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人を殺したい俺は僕に殺された

作者:左十 八八
俺の親は人殺しだ。俺が物心ついたときにはすでに刑務所の中、親類達は汚れた血脈を受け継いだ子供を決して引き取ろうとはしなかった。気づいたときには、天涯孤独同然となっていた。
学校でも俺は一人だった。俺の産まれたような小さな町ではすぐに話は広がる。施設の人が気を利かせてくれて小学校からは別の町に移った。しかし、どこから聞いてきたのかいつのまにか噂として校内に広がった。次第に仲の良かった友達も離れていき、俺を人殺しと呼ぶようになった。そんな中、隣の席だった藤原沙耶(ふじわら さや)だけは俺に構い続けた。
中学校に上がっても俺に対する周囲の態度は変わらなかった。他の小学校から来た奴らも初めは話しかけてきたがすぐに俺のことを聞かされ近づかなくなった。
クラスどころか学校中から孤立していることには教師達も気付いていた。そのため集会が開かれたが、子供は何の罪もない、皆さんと一緒などと常套句を並べただけのものだった。当然そんな集会に何の効力がある訳でもなく俺は孤立していたままだった。こうして俺の中学生活は一人のまま終わった。
これは後から知ったのだが沙耶だけは俺に何度も話しかけようとしていたようだがクラスメート達がそれを阻んでいたのだった。
高校に入学し俺は気付いた。
中学校では暇な時間が多かったのでその時間を勉強に当てていた。そのため県内トップの進学校に進むことが出来た。同じ中学校からは誰も進学していない。誰も俺のことを知らない。そんな状態からスタート出来た。両親が起こした事件は風化していたようで小学校の時のように噂が流れてくることもなかった。地元から遠く離れた土地だということも原因の一つだろう。
中学では考えられない程の人が話しかけてきた。しかし、そこで俺は気付いた。俺は極度の人見知り、コミュ障だった。施設の子ども達や職員とは普通に話せていた。施設にたまに来る知らない人ともだ。だが、初対面の同年代となると話は別だった。中学で孤立が俺に同年代との喋り方を忘れさせていた。気さくに話しかけてくるクラスメートにああ、うん、よろしく、こう返すのが精一杯だった。
幸いコミュ障は俺以外にもいたので目立ちはしなかったが、また一人に戻った。平穏な学校生活を送れる筈が、平坦な生活へと逆戻りしてしまった。
そんな折、俺が帰路についていると路地裏から何か動物の鳴き声が聞こえた。近づいていくとそこには鳥が倒れていた。鳥の周りには羽根と一緒にガラス片が散乱しており、どうやら窓ガラスに衝突したようだった。
血やらガラス片やらに反射した光が俺に眼に入ってきたとき、俺の中の何かがズレた気がした。
気が付くと俺の手にはガラス片が握られており、目の前には鳥だったであろう真紅の肉塊が転がっていた。自分が何をしたか分からない。しかし、ぬるぬるとした温かさと背徳感の混じった興奮を俺は感じていた。
俺は咄嗟に走った。血を洗わなくては、そう思った。川へ一直線に駆け無我夢中で血を洗った。途中なぜか俺を"人殺し"と呼んでいたクラスメートの顔を思い出した。何も感じなかったが、手が震えた。
血を洗い流すと俺の心は落ち着いていた。何が起こった、何をやったのか整理した。
俺は殺した。鳥を殺した。死にかけていた鳥を殺した。これが最終的に辿り着いた結果だった。
不思議と驚かなかった。むしろ平坦な生活が隆起してくるワクワクを感じていた。
足を弾ませながら施設へ帰ると施設長に呼び出された。バレたのかと内心焦ったが、俺の両親の死刑が執行されたという報告だった。正直どうでもよかった。両親の顔はテレビ越しや写真でしか見たことがないし、両親関係でいい思いをしたことがなかった。恨みはあっても愛情や親しみなんぞは持っていなかった。その後に両親が獄中出産したため執行が遅れたと聞いたときは少々驚いたがそれだけだった。それから部屋に戻り帰りの出来事を反芻した。
次の日、俺は隣の席の人に初めて''おはよう''と言った。
次の日、俺は隣の席の人と会話をした。
次の日、逆隣の席の人と会話をした。
そして半年が過ぎると初めて会った同級生と普通に会話ができるようになった。
出来ることが増えた。その代償に死骸も増えた。生き物を殺すことで俺は人とコミュニケーションを取れるようになった。なぜだかは分からない。なんとなく、今まで抑えられていた衝動が解放されたことにより気が大きくなっているのが原因なのではないかと思っていた。結局はなぜだか分からない。
コミュ障を克服した俺にとってその後の高校生活は順風満帆だった。多くの友人もでき、彼女もできた。そのおかげであまり勉強しなくなったが地頭が良かったようで成績は上位を維持していた。唯一困っていたことといえば、日に日に多くなってくる死骸を埋める場所が無くなっていったことぐらいだった。
初めて学校生活を楽しいと思った。
そして一年前、大学へ進学した。長年世話になった施設を離れ、都内の大学を選んだ。
大学ではすぐに友人が出来た。コミュ障を克服していたことが良かったのだろう。さらに数ヶ月過ごすと友人達がさらに増えた。友人と一緒にいる時間が増えて以前のように動物を殺さなくなった。それでも何ら苦は無かった。
それくらい友人達と過ごす時間は楽しかった。
…はずだった。
先月、いきなり俺に殺人衝動が襲ってきた。何かが無性に足りない気がした。それを埋めるには人を殺すしかないと思った。突発的に家にあった包丁を手に取った。そこでハッと我に返った。
突発的に湧き上がった衝動は収まるのも突然だった。
しかし、冷たくなった衝動は残雪のように依然と存在していた。
それから俺は正当な殺人方法を考えた。人は殺せば跡がつく。野良の動物は埋めても誰も探しに来ないが人は捜索願が出される。捕まらない殺人方法。捕まっても大丈夫な殺人方法。俺は考え続けた。
そして今日それを実行する。

仕事に行く夫を見送った後の奥様方で賑わう喫茶店に来ている。計画を(したた)めた手帳を眺めながらコーヒーを啜る。
二日前、反社会的な活動を呼びかけるスレ板を眺めていたらこんな書き込みを見つけた。
"僕は二日後の十二時、S交差点で無差別に人を刺します。"
いわゆる犯行予告だ。
もちろん信憑性は薄い。ただのニートがほらを吹いているだけかもしれないし、途中でやる気が失せるかもかもしれない。何の根拠も無しにネット上の発言を鵜呑みにするなんてあり得ない。
だが、今回俺はこれを信じた。文から自分と同じ匂い、人を殺したいという衝動を感じた。
書き込んだやつを信じ、俺はそいつの計画に乗ることにした。
S交差点で無差別に襲うそいつを俺が殺す。その後は正当防衛を装う。持っていた刃物は適当に誤魔化す。ただそれだけの計画だ。計画というには不確定要素で満ちすぎている。しかし俺には成功するという確信がある。根拠は勘だ。

「やっほー、久し振り!」
手帳を眺めながらイメージトレーニングをしていると突然肩を叩かれた。驚いて手帳を落としてしまった。
はて誰だろうと俺は首を(かし)げる。
聞き覚えのある声だったが誰だか思い出せない。
「私だよ、わ、た、し。」
栗毛色のショートヘアを弾ませながら目の前の女性は笑顔で答える。
愛嬌のある目元が誰かにそっくりだ。喉の奥まで来ている。あと一押し欲しい。
「忘れちゃったの?ほらっ小中で一緒だった。」
やっと思い出した。目の前の女性は藤原沙耶だ。
小中が一緒で俺に話しかけてくるのは沙耶しかいない。
やっと思い出したかと沙耶は笑った。
予告の十二時まで時間があったのでお互いの近況を報告し合った。俺の話を沙耶は笑顔で聞いてくれていたが時より顔を曇らせていた。
不思議に思ったが人それぞれの感じ方があると結論づけ気にしないことにした。
思ったよりも俺は話し込んでしまった。自分で思っていたよりも沙耶と会えたことが嬉しかったのかも知れない。
少し後ろ髪を引かれたが俺は適当な理由をつけ、急いで沙耶にお代を渡して喫茶店を出た。
沙耶の「手帳、忘れてるよ。」という呼びかけは俺には聞こえていなかった。

汗をにじませ、S交差点に辿り着いた。
時間を確認する。ちょうど十二時だ。時計から信号へ目を移すとこれまたちょうど青になった。
中程まで交差点を進むとそれはついに起こった。突然甲高い悲鳴が上がった。悲鳴は急速に感染していく。すぐに交差点は悲鳴に呑み込まれた。四方八方に逃げまどう人々を他所(よそ)に俺はじっと立っている。右手をカバンの中に入れ、いつでもナイフを取り出せるよう準備をする。
やっと人をヤれる。ナイフを握りしめた俺はそんな興奮を覚えた。興奮は俺の感覚を研ぎ澄ます。悲鳴の中心がこちらに真っ直ぐ向かって来ているのが感じとれる。
興奮で右手が震える。それを左手で抑える。
あと少し。
これでやっと近づける。
あと少し。
何にだ?何に近づけるんだ?
あと少し。
まぁいい。もう少しで初めて人を殺せるんだ。
………今だ!
俺は身を翻す。俺の目には確かに包丁を振り回しているフードをかぶった男が映っている。しかし、その手前に栗毛色の髪が存在している。
危ない!俺は咄嗟にそう叫んだ。だが、遅かった。フードの男と女性は衝突し、女性は膝から崩れた。俺はフードの男に向かい駆ける。殺すのだ。衝動だけの殺しではない。仇をとるのだ。
「殺しちゃ…ダメ。」
沙耶の声でそう聞こえた。
僕の右手はナイフを拒否した。空になった右手で男の包丁を受け止め、そのまま関節を極めた。動物を殺し続けた経験が活かされた。まさか、僕にこんなことが出来るとは…そう思う余裕はなかった。

病室のベッドの上には沙耶が寝ている。沙耶の命に別状はなかった。ただ麻酔が効いているだけだ。
なぜ沙耶があの場にいたのかはすぐに分かった。沙耶が俺の手帳を持っていたからだ。見た目や喋り方に似合わず沙耶は律儀な性格をしている。俺が喫茶店に忘れていた手帳を届けてくれようとしたんだろう。
生まれて初めて後悔をした。
沙耶が持って来てくれていた手帳を開くとそこには、俺の''殺す''という字を塗りつぶすように赤でデカデカと''愛してる''、そう書かれていた。
僕は初めて泣いた。
一度ズレたものが元に戻るときには大きな歪みが生じる。俺に襲って来たのは揺れるような後悔と罪悪感だった。

僕は実はわかっていた。僕はただ愛されたかった。初めて鳥を殺した時も僕は親の愛情を知りたかったからだ。両親が味わっていたであろう気持ちを僕も知りたかった。両親がしたことをすれば両親に会った気持ちになれると思った。実際そう感じていた。だから殺し続けていた。両親が近くにいると感じていたから俺は友人達と喋れるようになったのだ。
大学に入り殺す回数が減ったのは友人達から向けられる好意を知ったからだ。会うと挨拶を交わし何気ない会話をする。そんな幸せな日常は初めてだった。幸せな日々を過ごしていたから僕は人を殺したくなった。友人と過ごす幸せが愛情の欠乏を際立たせた。より両親を知るためには人を殺すことが必要だと考えたのだ。
手帳を喫茶店に忘れたのは、沙耶に俺を止めて欲しかったのかもしれない。昔から僕に色眼鏡無しに接してくれる沙耶なら止めてくれる。そう感じた僕は間違っていただろうか。沙耶は刺されて病院のベッドの上だ。しかしそのお陰で僕は本当の自分に気付けた。全て間違っていたとは言えない。
この世の中全てを白黒させることは不可能だ。世の中は正解と間違いが混ざり合って存在しているのだから。
でも、けじめはつけられる。
そうだ、初めて血を洗い流したあの川が良いだろう。

夕日が溶け込んだ霞がけのナイフを振り上げる。

俺は初めて殺される側の気持ちを知った。
僕は初めて人を殺した。

"俺は" "僕は" 死ぬ。

人を殺したかった"俺"は"僕"に殺された。

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