけで十分でしょ」


 そう、それだけで事足りる。アイザワが本当にこれから先、万が一にでも世界を救う勇者になりえようとも関係ない。人類よりも俺の都合だ。他人なんて知ったことか。


 人間なんて多かれ少なかれ利己的だし、優越感に浸る為に苛めなどを行うこともある生き物だ。俺はその苛めの被害者でもある。よって、守りたいと思う者さえ死ななければ、人間がいくら死のうと胸も痛まん。


 俺の場合はやられたらやり返す! が基本だが、かなり利己的に生きるようになった。だから、勇者を面白半分で売ろうとも問題ない。


「そ、そんな!?」


 そんなことで驚くなら、理不尽と嘆くなら、貴女は王家の器じゃない。勇者をコントロールできてこそだろ。あんなもん野放しにしてたら無実の被害者が続出するだけだ。


「そう言われてみると情報に一致するな。よし、お前早くこっちに来い」


 俺達のやり取りを静観しながら、何やら考え事をしていた男は、ついに口を開いて高圧的な声でアイザワを呼んだ。


 一連の流れを見ていた観客席の生徒――主に女子生徒達が「ア、アイザワ君だったの!?」「お願いアイザワ君、私達を助けて!」「アイザワ君なら助けてくれるよね!」などと好き勝手言い出して、アイザワが行かなければ収拾のつかない空気へと一変した。


 ズル賢い奴らだ。表面上では純粋に助けを求める役を演じ、内心では自分達の生存率を少しでも上げる為に生け贄として差し出す気満々。


 現にアイザワは、蒼白気味な顔で立ち上がらなくてはならない立場へ半強制的に追い込まれた。


「も、もちろんだよ! 今行くぞ悪党!」


 アイザワはそう言うが、顔は明らかに引き攣っており、顔色もどんどん悪くなっている。


 お前のご都合解釈も集団の力には敵わないんだな。悲しいことだ。あ、駄目だ。笑みがこぼれるのを耐えるのがめっちゃきついよ……。


 まさかとは思うが、逃げるなんてしないよな? 


 俺よりも遥かに酷い、理由もない人殺しという一歩も二歩も先に進んだ奴がいて、何よりその瞬間を目撃してたんだからさ。君は立派な正義感の持ち主なんだろ? なら、立ち向かわないとな。


 さあ、皆の為に頑張ってくれよー。


 勇者ア・イ・ザ・ワ。




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