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5話

それは昨日の夕食時、先輩がいつの間にか作ったシチューとオーブン焼きを堪能していたときだった。


「この肉、西条ちゃんが倒したミノタウロスだったよな」

「ええ、そうですけど」

 先輩の言葉を、なんでもないように肯定する自分。

 改めて考えると、ただのサラリーマンだった自分が屈強なミノタウロスを一人で倒せるようになったのだから、人間って意外とやればなんでも出来るものだね。


「そろそろこっちに来て一ヶ月か……体も出来てきたし、その辺の奴らに絡まれても自分でなんとか出来るだろう。

 そろそろ街に移動するか?」

「やっと行けるんですね、やったぁ!! 何かワクワクしますよ」

 やはり一ヶ月も野宿が続くと、街が恋しい。

 思わずテンションあがって子供みたいにミノタウロスの骨付き肉を振り回したけど……しょうがないよね? みんな僕と同じシチュエーションならやるよね?

 僕だけじゃないよね!?


「お、おぅ。 嬉しいのは分かるが、治安が比較的良い王都でも危険もあるんだからな。 それは忘れるなよ?

 ここは日本と違って、街中でも油断すれば狩られたり殺されるのが当たり前な世界なんだからな」

「……え?」

 僕のテンションに先輩が若干引き気味だったが、ボクのほうも先輩の言葉にドン引きだ。

 なにそれ。 今の台詞のどこに治安という要素があるのかわからないんですけど。


「それに今の西条ちゃんは身元不明の無国籍者だって忘れてないか?」

「あー そういえばそうでした」

 先輩にいわれて、ようやく自分の立場を思い出す。

 なにせ、一ヶ月もつつがなく生活していたもので、すっかりそんなこともあったなという感覚ですよ。


「警察の役目を持つ憲兵隊とかに捕まったら言い訳が出来んぞ。

 偽造が出来るまででいいから、大人しくしとけよ?」

 なんですか先輩、その疑わしげな目は。

 これでも僕は立派な社会人なんですからね!


「大丈夫ですよ先輩、ちゃんとおやつは500円まで!先輩の言いつけは守ります!」

「本当に大丈夫かよ、憲兵の連中に絡まれるとかなり面倒なんだが……まぁ、何とかなるだろう」

 その何とかというのが、主に力づくの事である……というのは想像に難くない。


 と、少々長くなったが、ここまでが昨夜のやり取りである。

 そして翌日である今日、いよいよ旅が始まるのだ。


 さすがにこんな日だから地獄の特訓は無く、朝の柔軟と軽いマラソンと型の確認だけを終えると、散歩に誘うぐらいのそっけないぐらいの気軽さで街への出発を告げられた。


 ただし、徒歩で……


「先輩、なんで車を使わないんですか? 持っているんでしょ?」

 赤茶けた大地を踏みしめながら、僕は先輩を横目でにらんだ。

 そこに便利な道具があるのに使わないというのは少々納得が行かない。


「ジープからバイクまで色々もっているけど、この世界に無い乗り物だぞ?目立つだろ?」

 僕の視線が気に触ったのか、先輩もまた不機嫌そうな目で僕を睨む。

 な、なんですか先輩。 そんなおこらなくったっていいでしょ……


「近くの街まで行けば、電車……こっちで言う列車があるが、『カード』が必要な上こっちの車は持っていない、目立たなくひっそり移動は徒歩に限るんだよ」

 そう理路整然としていわれると、僕もしぶしぶ引き下がるしかない。


 ちなみに、この世界の技術は想像以上に進んでいるようで、生物の体内に宿る『コア』をベースに作られた"魔力機関"というエンジン技術が存在している。

 いわば、魔法や聖法、もしくは精霊術を燃料として動く動力のようなものだ。


 なんでも迅速な軍の移動が大事として開発されたものらしいが、その動力を使った電車や車の様な物が、いまや一般社会にまで普及しているのである。


 先輩の語るところによると絶滅戦争後に勇者が発明したもので、戦後の復興にも大いに役立ったそうだ。

 形としては車はトラックタイプかワンボックスタイプ。

 列車は昔の木造の汽車のような代物が一般的らしい。


 最大の特徴は、まるでリニアモーターのようにタイヤが無く、車体が宙に浮かんでいることだそうな。

 ちなみに原理的を尋ねたら、「凄く難しいぞ?知らない方が幸せだぞ?」と言われ聞くのを辞めた。

 知らなくても運転は出来そうだし、理解できないことを考えて知恵熱を出すのもごめんこうむる。


「先ずな、魔力を磁力と重力に変換して物体を覆うように力場を発生させてな……」

 いや、聞かないっていってるのに……

 散々脅した後で説明を始めるあたり、理解出来ないのを解ってて言ってるんだろうな。

 この、ドSめ!

 恨みがましい目で見たら、ニヤニヤとうれしそうな顔が返ってきた。

 どこまでも先輩の手のひらの上のようで少し悔しい。


 まぁ、たとえ理解できるレベルの話だったとしても、ちょっとその理論を噛み砕いて考える余裕はないだろう。

 何故か先輩が安全に移動できるはずの街道や列車道を避けてて移動するので、魔獣にも良く会うのだ。

 何らかの理由はあるのだろうが、また言いくるめられそうに気がするのであえて口にはしない。




「ふぅ……けっこう移動したよな」

 その日の移動を終え、一息ついた後で残りの距離をふと考える。 

 魔獣を狩りながらなので体力の消耗から移動距離を我出すことは出来ないが、おそらく50キロは移動してきただろう。


 昼食時に「近いって言ってましたが、あとどれくらい有るんですか?」と聞いた所、「250キロくらいじゃね? このペースなら明後日には着くだろうな」という答えが返ってきた。

 いや、それ数日で踏破するような距離じゃないから。

 ……たぶんそのぐらいの距離で強制的に移動させるつもりだろうけどさ。


 しかし、異世界に来て強化された今の自分の感覚だと、2500キロというのが近いのか遠いのかが今一解らない。

 ちなみに南大陸は大きさが、東西2500キロ。 南北が2000キロなのだそうだ。

 つまり俺たちの旅路はこの大陸の西から東まで移動する距離の、およそ1割程度と言うことになる。


 そして聖都と呼ばれる都はこの大陸の最北にあり、僕たちの目指す王都は大体この大陸の真ん中辺り。

 そして王都は人族が収めているが、他種族に友好的で、国民の5割が人族以外で構成されているのだそうな。


「離婚されていなければファウストが王様やってるだろう」と、先輩はどこか遠い目をして古い友人の名前を告げた。

 その人が王女様と結婚したのか。 王女様の人となりはしらないが、やはり玉の輿は羨ましいな。


 ちなみに国の復興には先輩も協力していたらしいく、道中の移動の間に街の事を色々話してくれた。

 まず先輩のやったことで最大の功績は、魔力機関や『マスター』等の発明をしたことだろう。

 そしてそれらを管理運営する為、ギルドという組織を作ったも先輩だ。


 先輩の手によって生み出されたギルド自体も、『技術ギルド』『商業ギルド』『運行ギルド』『傭兵ギルド』と幾つもの部署に分かれ、部署毎に連携しているそうだ。

 会社みたいだな。

 なお、『傭兵ギルド』とは戦争の際に兵士を派遣することが主な業務ではなく、田畑や街を荒らす魔獣を狩り、人里離れた場所へ採取、護衛等を斡旋するのがその業務らしい。

 いわゆる冒険者の元締め組織と考えたほうがしっくりと来るだろう。


 そして南大陸は『聖教』『ギルド』『議会』の3つの組織が主に運営している連邦国家のようなものらしい。


 ちなみに『議会』とは、この南大陸に在住している各部族の代表、そして3つの人族国家、さらには私兵を持つ旧王族・貴族等で構成されている。

 議会と名乗っているが、つまりは軍事力を持つ勢力だ。


 とはいえ、ギルドも聖教も別途に軍事力を持っているし、世界の覇を取るどころの時勢ではないために、今のところ人類同士の争いには発展しないらしい。

 なんとも平和的な社会である。

 ただ、将来は分からないがな……と先輩は悲しそうに付け加えたのがひどく印象的だった。


 なんでも、今はどの国や部族にも26傑が居るという現状がこの危うい平穏を作り上げているのだそうだ。

 つまり、彼らが抑えている間は良いけど、もしも彼らが居なくなった時がヤバイと言うことである。


 それだけではない。

 もし……26傑のうちの誰かが心変わりをするときがあれば、世界は最悪の事態を迎えるであろう。

 26傑とは、一人でも数万の軍に匹敵する文字通りの生きた戦略兵器である。

 つまり、どこかの勢力が26傑の誰かを説得してから自国に誘致することに成功したならば、その後がどうなるかは考えるまでも無い。


 ただ、ギルドと聖教が彼らの大多数をがっちり抱えてるから、そんなことは無理なんだってさ。

 妙に複雑怪奇な政治形態なんだなと思ったら、それはギルドと聖教がワザと綱渡りな感じにしているかららしい。


 本当はもっといろんなことを教えられたんだけど、理解したのはこんな程度。

 余り政治には関心がないので聞き流したからね。


 あぁ、そうだ。

 先輩の話の中に、もうひとつ聞き逃せない話が含まれていたんだっけ。


 コレは飽くまでも予測なんだが……と前置きをしてから、先輩は忌々しげに表情をゆがめた。


 そして先輩が語ったのは、僕たちを召喚した存在について。


「召喚術自体は俺に勇者が資料から道具、術者にいたるまで全てを回収封印した。

 だが、10年前にも別の召喚術が使われた事が有ったらしい。

 これが何を意味しているかはわかるよな?」

 その意味を理解して、僕はおもわず頭を抱えたくなった。


「つまり、先輩たちの知らない召喚の方法が残っているのかもしれないってこと?」

 出来れば否定して欲しかったが、無常にも先輩は縦に頭を振った。


「その通りだ。 もしかすると、そいつは勇者や26傑に匹敵する存在を呼び出して、自勢力に組み込むことでこの南大陸にて覇を唱えようとしている奴かもしれない」

 ほんと……やめてくれよな。

 せっかくの平和だっていうのに、なんでそれで満足できないのかねぇ。


 溜息をついた僕に、先輩は珍しくまじめな顔で「その線も拭えないから下手に地球人って言なよ?」と念押ししてきた。


 先輩、それ何のフラグなんですか?

 余計に怖いのですけど……


 まぁ、これからの色々と見て回るから、色々と考えなきゃ行けない場面もでるって事だろうけどね。


 ……とまぁ、今日あったことを振り返ると、だいたいこんな感じ。

 なんというか、権力を欲しがる人ってめんどくさいね。


 そんな考えながら、僕は移動初日を無事に終えたのですよ。


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