2話:険悪な馬車の中
領主の城を出た俺達は、一旦遠出をするための準備をしに家へと向かう。
「急だね。いきなりこんなことになるなんて」
「ったく。めんどくさいことになったわ。何を持ってけばいいかしら」
「ランカさんも来るんですか?」
「い、行くわよ!私だけを除け者にしないでよ!」
ランカは涙目になりながらも、はっきりとリリーに言い返している。なんかいじられキャラが定着してきたな。
家に着くと各々自分の必要なものを準備しに自分の部屋へと入っていた。といっても俺とリリーは同じ部屋なので一緒にいるが。
「レア様」
「どうしたのリリー?あれ?もう準備終わってるじゃん。しかも俺のも」
メイドのリリーは当然俺に必要なものを知り尽くしている。部屋に入った瞬間、旅に必要なものを全て一瞬で用意したようだ。
「これからまた何日かの旅になってしまいそうですね」
リリーはそう言いながら、俺をベッドへと誘いつつ距離を詰めてきた。
途端、目にも留まらぬ速さで抱きしめられキスをされる。
「プチュ……チュパ……んっ…レア様。旅の間はなかなか出来ませんよ。すっきりさせておきましょう」
なるほど、その時間をたくさん取るために速攻で荷物の用意をしたのか。さすがリリー。
2回戦程致したところで、部屋の外から声がかかった。
「ちょっと!まだなのあなた達!もうずいぶん長いこと待たされてるんだけど!」
キリのいいところで呼ばれたので、水魔法で濡らしたタオルを使って体を拭き、急いで支度をして部屋を出た。
「お待たせ。さあ行こうか」
「何してたのよあなた達」
「ナニですよ」
ジトっとした目を向けてくるランカに対し、しれっとした顔で返すリリー。リリーの顔はいつもよりツヤッツヤだが、若干顔が赤い。完璧にバレていたなこれは。
とはいえ、町の入り口でA級冒険者と合流する手筈になっているので言い合いもそこそこに再び家を出発するした。
街の入口の門に着くと、A級冒険者らしき人を探す。1人、明らかに周りとは雰囲気が違う男を見つけた。黒髪をボサボサに伸ばした褐色の肌の大男だ。近付いて声をかけた。
「あなたが領主のマーブルさんから依頼を受けたAランクの冒険者の方ですか?」
「ああ?」
「俺達もマーブルさんから依頼を受けました。協力して依頼を達成するようにと」
「てめえが『お花畑』のレアか?ずいぶんと遅え到着じゃねえか」
通常Aランク以上の冒険者には二つ名のようなものがつけられる。それはその人の特徴などを一言で表すかっこいいものが多い。なのに俺の二つ名は『お花畑』などと言う全くかっこよくないものだ。
どこにいてもリリーといちゃいちゃしてる俺を見た者が、嫉妬からか知らないが脳内お花畑という意味で勝手に付けて定着してしまったのだ。
ちなみにリリーの二つ名は『蜜蜂』だ。俺という『お花畑』に吸い寄せられるとか、トゲがあるだとかから来ているらしい。言い得て妙だ。
まあ何はともあれ目の前の男は待たさせれてイライラしているようだ。依頼を知ったのが今日の朝とはいえこれから一緒に依頼をこなす仲なので下手にでる。というか出発前の情事も遅くなった原因だしな。
「すいません、依頼のことを今日知って。急だったもので」
「チッ。まあいい。とりあえず出発するぞ」
馬車を用意してくれていたようで、それに乗り込んだ。今回もきっと御者のおじさんとは喋ることも名前を聞くこともないだろう。
馬車に乗って、デスンの街から北にある国境付近へと出発した。
「俺の名前はレア・パディフィールド。まあもう知ってるみたいだけどAランクの冒険者だ。よろしく」
「リリー・カミーリアです。Sランクの冒険者です」
「ランカ・ランデリオンよ。Aランクの冒険者ね」
まずはこちらから自己紹介をして男を見た。彼は馬車に乗り込んでからもずっと不機嫌そうなオーラを振りまいている。
「俺はアスターってんだ。てめえらと馴れ合うつもりはねえ。現地に着けば各々勝手にやろうや」
そう言うと、目を瞑っていかにも話しかけるなオーラを出した。
だがそうもいかない。今回の依頼は黒魔獣に関係した調査だ。なかなかに危険度も高そうなのでチームを組んで依頼をこなす以上、それなりに相手のことを知っておいた方がいい。そう思って彼の気持ちをほぐそうと話しかける。
「そんなこと言うなよ。これから一緒に依頼をこなす仲だろ。アスターはどんな魔法が得意なんだ?」
「チッ……。俺に話しかけんじゃねえよ。馴れ合うつもりはねえって言ってんだろーが」
アスターはイライラを加速させているようだ。だがそれでも話しかけるのをやめない。
「俺は雷魔法が得意なんだ」
アスターは馬車の床を蹴ってドンっと音を立てた。
「てめえ、いい加減にしねえとぶっ飛ばすぞ!」
「レア様に手を上げたならお前の命はないですよ」
アスターの言葉に即座にリリーが臨戦態勢を取る。馬車の中は最初よりもさらに険悪になってしまった。
「あんたねえ、レアが気を利かせて喋りかけてたのにいちいちなんなのよその態度は。そういう尖りたいお年頃?そんなのは他所でやってくれる?」
「あ?」
もしかしたらこの空気はもう修復出来ないところまで行ってしまったのかもしれない。