6話:ナリトの街までの談笑
「お疲れ様でした。反省は帰りにいたしましょう」
リリーが笑顔で労ってくれる。ただ確かに反省点は多いように思う。剣も折られてしまったし、時間がかかった。
そういえば帰りは、馬車がいないので歩かなければならないという考えが頭によぎる。そんなことを考えていると、赤髪の少女が頭を下げてくる。
「命を救って頂いて感謝します!私の名前はランカ・ランデリオン。ナリトの街の貴族よ。良かったらお礼をするためにナリトの街まで来てくれないかしら」
(ナリトの街?貴族?)
色々と疑問が浮かぶ。
「レア様、私達が住んでいるデスンの街から西に2,3日程進むとサンニの森。サンニの森からさらに西に1日進むとナリトの街です。つまり帰る方向とは逆方向ですね」
リリーが優しく説明をしてくれる。可愛い。戦いの後で興奮しているのか自制ができない。後ろから抱きしめて胸を揉む。
(ああ、安心する)
リリーはそんな俺を見て薄く微笑み、胸を触っている俺の手に自分の手を重ね合わせてくる。
視界の端にいるランカがギョッと驚いた顔をした。
「ランカ、逆の街だから今回はお礼はいいよ。またいつか会ったときにご飯でもおごってくれれば」
そう言ってリリーと歩きだす。あいも変わらず森の中なので腕は組めない。
「待って!あなた達、歩いてデスンの街まで帰るの?私は森の外に馬車を置いて来ているわ。ナリトの街まで来てくれれば、家で美味しいご飯をご馳走するし、帰りは馬車を出してあげる!どう?」
にべもなく頷いた。
森の外に向かう途中、自己紹介をした。
「俺の名前はレア・パディフィールド。15歳。苗字があるのは父親が騎士で一代限りの貴族だったからだ。まあ、今は両親共に亡くなってその名残で一応苗字を名乗ってるだけだけどね。ギルドに所属してちまちま稼いで生活してるんだ」
この世界では貴族には苗字があるが、平民には普通苗字が無い。次いでリリーが自己紹介をする。
「私はリリー・カミーリアと申します。苗字があるのは特殊な一族だからで貴族ではありません。ギルドには所属していますが、レア様のメイドです」
「私の名前はさっき言った通り、ランカ・ランデリオン。ナリトの街の貴族だけど、跡は継げないし結婚もしたくないから、ギルドに所属しているわ。ランクはAね」
雑談をしながら森の外に抜けると、馬車とその御者がいた。ランカが雇ったギルドの者らしい。馬車に乗り込んで、ナリトの街へと出発した。
「そういえば、2人は付き合っているの?主従関係みたいだけど」
馬車に乗ってから少し経って、ランカはそんな疑問を口にした。
「まあ、付き合ってもいるよ。一言で表すにはむずかしいんだ」
他人に自分達の関係を上手く説明するのは難しい。
リリーを横目にはぐらかす。
「私達は主従関係でもあり恋人関係でもあります。ですがランカさんがレア様に恋心を抱いても構いませんよ」
リリーが澄ました顔でそう言うと、ランカは顔を真っ赤にしながら息を詰まらせる。
「なっ……」
2人がやいのやいのと談笑しているのを聞き流しながら俺は思う。リリーは昔からこうなのだ。俺達は確かに付き合っているはずなのに、リリーは俺に恋人を作らせようとしてくる。
なぜそんなことをするのかと聞いても、はぐらかして答えてくれない。正直他の女にあまり興味も湧かないし、いろんな女を俺にあてがってくる割にはその女の前でイチャイチャするのを抑えようとしない。
謎だ。
「……様………レア様」
リリーに呼ばれたことに気付いて、顔をあげる。
「レア様、ぼーっとしてお疲れになりましたか?ですが、今日の反省を今のうちに致しましょう」
「そうだね、とりあえず一番の反省は剣を折られたことだと思うけど」
「はい、上手く相手の力を流せていない証拠です。これはまだまだ要練習ですね」
「後は魔法の展開速度かな。オーガに囲まれている中でも余裕で雷槍を創り出せるくらいでないと」
俺たちの話をじっと聞いていたランカが口を挟む。
「でもレアの魔法展開速度は相当よね。私なんて全く魔法を出せてもらえなくて逃げるしかなかったわ」
「魔力操作が上手くなるといろんなことが出来るんだ。魔力消費を抑えたり、魔法展開速度を上げたり、魔力を練り上げて魔法の威力を上げたりね。他には周囲の魔力の流れを読んでいろんな気配に気付けたりとね」
俺が、ランカが襲われているのを感知出来たのはそれが理由だ。魔法を使おうとすると空気中の魔力が揺れる。その微妙な魔力の揺れを、魔力を自由に操作できる俺は感じることが出来る。
「すごいわね!魔力操作だけでそこまで強くなれるなんて!あ、いや他にも剣術とか色々すごいけど」
ランカは慌てて口をつむぐ。
「いやいいんだ。正直剣術の才能もそこまでないしね。だけどそれでも諦められなくてなんとか光明を見出したのが魔力操作なわけだし」
右手で握りこぶしを作ってそれを見ながら、口にする。
「レア様のたゆまぬ努力の成果ですね」
リリーは嬉しそうにそう言う。 ランカはそんなリリーを微笑ましそうに見る。そして何かを決心したように頷く。
「ねえ!それ私にも教えてもらえない?もちろん相応の報酬は払うわ」
その言葉を聞いて、俺とリリーは顔を見合わせる。
「別に構わないけど、正直難しいよ。リリーだって未だに全然出来ないし」
「うっ、私はなまじ魔力が多すぎて、魔力に物を言わせてしまうのです」
リリーが気まずそうに視線を落とす。そんなアリスは珍しい。可愛い。
「大丈夫よ!私頑張るわ!」
そう言ってランカはガッツポーズをした。
サンニの森からナリトの街までは朝に出発すれば日が落ちる頃に着くが、今回は出発したのが昼過ぎだったので野宿をすることになった。
「レアとリリーさんはいつから一緒なの?」
移動中に談笑をして俺達とだいぶ打ち解けたランカは、俺達のことを根掘り葉堀りとさっきからひたすらに質問してくる。
「俺が8歳の頃からなんだ。リリーは俺の3つ歳上だから11歳の頃だね」
「へえー。じゃあ恋人みたいになったのはいつ?」
「レア様が13歳の頃です。その頃になるとレア様も私もいろいろと我慢ができなくなり始めまして。自然とそういう関係にもなりました」
ランカは顔を赤くしながらも興味津々だ。
「ひゃーーー……」
「もういいだろこれくらいで。俺達が見張りをやっておくから御者のおじさんもランカも寝なよ」
こんな風に誰かに自分達のことを話すというのは初めてで、なんとなく恥ずかしかったので話を無理矢理に切り上げた。
ただ、悪い気はしなかった。