僕の彼女になって!
「・・オメデト」
「ええっ!まだ何も言ってないんですけどー!」
桜の家を訪ねると、ドアが開くのと同時に祝福を受ける。それもそのはずだ、和歌の顔はやや上気して緩み切っている。その手にはコンビニで買ったスイーツとジュースの入った袋も下げられていた。「おじゃましまーす」と家の中へ声をかけると、奥から桜の母親が返事をしてくれた。
「で?オトモダチになって帰ってきただけ?」
「そ、そうなんだけどさ!またこれがすっごいの、もうほぼ告白状態!」
「ハァー。いっそ彼女にしてもらってこればよかったじゃん」
和歌の買ってきたスイーツをつつきながら紅茶を飲む。桜は一人っ子なため、とても広い部屋を持っている。テレビ、エアコン、パソコン、ベッド、ソファ、ガラスのテーブル、本棚、クローゼット。和歌の部屋に無いものがたくさん置いてあるため、遊びに来たときは自分の家以上に寛いでいた。
「だっ!だって!お互いの事何1つとして知らないのに彼氏とか彼女にはなれないでしょ」
「ハー固いなー、和歌は頭がガッチガチ。あたしと悠馬を少し見習うべき」
「・・二人はもうその場のノリどころじゃないじゃん」
忘れもしない4年前の春。中学で初めて知り合い、思った以上に意気投合してしまい2日目に家に連れて来た時のことである。近所に住む悠馬がいつものように和歌の部屋に堂々と入ってきた。
「和歌ー客か?」
「初めまして、桜です」
「可愛いねー。和歌の事よろしく頼むよ」
「ええと、この人は近所に住んでる悠馬兄。ちっちゃいころから一緒に遊んでるんだ」
桜は値踏みするように悠馬を見る。また同じように悠馬も桜のことを見返した。
「・・うん、なるほどね。悠馬さんあたしと付き合わない?」
「おもしろいねー。いいよー」
「・・いいんかい!!」
「あ、俺今年15になるんだけど」
「フーンあたし12。とりあえずケー番交換しようよ」
片思いしていることを1ミリも告げる暇のないままにカップルになってしまったのだ。それからはことあるごとに3人で遊ぶことが増え、嬉しい気持ちと悲しい気持ちを胸に住まわせながら4年以上経った。そういう出会いもアリだと今では思えるが、複雑な気持ちは未だに昇華出来ていない。何せ初恋の相手に中学入学早々振られてしまったのだから、当然といえば当然であった。
「あ、悠馬呼ぶ?和歌から電話きたから春がきたかもってメールしといたけど」
「えーでもまだ友達になっただけだし」
「ふーん。まぁどっちでもいーけどね。ところでどこ高の人?」
和歌は「フフフ」と怪しい笑いを漏らす。そしてスイーツを一口食べてからブイサインを見せる。
「桜と同じ高校の子でーっす」
「あーそう、で誰?」
「あ、えーと藤谷陽太くんって子。どんな人かちょっと教えてよ」
「藤谷ぁ?」
桜がとても嫌そうな顔をする。普段からあまり他人に興味を持たない桜がそんなことを言うのは珍しく、よほど何かがあったようだ。
「なになに、知り合い?なの?」
「最悪。あいつだけはやめとけ、あたしが太鼓判を押して最悪だって認めてやろう」
「どういうことそれ?でも今日会った時には気づかなかったでしょう?」
「・・それもそうだわ」
何かがおかしいことに気付く。今日駅前で見た制服は確実に桜と同じ高校のものであったが、前にイベントで会った時はどうだっただろうか。パーカーを羽織っていたためあまり具体的に思い出せないが、同じだったような気がする。
その時ケータイが震えて受信を知らせる。差出人は話題の藤谷であった。
「明日学校帰りにファミレスでも行かないかって」
「・・あたしも行くわ。なんか気になる」
「オッケー聞いてみるね、桜のそういうカンって嫌味なぐらい当たるもんね」
メールを送信し終わってから、まだ難しい顔をしている桜に聞いてみる。
「ねぇ、どういうこと?藤谷君ってそんなに最悪なの?」
「うん最悪。入学して2週間でハーレム作ってた」
「え」
あのウブそうな藤谷がそんなことを出来るようなタイプだとは思えず、頭がフリーズしてしまう。その間にも桜が指折り悪行を連ねていく。
「タバコ吸って停学数回、何回かクラスメイトに校内でヤってるところ目撃談あり、毎回連れてる女が違う、藤谷を巡った派閥の争い、そういや最近の噂だと教師食ったって話も出てたわ」
「ちょちょ、ちょっと待って。それ人違いじゃない?」
「まぁ藤谷違いってのも考えられるケドね。あたしは興味ないからクラスメイトが話してるのを聞くだけだけど、聞くだけでも胸糞悪い」
桜はそう言うと「トイレ」と言って席を立った。藤谷からはすぐにメールの返事が届き、明日は3人でファミレスに行くことが決定した。だが藤谷が一体どういう人物なのかが全くつかめずにいた。和歌が感じた藤谷の性格と、桜の言う『藤谷』の性格は真逆だ。だが藤谷という名前はあまり多くはないはず。少しだけ胸にしこりを残したままで帰路についた。
「おはよーわかわか、今日放課後カラオケどーよ」
「ごめん、今日ちょっと友達とファミレス行くからまた今度で」
「えーんわかわかに断られたよーう」
いつものように今日が来た。学校に行き、授業を受け、お昼を食べてからまた授業。そして帰りにファミレスに寄って、藤谷の真実を確かめるのだ。頭の中で何回かシミュレーションしてみるが、桜の言う性格の藤谷にはどうやってもたどり着くことが出来ない。
「ねーわかわかが変顔してる」
「次のイベントに関係あるのかな?」
「マジ!?練習しておかなきゃっ」
クラスメイトにはただの変顔の練習だと見られていたようだった。
放課後になったが、未だに和歌の頭の中には明確な藤谷のビジョンが見えてこなかった。考えすぎていつもよりも疲れてしまったが、約束の時間まであと僅かしかない。急いで待ち合わせ場所へ向かうとそこにはすでに藤谷が来ていた。
「ごめん!待たせた?」
「大丈夫だよ、全然待ってない」
和歌を見つけると同時に笑顔で立ち上がる。昨日は気づかなかったが、藤谷の身長は割と高めである。
「藤谷君ってけっこー背高いね!気づかなかったー」
「そうかな?170しかないよ」
「いや十分でしょ!あれ、同い年だったよね?」
藤谷は困ったように笑う。和歌が意味を掴めずに首をかしげると、少し顔を赤くさせた。
「16デス」
「・・16!?年下かーい!」
身長の高さから、同い年だとばかり思っていた。というよりも全体的に落ち着いた雰囲気が出ているため、高1には見えなかった。
「よく間違えられるんだけどね・・」
「そうなんだー意外!あ、だから下級生から手紙がきたのかぁーなるへそなー」
「あの子僕んちの近所に住んでる子で、頼めないかって言ったら結果報告を条件に渡してくれるって」
「ハハーン結果ねぇ・・」
和歌はそう言いながら自分の顔が赤くなるのが分かった。
『僕、わかわかちゃんが好きなんだ。付き合ってほし・・いけど、僕の事全然知らないだろうし・・お友達になってください』
人生で初めて告白されたのだ。思い出して顔を真っ赤にしても誰も文句は言わないはず。この話題が出るまでは何とも思っていなかったのに、途端に意識をしてしまう。それにしても16歳であの告白の仕方をするとは、勘違いも無理はない。むしろ手練れのような貫禄さえ・・そこまで考えたところで肩をたたかれる。
「ヒッ!」
「遅くなってゴメン、取って食ったりしないから安心しなさい」
「あ、こんにちは桜先輩」
「・・どゆこと?」
ファミレスに移動してから、桜に先ほど知った事実を伝える。すると桜は「ウーン」と首をひねり、何かを思い出したようだ。
「そーいやあたしんとこの藤谷って、1個上の先輩だわ」
「えっそうなの!?」
「ごめんごめん、んじゃこの藤谷とは全く関係がないってことだ」
あっけらんかんとそう言うと、注文していたポテトを食べる。和歌もそれを聞いて安心して藤谷を見ると、なんとも難しい顔で桜のほうを見ている。そしていくつか簡単な質問をしてから断言した。
「・・それ、僕の兄です」
「あー藤谷君のお兄さんね!ってんなばかな!」
「マジか。全然似てないじゃんあんたら」
桜いわく、藤谷兄の方がもう少し顔の彫が深く肌も浅黒いらしい。それに比べて藤谷弟はもう少し幼い顔をしていて、色白なのだそうだ。藤谷は「よく知ってますね」と頷いて、肩身を狭そうにさせる。
「あたし藤谷先輩と同じ高校だから。てかこの前と着てる制服ちがくない?」
「・・兄がいつも着て行ってしまうんです。僕はもう少し遠くの男子校に通ってて、僕の学校には事情を話してあるんで指定の制服でも兄の高校の制服の時でもどっちもオッケーにしてもらってるんです。でもやっぱ分かる人にはわかっちゃいますよね」
「そりゃね。ある意味派手な遊びをしてる人だからね」
その言葉で一気に表情が暗くなってしまう。
「で、でもさ。藤谷先輩は藤谷先輩、藤谷君は藤谷君じゃん?そんな落ち込まないでだいじょーぶでしょ!ささ、私のパフェを少し分けてあげるから甘いの食べて元気出しなさいな」
「おばちゃんか」
和歌の頭に綺麗にチョップが入ると、藤谷がおかしそうに笑いだす。やっといつもの笑顔に戻ったことで和歌もほっとし、桜のポテトに手を伸ばすと再びチョップをお見舞いされる。別人ということが明らかになったためか、先ほどよりも幾分も空気が和らいだ。
ここぞとばかりに何かを聞こうと思ったが、和歌が言うよりも早く桜が質問する。
「和歌のどこが好きになったの?」
「ブッフ」
「こっ、ここで言うんですか・・?」
当たり前、とばかりに腕組みをして頷く。和歌の保護者のような顔をしているが、和歌と桜は同い年のただの親友である。
「僕、最初イベントに行くつもりが無かったんです。でも同じ高校の先輩に逆らえずに、無理やり連れていかれちゃってすごく困ってたんですよ。僕だけ年下だし、先輩に囲まれるとすごく緊張しちゃって」
「そんな風に見えなかったけどなぁ?」
「最初は本当に緊張でガチガチでした。でも途中でわかわかちゃんがすごく気にかけてくれて、そのおかげでかなり緊張がほぐれたんです。一度大丈夫だって思えたら、その日のイベントはすっごく楽しめました」
和歌は大したことをしたつもりはなかったが、きっと今まで心がけていたことがこうして小さく実っていっていっているのだろう。全員で楽しむをコンセプトにしている以上、今の言葉はとても嬉しかった。
「いろんな人とメアド交換したんですけど、僕その時からずっと気になってたんです。そしたらまたイベントがあるっていうんで、今度は頼み込んで連れて行ってもらったんです。そしたらやっぱりわかわかちゃんのことがすごく気になって」
「んで告白か」
「・・ということですね」
恥ずかしそうにはしているが、思っていることを素直に話してくれたようだった。勿論それを聞かされている和歌は途中から顔が真っ赤になり、さらにタオルで顔を隠し、最終的にテーブルに伏せた状態になった。それを横目でチラリと見やり、和歌の足を踏みつける。
「で?そこまで顔赤くして、友達なわけ?」
「だってまだ何も知らないし・・!」
「もう知ったじゃん。まだ知らないことはこれから知ってきゃじゅーぶん。で、返事は?」
黙り込んでしまう和歌の足を再び踏みつける。「ひぐっ!」と小さく鳴くのもお構いなしだ。和歌はゆっくりと顔を上げると、目の下までタオルで隠しながら伝えた。
「・・私と、つ、つき、付合ってもらえませんか?」
「えっいいんですか?」
「いんじゃね。ハイんじゃ付き合うってことで」
「桜すっごい雑!あたしに対してすっごい雑じゃん!」
隣でピーピーわめく和歌を「ハイハイ」と流しながら、自分の食べた分の代金をテーブルに置く。
「じゃあたし塾行ってくるから」
「ここで!?」
「かなり時間押してるからこれでも。藤谷頑張れよ、和歌スカートから手ぇ離せ」
「お、鬼!」
和歌の手をはたくと、そのまま店の外へ出て行ってしまった。残されたのは付き合いたてのカップルだ。言葉を出すタイミングを逃して、ずっと黙り込んだままである。しばらくそうしていると、和歌のジュースがなくなってしまった。
「僕取ってくるよ」
「い、いいよ!あたし行ってくるから!」
「じゃあ一緒に行こうよ」
恥ずかしそうにそんなことを言われてしまったら、和歌は頷くしかない。ドリンクバーの前は少し混雑しており、順番を待たなければならなさそうだ。チラリと藤谷を盗み見ると、同様に見られていたらしく目が合う。思わず顔をそらすが、藤谷は恥ずかしそうにしているだけのようだ。
「・・なんか、藤谷君の方が年上みたい」
「そんなことないよ。僕もすごい必死だから」
「うそー?」
無事に飲み物を入れて席に戻る。先ほどと同じように向かい合わせで座るが、それすらも今は恥ずかしくて仕方がない。すると藤谷が「ほら」といって手を出してくる。
「すごいドキドキしてるから」
「う、うん」
ちょうど脈のところに手を添えると、トクントクンと動いているのが分かった。それはいいのだが、早いのか遅いのかは和歌にはよくわからない。触りながら首をかしげていると突然手を引っ込められてしまう。藤谷の方を見ると顔を真っ赤にして片手で顔を覆っていた。
「ご、ごめん、なんか僕今すごい恥ずかしいことした気がする・・」
「そうかな?見せてもらったけど早いのかよくわかんなくて・・ごめん」
「えっ!?うん、いやそうじゃないんだけど・・まぁいっか」
先ほどよりも幾分か打ち解けた雰囲気になったが、もうすぐ門限になってしまう。会計を済ませると駅まで二人で歩くことにした。
「藤谷君はさ、夏休み何か予定あるの?」
「ウーンどうかなぁ。夏期講習は出ないといけないって約束だから、それ以外だったら大丈夫かな」
「またイベント企画するからさ!よかったら息抜きに遊びに来てね」
「あ・・うん、分かった。ありがとう」
そこから夏休み前に待ち構えている試験の話になり、お互いを鼓舞しあった。こうしてイベント企画が出来るのも、受験に本腰を入れるまでの話だ。2年の終わりか、3年の始まりには自然に消えて行ってしまうだろう。だからこそ今出来る遊びをたくさん企画しておこうと和歌は思っていた。
あっという間に駅前につくと、仕事終わりのサラリーマンや学生でごった返していた。間を縫うようにして改札の前まで来ると、突然手を引かれた。
「・・わ、和歌ちゃん」
「ん?なに?」
「また近いうちに二人で遊ぼう、僕メールするから」
「りょーかい、待ってるね」
それじゃあ、と手を振って改札を通っていく。そのまますぐに電車に乗り込むと、今更ながら気づく。
「・・さっき和歌ちゃんって・・。手も握って・・!?」
1人で顔を真っ赤にしながら電車に揺られて帰宅することになった。
彼氏なんて、自分には縁がないだろうと思ったことがある。イベントを何度も企画して、何組もカップルになった人を見てきた。皆が幸せそうに笑顔でいてくれれば、自分はそれだけで満足していると思い込んでいた。
だけどそれは全く違うのだと、こうして彼氏が出来て初めて思えた。例えば朝一で送られてくるおはようメール。寝起きからシャキッと出来るなんてとてもありがたいことだ。学校へ向かう間のメールのやり取りも楽しい。
学校についてからも、クラスメイトと彼氏の話をして盛り上がれるのがこんなに楽しいことだとは思っていなかった。初彼ができたと話すと、皆が喜んでくれたのも嬉しかった。とにかく初めて尽くしではあったが、順調に関係を築いていけていると思う。
「たっだいまー」
「おかえりー近所でイケメンと話題沸騰中の優しいお兄様が来てやったぞ」
「あ、来てたんだーいらっしゃーい」
季節は冬。マフラーも手袋もコートも必須になって、毎日ミニスカートをはくのもきつくなってきている。だが女子高生にとってのミニスカートは戦闘服なのだ。これがないと女子高生だと言えない!とクラスメイトは熱く語っている。そんな完全防備冬セットを脱ぎながら、4日前にも会ったばかりの悠馬とおしゃべりをする。
「もうすぐクリスマスじゃん。桜と何かするの?」
「あーどうだろうな、俺も大学のレポートで忙しいし」
「恋人同士のクリスマスはどうした若者!知ってる?桜って意外とモテるんだよ?」
めんどくさそうに答える悠馬に、和歌は自分を重ねてしまう。つい去年までは自分もそんなことを思っていたのだ。課題があるし、イベントの企画があるし、予約しないと、などと言っているうちにあっという間に新年が明けるのだ。失った時間は取り戻すことが出来ない。
「んーまーなぁ。それより和歌はどうなってんだよ、別れたか?」
「そんなわけない!初めてのクリスマスだよ?気合入れまくっちゃうって」
「気合入れまくった末にドジって嫌われろ」
「それって応援されてる気がしない」
じろりと睨むと「だって応援してないもーん」と言ってコーヒーをおかわりしに行く。付き合うことになったと報告した時は「よかったな」と言ってくれたものの、それが1か月、2か月と経過していくにつれて「早く別れろ」コールをするようになったのだ。
桜にどういうことか尋ねても「知らん自分で聞け」としか言ってくれない。かといって二人がうまくいっていないという話は一度も聞いたことがなかったため、和歌には二人の真意がよくわからなかった。
「今年はクリスマスイベントやんねーの?」
「やるよ!超楽しみにしてくれてる子いっぱいいるから!」
「俺も行こうかなー」
「さあどうやってハタチが紛れ込むのか楽しみですなー」
ニヤリと笑って見せると、悠馬はむっとした顔をしてコーヒーをすする。前に一度桜のクラスメイトにばったり出会ったことがあったらしいが、その時に女子高生の「キャー」というカン高い声に生気を吸われたと話していた。大学生になると落ち着いた人が多くなるらしく、そういうノリにはついていけないらしい。
「そういえば彼氏はイベント参加するって?」
「うーん、あんまりいい返事もらえてないんだよね・・」
「付き合い出してから一回も参加してないんじゃないか?とっとと別れちまえ」
再び悠馬をにらみつけるが、全く効いていないのは火を見るよりも明らかだ。藤谷とは順調に付き合いを続けているのはいいが、付き合い始めてからは一度もイベントに参加することがなくなってしまった。出会いばかりを求めているわけではないため、皆で一緒に騒ぐためだけのイベントにも誘ってはいるのだが何かと理由をつけて断られてしまっている。
それでもイベントをしないわけにもいかないし、何より主催が抜けるわけにもいかない。藤谷とは1対1で遊ぶばかりである。それが楽しくないわけではなかったが、イベントを避けられているような気がしてならなかった。
「だからさ、クリスマスはちょっと規模大きめにしてよーちゃんにも来てもらおうと思ってて」
「こねーだろどーせ」
「うー。さっきはあんなこと言っちゃったけど、悠馬兄も桜と一緒に参加してくれないかなぁ・・?聞けるときでいいから、なんでイベント来ないのか聞いてみてよー・・お願いっ」
両手を合わせて頭を下げると、しぶしぶという顔をして頷いた。桜には事前に話をしてあったため、これで二人の協力が得られることになるのは心強かった。
そのまま晩御飯まで食べて悠馬が帰ると、明日のデートに着ていく服を選ぶ。雨が降る予報らしく、ワンピースとフレアスカートにタイツとブーツの組み合わせで行くことに決めた。1度誘って断られてはいるが、もう一度クリスマスイベントに誘ってみようと思いながら翌日を迎えた。
「おはよ、和歌ちゃん」
「おはよ!いってきまーす」
家の前に迎えに来てくれた藤谷と手をつなぐと、駅までの道を歩く。本当は駅での待ち合わせが一番早いのだが、藤谷がそれを良しとしなかったのだ。いわく「心配だから」だそうだが、待ち合わせに遅れるのが心配なのかもしれないと和歌は思っていた。
今日は学生らしく都心にある本屋に行く予定である。今はまだ曇っているが、このままいけば夕方には雨が降るはずだ。早めに解散する予定で朝早めに遊ぶことにした。
「あそこの本屋に行くの久しぶりだから楽しみだなー」
「僕もだよ。最近は学校帰りに和歌ちゃんとこの近くの本屋しか行ってないから」
「いつも付き合わせてごめんね」
「全然いいよ!僕も雑誌とか読めて楽しいし」
話しながら歩いているとあっという間に駅に着いた。そこから都心へ向かう環状線へ乗ると、あっという間に目的の場所に着く。だが朝が早すぎたためオープンまで時間があるようだった。仕方なく二人は近くのカフェへ入ると、ココアと紅茶を頼む。
「あったかいねー、やっぱ冬になったらココアだー」
「紅茶もなかなか美味しいよ。ちょっと交換してみる?」
「うん!いいの!?」
アツアツのうちに交換するが、ココアを飲んだ後の紅茶は苦みしか感じることが出来なかった。
「う、ううん・・苦い」
「アハハ、ココアの後だからしょうがないよね」
「いい香りはするのになー。先にそっち飲めばよかった・・」
悔しそうにしている和歌をニコニコしながら眺めている。7月から付き合い始めてすでに5か月が経つ。少しずつお互い距離を縮めていくのは、とても楽しい。ケンカらしいケンカはしたことがないが、特に不満があるわけでもなかったためこういう付き合いもありかな、と思っている。今は少しだけイベントの件が気になっているが、聞いても教えてくれないならば聞きようがない。
何より藤谷が年下とは思えないぐらいしっかりしていて、和歌は自分が思っていたよりも安心して付き合っていることに気付いた。遊びに行くたびに新しい藤谷を見つけるのが嬉しかった。
「あ。ねぇねぇよーちゃん。クリスマスイベントのことなんだけど、やっぱり来れないかな?」
「うーん・・」
「多分来年は受験でクリスマスとかそれどころじゃなくなっちゃうと思うんだよね。だから今年が高校最後のクリスマスイベントになると思う。出来ればよーちゃんと一緒に楽しみたい・・んだけど・・」
藤谷は困ったように笑ったが「しょーがないなー」と言って指で丸を作った。
「・・オッケーってこと?」
「そこまで言われたら行かなきゃでしょ。でも僕からもお願いしてもいいかな」
「なになに、なんでもいいよ!」
「イベントで皆と一緒にクリスマスを楽しむのもいいんだけど、僕と二人でクリスマスデートもして?」
和歌は、その言葉の裏の意味を知らないほどおバカではなかった。クリスマスが近づくにつれて、周りのカップルは予定を立てる。そのイベントの締めに待っているのは大体「ラブホ」なのだ。実際何度もクラスメイトと話題にしているが、和歌はドキドキすることしかできなかった。無意識のうちに唾を飲み込むと、同様に指で丸を作る。
「い、いいよ!どっこにいこうねー?」
「水族館行かない?イルミネーション綺麗って聞いたし」
「イルミネーション!いいね、いこいこ」
しばらくおしゃべりをしていると本屋の開店時間になり、二人は店に入って行く。店は暖房が効いていて少し暑いくらいであった。上着を脱ぐと目的の本を探し始める。来年の受験に向けて入試対策本を買いに来たのだ。開店したばかりだったため参考書のコーナーに人影はなく、ゆっくりと眺めることが出来た。
「よーちゃん暇だよね、いつもごめんね。ここなら雑誌もたくさんあるし、選んだらそっちの方行くよ」
「ん、いいよ。僕も少しずつ進路考えて行かないといけないし・・和歌ちゃんはどこの大学にするの?」
「あたしはイベントを企画するところに行きたいって思ってるんだけど、専門の大学ってあんまり無いんだってさ。だからゆるめの大学に通って、イベントを企画するバイトとかをしながら就職先を探そうかなって思ってるんだ」
藤谷を見ると目をぱちくりとさせていた。
「え、どした?」
「なんか意外だなって。ちゃんと就職のことまで考えて大学選んでるんだなって思って」
「イベント企画への就職ってかなりポイント絞ってるからこそ、こうやって考えられてるだけだよー。これが看護師とかならまた選択の幅が広がるじゃん」
「ふーん・・」
和歌はそう言ったきり藤谷が沈黙してしまったため、自分も参考書を探すことに没頭する。どの参考書を見てもやはり担任から伝えられた情報がより詳しく書いてあるだけでおおよそは同じようなことばかりである。ふと視線を上げると藤谷が居なくなっており、買うことに決めた参考書を片手に辺りを見回すとソファのある場所に座って何かを読んでいた。
足を組んで肘置きに片手をつき、その手を頭に当てている。もう片方の手だけで本を開いて読んでいる姿は、普段見ることのない姿であった。胸の奥がドキドキしてくるのを止めることが出来ない。しばらく本棚の陰から眺めていると、立ち上がってどこかへ行ってしまった。本棚の陰から出て藤谷の姿を探していると、肩をたたかれた。
「お客さんちょっといいですか?」
「へっ!?なんでしょう・・か・・ってよーちゃん!」
「すっげービビってたな、何見てたんだよー。参考書は?」
さっき読んでいた本を片手に持っていたところからすると、立ち上がったのは参考書のコーナーに行き、和歌を探していたためだったようだ。まさか背後に立っているなどと思わなかったため、肩が飛び上がるほど驚いた。別の意味で心臓がドクドクと早鐘を打っている。
「あーびっくりした!あーもうびっくりした!参考書はもう選びましたよー!」
「アハハ、ごめんって。んで何見てたわけ?」
「べーつにー。・・イケメンがいたからちょっと目で追ってただけ」
「フーン」
ぶすっとした顔で答えると、藤谷の顔がとても不機嫌になる。こうやって顔にすぐに感情が出るところは、子供っぽくてとても可愛いと思えた。だがこうなった時に注意しなければならないのが、このままへそを曲げたままにすることがあるということだ。次の言葉は気を付けないと、せっかくのデートが台無しになってしまう。
「よーちゃんも見てみる?ここから見えるよ」
「・・別に見なくていいし」
「ほら見てみてよ」
無理やり場所を入れ替わると、そこから見えるのはさっき藤谷が座っていた席である。それを理解した瞬間「別にイケメンなんかじゃなかったし」と言いながらレジの方へ歩いて行ってしまった。慌てて追いかけると少しだけ振り返って手を差し出す。
「ん」
「イケメンだったでしょ?」
「知らなーい」
会計を済ませて外に出ると、少しだけ小雨が降ってきたところであった。すぐ近くのコンビニで傘を買うと、二人で一つの傘に入って移動する。いつものファミレスに着くと、ランチを注文した。
「ここは寒いねー」
「窓際だし、しょうがないよ。僕のコートひざ掛けに使っていいよ」
「ありがと!汚したら悪いから自分のかけるね」
「気にしなくていいのに」
こうしたちょっとした気遣いが出来るのも、藤谷が年下に見えない要素の一つであった。きっと周りから見たら二人は同級生、もしくは藤谷の方が年上に見えているのかもしれない。制服の時はそう思わないが、私服を着ると余計にそれが顕著になる。全体的に着ている服が高校生が着るようなものではないのだ。
「クリスマスも雨になるのかなー」
「予報では晴れだけど・・晴れよりも雪がいいよねぇ」
「確かに。ホワイトクリスマスって響きもいいね」
ここでもホットココアを飲みながら寛ぐ。今なら聞けるかもしれないと思い、なぜイベントに参加しなくなったのかを聞いてみることにした。
「ねぇよーちゃん。なんであたしのイベント参加しなくなったの?」
「それは前にも言ったじゃん、僕もちょっと都合が合わなくてって」
「ウーン、それはそうなんだけどさ。クリスマスイベントも結構しぶしぶーって感じだったし・・」
少しトーンを落として言うと、藤谷はむっとした顔をして返事をしなかった。その顔に和歌も少し苛立ちながら、なるべく穏便に話す。
「それにさ、付き合ってから一回もイベント参加してないよね?」
「そういうのって強制じゃないじゃん?」
「強制じゃないけどさぁ、一応彼女が企画してるんだからちょっとぐらいオッケーしてくれたっていいんじゃないかなって」
藤谷の顔が強張っていくのが分かった。だが和歌も必死に食らいついていく。
「じゃあ和歌ちゃんは僕が全部に参加してたら満足なわけ?」
「だからそういうわけじゃないってば!」
「そうとしか聞こえないし」
お互いがしばらく沈黙していると、店員がオーダーしたランチを置いていく。無言で目線をそらしあっている二人を見て何かを感じ取ったのか、そそくさとその場を後にした。目の前には湯気が立った出来立てのご飯が並んで、向かいには大好きな人がいる。休日の楽しいデートになるはずだったのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
昨日の夜から着ていく服を準備して、朝一でメイクまで完璧にして、楽しみで仕方のなかった今日のはずなのに。自分がしつこく聞いてしまったばかりに、こうやってケンカになってしまった。ここまでお互いに苛立ちをぶつけ合うのは初めてで、この後どうしていいかが分からなかった。俯いているとじんわりと目の前がぼやけてきて、涙が出てきてしまった。
せっかくしたアイラインも落ちてしまえば汚れと一緒だ。自分がひどく惨めに思えて余計に涙が止まらなかった。持ってきたタオルは雨に濡れていて、メイクが余計取れてしまいそうだ。だが文句は言っていられない。これ以上ひどくなる前に涙を止めなければとカバンをごそごそしていると、隣に誰かが座った。
「・・悪かったって、ごめん。泣かせるつもりじゃなかったんだ」
「う、あた、あたしも、ごめん・・ごめんね」
「僕も言い過ぎたから・・ご飯一緒に食べよ」
「ウン、食べよ、ほんとごめんね」
ほっとして余計に出てきた涙は、藤谷が自分の袖を使ってぐりぐりと拭ってくれた。あまり上手に拭ってもらえなかったが、そんなところも好きだと思えた。ようやくご飯を食べ始めるが、藤谷は和歌の隣から動こうとしないで向かいに置いてあったご飯を横に並ばせた。
「・・こっちのほうが近くで食べれていいじゃん?」
「そうだね、顔も見えなくて済むし」
「どういうこと?」
藤谷が和歌の顔を覗き込んでくる。その顔は再びむっとしており、意味を読み取れていないようであった。
「・・メイクが中途半端に落ちちゃったあたしの顔が見られなくて済むってこと」
「あー、そういうことか。アハハ、そんなのどうでもいいよ」
「どうでもぉ!?せっかく朝から気合い入れてきたのに!」
和歌がモグモグとランチのサラダを口に含むと、可笑しそうにそれを眺める。顔は先ほどとは打って変わって穏やかだ。
「どんな顔でも別に気にしないよ、だって和歌ちゃんが居てくれるだけでいいから」
「・・はっずかしーなぁ。そーゆーのは慣れてないからこ、困る」
「アハハ。ごめんごめん。和歌ちゃん可愛いからついねー」
藤谷はそれ以上意地悪をする気がなくなったのだろう。自分のご飯を食べ始めた。隣に座るのですら未だに少し緊張する和歌には、隣で囁かれるにはレベルの高い言葉なのは間違いない。藤谷はお砂糖何杯入ってるんですか?と尋ねたくなるぐらいに甘いセリフをペロリと言うことがある。しかも頻度は高い方だとクラスメイトや桜には言われている。
ストレートに表現してくれるのはありがたいが、それを素直に受け止めるにはまだ和歌は幼かった。
「あー美味しかった。ねぇねぇ、次どこに行こう!」
「カラオケ行こうか、また一緒に歌おうよ」
「行く行く!この前新曲のPV出たってクラスメイトが言っててー・・」
フリータイムが終わると同時にカラオケ屋を出ると、藤谷は和歌の家まで送って行った。昼間にケンカをしたとは思えないぐらいにいつも通りにデートが終わり、和歌は心からほっとしていた。手を振って別れた後、家に入ると母親がキッチンから和歌のことをニヤニヤしながら見ていたのはいつもながら心臓に悪い。