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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ブラックキャップ

作者: 光村キキ

私達の朝は早い。


「おはよう」



寝床から体を起こした私の背後から聞き慣れた妻の声がする。



「ああ、おはよう、今日も眠れなかったのか?」


「寝たわ、少しだけ」


「そうか、まぁ、今日はゆっくり休むといいよ」


「あら、そうゆう訳にもいかないわ。 この子の為にも頑張らなくちゃ」


「……あまり無理するなよ」


「えぇ、そのつもりよ」


彼女はニコリと笑うと大きく膨らんだお腹を撫でた。


彼女は私の子供を身籠っている。


とても幸せとは言えない毎日に咲いた、一輪の祝福。


待ちに待った愛の結晶。


母に目覚めた妻を微笑ましく思い、私は水を汲みに行った。


風はひやりと冷たい。

この時間は夏の暑さを感じさせなかった。

暗く、静かな夜道を私は歩く。

地面もまた、足の裏から伝わって私の身体を冷やした。


少し険しい道を行くと水汲み場がある。

大きな穴や、巨大な木が横たわる日もあれば、何もない日もある。

この水汲み場は毎日決まった姿をしていない、不思議な場所だ。


切り立った崖を慎重に降りて、私は水辺に近づいた。


湖は枯れていた。


「今日はダメか……」



この湖は稀に私達に厳しい顔をした。

とうとう、こいつにも「死んでしまえ」と言われている気がした。


私は冷たい足取りでその場を後にした。



「ただいま」


「……ダメだった?」


私の力ない声に彼女は察した。


私達は飢えていた。

乾き、焦がれていた。


私は空腹に侵されるその時、妻を美味しそうだ、と思う。

スラリと伸びた手足のクリスピーな食感。

腹を裂けばドロリと溢れる蜜。

綺麗な顔は愛しさを超え、私の口腔を湿らせる。


その度に私は、何を馬鹿な事を、と自分に言い聞かせていた。


「南に行きましょう、私もついて行くわ」


「……ダメだ、奴らに見つかる」


「今なら大丈夫よ、呻き声がしないもの」



私は目を伏せ、考える。

確かに南に行けば食べる物はある。

しかし、彼処には私達が「奴ら」から隠れられる場所が少ないのだ。

今の住処も「奴ら」から隠れる為、暗く湿った、陽の当たりにくい場所を選んでいる。


「奴ら」はよく、私達を殺しに来る。

見つかったら最後、私達が死ぬまで殺しに来るのだ。

誘い捉え、叩き潰し、嵐を起こす。

私は父や兄弟がそうやって死んでいくのを見てきた。


だが背に腹は変えられず、私達は南へ向かう事にした、産まれてくる子供達の為にも。


住処から暗い道を下り、暫く行くと開けた荒野に出る。

埃が舞い、砂を踏み、私達は南に向かった。

すると、微かに良い香りがしてきた。

その香りを頼りに私達はようやく食事を見つけることが出来た。


「やった……!今日は、ついてるな」


先程までの不安はどこ吹く風、私は妻に語りかけた。


「そうね、よかった、本当に良かった……」


彼女もすっかり安堵していた。

私はこの近くに、住処よりも大きな湖がある事を思い出し、水を汲みに行った。

湖は大きい為、水は枯れる事無く、容易に手に入れる事が出来た。


ひい、ふう、と決して楽ではない道だがそれでも、高揚する心に自然と足取りが温かくなる。

そして私は彼女の元に着いた。



「あぁ……なんて事だ……」



食べかけを撒き散らし、手足を虫のように痙攣させ、仰向けに彼女は倒れていた。

私は彼女に駆け寄った。



「おい!しっかりしろ!大丈夫か!?」


「ひゅっ…ひゅっ、あな、た…あれは、食べないで……」


彼女は震える手で先程の食べ物を指差した。

私は彼女の手を握りしめた。


「この…子を、お願い…し……」


「あぁ、ああああぁぁっ!!!」


彼女は事切れた。

最愛の妻が、今、死んだ、私の腕の中で。

私は泣いた、そして飢えた。


私は目の前で妻が死んだというのに、今この身体は喜びに支配されていた。

これで腹一杯になれる。


母に良く似たこの女に、母にしたそれと同じ様に、私は始めた。


大きく口を開いて、溢れんばかりの食欲が満たされていく。

噛みつき、千切り、砕き、飲み、無我夢中で彼女を堪能した。

彼女の腹を食べ進める途中、柔らかな膜から、柔らかな命の、温もりを感じた。


何て可愛い子供達(美味しそう)なんだろう!!!


私はせっせとそれらを食べると、深い眠りに

ついた。

もう二度と目覚める事は無いと知らずに。











ーーーーーーーーーーーーーーーー






「あら、おはようございますぅ」


「おはようござい鈴木さん! 今日は良い天気ですね!」


「そうねぇ、ようやっと夏らしい天気になってきたわねぇ」


横山よこやま しずかとその上の階に住む鈴木すずき 細布子たえこは鈴木家の朝の見送りを欠かさない。


「じゃあいってくるよ静、鈴木さん、おはようございます」


「すずきのおばーちゃ、おはよーございます、おかーさ、いってきます!」


「はい、横山さん、太郎君おはようさん、いってらっしゃい」


「はい、行ってらっしゃい、あなた、宜しくね」


静は夫と息子が保育園に行く道を曲がるまで手を振った。


「太郎君はよく喋れるようになったねぇ」


「えぇ、でもこれから手が掛かりそうで」


静は夏のヒマワリの様にニコリと笑う。


「まぁ男の子は元気が一番よ、手が掛かると言えばあいつらはどうなったんだい?」


「あぁ……あれ、ですか?」


静の笑顔が苦笑いに変わる。


「そうそう、遂に私の部屋でも出ちゃってねぇ」


「あら、そうなんですか!実はウチのは今朝方ちゃんと死んでたんですよ?強い味方のお陰で」


「ほーそうなんかい?ゴキブリホイホイでもおいたんかい?」


「実はそれよりもっと良いのがあるんですよーーーーーーブラックキャップっていうのが」



静はまたニコリと笑った。

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