表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

卒業までに、しておくことは

作者: 法田波佳





 高校最後の冬。

 私たちが、高校生でいられる最後の季節。

 迫ってくる切なさに負けないよう、私たちは、限られた時間を過ごすのに必死になっていた。





 一月中旬。

 つい2、3日前に、最初の関門であるセンター試験を乗り越えた私たちは、つかの間の解放感にひたっていた。


「おおー、寒っ。何でこんなに寒いんだろうね」

「冬だからですぞ、実春みはる殿」

「ああ、本当寒い!もうここから動けない!」


 ストーブの周りを三人で陣取って、手をかざしながら暖を取る。少しでも近くに寄ろうと、足は、ストーブの周りに貼られた立ち入り禁止のテープのギリギリのところで止まっている。かぶりつくようにストーブにあたる、そんな私たちの姿を見て、先生は、少し離れたところから笑い声をあげた。


 美術室や視聴覚室といった特別教室がある別館の三階、そこに今いる生物準備室はある。夏に部活を引退してから、早六ヶ月。それ以来来ていなかった準備室だが、まったく変わっていなかった。唯一変わったことと言えば、部屋の真ん中に、大きなストーブがでーんと置かれてあったことぐらいだろう。けれど、これも毎年冬のお決まりの光景だ。

 去年の今頃は、ここに入り浸って暖まるのが日常だったのに・・・・・・去年との違いを考えると何だか不思議な気分になった。寂しいような、切ないような、そんな気持ち。受験生なんだな、と改めて思う。


「で、受験生諸君。君たちはこんなところにいていいのかな?」


 つい今しがた再認識したところを突かれて、思わず肩がビクリと跳ねる。ほかの二人もそうだったようで、肩を震わせると、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「ま、まあまあ、先生?センターも終わったことですしね?」

「そうそう!ちょっと息抜きってことでね?」


 ほかの二人が苦し紛れの言い訳を並べる。それを聞いて、私もうんうんと頷いた。先生は、そんな私たちを見て、小さくため息をつく。


「本当に君らは・・・・・・。センター終わってからの頑張りで差がつくと言われなかった?」


 耳に痛い言葉が出てきて、思わず先生から視線を外す。それは、センターが終わった後、担任から耳にたこができるほど聞かされた言葉だった。もっとも、聞いただけで、気にしてはいないから、今ここに来ているのだが・・・・・・。

 ぐっと言葉につまる私たちを見て、先生はまた深々とため息をついた。・・・・・・さっきからため息をついてばっかりじゃないだろうか、そのうち息はきすぎて気体になっちゃうぞ。


「でも、息抜きも大切ですって!それに、先生も元部員たちが来てくれて嬉しいでしょ?」

「いや、全然」


 私の左隣でストーブにあたっていた真由加まゆかが、ぱっと顔を上げて尋ねる。しかし先生は、それを聞いてすぐに一刀両断した。


「ひっどい!仮にも元部長と副部長と・・・あれ、実春何かしてたっけ?」

「会計ですう!全然仕事のなかった会計です!」


 私の右隣、真由加の向かい側にいるさきの言葉に、むくれながら答える。すると咲は、そうだったと言ってけらけらと笑った。まさか本当に忘れていたわけじゃないだろうな、と思ってじとりと見やれば、咲はついっと私から眼をそらした。


「ちょっと!その反応は、もしかして本当に忘れてたの!?」

「だって、本当に実春全然仕事してなかったから。会計なんて役職自体忘れてた」


 ごめんと言って、また咲は笑い声をあげる。よく通るその声は、狭い準備室に響いた。笑い過ぎだと思いつつ、不意に視線を変えれば、肩を震わせて笑いを堪えている真由加が眼に入る。


「真由加も何で笑ってるのよ!」

「・・・・・・ご、めん。いや、私も会計とか忘れてたから」


 むしろ会計とか必要あった?と言いながら、ついに堪えきれなくなったようで、ぶふっと吹き出して笑う。その言葉に、むっとしたが、何も言い返せないのだから悔しい。

 実際、会計なんて仕事などひとつもなかったのだ。生物部と言えど、準備室にこもってひたすら喋ってるだけの部活。実験機材を買ったり、合宿をしたりするわけでもないから部費だって徴収しない。これで、会計の仕事がある方がおかしいだろう。


「もう!二人とも笑い過ぎだから!自分たちだって仕事なんてなかったくせに!」

「いやいや、私たちはちゃんと仕事してたから。ねえ、咲?」

「そうそう。どっかの誰かさんと違って」


 ねえー、と互いに顔を見合わせながら言う二人を、ジロリと睨み付ける。こんなことを言っているが、二人だって仕事らしい仕事などほとんどなかったのだ。

 名目上部長と副部長だが、生物部の活動内容と言えば、ただ生物室で喋るだけ。部長らしく部員をまとめたりもしたことがないし、副部長も、部長のサポートらしいことなんてしたことがない。・・・・・・本当に私たちは三年間何をしてたんだろうか。思い返せば、全然活動していないじゃないか・・・・・・。


「はいはい、どんぐりの背比べはやめ。君らの代は全然活動してないんだから、比べることなんてはなっからないでしょ?」

「私たちの代はって・・・・・・ひょっとして、今の子たちは何かしてるんですか?」


 左隣で真由加が尋ねる。私と咲もそこは気になっていて、真由加と三人揃って先生をじっと見つめる。すると先生は、困ったような微笑を浮かべながら、肩を上げた。


「いや、全然。君らと一緒だよ」


 その言葉に、少しほっとする。いや、ほっとしちゃダメなんだろうけど。これで、私たちの代より活動してるなんて言われたら、先輩の威厳に傷がつくところだった。


「なーんだ、結局一緒なんじゃないですか」

「おさぼり生物部ー!」

「君らもだったでしょ?」


 咲と真由加、そして先生が軽快なやりとりをしている。そんな光景を見ながら私は、自分の胸に言いようのない気持ちが押し寄せてくるのを感じた。

 何だろう、この気持ち。言葉になりそうでならない。手に掴めそうで掴めない。何とももどかしい気持ち。



「さて、と。いい加減帰ろうか」

「そうだねえ。・・・・・・実春も行くよ」


 咲の声かけで、真由加が傍に置いてあったスクールバッグを手に取って立ち上がる。それにつづくように、咲も立ち上がった。


「じゃあ先生!近々また来るからねー!」

「受験が終わるまで来なくてよろしい」

「ひっどー!二年生たちは毎日来てるのに!差別だ差別!」

「これは、区別って言うんです」


 ストーブの横を通り過ぎて、入口へと向かう二つの足音が聞こえる。

 立たないと。立って、待ってーって言いながら行かないと。そんなこと、頭ではわかっているのに、なぜか足が一ミリも動かない。


「おーい、実春ー。何やってるの?」

「あ、ストーブが恋しいの?わかるよー。でもほら、そろそろ帰って勉強しないと」


 入口まで行っていた二人が、またストーブの近くまで帰って来る。真由加が左腕を、咲が右腕をとって無理やり立たせようとする。けれど、それに反抗するみたいに、私の足はしゃがみ込んだままだった。


「実春さん?どうかしましたか?」


 先生までもが、心配して傍に来てくれる。

 けれど、自分でもどうしてと思うぐらい理由がわからなかった。

 ただ言えるのは、まだここにいたいということ。それだけ。


「あ、ひょっとして受験勉強したくないとか?わかるよー。頭痛くなってくるよね」


 おどけたように言いながら、真由加が頭を押さえるポーズをする。それを見て咲もつづけた。


「そうそう!それに、私たち大学離れ離れだもんねー」


 ぴくり。その言葉に、反射的に顔が動いた。え、何?と、急に顔を上げた私に二人が驚きの声をあげる。


「ねえ、私たち、何で受験勉強してるんだろうね」


 無意識のうちに、口から疑問がもれた。


「え?そんなの大学に行くために決まってるじゃない」

「うん、それはそうなんだけどさ、・・・大学生になったら皆離れ離れになっちゃうんだよね?」


 どうして、離れ離れになるとわかっていながら、別れに向かって勉強をしているのか。

 言葉にしなかった疑問は、二人にも伝わったようで、二人とも顔をうつむかせた。


 大人が聞いたら、くだらないと鼻で笑うかもしれない。けれど、私たちからしたら、今いるここが世界のすべてで、日常で、そこから離れるなんて想像もつかなかった。

 高校を卒業して、皆と離れて、ひとりきりで新しい世界に飛び込む。それは、なんて不安で、寂しくて、怖いことなんだろう。



 しんとした静けさが、準備室に流れる。言葉にしたらもっと不安になるとわかっているからか、誰も、何も喋らない。そこに、ぽわんと気の抜けた声が響く。


「ちっちゃいことで悩んでるね、君たち」


 声のした方へ、三人が一斉に眼をやる。すると、そこにはいつも通りのほわっとした笑みを浮かべた先生がいた。


「全然ちっちゃくないですよ!大問題です」


 先生の言葉に、ぷうっと頬を膨らませて、むくれたように真由加が言う。それに同調するように、私と咲も首を縦に振った。

 先生は、そんな私たちを見ながら、机へと近づいて行き、置いてあったマグカップを手に取って飲む。そして、ふうっと息をつくと、また元の場所へマグカップをもどした。コトリと小さな音が鳴る。


「ちっちゃいことだよ。今生の別れじゃなしに、今なんて電話もメールもあるんだから、いつだって連絡がとれるじゃないか。話したい時に話せるし、会いたい時に会える。・・・便利な世の中だよね」

「それは、たしかにそうですけど・・・」


 そこまで言って、真由加は視線を下におろした。何か言いたいのに言葉が上手く見つからなくて、どう言えばいいかわからない。そんな風に見えた。

 真由加の言いたかったことは、何となく私にもわかるような気がした。

 卒業してしまっても、いつでも連絡は取れるし、会うこともできる。そんなこと言われなくてもわかってる。けれど、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 いつでも会えるって言っても、今みたいに毎日会えるわけじゃない。

 朝、教室に入れば、いつも通り友達がいて、おはようと挨拶を交わす。

 休み時間には、一つの机に集まって授業の文句を言ったり、眠たーいとぐちったり。

 昼休みには、お弁当を手に寄りあって、とりとめもない話に花を咲かせる。

 そして放課後、また明日ねーと言って、家へと帰る。

 そんな何でもない一日。三年間、当たり前のように過ごして、意識したこともなかったような日々。それが、どれだけ大切な時間だったのか、今ならわかる。


 もっと、大切に過ごせばよかった。もっと、たくさん一緒にいればよかった。もっと、もっと、もっと、・・・・・・。今更思っても仕方がない思いが、次から次へと溢れ出してくる。

 さっき、言葉にならないと思った気持ちが、今なら何と言えばいいかわかった。



「・・・・・・寂しい」


 一度声に出したら止まらなくなった。

 寂しい、寂しい、寂しい、さびしい、さびしい、さびしい、さびしい!

 卒業なんてしたくない。みんなと離れたくなんかない。だけどこれは、言ってもどうしようもないことで、自分の中で折り合いをつけないといけないことで・・・・・・。

だけど、寂しいものは寂しいんだ。悲しいものは悲しいんだ。


「寂しいよねえ」

「うん、さびしー」


 はっとして顔を上げる。いつものあけっぴろげな笑顔に、切なさが加わった真由加の笑顔、片側の口角だけがきゅっと上がっている咲の微笑。二人の笑顔が、私を見下ろしていた。


「さびしい・・・・・・?」

「もっちろん!」

「当たり前じゃん!」


 思わず聞き返すと、間髪入れずに同意の言葉が返ってきた。

 そっか、みんな寂しいんだ。そう思うと、なぜだかほっとした。自分だけが寂しがってるわけじゃないと、わかったからかもしれない。


「・・・・・・”寂しいと思える出会いがあるのはいいことだ”」


 誰に聞かせるともなく、ぽつりと先生が言葉をおとす。え?聞き返す三人の声が重なった。

 先生は、腰までの高さのキャビネットに浅く腰かけて、淡く微笑みながら私たちを見ていた。


「誰の言葉かは忘れたけれど、気に入ってるんだ」


 そう言って先生は、私たち三人の顔を一人ずつ順に見ていく。その目は、いつもの眠たそうな目とは違って、とても真っ直ぐだった。


「・・・・・・寂しいと思える、か」

「いい言葉だね」


 咲が小さく呟く。そのあとで、真由加が明るい声で言った。頷く咲。私も、うんと頷き返す。

 いい言葉だ。心からそう思えた。


「いい仲間に出会えたね、三人とも」


 先生が、凪いだ海のように穏やかな声で言う。それを聞いて私たちは互いに顔を見合わせた。えへへ。誰からともなく照れ笑いがこみあげた。


 寂しい。そう思えるのはなんて素敵なんだろう。離れがたい。そう思えるのは、なんてすごいことなんだろう。

 今はまだ寂しくても、笑っていようと思った。だって、これはめったにない、最高の出会いだったという証なのだから。


「ねえ、帰りにクレープ食べてかない?」

「おっ!いいねえ」

「私、プリンとアイスにしよーっと!」


 教室の入口に向かいながら、三人でこれからの寄り道の相談をする。それを聞いた先生のため息が、後ろから聞こえてきた。


「・・・・・・君たち、勉強もするんだよ」


 一斉に、私たちは教室の中へと振り返る。そして、声を揃えて言った。


「はーい!」






明日はもうセンター試験ですね。

今になって、どうしよう⁉︎どうしよう⁉︎と慌てていた自分を、この時期になると思い出します。

受験が終われば、残すは卒業式のみ。それまでに、たくさん友達と過ごしてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 素朴に、ストレートに、誰もが経験したことものある、戻れない「あの季節」、「あの時間」を切り取っていて、素敵だなと思いました。
[一言] 私も来年大学受験なので、できるだけ悔いがないようにしたいと思えました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ