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僕とクリスマスにデートして! 前編

「わかわかー、クリスマスってまだ空きある?3人友達行きたいって言ってんだけどー」

「だいじょー・・えっ3人!?3人はかなりギリギリかな・・」

「そこをなんとかおねがーい。ちょっと枠増やしたんでしょー?」

「ウ、ウーン。じゃあもうこの3人で締め切るね、もう誘うのは無しでー」


クリスマスイベントまで1週間を切り、定期考査までは2日しかない。そんな時に無駄な仕事を増やしてくれた同級生に芽生えた怒りですら、今は考査の勉強へ向けるしかなかった。藤谷も考査があるらしく、最近は学校帰りに少しだけ会って別れることが多い。だがそれも考査が終わるまでの辛抱なのだ。クリスマスイベントが終わった後は、二人きりのデートが待っている。


「わかわか無理しないほうがいいんじゃない?あの子らいっつもあーじゃん」

「ンーまぁギリギリいけなくもないし。それより考査!けっこー頑張ってるから結果出てくれなきゃ困るー」

「あーしもだわぁ。マジヤバイ」

「あんた出席日数からしてヤバイっしょ!もっと学校来いよー」


もうすぐクリスマスだからか、皆が浮足立っているのが分かった。考査ももちろん大切なのはわかっているのだが、クリスマスは今年で最後だと噂されている和歌のイベントは、募集をかけた瞬間に埋まってしまった。毎回ギリギリにならないと参加を伝えてこないいつもの3人組は、実はきちんと場所を空けてあったりする。

前にそれで一度トラブルになってからは、もう最初から空けて考えることに決めているのだ。渋々受ける姿勢を感じてほしかったのだが、結局彼女たちには何も伝わらなかったみたいだった。


「よーちゃん!」

「おかえり、もうすぐだね考査」

「うん・・。あー定期考査なんか無ければいいのに!」


和歌の言葉に同意しながら駅前のベンチに二人で座る。大きな噴水のあるここはカップルたちの待ち合わせ場所によく使われていた。カバンの中からひざ掛けを出すと、藤谷と半分こをして温まる。


「和歌ちゃんもうちょっとこっち寄れる?」

「あ、ごめんごめん。風スースーするね」

「ありがと」


足と足が触れ合わんばかりの距離に座ると、その間に静電気があるように感じる。たまに触れてしまうこともあるが、和歌は素足のため少し触れただけでもすぐに分かる。ひざ掛けの上から手をつないだ時に、布越しだが足に藤谷の手が触れた瞬間、必要以上に顔を赤くしたこともある。


「定期考査が終わったら、すぐにクリスマスだね」

「一応ほーんのちょこっとだけプレゼントも準備してるから、楽しみにしててね」

「マジで?やった、嬉しい」


彼氏が出来て幸せだと思うことが増えた。今までは皆の笑顔が特別だったが、藤谷が喜んでくれるだけでそれ以上のものはない。たまに家でお菓子を作って持って来た時のあのリアクションもたまらなく嬉しい。そして最後に必ず「美味い、ありがとう」と言ってくれるのも、また次も頑張って作ってこようと思えた。しばらくその場でおしゃべりをしていたが、風がかなり強くなってきた。


「ちょい早いけどそろそろ切り上げようか。考査前に風邪引くのはさすがにヤバイし」

「そうだね、もうちょっと喋ってたかったなー」

「僕も。でも和歌ちゃんが風邪ひくの嫌だから、今日は帰ろう」


なんだかんだ、藤谷とはとても健全な付き合いを続けていると自分でも思った。天候が悪い日でも外で全力で楽しむクラスメイトもいるが、藤谷はその点和歌の体調をとても気にして屋内で遊ぶことの方が多い。しかも移動も最小限で済むような場所を選んでくれるため、付き合い始めてから自分も体調に気を付けるようになった。


「じゃあ、また明日・・」

「あー・・和歌ちゃん。試験明後日からじゃん?直前で体調悪くなって受けられなくなると困るし、試験終わってから会うことにしない?」

「へ?え、そうなの?」


生真面目すぎる言葉に和歌は頭の中にクエスチョンマークが躍る。こうやって授業後の休息、勉強前のリラックスがあるからこそ勉強にも身が入るのはもしかして自分だけなのかもしれない。同じ時期に試験を迎える藤谷はもしかしたら少し迷惑がっていたのだろうか。


「うん、その方がお互いにとっていいんじゃないかな」

「あっじゃあさ!一緒に図書館で勉強しようよ!そしたら会えるし、勉強もはかどるしで一石二鳥じゃん」

「ごめん、それは僕が無理」


初めて藤谷の口から拒絶の言葉が出た。それまではなんとなく曖昧に答えて和歌の妥協案に乗っかることが多かったが、こうあからさまに拒絶されてしまうとそれ以上言葉が出てこない。


「あ、そ、そっか!ごめん無理言って!じゃまた試験終わったらね!」

「わかちゃ・・」


早口でまくしたてると、ひざ掛けを手に持ったまま駅構内へ走っていく。呼び止められた気もしたが、振り返ると涙が出てきそうで止まることが出来なかった。そのまま来ていた電車に駆け込むと、すぐにドアが閉まって電車は自宅へ向かって走り出した。

その日は寝る前にするメールも藤谷の勉強の邪魔になるかもしれないと思い、送るつもりで書き込んでから削除した。なんと意味のないことをしているのだ、と自分でも驚いたが藤谷の勉強の邪魔になるのだけは嫌だった。

翌朝アラームで目を覚ますと、藤谷からのメールは届いていなかった。地味にダメージを受けながらも朝食を食べていると、母親がニヤニヤした顔でこちらを見てくる。


「やめてよオカーサマ。お宅の娘はハートがブロークンで朝からナイーブなんだから」

「フフフ。オカーサマもそんな時期がありましたわ、青春っていいわねぇ。オカーサマもまたしてみたいわぁ?」

「オカーサマ、早く目玉焼きをフライパンから救出してあげてください」

「あらやだ、焦げてるー」


母親のこんな絡みはかなり鬱陶しいが、朝一の憂鬱な気持ちがほんの少しだけ晴れたような気もした。とりあえず学校へ行く前に藤谷にメールを送るとして、支度をすると家を出る。いつもの電車に間に合うようにホームに並んでいると、後ろから肩をたたかれた。


「和歌ちゃん、おはよ」

「よーちゃん!?え、おはよう・・どうしたの、こっちじゃなくない?電車」

「うん。でも僕和歌ちゃんに勘違いさせたままなのが嫌だったから」

「え?どゆことそれ」


話を聞こうとした時電車がホームに入ってきてしまった。藤谷は早口で「メールする」とだけ言うと、和歌から離れた。そして電車に手を振ったため和歌も振り返すと、笑顔で自分のホームへ歩いて行った。


「おあついわねーわかわかちゃん?」

「うおっ、見てたか!」

「見てたんじゃないし?見せつけられたんですけどー?てかあの制服他校じゃん!」


ワイワイと電車の中で藤谷の話題で盛り上がっていると着信があった。メールには和歌を誤解させてしまったことと、試験が終わったら理由を話すということが書いてあった。藤谷がそう言うのならばそれを信じるしかないが、昨日よりも気持ちはかなり落ち着いていた。


「てかあの子がわかわかの彼氏かー、聞いてたのと全然イメージ違うー」

「あの藤谷の弟って聞いてめっちゃビックリしたけどね。確かに全然思ってたのと違ったわー」

「え、皆藤谷兄弟の事知ってたの?」

「そりゃね。あんだけ派手な遊び方してるんだから知らない方が不思議だし」


どうやら和歌の学校でも噂にはなっていたらしい。ただそういう噂に興味が無かったため自分がスルーしていただけだったようだ。そしてここでも桜が言っていたような、さらにそれの上をいくような、というか絶対にそれはないだろうという面白おかしく変わった情報を耳にすることになった。だが誰から聞いても評価は同じで、女癖が悪いくせにハーレムを作り、遊びまくっているということだ。


「ま、でもわかんないよー?ああいう大人しい子の方が裏で遊びまくってたりしてねー」

「それはないよー、全然性格真逆だし」

「テストだからって真面目に勉強するとは限らないしねー」

「えっ?」


クラスメイトの言葉に思わず反応してしまう。すると別の子の口からとんでもない言葉が次々と出てきた。


「そーそ。ウチの友達なんてテストって嘘ついて遊びに行かれてさー、その間連絡してなかったんだけど他校の女子に乗り換えられてたらしいよー」

「あるねーそれ。友達と試験勉強とか言ってさー、何の勉強してんだかって感じー」

「保健体育のナニを勉強してんだっつーの。やっぱ高校入ってから皆下半身ゆるすぎだよねー」


信じられない会話についていけずに和歌は聞いているフリをするしかなかった。電車から降りてもその話題は続き、学校に着いた頃にようやく終わった。その頃には藤谷のことを信頼しきっていた自分の気持ちが傾き、定期考査後に聞かされる予定の話が何なのかで頭がいっぱいになってしまっていた。藤谷にダメもとで今教えてもらえないかとメールもしてみたが、やはり試験が終わってから話したいの一点張りで教えてもらうことは出来なかった。


モヤモヤした気持ちのまま定期考査が始まり、あっという間に終わってしまった。学校中が開放ムードで騒いでいる中で、和歌だけはこれから藤谷に聞かされる理由が気がかりで仕方がなくなっていた。定期考査は午前中で終わり、昼からは下校となっているため学校帰りに会う予定になっていた。1週間ぶりに会える嬉しさと、何を聞かされるのか分からない不安な気持ちのまま待ち合わせ場所に立つ。

到着したというメールを送ってから1時間経つが、返事がこない。お昼を済ませずにすぐに来たため空腹でお腹がクークーと鳴り始めた。持っていたガムや飴を舐めて紛らわしているが、寒さも相まって体が震えてきてしまう。

2時間が過ぎたころに、ようやくメールが届いた。


「・・ひどい」


そこに添付されていたのはたくさんの女子に囲まれてカラオケをしている藤谷の姿が映っていた。女子に囲まれている藤谷の顔は笑顔で、カメラに向かってピースをしている。駅前からどうやって帰ったかは覚えていないが、耳元に置いたケータイがずっと振動し続ける音で目を覚ました。辺りは真っ暗になっており、ケータイの光が目に眩しくてひどく痛かった。目を細めて見てみると、相手は『よーちゃん』と名前が出ていた。

その瞬間怒りで頭が真っ赤になり、ケータイを壁にたたきつけてしまった。それでも床で鳴り続けるそれは、早く出なさいと急かされているようでとても不快になる。タオルでケータイを包み込むと音が出ないようにしてクローゼットの中へしまう。遠くの方で聞こえる振動の音がやけに耳に残って、なぜだか涙が止まらなかった。

ドアをノックする音が部屋に響いた。


「和歌、ご飯どうする?」

「・・いらない」

「そう?風邪引いちゃった?」

「違うけど・・でもいらない」

「んじゃ食べたくなったら降りておいで」


20時を回っても降りてこない娘を心配して母親が様子を見に来たが、声だけかけるとすぐに部屋を離れた。その気遣いにすらイライラしてしまう自分に腹が立ったが、どうしたらこの苛立ちが解消するのかは自分でもよくわからなかった。こんなことをしていても、明日になったらまた学校へ行かないといけないのだ。そして土曜日にはクリスマスイベントが、その次の日には藤谷とのクリスマスデートが待っている。


「・・ハァ」


布団から体を起こすと、少しだけしわになってしまった制服を伸ばしてハンガーにかける。それからカーテンを閉めようと窓際に行くと、誰かが立っていた。不審者かと思いよく見てみると、誰かに電話をかけているようで繰り返しケータイを操作している。そしてその人物としっかりと目が合ってしまった。


「よーちゃん・・」


12月も終わりになってかなり風が冷たい季節になった。そんな中で制服にパーカーのまま和歌を待っていたのだろうか、街灯に照らされた藤谷の顔は心なしか青白い。慌てて玄関から外に出ると、寒そうに体を震わせながら和歌の方へ歩いてきた。


「何してるの!風邪引いちゃうじゃん!」

「だ・・って、わかちゃ・・んが」

「体冷たくなっちゃってるし!早く家に入って!」


急いで玄関に通すと、そこには温かいスープを持った母親が待っていた。


「お母さん知ってたの!?」

「何回か入るように言ったんだけど、和歌に許してもらえるまでは入れないって強情なんだもん」

「アンッタ馬鹿じゃないの!」

「ごめ・・ん、ほんと、ごめん」


スープを渡す前に頭突きをすると、藤谷は泣き笑いの顔で和歌の手を握った。冷え切った手は青白くなって、スープのカップを掴めるほど力が入るようには見えなかった。仕方なく口元までカップを運ぶと、ゆっくりとそれを飲み込む。青白い唇に少し血の気がよみがえると、再び「ごめん」と言ってくる。


「うるさい!さっさとスープ飲んじゃってよ!」

「まぁまぁ落ち着きなさい和歌。とりあえず藤谷君はそれ飲んだらお風呂入っていきなさいね」

「いえ、悪いです・・」

「入っていきなさい、ね?」

「・・すみません」


風呂で溺れないかとひやひやしながらリビングで待っている間、母親は和歌に言い聞かせた。


「あのね、1つの情報に惑わされちゃだめよ」

「どーいうこと」

「ちゃんと1つの情報にたどり着く前に、それを裏付ける証拠を3つは集めないとダメ。ちゃんと自分の中で信頼出来る順番を作っておかないとダメだからね」

「いや、ほんとどういうこと?」


向き直って聞くが、父親に呼ばれて和室へ行ってしまった。首をかしげながら待っていると、風呂場のドアが開閉する音がした。更にそわそわしながら待っているとリビングのドアが開き、しっかり温まったのか頬が赤くなった藤谷が入ってきた。


「・・ごめん、こんなつもりじゃなかったんだけど」

「そんなことより体平気?動きにくいところとかない?」

「大丈夫。和歌ちゃんのお母さんとお父さんは?」

「和室行っちゃった。なんか飲む?ホットココアいる?」


藤谷は首を振ると和歌の座るソファの近くの床に腰を下ろした。ソファを勧めたが断固として座ろうとはしなかった。


「今日、学校帰りに待ち合わせ場所に行けなくて本当にごめん」

「・・ウン」


そこで和歌は今日のことを思い出した。あんなところに凍えて立っていた為すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。思い出して再び怒りが出てきたが、目の前で頭を下げている藤谷を見ていると悲しみに代わってしまった。


「信じてもらえないかもしれないけど、学校出てすぐに待ち合わせ場所に行こうとしたんだ。そしたら友達が和歌ちゃんがこっちに来てるって言うから、そっちに向かったんだ。そしたらそこに兄貴がいて、和歌ちゃんのことを根掘り葉掘り聞いてきた」


苦々しい顔をしてそれを話す姿は、信じたくないが真実を話しているようにしか見えなかった。


「兄貴が和歌ちゃんに目ぇつけられるのは絶対嫌だったから、しらを切った。そしたら「じゃあこれはいらないよな?」ってケータイ取られて、しかもカラオケまで連れていかれて、1曲歌ったら開放する約束をした。だけど1時間経っても2時間経っても開放してくれないし、ケータイは途中で返してもらったけど充電切れてて・・」

「・・もしそれが本当だとしても、なんであたし以外の女子とこんなにくっついてたの?」


藤谷が風呂に入っている間に持ってきていたケータイを見せる。そこには見たことのない女子の腰に手を回して親し気にしている姿が映っていた。最初は女子に囲まれている写メしか見てなかったが、さっき改めて見てみるとスクロールバーがあり何枚か女子と密着している写メが貼られていたのだ。


「そうしないと僕を開放しないって兄貴が言うから、早く解放してほしくてやった」

「じゃあなんで笑ってるの?」

「笑えって言われたから」

「じゃあなんで、なんっで、キスまでしてるの・・?」

「しろって言われたから。僕も嫌だったけど、早く和歌ちゃんに・・」


和歌はわなわなと震えながら立ち上がる。涙がぼろぼろと出てきて止まらず、胸の奥がギュッと痛んだ。思わず手を振り上げると、覚悟していたように目を閉じた藤谷を見て、再びソファに座り込んだ。徐々に顔が歪んでいき、和歌がわんわん声を上げて泣き始めると和室から母親が出てきて、藤谷に厚手のコートを手渡した。


「ごめんね、今日は送っていくわね」

「いえ・・歩いて帰ります。お風呂ありがとうございました」

「そう?気を付けて帰るのよ。その服はまた和歌に渡してくれればいいからね」

「ハイ。お邪魔しました」


藤谷はコートを着ると静かに玄関から外へ出た。


翌日は良く晴れていて、泣きはらした瞼には眩しいぐらいの日差しが出ていた。ホワイトクリスマスにならないか期待しているカップルにとっては、2日後に突然雪が降るのは難しそうな天気だった。体を起こすと9時をまわっていて、どうやら寝坊したようだと分かった。

重たい体をひきずってリビングへ行くと、すでに父親も母親も仕事に出たようである。テーブルに残された一人分の朝食は、いつも通りの少し焦げた目玉焼きである。それをかじってから制服に着替えて、いつもよりもかなり遅い電車に乗ると、人が少ないように感じた。


「おはようございます」

「今日は重役出勤か、いい御身分だなー水成」

「はい、すいません」

「ちゃんと遅刻届持って来いよー」


職員室へ行って遅刻届を書くと、再び教室へ戻る。階段を上ったところでケータイが着信を知らせた。マナーモードにするのを忘れていた為階段に響いた着信音は、藤谷からのものだと主張していた。とっさに電源を切ると、そのまま教室へ入る。


「水成、ついでにこれ読め」

「ハイ」


来て早々に当てられたが、泣きそうな気持ちを紛らわすにはちょうど良かった。どこまで見透かされているのかは分からないが、少しだけ担任に感謝した。教科書の例文を読み終わって座ると同時に、どこからともなく手紙が回ってくる。

そこに書かれていたのはクラスメイトが和歌を心配する言葉だった。少しだけ涙が出てしまったが、気づかれないようにタオルで拭くと「大丈夫」と書いてから再び回してもらう。こうして心配してくれる人が居てくれるのが嬉しい反面、藤谷とのことをどうやって相談したらいいのかが分からなかった。


「わかわかー大丈夫?どしたの」

「うん、寝坊したー。昨日の夜ちょっと遅く寝てさー」

「テスト終わりだからって彼氏と盛り上がりすぎー?」

「そんなわっ・・」


ニヤニヤといつものように茶化してくるクラスメイトに、いつものように返事をしたはずだった。それなのに言葉がうまく続かず、きょとんとする周りをよそにぽたぽたと涙だけが出てくる。


「えっ?わかわかっちょ、どしたの!?」

「ふーさんがわかわか泣かしたー!」

「ごめっ、ふーさ・・そんな・・」

「ご、ご、ごめんってー!!」


涙は止まらず、そのまま授業が始まってしまった。さっそく和歌の机に手紙が回ってきて、どうしたのかということが書かれていた。なんと説明するべきなのだろうか、しばらく悩んでいると再び手紙が回ってくる。

そこにはどういうことがあったのかだけ書いてくれればいいよ、と書いてある。思い出せる限りで簡単に書いて回すと、授業中にも関わらず「最悪ッ!!」とクラスメイトが立ち上がった。周りが驚いて立ち上がった生徒を見ると、いろんな意味で顔を赤くしながら「・・すみません」と座った。

自分の為にこんなに怒ってくれる友達がいるなんて、なんて幸せなことなんだろうと思うと思わず笑みがこぼれた。


「もーなにこれ!最悪じゃーん!」

「昨日の夜のことだから私もまだよくわかってないんだけど・・」

「辛かったねー、ヨシヨシ」


休み時間になって和歌の机の周りにずらりと揃ったクラスメイトたちは、一様に怒っていた。口々に藤谷のことをこき下ろし、藤谷の起こした行動がいかに悪なのかということを言い合っている。


「・・でもさ、ごめん、わかわかが気ィ悪くしたらゴメンなんだけど」

「なに?聞きたい」

「藤谷先輩はこーなるの分かってて、わかわかに写メったんじゃないの?」

「はぁ!?そんなん更に最悪じゃん!クズじゃん!」


そう言うのは、先ほど和歌を茶化そうとして泣かせてしまったクラスメイトだった。ふーさんと呼ばれて親しまれている。


「ふーさんどういうこと?」

「そりゃさ、藤谷君も先輩に付いてっちゃうのが一番悪いとは思うけど。んでも基本『和歌のため』の行動だとしたらまぁ、納得できるところもあるっていうか」

「いやいや、いやいやいや、どう考えてもアウトでしょ」


ふーさんの言葉にかなり動揺した。昨日の夜藤谷からは「和歌ちゃんのため」という言葉がたくさん出てきていた。それは間違いなのだが、それをどうしてふーさんが知ることが出来たのだろうか。もう少し詳しく話を聞きたかったが休み時間が終わってしまう。

授業のノートをとりながら、ルーズリーフを一枚取り出す。それに昨夜のことを改めて書き出してみるが、やはりあそこまでする意味は分からなかった。


「わかわか」

「ふーさん、さっきはありがとう」

「んやんや。あたしこそなんか突拍子もないような感じでゴメン」


和歌が首を振ってこたえると安心したように笑顔になる。ようやくランチタイムになったため、それぞれいつものグループで固まってお弁当を広げている。和歌の周りには心配そうないつものメンバーが来ており、先ほど途中であった藤谷の真意について話し合いを再開する。


「あたしはーやっぱ藤谷は兄弟で悪いんじゃないかなーって思うんだけどー」

「それだったらこんなに長く持たなくない?もっと早くに皮がはがれてもいいと思うんだけど」

「あーしもそー思うわ。てかあーしならそんな周りくどいことしないけどー」

「・・だよね。だからやっぱ藤谷弟が藤谷兄に脅されてってのはホントなんじゃない?」


いつもよりも声のトーンを落として交わされるが、和歌にはすべてが本当ですべてが嘘に聞こえた。要するに何を信じていいのかまったく分からなかったのだ。少ししてケータイにメールが届く。


「・・藤谷でしょ」

「何で分かったの?」

「泣きそうになってる」


和歌の眉間に指を添えると「うりゃうりゃ」と言いながら皺をほぐしていく。それが少しだけくすぐったく感じて力を抜くと「よし」と指を離された。一呼吸おいてからメールを読むと、もう一度会って話がしたいと書いてあった。


「しょーじきさ、わかわかは行きたいの?行きたくないの?」

「そーそ。あーしらは愚痴は聞けるけど、そーゆーのってあーしらが決めることじゃないし」

「うわー超正論言うアンタ初めて見たわ。あたしもわかわかが無理しないような感じで良いと思うけど」


少しだけ考えたが、あんな別れ方をしたら正直顔は合わせづらい。だが会って話したい気持ちも無いわけではない。しばらく一人で考えていると肩をトントンと叩かれる。


「わかわか、ポテト食べる?」

「ウン、ありがと」

「わかわか、藤谷に会う?」

「ウン、会おうかな・・ウン!?」


パチパチと軽く拍手をしてくれるみんなは笑顔である。


「ポテトと同系列に考えていいのかな!?」

「そんなもんだってー。あんなことされて一瞬で嫌いになれるわけー?」

「・・嫌だったけど、嫌いじゃないよ」

「んじゃいーじゃん。会ってこいこい」


こうして和歌は今日の放課後に駅前で会う約束を取り付けたのだった。


「・・お待たせ」

「ん、待ってないよ。僕こそ呼び出してごめんね、来てくれてありがとう」


放課後になってからクラスメイトたちに追い出されるようにして学校を出た。電車に押し込まれると、和歌だけを乗せて出発した。約束の場所に着くまでに20分あるが、走ってきたにしては嫌に早く心臓が音を立てている。

待ち合わせ場所にはすでに藤谷は来ており、いつもと変わらない姿にほっとする反面怒りのようなものもくすぶりはじめる。


「・・昨日はごめん。和歌ちゃん以外の子と遊んだり、くっついたり、本当に彼氏として失格だと思う」

「ウン」

「無理やり連れていかれたって言っても、あんまり本当っぽくないけど・・僕の事信じてほしい。でももし和歌ちゃんが、嫌だ、僕の事信じられないっていうなら・・言うなら、今日で別れるし、さ」


それまで俯いて話を聞いていた和歌だったが、別れるという言葉が出た瞬間に思わず目の前にある手を握ってしまった。驚いている藤谷に向けて顔を上げると、何を言おうかとあれだけ考えていた癖に関係のない言葉がつらつらと出てきた。


「なんでそんなこと言うの!あた、あたしと別れたいの!?」

「違う!そんなわけない!だけど和歌ちゃんが僕の事嫌いにな・・」

「誰が嫌いって言ったの!?そりゃ写メ見たのは嫌だったけど、嫌いになんかなってないもん!」

「え、ほんとうに・・?」


悔しさと怒りで思わず涙が出てくるが、それを袖でごしごしと拭いながら頷く。握った手をそのまま引かれて歩くと、ベンチに座るよう促される。腰を下ろすと同時に握った手はそのままに、ぎゅっと抱きしめられた。


「さっきの本当?僕の事嫌いになってない?」

「嫌だけど、嫌いじゃないって言ったじゃん・・」

「・・嬉しい。ってごめん、喜ぶところじゃないよね・・でもごめん、嬉しい」


藤谷の胸に顔を押し付けられているため顔を見ることが出来ないが、少しだけ鼻にかかった声が胸越しに聞こえてくるのは悪くなかった。ドキドキと同じように早く打っている心臓は、どこかほっとする音だった。ようやく抱きしめられている力が緩められ、顔を上げると同じように和歌のことを見下ろしていた。


「会えない間すごい不安だった」

「本当?あたしもだよ、勉強も全然頭に入らなくって・・ってこれはいつもなんだけど」

「やっぱ一緒に勉強すればよかったね」


少し眉を下げて言われて和歌は首を振った。きっと一緒に勉強しようと思ったところで、同じように頭に入らないような気がしたからだ。それを思えば藤谷が別々の勉強期間を設けようと言ったことは正解だったようだ。

だがそれを認めるのも少し癪だったため、再び藤谷の胸元に頭をつける。


「よーちゃんって、暖かくてきもちーね」

「・・それ今言う?」

「?うん、あったかいよ」


背中に回した手に力を込めると、藤谷は一気に顔を赤くさせて固まってしまった。だがそれを知らない和歌は、これはきっと仲直りしたことになるのだろうと思っていた。別れるという言葉を聞いた瞬間、写メのことは頭からスポーンと抜け出してしまい、どうにかして藤谷を繋ぎ止めなければならないとそればかり考えていた。

だがこうしているとそんな不安もどこかへ消えて行ってしまうのが嬉しかった。


「フフー、クリスマス楽しみだね。二人で初クリスマスだ」

「そうだね。食べたいのとかあったら、教えてね」

「うん。あ、そだケーキ食べないとね!」

「ほんとだ。あとチキンも」


ウンウンと頷きながら繋いだままの手をほっぺたに寄せると、二人の体の間に挟まっていた為かぽかぽかと温かかった。

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