鍛練と学園最強決定戦開始
リラと決別してから、ミシェルさんとサラとも距離が開いた。あちらから勝手に離れたのだ。おそらく二人共、アイザワの関係者だ。リラと同じ様な感じなのだろう。
そうなら、俺も構うことはない。アイザワが強くなって三人を守れば全て解決だ。
当然だがリラとは、あれ以来話していない。俺の方をチラ見したり、足を一歩踏み出したり引っ込めたりと、来ようとする気配が見られるが、勇気が出ないみたいだ。
もう一度拒絶されるのを恐れているのだろう。
そうだとしたら、その判断は正しい。俺がリラに合わせることはない。すなわち、中途半端な覚悟で再び話し掛けてくれば、今度こそ木っ端微塵だ。
まあ、本当にそこまでして、俺と関わる価値がリラにあるとは思えない。
問題なのは、リラが悲しそうな顔をする度に、アイザワが俺を睨み付けてくることだ。
だから一刻も早く、俺のために未練を断ち切ってくれ。それが無理なら、せめて友達の手綱を握っててくれよ。
イチイチ気にしていても仕方ないが、鬱陶しいんだよなぁ。
まあ、それは置いとくとしても、平日が風のように過ぎ去り、今日はもう休日なのだ。時間の流れって恐ろしいよな。学園最強決定戦の前日でもあるのだから。
そして、俺は今それに向けて特訓してる――のではなく、キリングタイガー戦以降続けている、肉体強化鍛練を昼から始めていた。加えて普段は魔法鍛練もするのだが、今日は念のため中止した。鍛練は一応、俺がこの家から去るまで続ける予定だ。
肉体強化鍛練は、自宅の庭で途中までして、その後に場所を変えてしている。家は、両親がSランク冒険者だったこともあり、一般家庭の家よりも大きめだ。中でも庭が広いため、魔法以外の鍛練にはうってつけである。
素の自分を鍛えると、身体強化系の魔法を使った時、動きが格段に良くなるし、魔力が尽きた時の生存率アップにも繋がる。
まずは、腕立て伏せ・腹筋・背筋を百回の七セットずつだ。鍛練を始めた当初は、これが三セットだけでダウンして、次の日地獄のような筋肉痛だったのを昨日のように覚えてる。
言魔法を使えば、簡単に治ったが、筋肉痛程度で使う癖をつけると、今後も甘え過ぎそうなのと、危機的状況で魔力がすっからかんになる可能性も、今後は考えられるので、必要以上の使用は自重することにした。
基本的なのが終われば、拳や蹴りなどの素振りを何百回と繰り返す。
その後、敵がいることを想定したシャドーだ。
ここからは、人の少ない王都付近の東【レーゲン平原】で行うため、走って移動した。これも鍛練のうちである。
イメージ対戦相手は、経験豊富なSランク冒険者だ。俺は過去に何回かだが、両親同士の模擬戦を見たことがある。
それは凄まじく、今も鮮明な記憶として焼きついている。当時の俺は、一生手の届かない次元の違う戦いだと思ってた。
今の俺は、手を伸ばせば届く――それどころか追い抜き圧倒するのも夢ではないと確信している。
それでも言魔法なしでは、百回やっても奇跡で一回勝てるかどうかだ。
だから、俺は父親を影として、今日もシャドー鍛練を始める。
身体強化のみ、魔法を使う。俺は地面を蹴り、高速スピードでジグザグに進むと、動きを予想させないことを意識する。
だが、父に辿り着いた瞬間、俺は顔面に拳を入れられる。あっという間に行動を読まれ、早速一回負けた。
次だ。俺は再びジグザグ移動で接近する。今度は、父に辿り着く前に、ワンテンポリズムを遅らせて、拳を空振りさせる。
その隙に、がら空きとなった顔面に右拳を炸裂させる――筈だったが、残りの左手に掴まれ、空振りした右拳が戻ってくる。
俺はそれを紙一重で避けると、左拳に力を注いで腹に重い拳を振り抜くが、それは避けられる。代わりに右手が解放された。
流石に強いな……。今度こそ決める。
こんな勢いだったのが、気がつくと俺は大量の汗を掻いて、地面に仰向けに倒れていた。そこら辺に穴ボコが多数見られるが、言魔法で修復した。
それにしてもまた何度も負けたな。でも着実と近づいている手応えはある。とはいえ、所詮は実態のない幻影。こんなんで満足はできないな。
俺はもっともっと強くなるのだから。
学園最強決定戦当日。
「遂に今日か。まあ、気楽に対人戦の経験値だと思って沈めていくか」
この大会の会場は、学園敷地内の円形大闘技場。観客席は全学園生徒が座れるほどの大きさだ。
試合のない者は闘技場で観覧。ある者は、学生証に自分と対戦者の名前が浮かび上がるようになっている。
闘技舞台は、それぞれ二つあり、AとBのブロック分けに使われる。AとBの一番強い者が最終的に優勝を争うのだ。AとBで、一番強い者に負けた二番手が、準優勝扱いとなる。
学年は無差別だ。一年生が優勝する可能性もある大会となる。だが――実はこの大会、毎年腰抜けが多く、棄権者が続出している。
まずは、一年生に負けるのが恥ずかしい上級生、試合・戦闘慣れしてない一年生、自分の弱さがバレるのが嫌いな者など、他にもいるが、取り敢えず多くはこんなものだ。
こう考えると、戦闘経験値の少なかった一年生の女子が、去年上位独占を果たしたのだから、快挙だよな。
さて今年は棄権しない俺はAブロックか……。
対戦相手は、おいおいコイツかよ。
まあいい。舞台まで行けばわかるだろう。
俺は観客席から去り、舞台前の入場門へと足を運んだ。
「さて、行きますかね」
俺は入場門前の教員に「それでは、入場してください」と言われたので、移動を開始した。
入場門を通り抜けると、多くの生徒が観客席に座っているのが見えた。天井は高く、一番前の観客席には、魔法が当たらないように、特別な防御系魔道具が発動しており、舞台の者も心置きなく戦えるようになっている。
舞台に上がると、対戦相手は先に俺の到着を待っていた――憎しみの瞳に黒い炎を燃やしながら。
悲しい、悲しいねぇ、実に悲しいよ。逆恨みされるなんて。
なぁ? ゲイル・ゲテ。
覚えているだろうか。俺を苛めていた中心グループの二番手男で、くすんだ灰髪の男を。
そして――俺に前歯二本を折られ、教室では無様に屈辱の水溜まりを仲間と共に作ったことを。
そういえばコイツ不登校だったよな。まさか、俺と戦うためにわざわざ復帰したのか。
なんて勇気ある男なんだ。社会的に死んでも、俺のために……。
しかも無様に這いつくばるために、俺のストレス解消のために…………ありがとう、来てくれて。心より感謝するよ。
そんな風に感激していると、舞台外で待機している教員が、試合の合図を出そうとしていた。
教員が待機しているのは、生徒が死にそうな時に止める、重症生徒を医務室に運ぶ、など役割がそれぞれあるからだ。
俺が改めて前の相手に視線を向けると「両者、試合開始!」と試合が開始された。
『火よ、鋭き熱を放て、フレイムスピア』
開幕早々、俺に向けて放たれた、刃先の尖った炎の燃え盛る槍が、一斉に五本加速しながら迫り来る。
俺は高速詠唱をして、直撃する瞬間に闇の防御魔法『闇よ、危機から守れ、ブラックカーテン』を発動させる。
「あは、あはははっ。当たった、当たったぞ! ざまあみろ! 所詮お前は、俺より下にいるべき弱虫なん……だよ……」
ゲテは、俺の不意をつくことに成功したと思い込み、まともに直撃したと信じて疑ってなかった。
その証拠に、大声で笑いだして、俺を見下した発言を途中までしている。
しかし、徐々に炎の煙が晴れていくことで、俺がヒラヒラした禍々しさ漂う闇によって守られ、自身の攻撃魔法が無意味だったことにゲテは気づき、口をポカンと開けて、アホ面を晒していた。
悪いなゲテ。俺は早口言葉が得意なんだ。お前のようにノロノロ詠唱しなくても間に合うんだよ。
「今、何か言ってたか? 俺の耳には自己主張の激しい、新種であろう虫の鳴き声が聞こえてきたぞ」
「や、闇魔法だと!? 魔族の手先が!」
今も尚、そんなこと言ってんのか。
闇魔法は、魔王と魔族が得意にしてる魔法のため、昔は闇魔法使いは差別の対象だった。
しかし、闇魔法使いが、王国を襲ったS級魔物を討伐したことで、闇魔法使いの地位は確固たるものになり、光魔法同様に使い手も少ないことから、重宝されている。
だが、コイツのように魔法の見た目から、魔族の手先やら、魔族の子孫などと、憶測だけで判断する馬鹿も少数存在する。
そもそも、魔法なんてものは使い手次第なのだ。どの属性魔法でも人は殺せるし、逆に役立てることもできる。
そこら辺が理解できない、教養の低い馬鹿が、馬鹿丸出しで騒ぎ立てるのだ。
「ギャーギャー喚いて恥ずかしくないの? 新弱虫君」
「お前! 人を虫と言うだけに飽きたらず、新弱虫だと! ふざけるのも大概にしろ!」
「そっくりそのままお返しするよ。人に弱虫と言う奴の言うことではない。それとも、都合の悪いことは棚上げか?」
「クソがー!! もう泣いて謝っても許さな――」
「泣いて謝るのはお前だ。それに新弱虫に弱虫とか言われたくない。お前は自分の水溜まりに沈むのがお似合いだよ」
我慢の限界に達したゲテは「お前だけは、ぶん殴らねえと気がすまねえー!!」と身体強化をして直線的にそれなりのスピードで突っ込んできた。
まあ、父のシャドーに比べたら、赤ん坊のハイハイのようなもんだ。
俺も身体強化をして、最小限の動きで、ゲテの右拳を避けると、勢い余って俺を通り過ぎる前に、横腹に掌底を打ち込んだ。
俺の打撃エネルギーとゲテ自身の運動エネルギーで、斜め右方向に「ぐあっ」と低い呻き声を発して吹っ飛んでいった。
インパクトの瞬間にゴキッと聞こえた気がした。あばら数本は折れたかもな。
床にゴロゴロと転がって止まったゲテは、痛みに顔を歪め、横腹を押さえながらも、ゆっくりと立ち上がった。
あ~あ。そのまま寝とけば、楽だったのに。馬鹿だね~。
「こん……なの、ありえない。どうして、どうして俺がこんな屈辱的な目に……。学園を歩けばクスクスと笑われ、近所にも噂が広まって、何がお漏らし坊主だ。ふざけんな!! お前だ、お前さえ逆らわなければ、俺はこんなことにはならなかった!」
ゲテは、体中から蒸気を噴出させそうな勢いで、顔を真っ赤にさせて怒って、怒鳴り散らしている。
にしても、お漏らし坊主て…………だ、駄目だ。ここで笑えば、もう止まらなくなる。俺は静かに深呼吸をして、何とか耐えた。
「わーお。物凄い理不尽を垣間見たぜ。いや――ガッツリとだな。ホント馬鹿だよな、お前。俺からお前に何かしたことが一度でもあったか? 全部お前からだろうに。それで逆ギレとか片腹痛いわ」
俺は長期間苛められてた。なのに、俺はお前を苛めていない。絡んできたから返り討ちにした。そして、お前が自分勝手に水溜まりを作っただけだ。それだけにとどめてやってるのにこの言われよう。
――もう腹抱えて笑い死ぬわ。あまりにも支離滅裂過ぎる。
「うおぉぉぉ!! そのニヤケ面やめろー!」
何と、自然に溢れでる笑いを内包仕切れず、ニヤケとなって表れていたらしい。
というかコイツ……何で魔法使わないの? 明らかに動きが悪くなってるのに、殴ろうとばかりするのだが。
頭にどんだけ血が昇ってんだよ。まあ、教えてあげないんだけどな。
俺はゲテの鈍った拳を軽々と身を捻ったり、屈んだりして、一歩も動かず、舞うように避け続けている。
「クソっ、クソクソクソクソクソ!! 何で一度も当たらねえんだ!」
「それはね、君が襁褓の取れないお漏らし坊主だからさ」
俺は、避け続けながら余裕で小馬鹿にした感じをありありと出して答える。
とはいえ、そろそろ雑魚の相手も飽きてきた。
そろそろ終わらせますかね。
「ざけんな、親の七光りが!」
「偉大じゃない親より偉大な親の方が誇れる。それに俺は何れ両親よりも強くなる。口だけのお前と一緒にする、な!」
ゲテの拳を屈んで躱したと同時に、俺は腰と拳を回転させるように、ゲテの腹へと抉り込ませた。
「ぐはっ」
少し後ろに吹っ飛んだゲテ。力はあまり入れてないから、まだ意識がある。
「来るなぁ、来るな来るな来るなぁぁぁ!!」
痛みから我に帰るゲテは、ここに来てようやく実力の差が把握できたようで、恐怖心から降参するのも忘れ、痛みすらも忘れ、ただただ後ろに後退り続ける。
俺は早足で歩きながら、コツコツと床を鳴らし追いついた。
ゲテは恐怖からか、反射的に止まった。
「もう一度、水溜まりを作る気……あるか?」
俺はドスの利いた声と、冷たく鋭い圧迫するような殺気をゲテに向けた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
そして、恐怖が頂点まで達したゲテは、叫び声を上げて水溜まりを作ると、気絶した。
惜しかったなゲテ……。もう少しで、体一つ分程で、場外敗けになれたのにな。
「そこまで! 勝者リオル・サーファ!」