A・Bブロック統一決勝戦! 勝負の行方は?
俺は先程できた傷を光の回復魔法で治すと、統一決勝に向けて集中力を高める――なんてことはせず、入場門前の通路沿いの壁に背中を預け、目を閉じてリラックス状態で待機していた。
Aブロック決勝の少し後、Bブロックも同じく勝負がついたみたいで、リンドバーグ王女が接戦の末に勝利したようだ。勝因は三年生の意地かもな。
試合は退場前にチラッと見えたぐらいだが、Aブロックが終わっても気にせず、戦い続けていたことから、中々に白熱していたのだろう。
観客は俺が去った後、Bブロック決勝が続いてることもあり、再び盛り上がりを見せたらしい。目先の不安より、今を楽しむといった考えに移行したのだろう。
決勝がもうすぐ始まるのは良しとして、王女とは初対面だ。
手の内がまったくわからない相手でもある。学園の強者と呼ばれるラインは大体見極められたから問題事態はないがな。
それに俺はこの試合で…………。
凄い歓声だ。
俺と王女はAブロックで使用された舞台の方に上がっており、決定戦の最終試合が幕を開けようとしている。
俺への歓声はおそらくない。というか聞こえない。
耳に届くのは、圧倒的な王女コール。
俺がどれだけこの学園で疎まれてるのかがわかるな。
だが、安心してくれ。俺もお前らのような腐れが大嫌いだ。
そんな完全アウェイな空気の中、教員が「学園最強決勝戦、A・B統一決勝戦を行う。それでは……試合開始!」と合図を出した。
「初めまして。ご存知と思いますが、初対面ですから名乗っておきますね。わたくしはステファニー・リンドバーグです」
王女は長めのスカートの裾をつまむと、丁寧で優雅に一礼し、人受けの良いであろう作られた笑顔を向けてきた。動きは自然で、笑顔は本物の笑顔と遜色ない。
王女は国のシンボルのようなものだ。小さい頃から教え込まれたのだろうな。
「ご丁寧にどうも。俺はリオル・サーファです」
俺は突っ立ったまま普通に名乗った後、小さく会釈をした。
「失礼を承知で言いますが、わたくしは貴方が決勝に残ることはないと思っていました」
「そうでしょうね」
「ですが、納得もしているのです。ここ最近、貴方には噂が飛び交ってます。絡んできた不良をボコボコにした、特A級魔物の討伐、苛めてた方々を一人一人再起不能に陥れてるとか様々です」
「根も葉もない噂ですね」
俺はしれっと全否定した。
「本当にそうでしょうか? わたくしは今日で、信憑性が確かなものになりました。リラさんを倒したことで、貴方の強さは本物だと証明されたのですから」
あらら。既に確信した目をしていらっしゃる。で、あれば、俺に都合の良い真実を言うしかないな。
「根も葉もないは言い過ぎました。全部誇張されてるというのが、本当のところです」
「どんな風に誇張されてるのですか?」
疑心に満ちた瞳で見つめるなよ。失敬な人だな。
「絡んできた不良は軽く返り討ち、特A級魔物からは運良く助かった、一人一人再起不能とか多過ぎて面倒です。基本は絡んできた者に反撃してるだけですよ。ほら、誇張されてるでしょ?」
特A級魔物の件を除けば、これが本当のことだ。唯一例外とするなら、ゲイル・ゲテだけだな。コイツにだけは恥を意図的に恥をかかせてやった。
でもしょうがないことだ。懲りずに何度も因縁つけてくる馬鹿が悪いのだから。
「そう……ですね」
自分で訊いておいて、まだ歯切れが悪いな。どんだけ俺を疑うつもりなんだか。
「正直そんなことはどうでも良いです。それより、王女様……わざと敗けてあげましょうか」
俺は悪どい笑みを浮かべていることだろう。
「……どういうことですか?」
王女は俺の真意を探るかのように、問い返してきた。
「貴女は最後の学生生活だ。花を持たせてあげようと思いまして」
「余計なお世話です。そんなことで勝っても誰も喜びません」
まあ、そうだろうな。これで、お願いします! と元気に言われたら俺が面食らってしまう。
「そうですか……でも良いんですか? 貴女は先程の戦いでかなり消費してますよね。敗北の可能性は大ですよ」
そう、王女は回復魔法で見た目は無傷だ。
しかし、顔にはうっすらと疲労の色が見える。俺は魔力量が多いから、まだまだ余裕だが、目の前に立つ彼女は、きっといっぱいいっぱいの筈だ。
それでも本気で俺に勝つつもりなら、短期決戦しかないだろう。
「たとえそうだとしても、王女の誇りがあります。それにまだわかりません」
凛とした表情と堂々とした佇まいで言うと、王女は光の属性強化をした。
流石に王家。光のオーラが誰の光属性強化よりも神々しくて引き立っている。神聖さだけなら勝てないな。
オーラが金色の長い髪とマッチしてるし、碧眼の瞳にも力強さが増していた。
「決意は固まってるようですね。ならば、俺も容赦しませんから」
容赦はするんだけどね。本気だしたらすぐに終わっちゃうし。
四強相手に身体強化だけで勝つのは流石に厳しいと先程の試合で学んだので、俺も最初から光の属性強化をした。
俺は強烈な輝きを放ち、光属性を内包したオーラを身に纏う。
『雷よ、敵の動きを封じなさい、ショックライトニング』
俺が属性強化をした直後、俺の頭上から青白い雷が三連続で降り注いできた。
麻痺させにきたか……。まあ、普通に避けますけどね。
俺は三連続で降り注ぐ、バチバチと物騒な音を立てている雷をギリギリで躱す。余裕があるからこそ敢えてスレスレを狙って躱している。
三連続の雷を避けたところで、いつの間にか一振りのライトソードを作り出した王女が、俺の懐近くに入り、抜刀するかのように胴を目掛けて振るう動作をしていた。
ふぅ……。やるねぇ。
詰め方のタイミングもバッチリだな。俺じゃない学生なら光剣の餌食だったよ。
でも、その速さじゃまだまだ届かない。俺を舐めすぎだ。
俺は光剣がギリギリ届かないくらいで避ける。
「――くっ!」
やや大振りだった王女の隙をつき、振り抜いた光剣を持ってる右手首を左手刀で叩いて落とさせる。
王女は手首に痛みを感じる素振りを見せるも、反撃として左拳で突きを放ってきた。
「――くはっ!」
俺は左手で王女の左拳を掴み、そのまま引き寄せると同時に王女の左脇腹を平手打ちした。
王女は衝撃で少し横に吹き飛んだ。
床を転がった王女は、何とか四つん這いになると、小さくケホッと咳き込んだ。
「強い……ですね。流石にリラさんを倒すだけあります。ですが、わたくしも簡単に敗北する気はありません。最後の決定戦でもありますから……」
軽く息を乱した状態で喋りながらも、王女は力を振り絞って立ち上がった。
「強がってますけど、もう限界ですよね。どうするんですか?」
「こうするんです。貴方になら使っても大丈夫そうですね……。この魔法にわたくしの全魔力を懸けます」
何やら不穏な言葉を吐くと、王女が集中して詠唱を始めた。
『王家の者にのみ許された光よ、純正なる輝きを放ち裁きの鉄槌を下しなさい』
何だその詠唱は……。この魔法をまともに受けるのは危険だと直感が知らせてくる。
邪魔して倒しても良いが、それでは味気無い。それに俺はまだまだ不完全燃焼。威力の大きい魔法で対抗して迎え撃つのも一興だ。
王女の詠唱途中から、俺は高速詠唱を始めた。
『聖なる光よ、我の手に絶大なる収束を見せよ』
俺と王女の詠唱は、ほぼ同時に完了し、後は放つだけの状態だ。
「一度だけ勧告します。貴方なら死ぬことはありませんが、無事では済まないでしょう。降参してください」
王女は真剣な表情で俺に言う。周りには綺麗な光の粒子が無数に浮かんでいる。
「まさか追い詰められてる王女様からその言葉を言われるとはね。答えはノーです。遠慮なくどうぞ」
俺は動揺を一切見せず、左手で手招きした。
俺の右手は手首から掌全体にかけて光輝いた状態である。
「そうですか……」
残念です、とばかりに王女は一度目を閉じた。そして目を開くと覚悟を決めた表情となる。
そして両掌を前に突き出し、俺に向けて魔法を発動させた。
『ライトロードエクストリーム』
一方の俺は右掌だけを前に突き出し、王女に向けて魔法を発動させた。
『ホーリーバーストレイ』
王女の両掌を中心に大きな魔方陣が展開され、そこからドでかい光の集合体が勢いよく放出される。
範囲結構広いな……こんな奥の手を隠していたのか。
これ、ホントに俺以外の生徒なら死ぬんじゃないか?
俺は右腕を可能な限り引き、捻りを加えて掌を突き出し、一点集中させた高出力の光属性付加魔力を青白い光線として撃ち出した。
今、俺のスピードある光線と王女のバカでかい光が衝突する。
衝突したことが原因で、風が吹き荒れた。
うはー。俺の二割ばかし込めた魔法と拮抗してるよ。
つまり、二十人分の魔力に勝つような魔法ってわけだ。
王家にのみ許された魔法って半端ないな。余裕なかったら全力で避けてたわ。
だが、残念です。奮闘されたようですが、貴方の魔法は俺に届く前に消失する。
俺の魔法と王女の魔法は、ほぼ同威力ということもあり、拮抗していた場所で魔力エネルギーが爆発し、完全に消失した。
その影響で爆風が飛んできたので、俺は腕を十字に交差し、足腰に踏ん張りの力を入れ、防御の構えで耐えた。
王女の方が拮抗していた場所に近いこともあり、王女も防御はしたのだが、耐えることができず、吹き飛ばされるのが見えた。
ギリギリ舞台に落ちなかったが、もう戦闘続行は不可能だろう。
俺はゆったりとした足取りで、うつ伏せで倒れた王女の位置まで歩く。
王女は王女らしからぬ地べたに倒れた状態で、顔だけを小さく上げると、弱々しい声を発した。
「お見事です……。わたくしは……もう立ち上がることができそうに……ありません」
王女は少し苦しそうだが、満足そうな笑みを浮かべている。
「王女様の魔法、強かったですよ。決勝戦に相応しい相手でした……」
俺は片膝をつき、称賛の言葉を送った。
「ありがとう、ございます。審判の先生、わたくしは……降参しま――」
俺の言葉を受けて、王女は思い残すことはないとばかりに、敗北を認めようとする。残念ながら、それは叶わないことだ。
「俺,降参します」
俺は王女が言い切る前に、ハッキリと被せるように敗北を宣言した。
王女からは「……え?」という気のない声が洩れる。
王女は信じられないといった顔をし、教員も呆気に取られていたのだが、ゴホンッと誤魔化すように咳払いをした。
「学園最強決定戦優勝は……ステファニー・リンドバーグ!!」
気を取り直した審判の教員から、勝者の名前が宣言され、大闘技場内にその声が響き渡る。
観客席の誰もがこの展開についてこれず、口を開けない。
「どういうつもりですか……?」
静けさに支配された空間で、王女が困惑の中に怒りを含めたような尋ね方で訊いてきた。
「どういうつもりも何も、最初に言いましたよね。花を持たせてあげますと」
俺は普段通りの表情で平然と答える。
「ふざけないでください! そんなこと嬉しくないってあれほど!」
王女は俺の返答に、今度こそ純粋な沸き上がる怒りをぶつけてきた。
「ああ。勘違いしないでくださいね。花を持たせてあげるというのはただの口実です」
「それならどうして……」
「そもそも決定戦で優勝しようなんて最初から思ってません。自クラスとなら話は別でしたが」
「何故ですか……?」
王女は漠然とした疑問の言葉で訊いてくる。
「賞金は惜しいですが、担任の給料アップが嫌だったからです」
「何か恨みでもあるのですか?」
王女は相変わらず、王族らしからぬ這いつくばった姿勢のままで再び訊いてきた。
「特A級魔物との遭遇時に助けにきてもらえなかったので、夢を見させてから勝つ寸前で降参してやろうと決めてました。少しでもショックを受けてくれてたなら嬉しいですね」
「……」
王女は話の内容に何も言わず、ゆっくりと顔を俯けて黙る。
今貴女は何を思っている? 敗北を勝利に変えられた屈辱、俺に対する哀れみ、それともその他のこと? 何れにしても深く考えることはない。
貴女は譲られた勝利をただ噛み締めるだけで良いのだから。
「不本意でしょうが優勝おめでとうございます。では、さようなら」
俺はそう言って、その場を立ち去ろうとしたのだが――その時、頭上からズガンッ! という物凄い音が聞こえてきたので、素早く顔を上に向ける。
どうやったのか知らないが、天井の一部が破壊されており、そこから闘技場内に何者かが降り立った。




