2話:ギルド
時刻は昼に差し掛かろうとする頃、目を覚ました。隣にはまだ疲れて寝ているリリーがいる。普段ならば俺よりも早く起きて朝食の準備をしているリリーだが、昨日は余程疲れていたらしい。
腕枕をしている腕を静かに抜いて、ベッドから降りると裸のまま浴室へと向かう。
♢♢♢
魔法を使うことによって、浴槽へ水を入れ温める。適温になったことを確認し、風呂に入る。
この世界には魔法というものがあるが、その中で火を出したり水を出したり戦いに使えるほどではないが生活に役立つ魔法を生活魔法という。
そして火を出したり水を出したりして敵を攻撃できるまでのレベルになったものを戦闘魔法と言う。
魔法には属性というものがあって人によって向き不向きがあるが、どんなに苦手な属性であっても生活に役立つレベルにまでは練習すれば使えるというのが常識だ。
そして得意もしくは苦手でなければ戦闘に使えるレベルにまで昇華できる。
正直どこからが戦闘魔法で、どこまでが生活魔法という境界は明確ではないが、誰しもが暗黙の了解で分かっている。
「ふう……」
風呂に入った俺は物思いに耽る。
幼き日にリリーに励まされ新たに決意をした日から5年の歳月が流れた。その間にメイドのリリーとも関係性が変化した。恋人になったのだ。一応まだメイドでもあるが。
恋人になってからのリリーも本当に可愛い。外見は綺麗という言葉が似合うリリーだが内面は可愛いという言葉が似合うのだ。
そんなことを考えていると浴室の扉を開く音がする。リリーだ。
「レア様、起こしてくれてもいいのに」
「いやー気持ち良さそうに寝てたからさ」
リリーが浴槽へと入ってくる。タオルも何も巻かず、ありのままだから普段ならば興奮していただろうが、情事後の朝なので特にどうということはない。
「ところで、今日はどうしますか?そろそろギルドに顔を出してもいい頃合いですが」
リリーが凛とした顔で聞いてくる。
この世界にはギルドと言う仕事斡旋所があって猫探しから魔獣討伐までどんな依頼でも斡旋してくれるところがある。ギルドに登録した者は、まず最初にFランクに所属し、そこから実績次第でSSランクにまで上がる。
Bランクになると一人前で、様々なことをこなせるようになる。
俺はついこの間やっとのことでAランクになったところだ。
また魔力というものは遺伝しやすく本物の天才というものは血筋で決まってしまうことが多いので、なかなかギルドには所属していない。そういった由緒ある家柄の者は、大抵は貴族であり、国に支えているからだ。
ギルドは500年前に貴族でもなんでもなかった勇者が作った民間のもので、貴族の血筋ではないが腕っ節に自信があり戦いで食べていきたい者や貴族ではあるが後継をできないといった者が所属する。
そんなこんなでリリーの質問に答える。
「今日はギルドに行くよ。この前マイケルとケンカしてボッコボコにしちゃったけどそろそろほとぼりも冷めてるだろうしね」
「はい、ではそのように」
風呂から上がり、リリーが作った簡単な昼食を食べてからギルドへと向かう。
♢♢♢
いつからかは忘れてしまったが、リリーと外を歩く時はほとんど必ず腕を組む。最初は歩きにくかったが慣れてしまうと、むしろ1人で歩くことが寂しい。なにより肘にリリーの大きくて柔らかい胸が当たってとてもよろしい気持ちになる。
ギルドへと続く大通りを歩いていると、いつも買い物をしている八百屋のおっさんに話しかけられる。
「よー坊ちゃん!今日もラブラブだな!!」
「うるせーよ!」
こんなやり取りももう何年もしている。最初は冷やかされることが恥ずかしくて人前でリリーとイチャイチャするのが嫌だったが、今ではそれすらも慣れてしまった。というより慣らされてしまった。
リリーはそんな俺を見て静かに笑っている。
「順調です」
そんな恐ろしいことを聞き流しながら、歩き続けてギルドに着いた。
ギルドへと着いた俺達はドアを開けて中へと入る。
中にはまず飲食をするための場所があり、そこを抜けると依頼が貼ってあるクエストボードと呼ばれる木の板がある。そしてその横には、クエストボードに貼り付けられている依頼の紙を持っていき、受付をするためのカウンターがある。
俺達は一直線にクエストボードへと向かう。
だがその途中、天パで肌が黒く体格の良い輩に話しかけられる。ボブだ。
「よー兄弟!久しぶりだな!お前がマイケルをボコって以来か!今日はどうした?マイケルに謝りにでもきたか?」
「久しぶりだな。今日は仕事をしに来た。そろそろ時効で何事もなかったかのようにマイケルと会えると思ってな」
リリーは俺にいろいろなことを吹き込むマイケルとボブがあまり好きではないようで、マイケルやボブがいるときは基本無表情である。俺の前では柔らかい微笑でいることが多いので新鮮だ。どっちも可愛い。
俺の返答にボブは顔をひきつらせる。
「いやおいおい、曲がりなりにもそれなりに顔に自信のあるマイケルの鼻をあらぬ方向に曲げたんだ。謝ってやれよ。ま、お前らはどうせそのうちまた仲良くやるだろうけどよ」
「それもそうだな、一言謝るか」
そう言ってその場を後にし、今度こそクエストボードへと向かう。
クエストボードにつくと、依頼を見回す。俺はAランクでリリーはSランクなので、報酬の良い討伐系の依頼を探す。
この世界には魔獣というものが存在していて、普通の動物よりも凶暴でなにより強い。よくある話だ。
そんな魔獣から人間は身を守るために、街を作り周囲を塀で囲んでいる。街の中には住居や商店があり、街の外に畑や田んぼがあるということが多い。
だからこそ農民は毎日農作業のために街から出る必要があるが、街から一歩出れば魔獣と出くわす可能性がある。田舎のギルドでの依頼はこのような魔獣から農民を守るための護衛ということが多い。ただこの依頼は歩合制で、倒した魔物の強さで報酬が変わる。森林を切り開いて農地に開拓した場所には、報酬が跳ね上がるような魔獣がやってくることは滅多にない。
強い魔獣は森林に生息し、ときたま人里へと降りてくる。魔獣はなぜか人間を見ると殺す。それはまるで人がゴキブリを見たときのように。
そんな魔獣が人里へと降りてくる前に、森林へと赴き討伐するのが報酬の良い依頼である。
「レア様、これはいかがでしょう?」
リリーが手に取った依頼を見ると、ここから2,3日かかる森に生息するオーガの討伐依頼だ。
オーガとは知能を持った巨大な人型の魔物だ。依頼のランクはAで、報酬も申し分ない。
「これにしよう」
そう言うとリリーは了解しましたと頷いて依頼の紙を受付に持って行く。リリーが受付している間待っていると、後ろから声をかけられる。
「よー兄弟!久しぶりだな!この前は俺も悪かったよ」
振り向くと、金髪でそれなりに顔の整った細マッチョな男がいる。マイケルだ。
「おう久しぶりだな、この前は俺こそ悪かったよ。」
「今日は仕事か?」
「ああ、オーガの討伐でこれから出発するところなんだ」
「なるほどね、俺はこれからいつも通り農民の護衛だ。オーガってならここから2,3日のサンニの森だろ?そういや今日は行商人が街を出発する日だぜ。なんなら馬車に乗せてもらうかわりに護衛でもしてやりゃ、楽に行けるってもんよ」
そう言ってマイケルは親指を立ててくる。なるほど、それもそうだ。礼を言って、戻って来たリリーに隊商のことを説明し、さっそく街のの入口へと向かうことにする。
ギルドを出る前にリリーは俺へ聞いてくる。
「レア様、忘れ物はないですか?ハンカチは持ちましたか?」
「持ったよ」
「替えのパンツは?」
「持ったよ」
「では、行きましょうか」
「親かよ」
そうつっこむ俺にリリーは満面の笑みで応える。
「いいえ私はレア様のメイドです」
それがやりたかっただけだろとは思いながらも、リリーの笑顔を見るとどうでもよくなったので、黙ってギルドを出て歩き出した。
もちろん腕を組んでだ。
「そういえばどうしてレア様は、マイケルとかいうのとケンカしたんですか?」
俺は苦虫を潰したような表情になりながらも答える。
「酔ったマイケルがさ、俺にリリーを紹介してくるようにしつこく絡んで来たんだ。んで、あまりにもしつこいから一発殴ったってわけ」
「レア様に迷惑をかけるとは。殺しますか」
殺気を撒き散らすリリーに慌てて言う。
「いや!そこまでじゃないから!あいつも酒癖悪いのこれで懲りたろうし!」
「そうですか。それにしてもレア様が私のことで怒ってくれて嬉しいです」
リリーはそう言ってはにかむ。可愛い。リリーの昔からの教育の賜物で、今となってはもはや羞恥心があまり無くなってしまった俺は答える。
「当たり前だよ。リリーを他の男に触らせるのは絶対に嫌なんだ。なによりも愛してるからね」
リリーは急に立ち止まる。腕を組んでいた俺もそれに引っ張られて体制を崩す。リリーの顔は驚きに満ちている。昔からリリーは直球の愛情表現に弱い。してやったりだ。
そんなリリーが我を取り戻すと、顔を真っ赤にしながら、私も愛していますと叫んで抱きついてくる。抱き締めあった後は当然熱烈なキスをした。ああ、可愛い。