僕とクリスマスにデートして! 後編
イベント当日の朝は早い。5時にアラームをセットしていたがそれよりも早く目を覚ます。そしてしっかりと前日の夜に作っておいてもらった朝食を食べ、メイクと服で武装する。そして今日の集合場所へ到着する頃には朝日が昇り始めた。
「はよっす」
「おはよ!朝早くからごめんね、ほんと助かる」
「気にすんなって。行くぞ」
昨日友達の家に泊まっていたらしい悠馬は、今日のイベントの荷物の量を知っていたため快く車を出してくれた。若干お酒の匂いが残った車内にはタバコの匂いもついていて、大人な空気が流れている。タバコが苦手な和歌は顔をしかめながら入ると、暖房の効いた車内の窓を全て開けた。
「おまっ!和歌がさみーだろうと思って付けてやってたのに!」
「くさいもん!悠馬兄タバコ吸うっけ?」
「いや、先輩が酔っぱらったままスパスパ吸い始めてよー。注意したらゲキオコすんだぜ?俺の車なのに」
「そっかー、大学生って大変なんだねぇ」
ある程度換気が終わると窓を閉める。先ほどよりも幾分かましになった為、再び暖房を全開にする。
「んじゃ行くかー」
「行くー、しゅっぱーつ」
後部座席に乗せられた荷物が重たく、かなりガソリンを食ってしまったらしい。ブチブチと悠馬が言っているのを聞き流しながら今日のイベントの会場へ着く。
「考えたな和歌、ここなら確かにあんまり金かかんねーもんな」
「でしょー。ちょーっと寒いけど、皆でワイワイしてればそんなのスグ吹っ飛ぶし」
着いたのは地元の公民館であった。ある程度綺麗で、広く、利用料金が安いのはここしか思いつかなかったのだ。幸い1日押さえることが出来たため今日は朝から使い放題である。カギを開けて中に入ると12月の冷たい空気で満たされていた。
「サムサムサムー!めっちゃんこサムーイ!」
「おいあんまり走るなって」
「寒いよー!」
バタバタと広いフローリングの床を駆け回る。子供のようにはしゃぐ和歌を見て、悠馬は困ったように笑った。するとホールの一番奥でクラウチングポーズを構え「ヨーイドーン!」と一人全力疾走を始めた。その姿に思わず吹き出して声を上げて笑う悠馬に、満足げな顔をしながら近くまで走ってくると、靴下でスケートをするようにして目の前で滑る。
「あれ!?とまらなっ!!」
「あぶねっ!」
スケートからスライディングに切り替わった滑りは、全力疾走という勢いがついてとんでもないスピードになった。バタンと派手な音を立てて床にたたきつけられたが、思ったよりも痛くないことに気付く。顔を上げると、和歌は自分が悠馬の上に乗っていることに気付いた。
「ふぁっ!?ゴメン悠馬兄!!」
「・・・」
慌ててどこうとするが、目を閉じたまま動かない悠馬に全身の血がサッと引いていくのが分かった。
「う、うそだよね?悠馬兄?ねぇ、起きてよ・・?悠馬兄?!」
馬乗りになったまま肩を揺するが反応がまるでない。もしかしたらさっきのスライディングで頭を強く打ってしまったのかもしれない。そう思って慌ててケータイをポケットから取り出そうと穴を探していると、押し殺した声が聞こえてきた。
「くく・・ククク」
「・・ゆーまにぃいいい」
「すまん、いやおもしれーなって思って、クク。スマンスマン」
「んもー!どれだけ心配したと!思ったの!」
首元を掴んでゆさゆさと揺らすが、可笑しそうに笑い続けている。そしてふと笑いを止めるとつぶやいた。
「お、絶景じゃん」
そこで和歌は自分が悠馬の上に乗りっぱなしだったことに気付く。そして少し胸元の空いた服を着ていた為、前傾姿勢になれば必然的にそこがぱっくりと開いてしまう。ようやくそのことに気付くと、全身の血が顔に集まっているのではないかと思うぐらいに顔が熱くなっていくのが分かった。
「ゆ、ゆう、ゆうまにぃ!!!見ないでよ!!」
「いやーでかくなったなー和歌」
「バッ、フツーそういうこと言うぅ!?」
とっさに胸元を隠したが、肩を揺すった姿勢のまま胸元を押さえた為バランスを崩して顔面から倒れこんでしまった。
「ウブッ」
「ウッ」
鈍い音と同時に、二人の情けない声も漏れた。そしてタイミングの悪いことに、ホールのすりガラスの部分に人影が見える。痛む鼻を押さえて顔を上げると、入り口の扉を開けて固まっている藤谷の姿があった。
「いてて・・あっ、よーちゃんおはよう!」
「おはよ」
速足で近づいてくると、和歌の両脇に手を入れて半ば強引に立たせる。悠馬の顔はニヤついており、藤谷は片手を差し出した。
「おはようございます、悠馬さん」
「いやー早起きは三文の徳ってのはよく言ったもんだな。いいもん見れたわ」
「・・そうですか」
悠馬から差し出された手を取ると、ニヤついていただけの顔が更に面白そうな物を見たようになった。その手を引き上げるとすぐに立ち上がり、先に立ち上がっていた和歌から悠馬は肩にグーパンチを受けた。そのまま無理やり耳元に顔を近づけると、和歌は小声で忠告をする。
「余計な事言わないでよ?悠馬兄」
「今日の下着が赤白ボーダーだとかってこと?」
「ワー!ワーワーワー!」
慌てて大声を出すが後ろに立っていた藤谷には聞こえてしまっただろうか。チラリと振り返るとケータイを触っていて聞こえていなかったようだ。「よーちゃん?」と声をかけると「ん?」と顔を上げたが、その顔はいたっていつも通りの笑顔であった。
ほっと胸を撫でおろしてもう一度肩をグーパンチすると、藤谷の隣へ移動する。和歌が隣に来ると同時にケータイをポケットに仕舞うと、その手で和歌の手を握りしめた。お互いの手のひらにを合わせて絡ませるその握り方は、和歌が好きな手のつなぎ方だった。
「久しぶりの和歌ちゃんのイベント、楽しみにしてたよ」
「本当?手伝いまでさせちゃってごめんね。今日はたくさん人がくるからすっごく助かるよ!ありがとう」
「ここに朝一で車出してあげたヤサシーおにーさんもいるんですけど」
「う・・そうでした、ありがとうございますヤサシーお兄さん」
満足げに頷く悠馬に和歌も笑顔を返す。部屋の空気は相変わらず寒いままだったが、イベントに向けて気持ちが高揚して寒さはどこかへ吹き飛んでしまった。長テーブルを出したり、ホワイトボードに文字や絵を書いたりしていると途中で桜も準備に加わった。今日のイベントの開始は12時を予定しているため、11時を過ぎると少しずつ和歌のケータイが騒がしくなってきた。一つ一つに返事をしながらの準備はとても厄介だったが、11時30分を過ぎるとぼちぼち人が集まり始めた。
「フー。なんとか間に合いそうだね!とりあえず桜に受付してもらってもいいかな?いつもみたいにここに会費、名前のチェック、リボンの配布と、プレゼントはここにお願いね」
「任せて。えーとフリーが赤で、ペアがオレンジだっけ?」
「そうだよ!あ、先に桜と悠馬兄付けちゃいなよ」
そう言うと、桜のアップにした髪型の一部にリボンを付ける。そして近くで来た人を誘導してくれていた悠馬にも、髪に同じものを付ける。
「おいおい、俺も髪につけんのか?」
「ちょー似合ってるよ!さすがイケメンは何をつけても似合うね!」
「・・だろ?俺もそう思うわ」
そう言ってからハイタッチをする。これで二人がフリーの人に絡まれる心配は無くなった。ほっとして振り返ると、すぐ後ろに藤谷が立っていた。
「うおっふ、ビックリしたー・・どしたのよーちゃん?」
「コレ。付けてあげる」
手に持っていたのは先ほど二人につけたのと同じ色のリボンである。だが今の和歌は朝からバタバタと動き回っていたため、かなり乱れ気味の髪型になっている。スプレーで固めたとはいえ、ここまで動くとほつれてしまうのは仕方のないことであった。いつもは諦めてそのままで参加するが、今日は藤谷が参加するのだ。いつも通りでいいはずがないことを今更思い出した。
周りを見てみると綺麗に、可愛く着飾った女子がそこかしこに居る。もちろん同様にかっこよく髪型をきめた男子たちもウロウロしている。ふと窓を見てみると、そこに映っていたのはボサッとした髪型のただのイベント小間使いの姿だ。急に恥ずかしさが込み上げてきて、思わず藤谷の手を払ってしまった。
「・・あっ、ご、ごめん」
「付けたくない?なんで?」
「いや・・その・・」
口の中でモゴモゴと言い訳を考えていると、藤谷の更に後ろから同じ学校のクラスメイトが声をかけてきた。
「おーいわかわか!来たよー、すっごい人だねー」
手を振りながらこちらへ向かってくるクラスメイトに、今日ほど感謝したことはないだろう。気まずい空気を打破することができたことにほっとして、和歌も手を振り返した。
「やっほー!来てくれてありがとう!」
「あーっ!この子が噂のわかわかの彼氏?」
ギクリと肩を動かすが、クラスメイト達は和歌の行動に気付いていないようだった。藤谷は囲まれたことに驚きながらも、頭を下げた。
「藤谷です。和歌ちゃんから先輩たちの話はよく聞いてます」
「やだー、うちの彼氏よりちゃんとしてるしぃー」
「あんたの彼氏ほんっと初対面の人ダメだもんね!マジウケル」
「てかさーてかさー、今日けっこーフリーの子多いねー。よっしゃー狩るぞー」
ふーさんがガッツポーズをしながらそう言うと、皆で同時に噴き出した。ひとしきり笑った後で「あ、そうそう」とカバンから何かを取り出した。
「わかわか、始める前にちょっと面貸しやがれってんでい」
「こわ。何するの?あんまり時間取れないけど」
「フッフッフ。来てからのお楽しみー!んじゃごめんけど、わかわか借りてくね」
藤谷の返事も待たずに、わいわいとトイレへ和歌を連れ込んだ。そして和歌の言葉を全て無視して、ヘアメイクを施していく。あれよあれよという間に朝家を出てきた時のような、むしろそれ以上の姿にメイク直しがされていた。
「てかさー、いつもわかわかは自分の事ちょーどーでもいいって思ってるっしょ?」
「今年は彼氏が参加すんだから、ちったぁ色気付かなきゃダメっしょ!」
「みんな・・ありがとう・・!」
思わず涙が出そうになったが「わかわか!メイクメイク!」との周りの言葉で、目にいっぱい浮かんだ涙を止める。差し出されたティッシュで止めきれなかった涙を拭うと、皆と一緒にトイレから出る。もうほとんど集まってきているようで、出た瞬間からあちこちから声がかかる。初めて見る顔などもあったが、いつもよりも堂々と接することが出来たのはきちんとメイク直しが出来たからだろう。その間にも藤谷のことを探すが、なかなか見つけることは出来なかった。
「和歌メイク直ししたの?可愛いじゃん」
「ありがとう!ねぇよーちゃん見てない?さっきから探してもいないんだけど・・」
「あー、悠馬が外連れてってたよ」
「悠馬兄が?そっか、じゃあすぐ戻ってくるね」
桜が小声で「どーだか」と呟いたのは和歌には聞こえなかったようだった。頼んでおいたオードブル等が届き始めてそれどころではなくなったというのもある。綺麗に飾り付けをして準備してあったテーブルに持っていくために抱えようとすると、周りに居た他校の男子たちが率先して手伝ってくれた。
「ごめんねー、ありがとう。助かったよ!」
「いや、俺らも今日のクリスマス楽しみにしてたし。なあ?」
「そーそ。わかわかちゃんに会えるのを楽しみにしてたんだよなー」
「えっ?そーなの?アハハ、ありがと!楽しんでいってね」
ヒラヒラと手を振って見送ると、後ろから手を掴まれた。振り返ると藤谷が怒ったような顔で和歌をにらみつけていた。何のことか分からずに「探したよー」といつも通り笑いかけると、そのままグイグイと引っ張られて外に連れ出されてしまった。
「え?え?ちょっと待って?よーちゃん?もうすぐ始めるから少し後にしてもらってもいいかな?」
「・・後ろ向いて」
ぐるりと後ろを向かされると、何かを頭に付けられる。せっかく直してもらったヘアセットだったため、あわててそれを取り除こうとすると、その手を掴んで阻まれてしまう。
「え?なに?よーちゃん何つけたの?ごめんけどさっき友達にやってもらったばっかりだから・・」
「和歌ちゃんはさ」
言葉を遮ってまで藤谷が主張をするのは初めてのことであった。思わず口をつぐむとゆっくりと正面を向かされる。その顔は先ほどと変わらず怒ったような顔のままであった。真っすぐと睨みつけるようにして和歌の目を見てくる姿に、何かまずいことをしたのかもしれないとようやく思い当たった。
「僕と違って、こうやってイベントするの好きだし、僕と違って、色んな人とすぐに仲良くなることが出来るし、僕と違って・・こんなにガードも甘い」
「えっと、何の話かよく・・」
「これ付けないと、和歌ちゃんがフリーだって思われちゃうでしょ」
そこでようやくさっき頭に付けられたのが、オレンジのリボンだったことに気が付いた。小さく「あっ」と呟くと、やっと分かったのかと言わんばかりにため息をつかれた。
「うわー、ごめん!」
「だからもう僕が付けたから。・・和歌ちゃんさっきの先輩たちに可愛くしてもらってたんだね」
「えっ・・」
頬に触れたのが藤谷の唇だと気づくのにたっぷり5秒はかかってしまった。顔を赤くしながら何かを手渡してくる藤谷の手をとると、そこにもオレンジのリボンがあった。
「一番可愛い。すごく・・似合ってるよ」
「リ、リ、リ、リボン、つけ、つけるね!!」
和歌も負けじと顔を赤くしながらそう言うと、藤谷が素直にしゃがんだ。ちょうど和歌のお腹のあたりに頭がきたため、震える手で右耳の上のあたりにリボンをつける。パチンと付ける音で藤谷が立ち上がると、上から付けたのがまずかったのか、震える手でつけたのがまずかったのか、あまりいい場所に留めたとは言えなかった。
「ごめんっ、ちょっと場所が悪いからもう一回・・」
「ん」
右耳の上についたピンを取ると、再び和歌に渡してくる。今度は立ったままで藤谷の前髪につけることにする。
「うーん・・どうしようかな」
「どこでもいいよ。でもちょっと早めにお願い」
「ん?あ、もうすぐだもんね。ゴメンゴメン」
先ほどと同じような場所の見やすい位置にピンを留めると、藤谷が赤い顔をしていることに気が付いた。それを見て再び頬にキスをされたことを思い出してしまい、和歌もつられて顔を赤くする。
「も、もうすぐだね!開始の挨拶してこなきゃー!」
「待って和歌ちゃん!」
すぐに離れようとする和歌の手を引いて手元に寄せると、言いにくそうに小声で伝えた。
「そ、その服で前かがみになったら、絶対だめだからね」
「え?」
「あと、この距離にほかの男子立たせるのも禁止だから」
さきほどリボンをつけたぐらいの位置で藤谷はそう言った。それだけ言うと手を離して「いってらっしゃい」と見送る。急いでホールへ戻ると、開始時間を少し過ぎてしまっていて和歌を探している声も聞こえた。
「ごめん!お待たせ!」
「待ってましたー!」
わいわいと騒がしかったホールの中も、和歌がステージに立つと同時に静かになっていく。マイクの音量を確認しながら早速今日のイベントの開始を告げる。
「今日は皆集まってくれてありがとう!赤色リボンを付けてる子は、明日のクリスマスにはもしかしたらオレンジに変わっちゃってるかもね!高3になったらもう受験だからイベントが難しくなるし、これが最後のクリスマス会だと思って皆張り切って盛り上がってね!ジュースは持ってる?じゃあいくよー、メリークリスマース!」
「メリクリー!」
たくさんの声と拍手を受けながらステージを降りると、和歌は全体を見渡す。女子だけで固まっているグループは無いか、男子だけで固まっているグループは無いか。赤リボンもオレンジリボンも楽しそうな顔をしているだろうか。笑顔をキープしながら会場をウロウロしていると、肩をたたかれる。
「よう」
「あ、久しぶりだねー!今日誰と来てくれたの?」
「前と同じグループの違うヤツ。なあ、わかわかそのリボン・・」
指さされたのは先ほど付けてもらったばかりのオレンジリボンである。和歌が嬉しそうにニコリと笑いかけると、少し顔を赤くさせた。
「ちぇー。もっと早く声かけとくべきだったなー」
「えー?またまたー。いつも下らない写メばっかり送りつけてくるくせに」
「そりゃ気になるからだろうが、お前鈍いなー」
意外な言葉に和歌は顔を赤くする。まさか自分がそんな対象に思われているとは知らなかった。いつも送ってくる写メに意味があるなんてことも、考えたこともなかった。
「だ、だってさー、いっつも「次のイベントはまだかー」とかそんなのも送ってくるわけだし?」
「ハァー。ほんっと鈍いな・・ったく。彼氏が気の毒だろ」
「和歌ちゃん」
声の主を探すと、少し遠かったが、話している男子の後ろの方から藤谷がきているのが分かった。軽く手を振るとニコリと笑って手を振り返され、それに気づいた男子も振り返った。
「あれ、お前・・」
「どうも桂先輩。お久しぶりです」
「えっ、知り合いだったの?」
藤谷が和歌の隣に立つと、桂先輩と呼ばれた男子は「そーいうことか」とニヤリとした。
「兄貴の友達。何回か遊んだことあるんだ」
「すごいね!そんな繋がりもあるんだ」
「なんだー、わかわかは藤谷弟がタイプなのか?」
和歌が顔を赤くさせながら「タイプっていうかなんていうか」とモゴモゴ返すと、桂はおかしそうに笑った。
「俺にしといたら?わかわか」
「はっ、えっ!?しないよ!」
「悪いこと言わないからさ。俺の方が大事に・・」
「桂先輩。和歌ちゃん友達に呼ばれてるんで」
笑顔で桂の伸ばした手を遮ると、藤谷は和歌の手を引いてその場から離れた。
「和歌ちゃん、早速に桂先輩に絡まれたね」
「ビックリしたー・・。にしても二人が知り合いって知らなかった」
「前に写メ送ってくるって言ってたの、桂先輩だったんだ」
「そーそ。話したけど見せたことは無かったんだっけ」
藤谷に見せようと思いポケットに手を伸ばすと、また違うグループの子たちに話しかけられる。
「ごめん、ちょっと行ってくるね」
「・・ん。分かった後でね」
「お待たせー!今日は来てくれてありがとう、気になる子とか見つけたー?」
その後も会場の様子を見ながら藤谷を探したが、なかなかしゃべる機会には恵まれなかった。3時ごろになりプレゼント交換会を始まる頃には、いくつかのカップルが出来ていた。そこかしこで二人きりでしゃべっている姿を見るたびに、自分もああやって藤谷と早く話したいという気持ちがどんどん膨らんでいっていた。
「みんなー。プレゼント交換始めるから、前に集まってねー」
ある程度前の方に集まったところで、受付で一人一枚ランダムに配布した紙を取り出してもらう。そして該当した番号と同じプレゼントを持って帰るのだ。和歌が一つずつ引き換えて、全員にプレゼントがいきわたった。
「あと、今日来てくれた皆に私からのプレゼントだよ!ちょっとだけど全員にあるから、帰りにもらっていってね」
「ありがとー!」
「それじゃあもう少しだけど、楽しんでいってー!」
ステージから降りると再び藤谷を探す。するとホールの隅の方で女子に囲まれているところを見つけ、声をかけようとしたがどうやら様子が少しおかしかった。心臓の奥がシクシクと痛みだしたが、和歌は遠巻きにそれを見てみることにした。
「陽太くんじゃん。オニーサ・・・してるー?最近遊・・・てー、チョーさみしーんだけど」
「兄貴に直接言ってあげ・・・い。喜ぶんで」
「てゆーか陽太・・・冷たいよねー。前と・・・ーか・・こういうとこも好きじゃ・・・ったっけー?」
やや派手目な女子たちは、どうやら藤谷の兄の方を知っているようだった。そして藤谷とも遊んだことのあるような口ぶりだったため、ところどころ会話が聞こえない部分もあったがこのまま聞き続けることにする。だがどうにも胸の奥のシクシクとした痛みが取れずにいて、徐々に聞こえやすい位置に移動していった。
「あっ!陽太くんオレンジつけてるー!」
「うそ!?ほんとだ!本命いるの?だれだれー、教えてよー!」
「どうせ兄貴・・・もりなんだろ?黙・・・けって」
甲高い女子の声は良く通ったが、藤谷の低めの声はどうにも周りの音に消されてここまで届きにくい。だがあの雰囲気からするとかなり不機嫌なようだ。和歌がそろそろ声をかけようかと悩んでいると、少し遠くに居るはずなのにバッチリと目が合ってしまった。しまった、と思ったがすぐに視線を外されてしまう。
そして女子に小声で何かを言うと、そのまま離れて行ってしまった。もう大丈夫なのかと思って近づいていくと、立ち上がってどこかへ行ってしまった。さっきは確実に目が合ったはずだったのだが、和歌が近づいたことに気付かなかったのだろうか。だがいつもなら自分が近づく前にこちらへ来てくれるはずだ。どこかおかしい様子の藤谷に戸惑っていると、さっき藤谷が居た近くに桜が座っていた。手招きをされているためそちらへ近づくと、隣に座るように促される。
「・・どした?」
「いや、えーと・・よーちゃんが居たんだけど、なんかほかの女子と話してたから」
「フーン。さっきのケバイ子?どっちかって言えば藤谷兄の好みの感じだったけどね」
もぐもぐとポテトを食べながら、それを和歌にも勧めてくる。
「不安?」
「じゃないと言えば嘘になるけど・・なんかいつもと様子が違うっていうか、怒ってた?みたいな?」
「フーン。あ、悠馬こっちこっち」
両手に飲み物を持って悠馬がこちらへ来る。まるで和歌がここへ来るのが分かっていたかのように、コップは3つもっていた。それを一つずつ渡すと和歌の隣に座った。
「で?別れんの?」
「そ!んなわけないでしょ!」
「なーんだ。残念」
「っせーな黙れ悠馬」
桜が低く唸ると「・・ハイ」と言って小さくなった。この二人の関係は、たまに本当に彼氏と彼女なのかと疑いたくなるようなことがある。だが世界は広いのだ、こんなカップルが居てもおかしくなはいはずだと自分に言い聞かせてきた。
「よーちゃんのお兄さんの噂はたくさん聞くけど、よーちゃんもそうだとはとても思えないんだよね。だからああやって派手な子に囲まれてるの初めて見たけど・・どんな話してるのかなって気になっちゃって。そしたら結構よーちゃんが怒ったような顔してたからビックリして」
「なるほどね。とりあえずあたし以外の女としゃべんなって感じか」
「えええ!?別にそんなことは!」
桜の言葉に慌てて手を振って否定するが、ウンウンと頷いて全く弁解の余地は無かった。悠馬に至っては親指を立てて喜んでいる。そして和歌の頭をポンポンと撫でた。
「何かあったらいつでも頼れよ。自分がどうしたらいいのかが分かんねー時に口に出すと、なんとなくどうしたいかが分かんだろ?」
「え、私結局どうしたかったのかな・・」
「和歌は俺たちと一緒に居られりゃそれでいいんだろ?」
その言葉にピンとこずに首を傾げると、少しだけ眉を寄せて悠馬は笑った。
「じゃあ誰と一緒に居たいんだよ」
「皆と居られたらいいなって思うけど・・でも」
「ハイそこまで分かってんなら自分で言っといで。あたしらはぼちぼち片づけておくから」
桜はそう言って立ち上がると、和歌を優しく立たせてから悠馬と人込みに紛れて行ってしまった。ようやく自分の気持ちがはっきりと分かったのは良かったが、これが嫉妬なのだと初めて和歌は実感した。シクシク痛む胸がこんなに辛いとは思っていなかったため、単純に疲れているだけなのかと錯覚していたのだ。先ほど藤谷が歩いて行ってしまった方に探しに行くと、玄関で別の女子に絡まれているのが見えた。
「あのぉ、今日ほとんど一人で居たのを見たのでぇ・・よかったらこれぇ、わたしのケー番です」
「・・いや、僕はこういうのはいいです」
「えぇっ?でもぉ、こーゆーイベントに来るってことはぁ、そういう相手を見つけに来たってことですよねぇ?」
「違います、友達が外で待ってますよ」
少しずつ壁際に押され気味な様子を見ると、かなり女子の方がグイグイと押しているようだった。だが触れることもせず、まっすぐ相手を見据えて断っている様子の藤谷を見て、和歌の心臓は別の気持ちでいっぱいになった。すると頭で考えるよりも早く藤谷の元へ走り出し、上にあげていた右手をガッチリ握ると自分の元に寄せた。
「ゴメーン、よーちゃんはあたしの彼氏なの」
「えぇっ!?わかわかのカレだったのー!?もーそれなら早くゆってよねぇ、今日は楽しかったよーバイバーイ」
「じゃーねー!来てくれてありがとー!」
そそくさと玄関から出て行った女子は、外で待っていた友達と合流すると振り返ることなく歩いて行ってしまった。そこまで見送ってから「ふぅ」と息をついて藤谷を見ると、目を丸くさせていつになく大胆な和歌を凝視していた。
「・・今日はずっと一緒に居られなくてごめんね。さっき派手系な子と一緒にいるの見て、ちょっと・・なんか、モヤッとしちゃった。それに今も嫉妬してたみたい」
「ほんと?和歌ちゃんが嫉妬したの?」
「・・うう、悪いですか」
和歌は急に握った手や、自分の言葉が恥ずかしくなって顔を赤くすると、藤谷は笑顔で首を振った。そして嬉しそうに顔を緩ませると、手をつないだまま和歌と一緒にホールへ戻って行く。戻った先には片づけを始めている二人と、それを手伝ってくれている数人の参加者が居た。手を繋いで戻った二人に冷やかしの言葉をかけられたが、藤谷が嬉しそうに笑うだけだったため和歌は照れ笑いを返した。
ゴミをまとめてから使った場所の掃除をしたが、さすがに8人でやれば早く済むもので30分もかからずにホールは元の寒々しい姿に戻った。
「ここからあのクリスマス会場にしたのかー、わかわかホントセンスあるよねー」
「えっ、そう?でへ、でへへ」
「アハハ。でもすっごい楽しかったよ!来年出来ないのは残念だけどさー」
「だねー、なんだかんだ他校生と仲良くなるきっかけにもなったし」
立ち話をしながら和歌は奥の倉庫から段ボールを取り出した。その中には今日余ったお菓子や、和歌が自腹で買った小さなペットボトルが数本入っていた。
「ね、これ片づけ手伝ってくれたお礼!よかったら好きなだけ持ってってね」
「ええ?いいよいいよ、楽しませてもらってお礼まで貰っちゃ悪いし」
「そーそ。わかわかってほんっとこういうの気が回るよね」
再び和歌が照れてモジモジとすると、誰からともなく笑い声をあげた。無事に全員で分けて段ボールを悠馬の車に片づけると、公民館のカギを閉めて解散することになった。悠馬の車には桜と和歌と藤谷が乗り、和歌の家に向けて走らせる。
「悠馬兄、今日は車ほんとありがと!皆が電車で来てる中であたしだけ車って、ちょっと優越感」
「アハハ。いつでも貸すわよ?電話一本でお金かけずにタクシー代わりにしてあげて」
「ちょっと待て、桜ひどくねえかそれ」
藤谷もクスクスと笑いながら話していると、あっという間に家に着いてしまった。時刻は5時を回ったところで、辺りはすでに日が暮れてしまっている。
「じゃ、ありがとね!よーちゃんほんとにココでいいの?」
「二人に悪いしね。桜先輩、悠馬さんも今日はありがとうございました」
「おう。しっかりしろよ陽太」
「また連絡するわね和歌」
手を振って見送ると、今日初めて二人きりになったことに気が付いた。
「あ、あのさ、イベント・・どうだった?」
「楽しかったよ。和歌ちゃんの可愛いところも見れたし・・あ、そうそうコレ」
藤谷がポケットから取り出したのは小さな紙袋だった。手のひらに乗るサイズのそれは、中で小さくシャラリと音が鳴った。
「えっ?プレゼント交換で当たったの?」
「違うよ。明日、これよかったら付けてきてくれないかなって思って」
「開けていい?」
もちろん、と促されて袋を開ける。手のひらに出すと、小さなチェーンの先に太陽をモチーフにしたオレンジのガラスのついたネックレスが入っていた。思わず藤谷の顔を見ると、和歌の手からそれを取り、首元へかけた。触れたチェーンは夜風のせいで冷たかったが、顔が真っ赤な和歌にはちょうどいい冷たさになった。
「嬉しいっ、いいの?ほんとに?」
「和歌ちゃんに似合うかなって思って買ったんだ。ちょっと女子ばっかりいるお店に入るのは気合が必要だったけど・・」
「うわーある意味それも見たかったかも」
「今度は一緒に行こう。和歌ちゃんがどんなものが好きなのとか、知りたい」
手を重ねてそんなことを言われると、自分がドラマの主人公になってしまったような錯覚を受けた。本当に藤谷はこういったキザな言い回しをするのが、当然のような振る舞いをすることが多々ある。恋愛初心者の自分にはどう返したらいいのか迷うことが多いが、今日は間違えずに言うことが出来そうだ。
「うん・・うん、一緒に行こう!よーちゃん、だ、大好き」
「僕も大好きだよ」
勇気をかき集めてようやく口に出せた言葉も、藤谷の前ではぎこちなさがが浮き彫りになってしまう。それでも構わないと思わせてくれる堂々とした藤谷に、和歌は自分が完全に虜になっていることを気付かせた。全身を真っ赤にしたまま固まっている和歌に顔を近づけると、初めて藤谷と唇でキスをした。