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転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第2話 杖の儀式
9/22

(5)

 アレティアという一人目の成功者が出た事で、〈杖の儀式〉は一時的に中断されていた。


 闘技場に準備されたバイダスの数は非常に多く、それまでも同時並行で〈杖の儀式〉は進められていたが、ざわめいて落ち着かない中では他の挑戦者に可哀想だろうと、いずれの騎士もしばらく様子を見守っていたのだ。


 再開されたのは、太陽が沈み切った頃である。


 天幕では、一人目の合格者が出て多少機嫌を良くしたのか、バーナードが調子よく自慢話を披露していた。曰く、レーベンワールのスペックを格段に上げるため、大国でも入手の難しいようなクオリティの輝燧石を仕入れたのは自分の手柄である、などと。周囲の者は苦笑いで、退屈そうな表情を隠さない者も少なくなかったが、ロゴスは「さすがですな」と丁寧に相手をしていた。


 何にしろ、皆、〈杖の儀式〉にさらなる進展がある事を望んでいる。


 一人目が出たならば、二人目も期待するものだ。


「……なんだ、この感覚は?」


 そんな中で、不意にロゴスが呟いた。


 騎士は、常人よりも魔法の扱いに長ける。エーテル適正も高い。騎士の中でもとりわけ実力者であるロゴスは、その分だけ他の者より反応が早かったようだ。バーナードの話を遮り、彼は天幕の外に出て行く。そして、空を見上げた。


 この時既に、異変は始まっていた。


「光の網が……」


 空には、光。


 満月と、無限に広がる光の網。


 本日は星の見えない夜空だった。普段ならば、満月と光の網は地上をうっすらと照らし続ける。ロゴスは今、闇夜の輝きをまばたきする事なく見つめていた。風が吹き、灰色の雲が流れて満月を隠す。すると、闇。夜空からは一切の輝きが消え失せていく。


 その頃には、バイダスの傍に控える騎士達もまた、ロゴスと同じく、背筋に悪寒が走ったかのような表情で空を見上げ始めていた。


 満月は雲に隠れて――。


 光の網も、誰の目にも見えない。


 雲に阻まれた訳ではない。


 そもそも、光の網は雲よりも地上に近い位置にあるのだから。


「これは、風が……エーテルの風が――」


 観客席の大衆も異変に気付き、ざわざわと不安に騒がしくなり始める中で、ロゴスはやはり一足先に気付いていた。地上に吹き下ろす風に、膨大な量のエーテルが混じっている。


「十六年前の戦乱の……神の怒りが、再び――」


 誰にも聞こえない小声で、ロゴスは独り言を漏らしていた。


 光の網は、ある一点に吸い込まれるようにして消えて行ったのだ。


 異変の震源地。そこにあったものは、全てを喰らい尽くすような大穴。空に、穴が空いている。光の網は強引に手繰り寄せられるようにして、呑まれて消え去った。穴には、光の網の残骸のようなものが溜まっていた。靄のような、暗い光。蠢くように、何かがそこにある。


 ぽつり、と。


 誰かが、見たままを呟く。




 ――怪物の目。




 次の瞬間、異変は唐突に終わりを迎えた。


 爆発。


 光の網を呑み込んだ生まれたものが、前触れなく爆ぜた。


 そして、天高くから地上へ、エーテルの風が猛烈な勢いで吹き下ろした。吹き飛ばされそうになり、多くの者が悲鳴を上げる。全ては、一瞬の出来事である。だが、海のようにどっぷりと人々を包み込んだエーテルの風は、かつてない幸福感を――何もかもが満たされるというような感覚を、カイナン王国のあらゆる人々に与えていた。


 ある意味で、夢のような一時。


 それから、静寂。


 エーテルの光は消えて、闇ばかり。


 夜空には、満月と――。


 普段と変わらない光の網が、そこにあった。




 ◇




 エンノイア・サーシャーシャは、今年で十八歳である。


 十六歳で〈杖の儀式〉に合格して天秤騎士団の見習いとなり、それから一年後、十七歳で正式に騎士の称号を授与された。さらにそれから一年足らずで、第三騎士隊長の地位を得ている。


 他人からすれば、羨ましい人生かも知れない。


 実際、天賦の才を持つ事に関して、エンノイアは賛辞の言葉だけを向けられて来た訳ではなく、妬みや僻みのような気持ちを向けられる事も多々あった。幸いにして、その程度の事を気にする性格ではない。ただし、時々は思うのだ。


 誰も、この孤独感を知る者はいないのだ、と――。


 最高の頂に立つからこそ、隣に並ぶ者はいない。


 だから、孤独。


 誰もいない。一人ぼっち。


 だから、退屈。


 エンノイアは別に、生まれた時から恵まれていた訳ではない。過去を知る者は少ないが、むしろ不幸な生い立ちを背負っている。そうなのだ。生まれた時点で既に孤独だった。己の人生と云うものに飽き飽きしていた。嫌気が差していた。


 エンノイアはそれでも待っている。


 騎士になり、第三騎士隊長にも選ばれた。


 それなのに、変わらない。相変わらずの孤独。最近唯一のご褒美は、レーベンワールという試作型特別機。あれを手に入れられた事は、エンノイアにわずかな昂揚感を与えてくれた。


 だが、その程度である。


 待ち続けている、未だに――。


 孤独を癒してくれるもの、退屈を終わらせてくれるもの。


 ゆるやかに腐って行くようなこの日々から、英雄みたいに救ってくれる者。


「ユーマ」


 エンノイアは今、震えていた。


 寒さを感じていたり、ましてや恐怖を覚えているためではない。赤子のように震えを止められないのは、胸の内から込み上げて、そのまま全身を包み込んでしまう歓喜のせいだ。


 初めての感覚。


 初めて、感動というものを知った。


「ああ。本当に、ありがとう」


 ユーマは答えない。


 なぜならば、気を失っているからだ。


 全ては、あっという間の出来事だった。自分の目でしっかりと見たから現実感を得ているが、エンノイアはうっかりすると夢か幻だったのではないかと疑ってしまう。それぐらい、ありえない出来事だったとも云える。アンチ・エーテルであるユーマが杖に光を灯した時点で、エンノイアは十分に驚いていたが、それからの展開こそ、この世界の常識を完膚なきまでに打ち破るものだった。


 エンノイアは見上げる。


 己の愛機、レーベンワール。


 剥き出しのエーテルフレームは、現在、不活性の黒色に落ち着いている。だが、つい先ほどまでは真紅の強烈な輝きを放っていた。すなわち、ユーマは〈杖の儀式〉を成功させたと云える。レーベンワールは見事に起動したのだ。


 初めて杖を握ったはずの少年、それもアンチ・エーテルが、並大抵の騎士には動かす事のできないレーベンワールを完璧に支配して見せたという事実。驚愕するには十分。もしも、それが本当の〈杖の儀式〉であり、大衆の目の前で行われた事ならば、歓声の代わりに沈黙が闘技場を包んだに違いない。あまりにも理解を越えた状況には、人々の頭の方が追い付かないだろうから。


 程なくして、ユーマは糸の切れた操り人形のように倒れてしまったが、エンノイアが素早く気付き、地面にぶつかる前に抱き留めたのは幸いだった。現在もまだ瞳を閉ざしたままのユーマは、エンノイアの腕の中に収まっている。


 思わず、抱き締めた。


「ユーマ」


 エンノイアは静かに宣言する。


「決めた。僕が、君を一人前の騎士にしてやる」


 奇跡のような出来事を目撃したのは、エンノイア一人だけである。


 笑みが浮かぶ、単純な歓喜のためではなく、これからどうするかを考えてニヤニヤと――。ユーマには酷な事かも知れないが、今回〈杖の儀式〉を正式に行った訳ではない。あくまでも、真似事である。エンノイアが一連の出来事を証言した所で、それだけで騎士になるための見習いとして受け入れられるかは怪しい。もちろん、騎士団長やエンノイア以外の騎士隊長の面々で実力を示せば、ユーマを認めない者はいないだろうけれど――。


「いや、面白くない。そんな普通なのは駄目だ」


 エンノイアは思い描く、ユーマには最高の計画プランを――。


 そしてまた、己の人生に意味を得るための計画プランを作り上げていくため、これまで何事も子供の遊びのように捉えていたエンノイアは初めて、抑え込むのが難しい感情の昂ぶりと共に、かつてない未来に全力で向けて走り出そうとしていた。

END

 >>> 【第2話 杖の儀式】


NEXT

 >>> 【第3話 二人の天才】

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