学園最強決定戦四回戦
二回戦に続き三回戦も、先程不戦勝となった。
臆病風に吹かれてんなぁ。まあ、良いんだけど。
相変わらず試合はスムーズに進行しているが、午前に始まった決定戦も、昼に差し掛かろうとしている。
意外なのは、魔法初心者のアイザワが健闘していることだ。
それでも、今のところは全然荒削りで俺の敵ではないがな。少なくとも、大口叩ける程の実力は見たところ感じられない。
無駄の多さを考えても次の試合辺りで脱落だろうな。
今大会注目を浴びているのは、やはり前年度活躍した学園四強美少女だ。俺の目から見てもこの四人は、他の生徒よりも頭二つか三つ分は飛び抜けている。とは言え、力の使い方に慣れてきた俺に危機感はないがな。
試合が進むに連れて、学生証の対戦報告間隔が段々と短くなってきた。
四回戦が始まるのも長くはかからないだろう。ここまで勝ち上がると、調子に乗った者が現れたりする。そうじゃなくても四回戦からは棄権しない者がほとんどだ。俺も次は戦えるかもしれない。
今勝ち抜いている者達は、それなりの実力者なのだろう。そして、ここからが消耗戦となる。
実力の近い者同士なら、それだけ消耗するだろうし、棄権もしくは実力差があるのなら温存できる。
どれだけ上に行けるかは、運も味方につけなければならない。
そう――普通ならばな。俺にそれが適応されるかどうかはまた別の話かもしれないが。
思考していると、決定戦でお馴染みの学生証が振動する。
確認すると、今度こそ棄権してない対戦相手が表示されていた。
あれから歩いて移動した俺は、既に入場門を潜って舞台に立っている。
俺の対戦相手の持ち前のルックスと話題性から、観客席からは黄色い歓声が飛び交ってるようだ。
俺は涼しい顔をしているが、内心では対戦相手を認識した瞬間からげんなりしていた。
まさか、本当に対戦相手になるとは。どっかで必ず転けると思っていたのに……。
俺の正面に立つ今回の対戦者は、溢れる敵意を隠そうともせず、ずっと睨み続けてくる。
「両者、試合開始!」
俺の心情も相手の心情も関係なく、教員の一声で俺にとっての本日二試合目が始まった。
「約束通りに勝ち上がってきた。君もオレに敗北したら謝るんだぞ」
いやいや、誰と誰がそんな約束したよ。そんな出鱈目言うなら、嘘つき野郎と呼ぶことになるぞ……アイザワ。
…………過去に学んだんだった。アイザワとはまともに会話が成立しないってことを。
俺もこんな奴にストレス溜めることもないか。こういう奴だと認識すれば何とかなる……だろう。
「安心しろ。お前じゃ俺には勝てないから」
俺は余裕綽々とした態度で言った。
「決めつけるな!」
「決めつけ? 違うなぁ。生後一日の赤ん坊が筋肉マッチョの大人に勝つのが無理なように、覆えることのない確固たる事実だ」
俺は薄い笑みを浮かべながら言った。
正直アイザワ程度の魔法初心者に、あの死闘を乗り越えたその後から、本格的な鍛練を続けている俺が敗北するなんてことは、天と地がひっくり返る、もしくは物語のような覚醒を見せなければ起こり得ないことだ。
「馬鹿にするな! オレは確かに魔法初心者だし、弱いのかもしれない……。でも! リラとサラ……ホワイトさん、クラスメイトの皆、その他の人達に、この一週間で学んで練習したんだ。敗けるわけにはいかな――」
感慨深そうに語りだしたアイザワだったが、俺はうんざりして身体強化をすると、床を蹴ってアイザワの間合いに入り、無防備なへそ辺りの腹に横蹴りを放った。
「なっ!? グハッ」
アイザワは話に夢中だったのか、俺が突如目の前に現れてようやく気がづくと、驚愕して体を硬直させた。
そんな大きな隙が俺に見逃されるわけもなく、綺麗に蹴りが直撃すると、アイザワは腹を痛そうに押さえて床に膝をついた。
「話がなげえよ。お前の話なんて興味ないし、興味の欠片も湧かない。ベラベラとつまらないこと言ってる暇があるなら、さっさとかかってこいよ」
俺はアイザワを見下ろした状態で、淡々と話した。
お前は自分の感動秘話を聞かせて何がしたかったんだよ。誰がそんな話をしろと? そういうのはお友達にしてあげなさい。
「……な、何をするんだ。卑怯者!」
アイザワは俯いていた頭を上げると、痛みに顔を歪めながらも、俺を見上げて苦しそうな声音で言ってきた。
身体強化してないのによく耐えたな。毎日腹筋頑張ったのかな~? 偉いですね~。
「隙だらけだったから、攻撃しただけだが。それが何か?」
「それが何か、だって……? まだオレが話してたじゃないか!」
アイザワは痛みが少し緩和してきたのか、ゆったりとした動作で立ち上がると、俺を見て的外れに怒鳴った。
「お前弱いくせに長話がすぎるんだよ。戦闘中の会話はな、強者の特権なんだよ。裏づけされた力があるからこそ、慢心や余裕が許されるんだ」
「人が話してる時に遮らないのが礼儀だ!」
違う! 戦闘中に隙ができたら攻撃するのが礼儀だ!
アイザワって疲れる。自分の不手際とか、戦い方に問題があっても認めないし、すぐに逆上してキレるもんな。
今が実際そうだし。試合中に攻撃するとか普通だろ。なんなら、会話も駆引きだ。会話の中で隙を晒さないのが一流だし、隙を晒して攻撃が当たるのであれば、弱くて半人前なのに会話に集中する馬鹿が悪いだろ――お前みたいにな。
「じゃあ、戦闘中にピンチになった敵が話し出したら、お前はその都度止まって話を聞くのかよ」
「聞くわけないだろ!」
「はぁ? それなら俺もお前の話を聞く義理なんてない」
コイツの言うこと支離滅裂だな。一瞬唖然としたぞ。
自分の話は聞けというのに相手の話は聞かないとか……凄い精神と頭をしてるな。一回大きな精神治療院で見てもらうことを強くオススメするよ。
「どうやらオレ達はどこまで行っても平行線のようだね。でも君の考え方は間違ってる。オレが絶対正してみせるから!」
何か言い出したぞおい。率直に言うと頭おかしいぞ。
滅茶苦茶歪んだ考えしてるのに、滅茶苦茶清々しい顔で宣言しやがった。
お前のその馬鹿げた本性に気づいたら、誰も彼もが平行線に決まってるだろ。
『光よ、暖かな癒しを恵みたまえ、ヒール』
俺がアイザワの考えにドン引きしていると、アイザワが光の一番簡単な回復魔法を発動させていた。
こんな奴と属性被りとかホントに嫌なんですけど……。
「オレは光属性一種類しか使えない。だけど、光魔法だけに集中することができる」
一属性使いとは珍しい。しかも一属性使いは、その属性の適正が凄く高いと聞いたことがある。
しかも光か。確か千年前に魔王を倒した勇者もそんなんだった気がする。
何か関係でもあるのか……? もしかするともしかするかもしれないな。
だとしたら、アイザワがそうだとするなら、人間とか本当に危機だな。そうじゃないことを祈るばかりだ。まあ、正直俺は人間が滅ぼうと滅ばなかろうと、どうでも良いがな。
「行くぞ! サーファ君!」
アイザワは、わざわざ宣言してから『光よ、我を強くする輝きを身に纏え、属性強化』と光の属性強化をした。光の輝きが、アイザワを金色のオーラで包むと、一回戦のゲテよりも速いスピードで俺に突撃してきた。
才能だけはあるみたいだな。属性強化は学園を卒業するまでに、才ある者だけが習得できる身体能力底上げの魔法だ。それを一週間で……。
これには驚いた。驚いたが……所詮その程度だ。
アイザワは、直線的に俺へと突っ込んできて、拳を大きく引くと、勢いに任せてそのまま俺に大振りしてきた。
喧嘩かよ……。俺はタイミングを合わせて、振るわれた腕を掴むと、背負い投げで吹っ飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁ」
ビックリ仰天したような情けない声を上げながら、アイザワはみっともなく背中から床に落ちた。
戦い方が形になってない。戦闘技術は一般人に毛が生えた程度か。
光の属性強化は、スピードとアタックに多大な恩恵を与える魔法。それ故に扱いきれなくて、習得したつもりでも振り回されてる使い手の方が多い。十全に引き出すことは難しいのだ。
そしてアイザワはそれの典型的な例である。スピードは、本来の効果を発揮したならこんなものではない。
今のアイザワは身体強化の俺よりかは速いだろうが、動きが直線的だから十分に対応できる。
「やっぱり弱いな。お前がいくら短期間で努力してもこんな程度だ。俺はお前に敗北してきたような弱者じゃない。才能に加えて努力もしている。勝とうとする心意気はあっても良いが、実力が伴ってからにしてもらいたいな」
「そんな、こと、ない……。諦めなければ無理なことなんて一つもない!」
床に落ちた衝撃で呼吸がしにくかったのか、アイザワは顔を痛みと苦しさに歪めて、立ち上がりながら言った。
「無理なことなんて山ほどあるんだけど。何言っちゃってるの? 現実逃避は良くない。実際お前は俺に手も足も出てない状況なんだからさ」
「今から……挽回するんだ」
アイザワは苦々しい顔をしているが、口からは大きな言葉が出てくる。
「ほぅ。仮に挽回できたとしよう。その他はどうだ。例えば、そうだなぁ……お前は諦めなければ他の属性を後天的に使えるようになるのか? 死んだ人間を蘇生できるのか? 一人だけで魔王の軍勢に挑んで勝てるのか?」
俺は尋問するかのように、追い詰める感じの口調で、アイザワに疑問を次々と投げ掛けた。
「……」
アイザワは悔しそうな顔をしながら押し黙る。
「黙っちゃうよな。なんせ不可能なんだからよ。無理なことはどこまでいっても無理なんだよ。諦めないで可能になるのは、努力して届く範囲だけだ。すなわち、お前がこの試合中に努力の成果で進化を遂げたとしても、圧倒的な実力の差があるなら覆ることはない」
「それなら大丈夫さ。オレはサーファ君にならこの試合中に届くと思ってる。なんせ、オレに魔法を教えてくれた人達の中には、この学園の四強もいるんだから」
アイザワ……お前って奴は。本当に都合の悪いことはスルーするな。諦めなければの件はどこいった? また開き直って得意のご都合解釈で逃げたな。
しかも、しかもだ。いくら実力者に教えてもらおうが、お前が急激に俺より短期間で強くなることはない。そもそも俺になら勝てると思った根拠が薄すぎる。
きっと……大言壮語を実体化したらアイザワみたいな奴になるんだろうな。
無駄話が過ぎたな。要するに倒せば大人しくなる――そういうことだろ。俺も光魔法で戦ってやるよ
『光よ、視界を奪え、フラッシュ』
魔法の詠唱は、使い手によって少し言い方が異なる。キレレイ先生は『奪いたまえ』だった。それでも魔法はちゃんと発動するのだから、ある程度の自由度があるのだ。
「――うわ!? ま、眩しい! 目が開けられない!」
声を出してくれてありがとよ。
場所の特定完了だ。
この魔法は逃走用と陽動用の役割が主な魔法。効果の都合上、俺も目を閉じるか、背を向けなきゃいけない。
戦闘経験の浅いアイザワなら引っ掛かってくれると信じていた。俺は学園の誰よりも高速詠唱が得意だと自負している。アイザワの視界にはさぞ眩しい閃光が映ったことだろう。
俺は目を閉じたまま、アイザワのいる場所に走って移動する。混乱からアイザワは五月蝿いし、その場からも動かないので、俺は躊躇なく飛び膝蹴りを放つ。
光が収まる直前、アイザワの顔面に炸裂した。膝に感触が伝わると同時に光が収まったので、俺は目を開き、床を蹴って後ろに飛び退くと、続いて魔法の詠唱を開始する。
『光よ、目標を拘束せよ、リストレイント』
声にもならない痛みをもろに受けたアイザワが、背中から崩れるように倒れると、光の半円で胴体と足を舞台の床に固定する。
『光よ、多数の球体を縦横無尽に放て、マルチバーストストライク』
仕上げとして、追撃魔法を発動させた。
俺の周りには拳サイズの球体が、十個ほどプカプカと浮いた状態で出現する。俺は突撃命令を下すかのように腕を上から振り下ろす。
腕の動作と共に、固定されたアイザワへと一斉に球体が襲い掛かった。
アイザワに一つの球体が当たると爆発を引き起こし、誘発すると全ての球体がアイザワ付近で爆発して、その付近は煙で包まれた。
「ぐわあぁぁぁぁぁ!!」
激痛が会場内に響き渡るような大声で、アイザワは一瞬も耐えられずに叫んだ。
この結果――アイザワのルックスが好きな奴らの悲鳴までもが聞こえてきた。
安心しろ。ちゃんと手加減はしてある。仮にもお前は属性強化してるんだ。回復魔法を使用すればすぐにでも治るさ。
煙が晴れてくると、鼻から血が流れ、体と制服の所々がボロボロになった満身創痍のアイザワが倒れたままの姿で見えた。
息も絶え絶えだな。
俺はアイザワの下まで歩いて声を掛けることにした。
「おい、降参しろよ。弱い弱いお前の敗北は確定だ。お前は今日俺に言ったよな――降参を促せって。お望み通りに促してやったけど、気分はどうだ?」
「オレは……敗けられない。オレは……なんだ。だから、だから……」
弱々しい掠れた声になってる所為で、聞き取れない部分もあるが、まだ降参する気はないらしい。
我が儘だなー。せっかく促してやったのに。
「促されて最高な気分の筈だろ? 早く降参してくださーい。希望に沿ってやったのに、まだ粘るつもりですかー?」
俺は馬鹿にしたような口調で、アイザワに問い掛けた。
「オレはオレは……君に絶対に勝つんだあぁぁぁぁぁ!!」
え? 体がめっちゃ発光してるよコイツ。倒れた状態で雄叫びを上げたかと思ったらこの状況。
まさか覚醒するとかそんな感じですか。
でも俺は待ってやらないけど。本の物語に出てくる主人公みたいな覚醒をさせる気はサラサラない。
観客席が盛り上がろうとしていたが、そうは問屋が卸さない。卸させるわけないだろ。逆転劇を起こさせるほど俺は甘くない。
まあ正直、覚醒しても元がまだまだ弱いから勝てるだろうが、コイツとこれ以上戦うのは全力で遠慮する。
俺は立ち上がろうとした全身発光状態のアイザワの腹に踵落としを決め、床に再び戻して怯んだところで、馬乗りになり、顔面を連続で右拳左拳と立て続けに振り下ろしていく。
まさにラッシュラッシュと連打の猛攻を浴びせる。反撃のチャンスは与えない。脱出させる隙だって作らない。
「お前が降参か気絶するまで殴り続ける。どちらが楽かは、殴られながら考えな」
あ、顔面殴ってたら喋れなくね? ま、いっか。
それからボコボコになっても、俺は無表情で作業のように、無機質に淡々と殴り続けていると、アイザワの覚醒発光が徐々に薄れていった。
そしてついには、輝かしかった光が完全に消え失せた。
俺は発光消失を確認してから、拳を止めてアイザワから退いた。顔をよく見ると、爽やかな甘いマスクは見る影もなくパンパンに腫れ上がり、最早誰だかわからない状態で気を失っていた。
観客席の女子の悲鳴が聞こえながらも、審判が試合終了の合図を出して、俺の勝利が決まった。
ふぅ。スッキリした。
気にしないつもりでも、相当アイザワにはストレスを与えられたからな。
拳が勝手に動いちまったよ。
もうお前と関わらないことを祈るよ。担架で運ばれるアイザワを見送って、俺はそう思った。