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僕と友達になって!

世の中面白い事、楽しいことだけで埋め尽くされたら皆が笑顔で過ごせるに違いない。そう思うようになったのはいつからだっただろうか。思い出してみると小学生ぐらいにはそれに近いようなことを思っていたような気がする。

水成みずなり 和歌わかは毎日そうやって過ごせたらいいなぁと思うごく普通の女の子だ。小さな頃から皆がやりたがらないことを率先してやり、高校生になり金銭に余裕が出てくると少しでも楽しく過ごそうと日々イベントを企画しては実行してきた。

春は歓迎会、梅雨は雨を吹き飛ばす会、夏の前には夏休みに集まろう会などなど挙げたらきりがないぐらいだった。それに参加してくれる人が笑顔になるのがたまらなく嬉しかったのだ。


「水成ぃ、お前どうすんだー進路」

「ハイ先生!あたしはイベント企画する仕事に就きたいっす!どうしたらなれるんすか!」

「イベント企画なー、水成好きだもんなーそういうの」


廊下で呼び止められると同時に進路の話をされるとは思わなかった。和歌が敬礼しながらハキハキと答えを返すと、まるで答えが分かっていたかのようにウンウンと頷かれたのはいかがなものか。とりあえずまだ高校2年生なのだから、おぼろげでも進路が決まっている人というのはそう居ないだろう。


「めっちゃ好きっすねー、あ、やなぎセンセー今度一緒にカラオケ行こうよ。駅前がイベント中でて結構割引してくれるって」

「そうかそうか。俺もあと15歳若ければ行ったんだけどなー残念だなー」

「センセーめっちゃ棒読みじゃん・・」


和歌の担任は誘いをのらりくらりとかわすことが多い。2年続けて担任をやっていればその態度も「先生の性格なんだろう」とおおよそ分かるようになってきた。イベントを考えるのはとても楽しく、それを仕事にできればもっと大きいことも出来るようになるのかな、とぼんやり思うことも増えた。


「あ、わかわか!今日は男子校と女子校の5人組誘っておいたよー」

「マジか!ふーさんいつもありがとねー!」

「おーとも。わかわかの企画は楽しいからさ、人集めぐらい任せてよ」


二人でグッと親指を立てあう。和歌の通う高校は共学だが、男子校でも女子校でも出会いを求めるのは同じらしい。和歌の企画が月1で開かれるようになると、その噂は徐々に広まって今では他校の生徒も騒ぎに入るようになった。


「わかわかの企画は楽しいかー・・ふふん、嬉しいじゃぁないのよぉう」


ニヤニヤしながら授業を受けていると、くしくも担任の英語の授業だったために当てられてしまった。自信満々に答えた回答が間違っていても、へこむより先に放課後のことを思い出す。授業が終わるのが待ち遠しくて仕方がない。


「やーっと終わったー、柳の授業はかったりーや」

「うひひ、やっと放課後だよ!カラオケイェーイ!」

「今日男子校からも来るんでしょー?チョー楽しみなんだけどー!」


和歌はグループを分けている。ノリノリが好きなグループ、落ち着いて楽しみたいグループ、誰とでも楽しめるグループだ。今日はノリノリが好きなグループの集まりなので、今からテンションを上げても誰も何も言わない。


「んじゃ行きますかー」

「ゴッゴー」


駅前の集合場所に行くと、もうすでに2グループは集まって意気投合しているようであった。


「おっまたせー!私、水成みずなり和歌わかって言うの。今日はみんなで楽しもうねー」

「あ、噂のわかわかちゃん?よろしくなー」

「私たちもすっごく楽しみにしてたんだー、ヨロシクー」


カラオケボックスに入ると、すぐに自己紹介を始める。合コンのつもりでセッティングをしているわけではないが、何度もこういう会をしているとチラホラと彼氏や彼女が出来たりするのだ。楽しめて、彼氏彼女ができて、皆が笑顔になるならそれ以上に幸せなことはない。

カラオケの時に先陣を切るのは勿論和歌だ。テンションの高い上げ曲を入れてから、今日のメンバーがまんべんなく楽しめるように、気になる人がいる場合はさりげなくお近づきになれるように工夫するのも和歌のイベントが人気の理由である。


「あ、ドリンク持ってくるよー。みんなテキトーでいい?」

「俺たちも行くよ」

「あっざーす!助かるよー」


こうして男子と女子を離すのもポイントである。さすがに5人ずつトイレに行くことは無理なので、こういうところでお互いの情報を交換するのだ。今回も無事に男子を全員外に連れ出すことに成功したため、和歌はいつものように少し時間を延ばしてジュースを持って戻る。

戻ったころには女子がすでに陣を作っていて、意中の男子の近くで楽しく過ごすことが出来るのだ。そこまでやれば和歌のすることは自分が盛り上がって楽しむ、それだけである。


「わかわかちゃん、オカワリいる?」

「あっ、ありがとー。私も行くね、ほかにオカワリいる子ー」


開始から1時間経てば、もうよっぽどのことがない限り和歌の出番はない。個室のドアを閉めると、さっきまでガンガンに掛かっていた曲の続きを口ずさむ。


「わ、わかわかちゃんは、僕の事覚えてる?」

「もっちろーん、番号も交換したよね!えーと藤谷ふじや陽太ようた君でしょ」


3か月前のイベントで確か一緒に遊んだはずである。周りの男子に「タイヨー」と呼ばれていたのが印象的な、どちらかといえば控えめな男子だった。


「あー、うん、そうだよ。すごいね、名前まで覚えてくれてるなんて思ってなかった」

「タイヨーって呼ばれてたでしょ?なのに本名はヨウタっていうギャップで覚えてたよ!なになに、気になる子でもいた感じ?」

「・・あー、うー、うん・・。ちょっと気になる子がいて」


和歌はその瞬間頭に電球が浮いた。女子校グループの一人が藤谷の近くからずっと離れなかったのだ。そして藤谷自身が女子と付き合ったことがないのだろうか、とても恥ずかしそうにしていた。その子のアドレスを知りたがっているのかもしれない、と直感で思った。


「そっかそっかー、いいじゃーん。自分からアドレスって聞けそう?」

「いや、もうアドレスとかは知ってるんだけど・・」

「おおう、やるねぇ!んじゃもうメール送っちゃえ送っちゃえー」


藤谷は困ったような顔で和歌を見る。


「迷惑とか思わないかな?」

「だーいじょーぶ!イベントに出る子はみんないい子ばっかだよ?あたしみたいなのにもよく意味不明なメールくれたりするしね」

「男子からも?」

「もち。大体そういう時は誰ダレちゃん彼氏いる?とか、次のイベントいつ?とかそういうのがメインだけどね。たっまーに朝一のオレの顔とかって送ってくる男子いてさ!朝からかーいって爆笑するよー」


ジュースを入れながら思い出し笑いをすると、藤谷が意外そうな顔をして見ていることに気づいた。手際よくおかわりを済ませると、そこに立ったままでいる藤谷に声をかける。


「どした?大丈夫?今からそんな緊張してんの?」

「えっ?いや、全然」


先ほどよりも俄然緊張感が増している藤谷に全く説得力はなかった。和歌が苦笑しながらもバチーンと背中をたたく。


「ッッおっふ!」

「だーいじょーぶだって!ほらあのライオンの長だって歌ってるよ、しーんぱーいないさーって!メールするぐらいいじゃない、だって気になるんだもの・・でしょ?」


藤谷が自信なさげに頷くと、和歌もヨシヨシと頷いた。


「当たって砕ければいいよ。それでまた、あたしのイベントに顔出して!みんなで励ますからさ」

「・・わかった頑張る。ありがとう、わかわかちゃん」

「後日ちゃんと報告してくれるかな!?」

「え・・?」


きょとんとした顔をした藤谷に「そこはイイトモー!でしょうが!」とお尻で軽くアタックする。途端に顔を真っ赤にさせて俯いてしまい、和歌は「カッカッカ、おぬしもウブよのうー!」と言いながら先に部屋に戻ることにした。

戻ると同時にてきぱきとジュースのおかわりを配り、定位置に戻る。少ししてから入ってきた藤谷の顔はまた元の表情に戻っており、和歌に軽く会釈をしながら元の自分の場所へ座りに行った。隣で待っていた女の子は嬉しそうにおしゃべりを再開する。こうして今日のイベントも予定通りに進んでいった。


「いやーいい仕事しましたわ」

『何、いい人見つけた?』

「んや。迷える子羊を救った・・みーたーいーな?」


大盛り上がりのイベントは19時前に解散し、和歌は最寄駅から親友のさくらへ電話していた。


『和歌もそろそろ愛だの恋だのって季節になればいいのに』

「あーないね、今はイベントで手一杯!みんなが笑ってくれりゃ・・それでアタイは満足よ・・」

『どこのお節介ババアよあんた』

「なにそれー!もし愛だの恋だのがさ、こんなあたしにも、もし仮にあるとしたら、イベント中にあたしにも声かかるはずじゃん?今までないじゃん?んじゃこれからもないじゃん?イベント一筋になるっきゃないっしょ!」


電話の向こうで深いため息が聞こえてきた。それに続いて低い声で『誰?・・あぁ、和歌か』という呟きが聞こえた瞬間、心臓の奥がツキンと痛んだ。


『今までなくても、これからあったらどーすんのよ』

「さあ、ないこと考えても答えは出ないよワトソン君」

『少しは無い知恵働かせろって、このおバカさんは』


イベントの度に少し期待している自分はいる。だがどこをどうしても同級生の間で和歌は「お節介ババア」のポジションを確立せざるを得ないようであった。それもそうだろうとは思っていた。さあこれから彼女を作るぞ!と意気込んで来て、他人の世話を焼いているような人を選ぼうとは思わない。

それよりももっと身近で、自分に好意を確実に寄せてくれている人を選ぶのは仕方ないのだ。


「あーあ、傷ついた。ガラスのハートはブロークン。アンドユー?」

『ノーアイムノット。え、何?変わるの?悠馬ゆうまが変わるってさ』

「えっちょっ、心の準備とか」

『よう。心の準備がいるのか?ほーそうか、そんなに俺がこえーのか』

「・・今日もお仕事お疲れ様デース悠馬兄」


電話の奥でクツクツと笑う声が聞こえた。それだけで頬が赤くなるのが分かったが、平常心を忘れるわけにはいかない。電話の相手は親友の彼氏であり、和歌の初恋の相手であり、近所の優しいお兄ちゃんだった悠馬だ。もしも妹ポジションと親友ポジションのどちらを取りますか?と聞かれることがあれば、親友ポジションを全力で取るに決まっている。


『おーありがとな。しっかし和歌の浮いた話の1つでも聞けるかと思って数年経つが中々聞かねーな?どうなってんだ』

「いやーその件に関しては結果が追々ついてくるのではないか思ってるんですけどねー、はい」

『ぶっ。どこの社員だお前は』

「はいー、ほんと申し訳ありませんー、はいー」


これは自分の父親の口真似である。幼いころからお互いを知っているため、誰の口癖かはすぐに伝わるのだ。この時だけは「お兄ちゃん」と「妹」の関係に戻れて、とても嬉しくて仕方がない。


『とにかく。気を付けて帰れよ』

「らじゃーっす!あ、家見えてきた。またねー、桜にも言っといて」


電話を切ると、新たなイベントの企画が頭の隅に顔を覗かせた。次は都心の夏祭りにでも行こうと算段を立てながら、玄関を開ける前に一呼吸置く。こうすればさっきまで赤かった頬が、少しでも冷えてくれる気がした。


「ただいまーおかーちゃーん、腹減り娘の帰宅でありまーす」

「はいはいお帰り。ご飯出来てるから早く来なさいよ」

「フゥ!ハンバーグの香り!フゥ!」


踊りながら脱衣所へ向かうと制服を脱ぐ。部屋着に着替えてダイニングに戻ると、ケータイがチカチカしていることに気づいた。さっきまで電話をしていたため通知に気付かなかったのた。


「おっ、これは藤谷くんからじゃーあーりませんかー」

「あー3か月前にその名前聞いたわ、お母さん」

「母さんさすがっす、超記憶力いいっすね」


和歌は自分の記憶力のよさは母譲りだと痛感する機会が増えた。自分の話をよく聞いてくれている証拠なのだが、イベントを企画するたびに結果を聞いてくるため話すと、一度聞いた名前が出てくるとピクリと反応してくれるのだ。

勿論覚えていないこともあったが、覚えていることの方がとても多かった。顔も見ないで名前と特徴をピタリと当てるのはとてもじゃないが真似出来そうになかった。


「その子が今日迷える子羊状態になっちゃっててさー。あたしが背中押したんだ!すごくない!?押しちゃったよ!」

「それの報告みたいな感じ?」

「そっそっそ。初めて気になる子にメールするんだってさーフフフ、お節介ババアの血が騒ぐな」


やれやれ、と言わんばかりに首を振る母をほっといていそいそとメールを読む。


「・・んー?なーんだ、今日のイベントありがとうメールだったー」

「そうなの」

「ウン。返事してからご飯にするー」


すぐに返事をしてからご飯を食べ始めると、さらに返事が届いた。だが食事中にケータイを触ると母親の逆鱗に触れるため、しっかりご飯を食べてから再びメールを読む。


「おーそーかそーか。なんか上手いことメールも出来て、返事も来たらしいよ。いやーよかったよかった」

「フーン?」

「さてスッキリしたし、拙者は風呂にー、あっ、入るーでー、ござーあるーヨヨーイ」

「ハイハイ」


翌日から再び次のイベントを考える日々が始まる。大体1週間で企画をし、予約をして、それから人を集めるのだ。昨日一緒に遊んだクラスメイトが、男子校女子校のそれぞれのカップル率を教えてくれた。


「1組カップルっぽくなってて、チョーよかったよ」

「マジでー!よかったよかった、これでまた一組のカップルを幸せにしてしまったよ・・」

「なんかそれはウザいかな」

「え、ひど」


こうしてまたいつも通りの日常が始まるのだ。誰もカップルにならない日もあるが、続くときはしばらく続く。これで4連続カップル成立なのだから驚きである。あの一瞬で意気投合して、こうしてカップルになるのも早ければ別れるのも早かったりするのだが。

それでもお互いに気が合わないわけではないため、そこまで大きな騒ぎにはならない。やはり全体で楽しく過ごすのと、1:1で楽しく過ごすのでは何か違うらしいが和歌にはよくわからない世界であった。


「わかわかーちょっといー?」

「ん?はいよー」


呼び出しに応じて廊下に出ると、下級生の女子が立っていた。


「え、どうした?」

「あの、初めまして!私1年のたちばなって言います」

「橘さんね、どうしたの」


橘は少し困ったような顔をしながら小さなメモを渡してくる。それを受け取ると「よろしくお願いします!」と言って走って戻ってしまった。それもそうだろう、下級生が上級生のクラスに来るのはあまりないことだ。教室の中から興味津々に顔をのぞかせているクラスメイトが多かった。


「・・告白?」

「んなわけないじゃん!ハイ散って散って」


手をヒラヒラさせると皆クラスの中に引っ込んでいった。和歌がそっとメモを開くと、そこには18時に駅前に来てくださいとだけ書いてあった。後ろから覗き込んだクラスメイトが「やっぱ告白じゃんこれ」とつぶやいたのが聞こえたが、和歌の頭の中には大きな鐘が鳴っている最中であった。


「・・ってことで、ついに私にも春が来るかもしれないのー!聞いてる!?」

『聞いてるって。今日の18時に駅前でしょ?あたしにも来てほしいんでしょ?分かったからとりあえずご飯食べさせて』

「イェスイェスイェース!がんばりまっする!」


弁当を食べるよりも先に教室を飛び出て速攻で電話したのは桜のケータイであった。ちょうど桜の高校も授業が終わった時間だったらしく、すぐに出てもらえた。そして同じ話を4度程伝えて興奮がピークに達したあたりで、桜の堪忍袋も切れたらしい。とても冷たい声で『じゃ』とだけ言うと電話が切れた。

浮足立った気持ちで弁当を食べに教室へ向かう途中のトイレで「てかわかわかってさー」と声が聞こえてきた。とっさに壁に隠れてケータイを触っているふりをして話を聞いてしまう。


「なんかマジで最近お節介にフィーバーかかってるってゆーか、女捨ててるよねー」

「あ、それマジ分かるわぁ。あたし絶対あんな女なりたくないし」

「ケドさーチョーいい男紹介してもらえるよ?アイツのイベント他校でも人気らしぃしー」


和歌は自分の中の血がすべて足元から流れてしまったような気持ちであった。聞こえてくる言葉の意味を理解することを脳が拒絶しているのが分かったが、棒のようになってしまった足はその場から動かすことが出来ない。聞きたくなくても聞こえてくる言葉が体中に刺さる。


「それマジ分かる。アイツのイベントはーチョー楽しーよね。ぶっちゃけ任せてたらジュースのおかわりとかアイツ行ってくれっかんね」

「うーわマジで!あたし絶対無理なんですけどー!」

「だからーなーんも気にしないで男漁りしてればいーみたいな!」

「さいっこーだなあのお節介ババア!」

「ババアって!そういえばアイツに彼氏がどうとかって話聞かないよねー」

「てか無理じゃね?一生人の面倒見るだけで人生しゅーりょーみたいな」


ゲラゲラと笑い声がトイレ中に響いて、その前を事情を知らない同級生が不思議な顔をしながら通る。出掛けたまま中々戻ってこない和歌を心配したクラスメイトが教室の前から和歌の名前を呼んだ。


「わかわかー!何してんのー、先食べちゃうよー!」


トイレの中で笑っていた大声がピタリと止まる。頭の中で反響しあうトイレの中での会話を頭を振って追い払うと、いつも通りの元気な声で返事をする。


「ごっめーん!今きたとこー!センセーに途中捕まってまーた進路の話されてさー」

「また柳ー?大変だねーわかわかも」

「でっしょー」


トイレの前を通るのに勇気が要ったが、特に話しかけてはこなかった。気づかないふりをして教室に入ってから、ようやく安心して息をすることが出来た。あんなに間近で自分の悪口を言われたことは無い。勿論和歌のイベントを快く思っていない同級生がいるのは知っていたが、ここまであからさまに悪口と分かるものを聞いたことは一度もなかっただけにショックだった。


「どったのわかわか?顔色悪くない?」

「マジか、たぶん将来の事考えて何も見えなかったからだわそれ」

「お先真っ暗ってやつっすか」

「それっすね、人生って怖い」


いつものような受け答えはできただろうか、そんなことを思いながらあまり美味しくない昼食が終わった。

午後の授業もつつがなく進み、あれだけ楽しみにしていたはずの放課後になる。友達と一緒にいる間は思い出しても何とも思わなかったが、桜を待つ為に駅前の花壇に座って一人の時間が出来た瞬間に苦い思いが胸の中に広がった。

あの声の感じだとクラスメイトではなさそうだが、多分イベントに来たことがある子だ。声に聞き覚えがあるところからすると、最近一緒に遊んだのかもしれない。イベントの間中自分のことをそんな風に思っていたのだろうか?皆が笑ってくれていればと思って続けていたイベントだったが、こんな形で跳ね返るものがあるとは思わなかった。


「・・何してんの」

「ざぐら・・な、泣かないように頑張っでる」

「ハァ。もう会ったわけ?」


ブンブンと首を振ると、隣に桜も座った。それから和歌の背中に腕を回すと上下にさすってくれる。


「あたし、調子に乗ってるかな」

「あーそりゃもう乗ってるね、うん。乗りまくり」

「・・本気で?」


ストレートに返された言葉に思わず顔が歪んだ。その瞬間桜が鼻にハナピンをしてくる。


「バーカ。嘘に決まってんじゃん?調子乗ってるってのはイベント主催者のくせに男を食いまくるヤツのことをゆーわけ。アンタそうなの?一度でも彼氏できたことあった?」

「それはそれで傷つくけど」

「んじゃ胸張ってなさい。イベント作るのやめんの?やめないっしょ?んじゃそいつら誘わなきゃいいし」


そう言うとパンパンと背中をたたかれる。それが励ましが終わった合図なのだ。和歌もカバンからタオルを取り出すと、涙と鼻水を拭く。桜の「うえ・・」という言葉が生々しい。


「イベント楽しんでもらう人がいなきゃ、考える意味ないもんね。あたしはこのまま頑張るよ!桜ありがとね」

「いーってことよ。ところでさっきから和歌の事見てる男子がいるんだけど」

「男子!?」


キョロキョロとあたりを見渡すと、見覚えのある顔が見えた。


「こんにちは、今日は呼び出してごめんなさい」

「えっ、藤谷君?いやいーけど、どしたの?あ、この子は桜って言ってあたしの親友」

「どーも桜です」

「藤谷です。ええと・・」


チラリと桜に視線をやると、それだけで桜に何かが伝わったらしい。「はーい、んじゃちょっとジュース買ってくるわ」と言うとその場から離れた。和歌は藤谷を隣に座らせると、お互いのカバンを挟んで隣同士に座る。


「どしたの?何か進展とかあった?」

「そういうわけじゃないんだけど・・」

「ははーん、次のイベントが待ちきれないとか?」


和歌がニヤニヤすると、藤谷は顔を赤くして俯いた。それが答えなのだと思い「まぁ待ちたまえ」と言ってカバンをゴソゴソしていると、それを手で止められた。


「ん?」

「僕、わかわかちゃんが好きなんだ」

「ンン!?」

「付き合ってほし・・いけど、僕の事全然知らないだろうし・・お友達になってください」

「んんんっ?!」


カバンに手を突っ込んだままポカンとしているが、その腕は掴まれたままだったし、掴んでいる藤谷の顔も真っ赤なままであった。お互いに微動だにしないままでどれほどいたのだろうか、思ったほど時間は経っていなかったはずだが、ケータイのピコンという音で現実に引き戻される。


「あっ、えっ、ちょっと待ってね?え?帰る!?」

「桜さん帰ったんですか?」

「う、うん・・そう、みたい」

「・・そうですか」


桜からのメールには「帰る。告白ガンバ」とだけ書いてあった。どうやら最初に目を合わせた瞬間にすべてを見抜いていたようだ。掴まれていた腕がじんじんと熱くなってくるが、和歌はどうしていいか分からない。


「迷惑だったかな、やっぱ」

「そんなこと!ない、けど・・初めてだから、どうしていいか分かんないカモ」

「初めて・・って、告白されたのが?」


和歌が頷くと、驚いた顔をしながらも小さく「やった」という声が聞こえた。


「何がやった?」

「だって僕が初めて告白したんでしょ?今までわかわかちゃんの魅力に気づかない男もどうかと思うけど、僕だけが魅力に気付いたって結構優越感」

「・・なんか今すごい恥ずかしいこと言われてる気がする」


じわじわと顔中が熱くなっていくのが分かるが、どうやって冷ましていいのかが分からなかった。先ほど鼻水を拭いたタオルしか手元に無かったため、代わりに小さな団扇を出して顔を隠す。


「隠さないでよ」

「めっちゃ恥ずかしいって・・藤谷君、ちょっと離れてくれないかなーなんて」

「友達になるって言うまで離れてあげない」

「なるなる、超なる!なるから!」


拳一つ分の距離まで近づいてきた藤谷から団扇で顔を隠しきると、ようやく離れて行った気配がした。少しだけ上から覗いてみると、顔を赤くさせながらこちらを見ている藤谷が見えた。


「・・やった、今日から友達だね」

「ウン、ヨロシク」


和歌にも春が来そうな高2の夏直前だった。

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