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僕と君とでクリスマスデートをしよう!

朝起きると、浮かれて眠りにつくのが遅くなったのを後悔した。目の下に出来たクマを必死にコンシーラーで隠し、全体を整えてヘアセットまで終えると、ご飯を食べる時間が無くなっていた。


「いやああ!デートに遅刻しちゃうー!」

「フフフ。よっぽど昨日楽しみだったのねぇ」

「おかーさんあたしのタイツどこー!?」


ギリギリまでバタバタと準備をしてから、ようやく家を出るとそこにはすでに藤谷が立って待っていた。


「お、おはよう」

「クク。おはよ和歌ちゃん、朝から元気だね」

「いつからここにいたの・・?」


ケータイをポケットから取り出すと「んー10分前ぐらい?」と藤谷は言った。ちょうどタイツを探していた辺りだったことに気付き、見る間に和歌の顔が赤くなっていった。そのままぎこちない足取りで藤谷と駅までの道を歩く最中、和歌の肩に何かが付いているのを見つけた。


「和歌ちゃん、フードになんかついてるよ」

「ん?これはねー・・じゃーん!うさみみ!」


被ってみせるとそれは可愛らしいウサギの耳だった。うさみみ付のパーカーは、ボア生地のため静電気がとてつもなく大量発生してしまうが可愛さはぴか一なのだ。今日は電車での移動が多い為防寒対策としても有効なうさ耳を選んだのは、間違いではないはずだ。


「可愛いね。すごく手触りもいいし」

「でしょ?もっふもふでお気に入りなんだー。ちなみにこれくま耳とか、ねこ耳とかもあるんだよ!」

「へぇー、全部似合うねきっと」


そう言いながらうさ耳をずっとなでなでしている藤谷に、和歌はそろそろ恥ずかしさが顔を覗かせてくる。うさ耳を撫でるためとはいえ、二人で普段並んで歩くよりも距離が近めなのだ。手をつなぐのは大好きだったが、こうして何もしていないのに近づくというのは恥ずかしさがまだ先にきてしまう。


「よーちゃんそろそろ、ほら、あのー」

「ん?ああ、ごめんね。ハイ」


おずおずと声を掛けると和歌の頭の中を覗いたかのように、手を繋いでくれた。なんでもないことのように振る舞う藤谷がとても羨ましく思った。それと同時に自分が手汗をかいていることに気が付いた。


「う、うわあ!ちょい待ち!」


ブンブンと手を振り払ってから先ほど自慢したボア生地で手汗を拭くと、今度は和歌から手を繋ぎなおす。きょとんとした顔をしていた藤谷だったが、再び繋がれた手を見ておかしそうに笑った。


「ごめん、手汗気持ち悪いかなって思って!いや別に手をつなぐのが嫌なんじゃなくってね!ほんと!」

「分かってるよ、可愛いなあ。気にしないのに」

「可愛い!?いや気にしてよ!」


顔を赤くしながら抗議するが、藤谷は笑って受け流しただけだった。その横顔を見ていると、確かにどうでもいいことなのかもしれない、と思えるのが不思議だった。こんなに笑ってくれているのだから、それでいいじゃないかと思えたのだ。


「これ付けてきてくれてありがとう」

「へへ、お母さんに自慢しちゃったー。そしたらさ、自分もお父さんにおねだりしちゃおうかしらーってキッチンから大きな声で言ってたよ」

「和歌ちゃんはお母さんと仲良しだね」


自分が特別母親と仲がいいという自覚はなかった。だが思い出してみると一緒に変な歌を歌ったり、踊りながらハンカチを渡して来たりと、何かと飽きないやり取りはしていた。そういうことをしているとクラスメイトに話した時も「絶対ない」と言われたこともあった。


「・・うん、なんかそうみたいだね」

「自覚なかったんだ。和歌ちゃんのお母さんすごい優しいもんね」

「優しいかなぁー?あっ、でもコートはわざわざクリーニング出さなくてよかったのにーって言ってたよ!」


前に借りたコートはサイズ的に父親のものを貸したのだが、雪で濡れてしまったからと言ってクリーニングに出してしまったらしい。


「うち母親がそういうの厳しくて」

「へぇー、よーちゃんのお母さんしっかりしてるんだねぇ」

「・・そうでもないよ」


駅に着くと、日曜日のクリスマスということもありとても混雑していた。そこかしこにカップルが溢れており、顔や体を寄せ合って電車を待っている。予定していた水族館へ向かう電車の待ち列もかなり長蛇になっており、1本待たなければ乗れそうになかった。


「すごい混んでるね」

「あ、こっち来て」


ぐいと腰を引っ張られると、ちょうどその背後を大きなキャリーを押した家族連れが通って行った。


「ごめんありがと」

「すごい人だよね本当。ゆっくり行こうか」

「ウン」


家族連れが通って行ったあとも腰に回された手がほどかれることは無く、いつ言い出そうかとタイミングを伺いながらしゃべっているうちに次の電車が入ってきた。後ろに押されながら電車に乗ると、ちょうどつり革のない真ん中の辺りになってしまった。


「・・手が届かないかも。どうしよう」

「僕につかまってなよ、ホラ」

「え、服伸びちゃうし」

「気にしないよ。じゃあこうする?」


藤谷は片手でつり革につかまり、和歌の腰に回していた手を背中に動かす。そのまま自分に胸に寄せたところで電車が発車した。思ったよりも窮屈な車内では、和歌は首を動かすだけで精一杯の体勢になる。今までこんなに近くに顔を寄せたことは無く、すぐ近くで香るのは柔軟剤と藤谷の匂いの混ざった、なんとも頭を痺れさせるものだった。とてもいい匂いでもっと浸っていたいところだったが、上から声をかけられた。


「大丈夫?苦しくない?」

「だ、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ」

「そっか、苦しくなったら言ってね」


藤谷が声を出すたびにお腹から直接聞こえてくる音は、耳の中をじんと痺れさせた。甘く余韻を残すその音が頭の中で跳ねまわると、頬がぽうっとしてくる。ドキドキと駆け足でポンプが動き、顔が徐々に赤くなってくる。このままではいけないと思い、意を決して顔を上げるとすぐに目が合った。


「よーちゃん」

「ん?」

「・・なんでもない」

「そう?楽しみだね、水族館」


目が合った瞬間に向けられる笑顔に勝てるものは何もなかった。言葉が続かずに曖昧に笑ってから再び藤谷の胸に体を預ける。あっという間に最寄り駅に着くと、周りの人波に押されながら改札を出る。その頃には再び手を繋いでおり、誘導されるように手を引かれるのは悪くなかった。


「やっぱクリスマスに水族館っていうのは定番なのかな、かなり混雑してるね」

「そうだねー、でもイルミネーションまでまだ時間あるしゆっくり回ろうよ!近くにショッピングモールもあることだしさ。早くいこいこ!」

「だね、よかった。和歌ちゃん元気になって」


まくしたてるように早口で言う和歌に、ほっとしたような笑顔を向ける。


「え?なんで!?」

「電車の中で人酔いっぽくなってたから、心配だったんだ」

「ソーカナ!ごめんね心配かけて。ありがと」

「ん。じゃあ僕チケット買ってくるから、あそこで待っててね」


ペンギンのモニュメントの前にはたくさんの彼氏を待つ女子が立っていた。どうやらここで合流するのがこの水族館のセオリーらしい。一緒に並ぶものだとばかり思っていた和歌は、気遣いに嬉しくなった。周りに立っている女子もかなり気合が入った格好をしており、さすがクリスマスは訳が違うとどこか他人事のように思えた。

勿論和歌もそれなりに覚悟してきたわけだが、キスすら昨日初めてしたばかりなのに、どうすればそういう空気になるのかが皆目見当がつかなかった。だが今の世の中、クリスマスはカップルの聖夜として有名なのも言わずもがなだ。今から緊張するのもどうかと思うが、もしそういうことになったらどうしようと頭の中ではそのことがぐるぐると巡るばかりだった。

次々とチケットを買ってきた彼氏が彼女を連れ出していく。何人目かでようやく藤谷の姿が見えたが、やは藤谷はほかの誰よりもカッコいいと思った。キョロキョロと探すことなく、まっすぐにここまで来てくれたのは、見てきた中では藤谷だけしかいなかった。


「ごめん、おまたせ」

「ありがとう!お金・・」

「今日は僕に任せてよ。クリスマスだからかっこつけたいんだ、いい?」

「うん・・分かった。ごめぷッ」


両頬を突然押さえられて、奇妙な音が出てしまった。いたずらっ子のような顔をした藤谷が「ありがとって言わなきゃ離さないからね」と言いながら頬をこねくり回してきた。一人変顔大会の始まりになるかと思ったが、すぐに「あびがとゆ!あでぃがとぬ!」と叫ぶと手を離した。


「ヨロシイ。・・怒った?」


そう言って和歌を覗き見る顔は、誰が見ても反則だと思えた。内心恥ずかしさで顔から火を噴くかというぐらいに荒ぶっていたが「よ、よろしい」と返すと笑顔で手を繋いだ。そのままエントランスに入り、人込みの中水族館の中を堪能する。


「綺麗だね・・見て!あそこあそこ!」

「ほんとに綺麗だよね」

「わあー、あたしも海の中自由に泳げたらいいのになぁー」


キラキラと体を光らせながら縦横無尽に泳ぐ魚の姿は、水槽の中に閉じ込められているのに生命力に溢れていてとても自由だった。多種多様な魚たちが入り混じり、群れを作り、その一瞬で作られていく形に、時間を忘れて見とれてしまう。


「和歌ちゃん、奥に座って見れるところあるからそっち行こうか」

「うん、いくー」

「こっちだよ」


手を引かれて行くと、目の届く範囲全てがガラス張りになった巨大な水槽がある部屋に来た。部屋のすべてが青色に染まり、たまに反射する光が幻想的だ。どこにでも座れるようになっていたため、見やすいように真ん中の辺りに腰を下ろす。周りは先ほど見たようなカップルが多く、肩を寄せてうっとりと水槽を眺めていた。


「これだけ目の前いっぱいに魚って、経験ないなー」

「ブッ。そういう見方もあるか・・」

「え?なに?」

「何でもないよ。ねえ和歌ちゃん、もうちょっとこっちに寄らない?」


思わず顔を向けると、少し照れたような様子で和歌を見ていた。そっと腰に手が回されて、二人の間に空いていた隙間が埋まった。傍から見ると自分たちも寄り添ってうっとりしているカップルに見えているのかもしれない。肩が触れるほどの距離でいるのは恥ずかしいが、相手の顔を見なくても済むため照れ隠しにはうってつけだった。


「昨日、和歌ちゃんがイベントしてる間にさ・・悠馬さんに怒られたんだ」

「えっ?悠馬兄が?」

「ウン。「和歌は鈍いんだからもっと行動派手にしやがれ、不安にさせてんじゃねえよ」って言われたよ」

「そんなこと言ってたの!?ばか悠馬兄・・」


思わずギリギリと歯ぎしりしそうになるのを押しとどめ、ハァとため息をついた。


「だけどそれ聞いて、僕も和歌ちゃんの事ちゃんと見てるようで見えてなかったなって、すごく反省した」

「よーちゃん素直すぎだよ、もっとガツンと言い返していいよそれ」

「いや本当に。和歌ちゃんが先に言っちゃったから後出しみたいになるけど、僕ずっと和歌ちゃんの周りの先輩とか友達に嫉妬してたんだ」

「えっ、そうなの?!」


和歌が意外そうな声を出すと、困ったような顔で笑う。


「すごいあからさまに態度に出ちゃった時もあったし、今は反省してるけど・・でもこれからもきっと、和歌ちゃんが仲良くしてる人とか見ると嫉妬するのは止められないかも」

「そっか、でもよーちゃんが嫉妬してるとは思わなかった・・。あ、怒ってるかも?って思ってた時は何回かあったけど、もしかしてそれが?」


恥ずかしそうに頷く藤谷に、和歌の胸はキュンと高鳴った。嫉妬されて嬉しいだなんて、なんと贅沢なのだろう。本当は嫉妬させるような勘違いを起こさせてはいけないのに、欲張りな部分が出てくるのは止めることが出来なかった。


「もしそうだって言ったら、引く?」

「全然。超嬉しい・・ごめん、嫉妬させて嬉しいとか酷いと思うけど、なんかすごい嬉しい・・」

「ふー・・よかった。引かれたらどうしようって思って、ずっと言えなかったんだ。そろそろほかのところも回ろうか」

「うん、いこ!よーちゃんも可愛いところあるじゃん」


和歌がニヤリと笑って見せると、藤谷はツンとそっぽを向いた。だがその耳は赤く、照れ隠しなのは一目瞭然であった。その後はイルカのショーやペンギンのエサやりなど、閉館時間まで何度も往復して堪能した。外に出る頃にはすでにイルミネーションは点灯していて、澄んだ夜の空気に光り輝いていた。


「すごい・・!」

「和歌ちゃん寒くない?大丈夫?」

「だいじょぶ!それより見て見て、船も光ってる!」

「あー、それは単純にライトが付いてるだけだと思うけど・・」

「えっ!?騙された・・」


恥ずかしそうにする和歌の手を握ると、二人はゆっくりと階段を下りて行った。海から吹き付ける風は冷たかったが、イルミネーションで気分が高揚しているためかあまり寒さは感じなかった。端から端までゆっくりと歩きながら光を堪能すると、休憩するためにショッピングモールへ入っていく。暖房の効いた店内を歩く前に、温かい飲み物を飲むことにする。注文したのはココアと紅茶だ。


「あったかいねー」

「僕のもちょっと飲んでみる?」

「え、いいの?ありがとー」


喜んで一口飲むが、途端に顔が渋くなる。


「うえい・・また順番間違えた・・」

「アハハ、引っかかったね」

「よーちゃんひどい!あはは」


時計を見ると、そろそろ19時30分を回る頃であった。門限まで2時間を切っている。時計を見たまま黙ってしまう和歌につられて藤谷も時間を確認して、悲しそうに言った。


「・・もう帰らないと、門限間に合わないね」

「楽しい時間って、ほんとーにあっという間だね」

「本当にそう思うよ。こんなに楽しいのはいつぶりだろう・・」


嬉しそうに目を細める藤谷は、とても幸せそうだ。真っすぐに目を見る藤谷に思わず目をそらすが、何も言われなかった。ちらりと視線を向けると変わらず嬉しそうな顔をしているのを見て、胸の奥がキュンと締め付けられて苦しかった。


「飲んだら・・電車乗ろうね」

「うん、分かった」


その言葉が嬉しいような、引き留めてほしかったような微妙な気持ちになるが、なるべくゆっくりとココアを飲み終えると店を後にした。電車に乗るのは和歌たちを含めて数えるほどしかおらず、まだまだ夜が長いことを告げていた。期待していなかったわけではなかったが、こうもスマートに家まで送ってもらえると和歌がワガママを言っているような気分になる。あっというまに最寄り駅に着いてしまった。


「和歌ちゃん、下りないと」

「・・ない」

「ん?」


電車のドアが開くと、ガヤガヤと人が乗り込んでくる。このまま市街地へ向かう電車には、若者の声がそこかしこで聞こえてくる。ボソリと呟いた和歌の声は聴きとりにくかったらしく、藤谷が口元に耳を近づけてきた。ちょうど二人の間に置かれた手に自分の手を重ねながら、今度は藤谷に聞こえるように言った。


「帰りたく、ないなっ・・て」

「・・本当に?」

「ウン」


ドアは閉まり、大勢を乗せて走り出した。2つ先の駅で降りると、そのままホテル街へ足を向けた。駅前ではあれだけ騒がしく聞こえていた声も消え、派手な看板の光が足元を照らす。早足で目的の場所へ来ると、藤谷は慣れたように操作をしてエレベーターへ乗り込んだ。ずっと手を繋いでいるためか、それとも別の意味があってか汗で少し手のひらが湿っぽく感じた。

部屋に入ると大きめのベッドがあり、ピンクを基調とした部屋は想像していたよりも派手派手しい感じはしなかった。消毒のような匂いがして、どこか場違いな匂いにも頭はぼんやりしたままだった。靴を脱いで上がるとそのまま手を引かれてベッドに誘導された。隣同士に座ると、これからどうすればいいのか分からずテーブルに置かれた灰皿を無意味に観察してしまった。


「・・和歌ちゃん、本当にいいの?」

「あたしは、その・・ウン。よーちゃんとしたい」

「無理しなくてもいいよ?クリスマスだからってこうするのが当たり前っていうのは別に」


そこまで言ったところで和歌に口を塞がれた。まさか和歌からキスをされると思っていなかったため、驚いて言葉が止まってしまう。そのまますぐに離れようとした和歌の唇を捉えると、後頭部に手を伸ばして深く口づけを返す。


「っはっ!息が、息が出来なっ」

「和歌ちゃん、僕もう止まらないからね」

「ハァハァ、へっ?」

「僕に任せてくれればいいから」




シャワーに当たっていると、本当にさっきまでしていたことが嘘みたいに思えた。だが自分の胸元に落とされた赤い痕は現実だと主張している。髪の毛以外を洗うと、服を着てから藤谷に声をかける。


「よーちゃん、先使わせてくれてありがと」


上半身が裸のままでベッドに寝転んでいる藤谷から返事はなかった。自分の両手を見つめたままぼんやりとしている。近づいて「よーちゃん」と声を掛けるとようやく和歌へ視線が向いた。目が合うとにっこりと笑って自分の元へ抱き寄せた。


「和歌ちゃん、大好き。すごく好きだよ」

「ど、どーしたの?あたしも、その、好きだよ」

「・・クク、知ってるー」


嬉しそうに笑って口づけをすると、藤谷もシャワーを浴びに行った。和歌はそういうことをするのが初めてだったが、どうやら藤谷は初めてではなかったようだった。慣れた手つきだったのは少し残念だったが、体中が震えるぐらいに気持ちが良かった。さすがに藤谷を受け入れるときは痛かったが、本当に心と体が繋がった時は嬉しくて少し泣いてしまった。

行為が終わった後は落ち着くまでずっと隣で頭を撫でてくれていたが、たまに遠くを見つめて何か考えているようだった。それが何なのかは分からなかったが、無事に終えられた余韻に浸るので精いっぱいだった。特に広げたわけではない荷物をまとめてから部屋の中を見て回ると、飲み物が冷蔵庫に入っていたり、大人のおもちゃが売られていたりと初めて見るものばかりだった。


「・・何してるの?」

「ふぇいっ!!」


ちょうど枕元にあるパネルを触っていると、ゴムの入った袋を見つけたのだ。興味津々でそれを触っていると、気づけば背後に藤谷が立っていて声をかけられた。頭のてっぺんから飛び出たような声が出たが、それを聞いて「アハハ」と笑うとベッドに寝転んだ。


「もう一回したいってこと?」

「とんでもございません!」

「僕は大丈夫だけど・・する?」

「わわわわ」


今更顔を赤くするが、ついさきほどまでしていたのは何だったのかという話だ。可笑しそうに再び笑い声をあげると、和歌の手を引いて近くに座らせた。大人しくそれに従うと頬にキスを落とされる。


「・・よーちゃんキス魔みたい」

「アハハ、それでもいいよ。和歌ちゃんにだけだから」

「それなら許す」


もう一度唇にキスをすると、名残惜しそうにベッドを降りる。門限からすでに30分過ぎているのだ、もうすぐ電話が来る頃だろう。支払いを済ませて部屋を出ると、駅まで歩いた。風は相変わらず冷たいし気温も低かったが、心の中が温かく繋いだ手もポカポカとしていた。和歌の最寄り駅に着いて、そのままさよならをしようとするが藤谷はどこまでもついてきた。そのまま改札まで出ようとした為「ちょ、よーちゃんストップストップ」とようやく歩みを止める。


「どうしたの?早く帰らないと怒られちゃうよ」

「いやいや、よーちゃんも早く家に帰らないとダメだって!」

「でも僕のせいで門限守れなかったんだし・・これで一緒に遊びに行くの禁止になるぐらいなら、一緒に行って説明して、一緒に怒られる」

「ええ!?ちょっとあたしには意味が分からないんだけど」


藤谷は和歌を置いてすたすたと改札を出ると「早く来ないと行っちゃうよ?」と言って先に歩いて行ってしまった。慌てて和歌も改札を出て追いかけるが、すでにかなり先まで早足で行ってしまっている。ようやく追いついて並んで歩く間も和歌は藤谷に帰るように促すが、聞いているような聞いていないような反応のまま家の前に着いてしまった。


「・・着いちゃったじゃん」

「んじゃインターホン押すね」


ピンポーンという音が鳴って少ししてからドアが開く。カメラ付きのインターホンだったため和歌と藤谷の顔は向こうから見えているはずだ。


「お帰り、遅かったわね。藤谷君は上がってくの?」

「今日は門限を過ぎてしまってすみませんでした。僕が引き留めてしまったせいなので、和歌ちゃんのことは責めないでください。もう時間も遅いので僕は帰ります、どうもすみませんでした」

「お母さんごめんなさい・・・」


和歌の母親は少し考えてから「あっ」という顔をした。


「そうね、次は門限は守らないとだめよ。寒いからもう中に入りなさい、藤谷君はまた今度遊びに来てね」

「はい。僕はこれで・・和歌ちゃんおやすみ」

「よーちゃんおやすみ、今日はありが・・あああ!ごめん!お母さん1分待って!」


バタバタと二階に駆け上がると、すぐに降りてくる。その手にはプレゼントの袋が握りしめてあった。


「これ、帰りに渡そうと思ってたの。クリスマスプレゼントだよ」

「ありがとう」

「家に帰ったら見てね!おやすみ」


手を振って見送ると、ドアを閉めた。カギをかけて玄関を上がろうとすると、視線の先にはニヤ付いた母親の顔があった。


「どうだった?クリスマスのおデートは」

「水族館行ってきたよ、すっごく楽しかった!イルミネーションもすごーく綺麗だったし」

「良かったわね」


リビングに入ると父親がテレビを見ながら一杯飲んでいるところだった。和歌を見て「おかえり」と言ってから再びテレビに視線を移し、門限を破ったことについてお咎めは全く無いようだった。怒られなかったことを報告しようとケータイを手にしたとき、母親がキッチンから声をかけてきた。


「和歌、避妊はちゃんとしなさいよ」

「ファッッ!?」

「ゴフッ!ゲフンゲフン!!エーッホエッホ!!」

「あらあら大変」


口に含んだばかりのビールがテーブルに飛び散り、リビング中にアルコールの匂いが立ち込めた。



藤谷は和歌の家を後にしてから、すぐにケータイで電話を掛けた。電話の相手はすぐに出た。


「もしもし、僕」

『陽太か。父さんも今仕事が終わったばっかりだ、クリスマスまで仕事させて嫁が何も言わないのは俺ぐらいなもんだろうな』

「・・そのことなんだけど、聞いてほしい話があるんだ」

『すぐか?電話じゃダメなのか?』


藤谷は父親には見えていないが、ケータイを持っていない方の手をぎゅっと握りしめた。


「できれば、母さんと兄貴に知られないように会ってほしい」

『・・分かった。29日に休みを入れて1日早く帰るから、それまで待てるか?』

「うん。ありがとう」

『クリスマス楽しめよ』


父親との電話を終えると、ほっとしたように胸を撫でおろした。だがまたすぐに着信を知らせたケータイに体をビクリとさせると、相手を見て笑顔になった。


「もしもし?」

『よーちゃん!?なんか、なんかお母さんに、ばれてるっぽいんだけど!』


とても焦ったような様子の和歌の声に、すぐに表情が思い浮かぶ。きっと眉を寄せて意味もなくケータイのストラップを触っているのだろう、ガサガサという音が規則的に聞こえてくる。


「和歌ちゃんホテルのボディソープ使ったでしょ?だから分かったんじゃないかな」

『・・アアア!!そういうことかあ!!』

「ククッ。怒られなかった?大丈夫?」

『怒られるのは全然なかったんだけど、そうやってお母さんが・・』


その後も和歌との電話は続き、本当は電車で帰るつもりだったが3駅分歩いて帰った藤谷だった。

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