1話:ランカの1日
朝日が昇るのと同時に私、ランカ・ランデリオンは目を覚ます。
「ふぁーー」
伸びをして体をほぐしてからベッドを降りる。寝間着から着替えてリビングへと向かうために部屋を出る。
私の部屋は2階にあり、隣の部屋はレアとリリーの部屋だ。1階のリビングへと向かうためには、家の構造上2人の部屋の前を通る。
最近その2人の部屋の前を通る時に必ずしてまうことがある。それは、2人の部屋の中を覗き見るということだ。
きっかけはたまたまだった。朝、部屋の前を通り過ぎようとした時にドアの隙間から見えてしまったのだ。その、朝の営みが。
それから何日が経った今では、罪悪感を感じつつも食い入るように覗き見ることがクセになってしまっている。
あ、今日は軽い日だ。
そして何日か覗き見して分かったことがある。それは朝からガッツリと営む日と軽く済ませる日があるということだ。推測でしかないが、きっと前日の夜の営みの濃さに関係しているに違いない。
2人がイチャイチャしているのを見ると変な気持ちになってくる。それは寂しいような羨ましいような自分でもよく分からないものだった。
たっぷりと覗き見して満足してからリビングへと向かう。
リビングに着くと、リビングに隣接しているキッチンで朝食の準備を始める。貴族の娘である私だが、冒険者として必要なスキルは基本的に習得している。これでもAランクの冒険者なのだ。ここのところ、自信を打ち砕かれるようなことが多かったが。
なぜ私が朝食係に任命させたかには理由がある。タダで家に住まわせてもらっている以上、何か手伝いをさせて欲しいと申し出たのだ。その結果朝食の準備をお願いされた。
理由は分かっている。朝起きてイチャイチャするためだろう。
あの2人の行動理由はほとんどがそれだ。リリーさんは基本的に無表情だが一度そのことに気がつくとすごく分かりやすい。
朝食の準備を済ませると、それをリビングへと運び2人が来るのを待つ。
「おはよう」
2人がリビングへとやってきた。挨拶を交わし、テーブルへとついて朝食を取り始める。もちろん覗き見をしていたなんてことは微塵も顔には出していない、つもりだ。少し顔が熱いが。
恥ずかしさを吹き飛ばすためにテーブルを叩いて立ち上がる。礼儀なんて気にしてやらない。
「今日こそは魔力操作について教えてもらうわよ!」
デスンの街に来てから午前中は私の特訓に時間を割いてもらっている。
「そうはいってもなあ、毎日教えてるじゃん」
そうなのだ。毎日教えてもらっているが今のところ進歩はない。ここまで進歩がないとさすがに焦りを感じ始めている。
「コツを教えて欲しいのよ」
「何度も言ってるけど、今まで意識してなかったことをやるんだ。急にパッと出来るようにはならないし地道にやるしかないよ」
そうはいってもやはり多少の進歩もないと焦ってしまう。
「そんな顔するなよ。俺だって完璧に出来るようになるまで3年近くかかったんだからさ」
「私なんて未だに出来ません。難しく考えすぎですよ。もっと気楽にいきましょう」
「ゔん」
2人の優しさが逆に痛い、そんな昼食だった。
朝食を食べ終わると、3人で庭へと向かう。特訓のためだ。さすがに私の実家ほどではないが、レアの家の庭は運動できるほどに広い。
「魔法を使える以上、自分の中の魔力を感じ取れてはいるだろ。まずはそれを体内で自由に動かせるようになるんだ。身体能力を上げるのと同じ要領かな」
頷いて体の中に意識を集中させる。魔力を感じ取り、体内で循環させる。
「そう、そこまではいい。今ランカの体から魔力が漏れているよね。一滴の魔力も逃さないよう、循環させている魔力を全て掌握して完璧に自分の制御下に置くんだ」
言われた通りに全ての魔力を掌握しようとする。だが、体の中であちらこちらにバラバラに動く魔力を全て掌握するのは難しい。
「む、難しいわ」
「当分はこれの練習だね」
ふう、と息をつく。全神経を使ってやるこの特訓は想像以上に疲れる。
「レア様、私は?」
リリーさんも私と同じように特訓していたようだ。
「全然進歩がないね」
「そんな……」
リリーさんはわざとらしくよよよと泣いてレアへと詰め寄る。私に構ってくれていたレアが、リリーさんの方へといってしまう。なんか寂しい。
そんなこんなで午前の特訓を終え、家の中へ戻り昼食を食べた。
午後は基本的に自由行動だ。2人は午後も特訓をしたり図書館で勉強したりといろいろなことをして過ごしている。
デスンの街での生活に慣れてきた私は、ここのところギルドからの依頼をこなしている。街の外で農作業をする農民を魔獣から護衛する仕事だ。
護衛依頼といっても基本的に魔獣はやってこないし、たまにやってくる魔獣は精々がCランク程度だ。
そしてなぜかボブとマイケルと一緒だ。
「そこで俺は言ってやったやったわけよ!てめえの血の色は何色だってな!」
マイケルはよく私に自分の武勇伝を聞かせてくる。正直嘘くさいし、何より目の前で見たレアの方が全然かっこよかった。いや、好きだからとかではなくて純粋にかっこいいと思っただけだからね、となぜか自分へと言い訳をする。
「おいマイケル、ランカちゃんも困ってるぞ。それくらいにしとけって」
「おうおうそうは言うがよボブ、俺たちはもうすぐ三十路だぜ?ここいらで女の1人でも捕まえとかねえと悲しい老後が待ってるぜ?」
「だけどランカちゃんは貴族の娘だぜ?俺たちとは住む世界が違うだろうよ」
「なーに言ってやがる。俺たちだって立派な貴族だろうが!」
「独身貴族ってか?がはは!どうだ相棒?今日も仕事が終わったら街の酒場に探しに行かねえか?運命の恋人やらをよ!」
「よーしのった!ちょうど仕事も終わりだ。ランカちゃんもお疲れ!」
会話に加われず、終始寂しさを感じながらも仕事を終えた私は、レアの家へと帰る。
帰り道、仕事を終え帰宅する人や夕食の準備をするために買い物をする家族で賑わった大通りを通る。
周囲が賑わっていることでより一層孤独感が募る。
はあ、こんなはずじゃなかったのになあ。魔力操作は一向に上達せず、そしなにより今日は1日寂しさを味わった。ホームシックになっているのかもしれない。
思えばこんなにも家を離れたのは初めてだ。
自分は勝気で向こう見ずな性格だと思っていたが、どうやら違うらしい。
レアの家に到着し、リビングに入る。
「あーお帰り!待ってたよ!今日の夕飯はデリシャスドラゴンのステーキだよ!」
「お帰りなさい。魔力操作が上手くいかなくて元気が無さそうなので、今日の夕飯は豪勢にしました。」
「早く座りなよ。これでも食べてまた明日も頑張ろう」
「レア様が落ち込んだランカさんを見かねて提案したんですよ」
「言わなくていいから」
レアが照れ臭そうに頭をかく。
やばい、レアが私のことも考えていたということが嬉しくて顔が崩れる。どうやら私は自分が思っていた以上に単純な性格らしい。
「いただくわ!」
その日の夕飯は美味しくて、なにより心温まるものだった。
上手くいかないことも多いが諦めずに頑張ろう、そう新たに決心して、いつもよりよく寝れた夜だった。