Aブロック決勝戦
とうとう先程、学生証にAブロック決勝報告が届いた。
相手は学園最強決定戦の大本命――四強美少女の一角にして最強と称されるリラ・ミラーだ。
前回の覇者だが、気持ちの入りようは如何なものだろうか。二連覇してやる! とか思ってたりしたら、俺とは根本的に気合いが違うことになる。
まあ、リラ自身はあまりそうは思ってないだろうな。俺と話すことを目的にしている節が見受けられたし。
リラの気持ちがどうであれ、全力で戦ってくれるのなら俺はそれで満足ではあるが。
因みに、隣のBブロック決勝は、順当に勝ち進んだミシェル・ホワイトと唯一三年生で第一王女のステファニー・リンドバーグである。
リンドバーグ王女は、ミシェルさんにリベンジマッチだ。昨年敗れた決定戦での雪辱を晴らす気満々に違いない。
この決定戦に一番思い入れがあるのは、きっと彼女だ。
結論を言えば、思い入れがあろうとなかろうと強い者が統一決勝に進むのだが、それを言うのは野暮だろう。
さ、向かいましょうかね。
俺は既に入場門に待機中である。
リラが先に反対側から入場したらしく、物凄い歓声が耳に流れてきた。
流石、前回の覇者兼四強美少女の一人なだけある。
たかが学生の試合程度にここまで盛り上がれる観客にも脱帽だが。
対する俺はさしずめ恐怖の化身ってとこか。苛められっ子から大逆転。見事学園で恐れられる存在へと様変わりしましたってね。
そういえば、Bブロック決勝の二人も別の入り口から入場するんだったな。歓声が準決勝の時よりも更に大きくなったのはその所為か。
歓声が大きい理由に納得していると、教員から促されたので、俺はゆっくりとした足取りで舞台へと歩を進めた。
俺に向けられる歓声とブーイングは、聞き取れる限りゼロ。
あるのは、Bブロック含めた四強美少女達の登場に対する止まらない歓声だけだ。
観客共が意図的に触れないようにしてるのを見て、俺は思わず口角を上げてニヤケそうになる。
リラへ送られる声援の中に、リオル・サーファという自分達に牙を剥くかもしれない不確定要素足る存在を倒してくれ、という暗黙の期待も何となく感じていた。
俺が倒されれば恐怖が緩和する、と考えてるのだろう。一番恐いのは、俺が優勝して学園最強と証明され、抑止力がなくなること。
これまでのツケが戻ってくると恐れてる者が多数いる筈だ。実際は復讐なんてしないがな。俺があまり覚えてないというのもあるが。印象深い奴らは既に潰したし、印象薄い奴らを一人一人見つけて報いを受けさせるみたいな面倒なことはしない。
舞台に上がった俺は、所定の位置に立つ。
正面からはリラの視線が突き刺さる。
歓声の凄い中、全員の準備が整ったと判断した教員が、A・Bブロックの開始合図を同時に行った。
「勝ち上がってきたわ。あの時言い掛けてたこと、教えてくれるのよね?」
開始早々話し掛けてくる、か。予想通りだな。
質問に答えるまで逃がさない! という気持ちをリラからありありと感じる。
「あーあれね。あれはただの言い間違いだな」
俺はダメ元だが、サラッと嘘を吐いてスルーしようとした。
「――嘘ね。明らかに何か言おうとして誤魔化してたわ」
真顔で即答された俺だが、リラに「根拠は?」と聞き返す。
「幼馴染の勘よ。嫌な予感がするの」
つまりは付き合いの長さに基づく直感か。厄介だが、所詮勘は勘だ。どうにでもなる。
「ふ~ん。で? 仮に俺が何かを隠してるとしよう。それを聞き出してどうするんだ?」
「決まってるわ。危ないことなら止めるのよ」
「それなら大丈夫だ。俺は心配されるほど弱くない」
はい、これで解決だ。降りかかる火の粉は自分で払える。
「だから、大丈夫なら隠してること教えなさいよ」
「意味があるのか? リラは俺より違う何かを既に選んでるじゃないか。謂わば進む道が完全に別れた状態だぞ」
「そ、それは違うって言ってるじゃない!」
リラは決別した時の話を蒸し返されて焦っている。
大慌てで否定してるけど、何も違ってないだろ。俺はちゃんと選択を迫り、それにリラは答えなかった。
答えないのは、俺を選んでないのと同義だ。何と比較して答えられなかったのかは知らないが、答えないのが答えなんだよ。
「不公平だよな。俺はリラの隠し事を知らないのに、俺の事だけは聞き出そうとするんだからさ」
これを言われて黙らないわけがない。リラが隠し事をしてるのは事実なのだから。
「……」
「そうだな……。一つ遊びを提案しよう」
そう言って、俺は人差し指を立てた。
「遊び……?」
リラは眉を若干ひそめて困惑した表情になる。
「俺は全力のリラと戦いたいんだ。モチベーションを上げてもらわなきゃ困るんだよ。だから、俺に勝てたら……知りたいことに答えてやる」
「それ、本当……?」
自分の隠し事を話さずに、俺の事だけを知れるとあってか、確認するように訊かれた。
「もちろんだ。前回覇者の力を存分に見せてくれ」
俺は大袈裟な笑顔を作って答えた。
絶対に敗けないと思ってるからこその遊びだがな。
「……もしもあの時、リオルがキリングタイガーを討伐したなら、とてもじゃないけどあたしに勝ち目はないわ。でも! そうだとしても! 僅かな可能性を掴んでみせる」
リラは強い決意をしたような表情をする。
その意気込み通りの力を見せてくれ。そしたら俺は楽しめて経験にもなり、オマケに強くなれる。一石二鳥ならぬ一石三鳥だな。
「面白い。そう来なくてはつまらない。これまでの二戦は、取るに足らない雑魚と戦闘を拒否させてもらいたい雑魚だった。やっとウォーミングアップから戦いに移行できそうだ」
「最初からガンガン行くから! 『光よ、我を強くする輝きを纏いなさい、属性強化』『光よ、我の右手と左手に顕現しなさい、ダブルライトソード』」
リラは宣言して、神々しい光のオーラを身に纏うと、立て続けに魔法を発動させ、二振りの光輝く剣が両手に現れた。
いきなり属性強化と光剣二本か。完全に近接特化な構えだな。
俺はリラの魔法を見るのと並行して魔法を行使していた。
取り敢えず、属性強化なしでどこまでやれるか様子を見ることにして、俺は身体強化をする。
続けて光剣と真逆になる剣を出すことに決めた。
魔法剣だが、何気に剣での対人戦デビューだな。
『闇よ、我の手に顕現せよ、ダークソード』
俺の右手には、黒紫に輝く一振りの闇剣が現れる。
闇剣を左右に振って感覚を確かめると、俺はリラを真剣に見据えた。
ガンガン攻めると言っていたリラは、俺とほぼ同時に戦闘準備が整っていた。表情は俺同様、真剣そのもの。
俺から少し離れた正面に立つリラが、閃光のように瞬間的に明るく煌めく。次の瞬間、突如リラの姿がブレたと思ったら、視界に捉えることが難しい程のスピードで、俺の目の前に光剣を振り上げ、そのまま振り下ろそうとした状態で現れた。
中々に速い。そう思った俺は、闇剣を横に寝かせて防いだ。
力の乗った重い一撃を防いだのも束の間、リラはもう一振りの光剣で、俺の脇腹目掛けて横から振るってきていた。
俺は瞬時に闇剣を少し引く。すると、光剣に力を乗せていたリラの重心がこちらに少し傾いてバランスを崩したので、俺はリラの間合いから脱するために、後ろに細かなステップで下がった。
間合いから脱した俺を逃がすまいと、体勢を立て直したリラが、そのまま追撃を仕掛けてくる。
良いねぇ。アイザワと違って属性強化をそれなりに使いこなしている。スピードを生かせた動きができてるから、身体強化だけじゃ厳しいことがわかった。
兎に角俺も属性強化するかな。でも、その前に……もう少しこのまま緊迫感を味わいながらの戦闘を楽しもう。その方が経験も積めるだろうしな。
俺は致命傷だけは必ず避けながら、一振りの闇剣で二振りの光剣を相手取り続けた。
リラの二振りの光剣が、空気を切り裂くと同時に俺へしつこく追い縋る。その度に防戦一方な俺は、浅い傷を所々に作りながらも、右へ横へ体をずらしたり屈めて身をて低くしたりして躱し続ける。
そろそろ受け身の経験は良いだろう。シャドーの効果もあってか、リラの速さにも段々と慣れてきた。イメトレは結構大事らしい。
まあ、流石にイメージには限界があり、作り出したシャドーは忠実に再現されておらず、Sランク冒険者の実力ではないと俺が幾つか傷を負った時点で証明されてしまったが、Aランク冒険者上位程はあった。
おそらく、今のリラがBランク上位~Aランク下位に届くか届かない辺りの実力だ。そんな相手に身体強化だけで躱せるなら上出来だ。
よし、上げていきますかね。
俺は躱しながら、高速詠唱を開始した。
「使わせてたまるもんですか!」
俺が何かしようとしたのを逸早く察知し、更に二振りの光剣で連撃を強めてきた。
最初にそれで攻められてたら危なかったかもな。
俺は浅く斬られてはいくものの、焦ることなく捌いていき『光よ、我を強くする輝きを身に纏え、属性強化』と動きながらも冷静に詠唱を完了させた。
俺の体を神々しく激しい輝きが包み込み、金色のオーラを纏った状態となる。
強烈な眩しさからか、リラは堪らず後ろに大きく下がった。
リラよりも大きく存在感ある光だ。魔力量の多さと魔力コントロールの賜物である。俺に熟練度はあまり関係ない。言魔法で限界まで強化したことで、強化系魔法の使い方には慣れたみたいだ。
「さあ、第二ラウンド開始と行こうか」
俺は静かな口調と裏腹に、うっすらと口元に好戦的な笑みを浮かべた。
リラは本能的に何かを感じたのか、冷や汗を流しながら、表情を曇らせる。両手の光剣を無意識的にか、再度強めに握り直していた。
俺はゆったりと歩いて距離を少しずつ詰める。
一方のリラは俺の一挙一動を見逃さないように、光剣を構えながら注視しつつ警戒を強めた。
刹那――俺の姿は消失。
数瞬後、リラの目前まで迫り、懐に潜り込むように肉薄し、右足を一歩踏み出して身が低くなった体勢で、闇剣を抜刀するかのように左から右へ振るった。
神経を全身に張り巡らせるように集中していたからか、目を大きく見開きながらも、何とか俺の振るった闇剣に対応し、二振りの光剣を使い、狙われた脇腹を防御するように移動させる。
一振りの闇剣と二振りの光剣がぶつかり合う。光剣が闇剣を止めた! とリラは思ったことだろう。
「――嘘!? くっ!」
リラは闇剣の威力を殺しきれていなかった。このままリラは吹き飛ぶと思われたが、咄嗟に自ら逆らわずに飛ぶことで、上手く力を逃して片膝をつくように着地に成功している。
しかし、リラの光剣は闇剣の衝撃に耐えきれなかったようで、真っ二つに壊され消えた。
「凄い威力……。それにスピードも速い。ここまで違うものなの……?」
リラは顔を引き攣らせ、小さな声で言葉を吐いていた。
「どうした? まさか戦意喪失ってことはないよな?」
俺はショックの色が見えるリラに挑発口調で言った。
「あるわけないじゃない。このくらい覚悟してたわよ!」
そんなに大きな声を出されても、自分を奮い立たせる為の強がりにしか見えないな。
俺が想像以上の強さで、内心かなり焦ってるであろうことが、手に取るように伝わってくる。現に声に元気はあるが、表情はあまり芳しくない。自分では気づいてないみたいだが。
「そうか。それは良かった。この程度で根を上げられてはつまらないからな」
俺の言葉の後、大きく深呼吸を数回繰り返すと、リラの表情からは焦りが消えた。どうにか気持ちを切り替えられたらしい。
そうでなくてはな。
今まで以上に真剣な顔つきになったリラは、小さく細かに口を動かし出した。声は聞こえない。
詠唱内容を悟らせない為の処置だろう。だが、出現したのは光剣一振りだけだ。
それにしては少し長めに口が動いていたが。
何を考えている……?
俺が疑問を抱いていると、リラが今日最速となるスピードで直線的に突っ込んできた。
確かに速いが、それだけだろう。早まったか?
俺は光剣が振り下ろされる前に、更に速い闇剣の一撃でリラの脇腹を斬りつけた。
斬った実態がない……だと!? ――その魔法は準決勝の。ということは後ろか! な~んて焦った振りをしてみたが、どうということはない。
俺の意識を欺けたまでは良かった。
でも、それだけじゃ俺は倒せない。もし初披露ならば、俺の動揺を誘えたかもな。
俺は振り向くことなく、斬りつけたばかりの闇剣を素早く後ろに回す。サラと同様、俺の首に光剣をピタッと添える予定だったのだろうが、闇剣で防ぎ力強く弾いた。
ここで俺は振り向く。リラは弾かれた反動で、大きく仰け反っており、隙だらけだ。
俺はその隙を遠慮なく有効活用し、クライマックスに突入させてもらう。まず、光剣をもう一度闇剣を振るって破壊。次に腹に一発掌底を打ち込む。これにより、痛みで苦悶に満ちた表情をしたリラは、もう何もできない。ラストは、素早くリラの背後に回り、手刀を首に落とした。
「リオ、ル……」
俺の名を小さく呼ぶ声が聞こえた直後、リラに纏っていた金色のオーラは消失した。糸が切れた人形劇の人形のように崩れ落ちたことから、気絶したのだろう。
俺は一応、リラが床に叩きつけられる直前に、受け止めてそのまま寝かせた。
「勝者リオル・サーファ! Aブロック優勝。統一決勝進出決定!」
教員の声が闘技場全体に響き渡り、俺の勝利が確定した。
Bブロックの決勝が続く中、観客席は驚くほど静かになり、その後どよめいた。
俺の強さが真実になろうと、誰もがここまでとは思ってなかった筈。
番狂わせを起こした俺は、コイツらのリラが学園最強という固定概念を壊した張本人ってわけだ。
俺はそんな現実を受け入れられない者達を見て、人知れず笑みを浮かべるのだった。