面倒な奴に絡まれた
試合終了後、観客席は騒然とすることなく、深く重たい沈黙に支配されていた。
リオル・サーファという戦闘もできなかった弱者が戦えるようになり、強いという信憑性の低めだった噂が、本当なのだと証明された瞬間なのだから無理もない。
そんな中、教員達だけは現実に戻って動き始めた。
教員達が、試合後の後始末――水溜まり処理や、ゲテを担架で医務室に運ぶという役目に追われてる中、俺は悠々とした足取りで、元来た入場門へと退場した。
俺は寄り道することなく、観客席まで歩きながら、先程の試合を振り返っていた。
それにしても、あまりにも呆気ない結末だ。俺は正直、油断なしのゲテならもう少し骨のある奴だと思っていた。
仮にも二学年内では、上から数えた方が強いとされてる相手。
なのに、蓋を開けてみれば冷静さを失い、まともに魔法を使うこともなく恐怖に呑まれる始末。
仮にも俺を苛めていたのなら、もう少し根性を見せてほしかったよ。
仲間のリーダー格――レオン・レントは、俺の豹変後はビビりっばなしで、機嫌を損ねないように必死。
おそらく三番手――ビリー・ケリーも今の試合を観戦していたのなら、恐怖して無駄な逆恨みを諦めただろう。
不完全燃焼な終幕だな。多少の恨みは俺の中に残っている。だが、もう相手にするのも馬鹿らしい。
俺はアイツらみたいに暇でもない。同じ雑魚をいたぶるのも飽きた。そういう意味では弱かった俺を約一年間も苛め続けたのだから、相当な粘着野郎共だったんだな。その継続っぷりにだけは素直に感服するよ。
一先ず自分の中で、苛めグループとの区切りをつけた俺は、観客席に戻ってきていた。
いつの間にか、観戦特有の騒がしさが復活している。人間、いつまでも黙ってはいられないということだろう。
俺は適当に、近くの空いてる席に足を組んで座った。俺の存在に気づいた周囲の奴らは、一瞬会話が止まるが、少し距離を置いたり、声の大きさを落としたりして、また各々で話始めた。
俺って結構有名人だなー。嬉しいなー。
臆病者が多くて助かる。馬鹿は実力の違いもわからずに絡んでくるから。
次の試合は既に開始されている。一日という短い日程で行われるこの大会は、スムーズに進行する。流石に全校生徒が棄権もせず、全員出場したら一日では終わらないがな。
出場者の中にも、対戦相手が強すぎたり暴力的だと、尻尾を巻いて棄権する者が続出する。だからこそ、一日でギリギリ収まるのだ。
まあ、過酷な大会でもある。決勝まで行くには、それだけ魔力と体力を消耗する。傷は治せても、そこは回復しないのだ。棄権者がいても、最低三回は試合が待っている。
何故なら――棄権者は大抵前半の一二三回戦で出揃うからだ。魔力欠乏と体力限界による棄権者は、後半にぼちぼち出てくることもある。
逆に、棄権者なしの場合もある。その場合は御愁傷様だな。如何に消費を抑えて戦うかが決勝の鍵となるのだ。
言ってしまえば、上手く戦える者もそうだが、例外として圧倒的に強ければ普通に勝ち抜けるだろうな。
次の試合まで時間が空くので、俯いて目を閉じようとした時、俺の正面に人が立ち止まった。
「何の用だ?」
顔を俯き気味から上方に向けると、険しい顔をした、俺の今関わりたくないランキング第一位――アカシ・アイザワの姿が映った。
そこはかとなく面倒事の予感がする。俺はお前と可能な限り関わりたくないから手短にお願いしたいところだ。
「さっきの試合は何なんだい?」
「何って何が?」
俺は質問の意図が読めず、ごくわずかに頭を右に傾けた。
「とぼけるのかい。あんな試合をしておいて」
「はぁ? とぼけるも何も普通に試合しただけだろ」
反則も何もしてない俺にいちゃもんかよ。とことん嫌いなタイプだ。ガチマジで関わってこないでほしい。
「ゲテ君は最後、戦意を喪失していた。追撃をする必要なかった筈だ!」
俺の平然とした態度が気に食わないのか、アイザワは声を少し張り上げた。
迷惑な奴だ。お前の所為で、鬱陶しい視線が増える。言ってることも的外れだしよ。
「まったくやれやれだな。俺は殺気をぶつけただけだぞ」
俺は小さく肩を竦める。
俺の認識での追撃は、逃げる相手を追い詰めて攻撃することだ。俺は確かに追いつき追い詰めたが、殺気を飛ばしただけで、物理的な攻撃は一切加えていない。
仮に殺気を攻撃と見なしたとしても別に悪くないだろ。降参もしてない、闘技舞台からも落ちてない――謂わば、いつどんなきっかけで戦意が戻っても不思議じゃない状況だ。
戦況というのは目まぐるしく変わる。コイツは追撃を否定しているようだが、それこそ間違ってるだろう。
「屁理屈言うな! 人が殺気で気絶するわけないだろ!」
俺の言葉がお気に召さない様子のアイザワは、更に声を張り上げて怒りを露わにした。
「普通にするけどな。お前常識無さすぎだろ」
東方に魔法を学ぶ環境がなくても、殺気のことくらいわかるだろ。どんな辺境の平和な場所に住んでたんだコイツ。
世間知らずにも程がある。
「馬鹿にしてるのか! ……もし本当に、君の言う通り殺気で気絶させられるとしても、降参を促せば済んだだろ。あんな醜態を晒させるなんて酷すぎる!」
「馬鹿にはしてなかったけど、今の発言で馬鹿だと思った」
「どこが馬鹿なんだよ!」
そういうとこだよ。少しの挑発、いや――事実を突きつけられたのに、それを頑なに認めず怒鳴り散らすところとか、自分の価値観が絶対に正しいと思ってる能天気な痛い頭とかな。
「お前の考えがだけど。降参を促すなんて論外だし、敵に情けは無用。そもそも大会はルールを守っていれば、何でもありだ。付け加えるなら、降参は教員介入がなければ、個人の判断でするもの。忘れていたアイツが悪い。水溜まりについては、知ったことではない。未熟な精神を鍛え直せば良いんじゃないか?」
「少しは反省しろよ。言い訳ばかりするな!」
どの立場からの発言だよ……。無駄な価値観の押しつけする暇があるなら、自分の試合のことだけ考えて集中してろよ。魔法初心者の分際で随分な余裕だな。
「お前こそ理解する脳を持てよ」
「決めた。オレは君を倒す。だから約束しろ! オレが勝ったらゲテ君に謝るんだ」
俺の言葉を無視したアイザワは、一方的な約束を取りつけようと傲慢な姿勢を見せる。
まじでヤバい奴だ。こんなにも話が通じない奴は初めましてだ。そして俺は早くバイバイしたい。
「嫌、却下、無理」
「どうしてだ!」
「まずお前じゃ俺には勝てない。お前が勝ち上がれるかが怪しい。メリットも何もない。以上だ」
そもそもアイザワの話なんて最初から乗る気もないし、従う気もない。
「君には血も涙もないのか!」
お前には常識がないのか! あ……ありませんでしたね。
頭に血が上ったアイザワは、襟首に掴みかかってきて、俺は立ち上がらされた。
「ありますけど何か?」
「そんなことわかってる! 例えだよ例え!」
「もう満足したか?」
俺は一方的に暴走して、怒りの形相をしたアイザワを微塵も恐がることなく、表情一つ変えずに生返事をした。
「してない! 兎に角、オレが勝ったらゲテ君にしっかりと――」
俺の襟首にどんどん力が加わり、アイザワがヒートアップしてきた。
「謝らない。というかさ、ゲテゲテって言うなら、早くお見舞いに行けよ。お前が本当に心配してるなら、それが先だろ。上部だけの言葉なら人形にでも言ってろ」
「…………オレは本気でゲテ君を心配して――」
俺の正論に動揺の色を見せて、次の言葉を発するまでアイザワに間ができた。
発した言葉も第三者の介入により、邪魔されてしまう。
「アイザワさん、リオルさんに何をご迷惑掛けてるんですか?」
介入者は、ミシェルさんだった。
「ミシェル! ミシェルからも言ってやってよ。さっきの試合はサーファ君が悪かったって」
「何を言っているのですか? あの試合には何も問題ありませんでしたよ。甘ったれないでください」
俺の方をミシェルさんは寂しそうな瞳で見たが、それも一瞬のことで、ミシェルさんはアイザワの方を向いて、不快そうな顔をすると厳しめの言葉を放った。
「そ、そんな……。ミシェルまで……」
賛同してもらえると思っていたのか、ショックを受けた様子のアイザワは、ようやく俺の襟首を離す。俺は襟首を両手できちっと整えた。
残念だったなアイザワ。ミシェルさんは二大貴族ホワイト家の息女。つまり、昔から英才教育を受けてきた筈。不必要な甘さがあることも学んでいるだろう。俺よりの意見になるのは当然だし必然だ。
お前のような甘い考えを持つわけないだろ。お前の意見に賛同する奴なんてな、所詮はお前の顔に惚れた奴だけだ。
ああだこうだとルール違反もしてないのに口出すお前は、俺にとっての最悪な疫病神だよ。
「……ずっと言い続けてますが、馴れ馴れしくファーストネームで呼ばないでください。呼び捨ても許可してません。私は生涯を共にすると決めた殿方以外に呼ばれたくないのです。……家族からのお願いがなければ、会話するのも嫌ですのに。あなたの所為で、リオルさんと距離が開いたんですから……」
ミシェルさんの瞳には、嫌悪のようなものが宿って見える。この『家族から』の後からボソボソと何を言ってるか聞こえなかったが、相当ストレスが溜まっていそうだ。
……あーなるほど。アイザワと話す時に嫌そうな顔をしていたのはそれが原因か。
会話から思ってたけど、あまり人の話を聞かないタイプだな。そんなんで俺に文句ばっかり言ってるのだから、相当なご都合解釈者なのだろう。
「ミシェル……」
アイザワは傷ついた筈なのだが、懲りずに呼んでいる。
「ですから! 呼ばないでください!」
これにイラッとしたミシェルさんは、大きめの声を出した。
コイツ凄いな。あの温厚なミシェルさんを怒らせたぞ。
お、少し口論になったな。
……アイザワから離れるならここか。
「どこに行くんだ!」
これから繰り広げられそうな二人のゴタゴタに巻き込まれるのが嫌な俺は、丁度話題も逸れたので、去ろうと動いたのだが、粘着質なアイザワに見つかった。
「席を変えるんだよ。お前が五月蝿いから」
俺はゆっくりと歩きながら、感情を込めることなく背を向けた状態で言った。
「お、おい待て!」
俺は追い縋ってこようとするのを察知して、後ろを振り向くと「黙れ」の一言に殺気を乗せて、ピンポイントにアイザワへと放った。
「うっ」
軽めの殺気だが、もろに受けたアイザワは動きが止まり、五月蝿い口も閉ざした。
「つべこべ言わずにさ、まず勝ち上がれよ。雑魚の上に正当性が皆無なお前の言葉を簡単に通せると思うな。……それと、人に偉そうに説教してるけど、お前も無許可なら呼び方変えろよ。前提として、目の前で人を不快にさせてるお前の意見が俺に届くことはない」
俺はそう言い残して、別の席へと移る。
鬱陶しさから解放された俺は、今度こそ目を閉じて浅い眠りについた。
それから俺は、ズボンの右ポケットの微妙な振動音で目を覚ました。音の正体は学生証だ。次の対戦相手が決まったのだろう。
しかし、俺はすぐに学生証をポケットに仕舞った。
答えは簡単。対戦相手が棄権しており、俺の学生証には、勝者リオル・サーファと書かれていたからだ。
うん、まあ予想通りだな。
棄権されることに問題はない。戦わずに勝つ、大いに結構。
もう一度眠る気にならなかった俺は、自分の出番まで大人しく試合を観戦することにした。