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転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第2話 杖の儀式
7/22

(3)

 エンノイアは立ち上がり、〈杖の儀式〉の合格者たる少女のために拍手を送っていた。


 闘技場全体が祝福の空気に包まれており、スタンディングオベーション。〈杖の儀式〉の順番を待っている他の若者達も、賞賛と羨望の入り混じった複雑な表情で拍手していた。


 既に、夕刻。太陽は大きく傾いている。


「なるほど、見所がありそうな子だ」


 エンノイアはそこで、ふと気付く。


 隣のユーマは立ち上がりこそしたものの、拍手をしていない。


「悲しいのかな?」


 エンノイアはそう尋ねてみた。


 ユーマが今何を感じているのか、その胸中を推測するのは意外に簡単である。これまで〈杖の儀式〉の成り行きを見守りながら、二人は何時間も話し込んでいた。所詮、この場だけの付き合い。赤の他人だからこそ、という想いがあったのかも知れない。ユーマは何処か投げやりな口調で、心の深い部分まで淡々と語ってくれた。


 もちろん、アレティアに関しても、だ。


「それとも、悔しいのかな?」


 エンノイアが再び尋ねても、ユーマは答えない。


 問いかけを振り払うように背を向けると、彼は石段を一歩下った。


「おや、何処に?」


「帰ります」


「どうして?」


「これ以上、ここに居る意味はありませんから」


 敵意すら感じさせる声で、ユーマはそのまま去って行く。


 エンノイアはしばらく、その小さな背中を見つめていた。


 ユーマの姿が、闘技場の通路に消える。見えなくなった所で、ピエロの仮面の奥でため息を漏らす。「やれやれ」と、一言。「お節介なのだろうさ、でもね――」と、さらに独り言を漏らした。


 ちらりと見るは、闘技場の中心で斜陽をスポットライトのように浴びる少女、アレティア・ライディング。まさに、本日の主役である。彼女とユーマは、家族である。ただし、血は繋がっていない。幼なじみであり、友人であり――ユーマは様々な表現を駆使して、アレティアとの関係性を説明してくれようとした。横で黙って聞いていたエンノイアからすれば、まったく、たやすい一言に収まるだろうと茶化したくなったものだ。


 すなわち、好きな人、と――。


「あー、いやはや……」


 エンノイアは笑った。


「青春だね」


 それから、一気に跳んだ。


 闘技場の外壁、常人ならば昇れるはずのない高さまで――素早く発動させていたのは、魔法である。身体能力を強化し、ほんの軽くジャンプするだけで鳥のように浮かんだ。


「ユーマ・ライディング! 逃げるな。ここで逃げれば、一生後悔するぞ!」


 高台に掲げられた王国の旗。その横に仁王立ちしながら、エンノイアは高らかに叫ぶ。


 闘技場の外を迷子の犬のように歩いていたユーマが、驚いたように見上げて来た。


「あ、危ない。どうして、そんな所に?」


 慌てたような声に、エンノイアは失笑で返した。


「危ない? 馬鹿馬鹿しい」


 次の瞬間、エンノイアは外壁から飛び降りる。


「あ……」


 ユーマが悲鳴すら忘れたように青ざめた。


 だが、全ては一瞬の出来事である。


 そして、大した事でもない。


 エンノイアは騎士である。カイナン王国、天秤騎士団における最高の騎士である。空中を舞いながら、魔法を発動――。落下の勢いを殺して、羽根がふわりと舞い落ちるような柔らかさで、音もなく着地してやった。


 そう、造作もない。


 エンノイアにとっては、児戯。


 ただし、万人には脅威の技である。


 実際、ユーマは何が起こったかわからないと云うように呆けていた。


「あなたは、一体……?」


「さて、僕は何者だろうか?」


 立ち尽くすユーマに対して、エンノイアはまっすぐ間合いを詰めて行く。


「ユーマ・ライディング。十六歳の王国民ならば、君にも〈杖の儀式〉に挑む資格はある。アンチ・エーテルだろうが、厄介な病を抱えていようが、カイナン王国の天秤騎士団は挑戦者を拒まない。己を信じる若者には、騎士ならば誰でも――もちろん、この僕も、喜んで手を差し伸べよう」


 言葉に、偽りはない。


 そのまま至近距離で見つめ合った。エンノイアは大いに笑いながら、何がなんだか意味がわからないと云うように目を丸くしているユーマに対し、己が何者であるか――正体を教えるために、ピエロの仮面を取り払った。


「あ!」


 ユーマは悲鳴を上げかけた。


 両手で口を押さえて、彼はどうにか叫ぶのを堪える。


「一応の形式だが……さあ、名乗りなさい」


「え? あ、あの、ユーマ・ライディング……」


「よろしい。僕の名は、エンノイア・サーシャーシャ」


 幸いにして、〈杖の儀式〉に合格者が出た直後であるから、闘技場の外に出て行こうとするような者は他にいない。出入口の周辺は、本来ならば人通りの多い場所だろうが、この瞬間は二人だけだ。エンノイアが堂々と顔を晒しても、騒ぎになるような心配はなかった。


 ピエロの面だけでなく、ブラックマントのフードまで勢いよく取り払えば、夕闇の中でもさらさらと細やかな輝きを見せるピンクブロンド。爽やかなショートカットに、褐色の肌。女性としては、頭一つ抜けるぐらいのすらりとした長身。華奢である一方、不思議と力強さを感じさせるのは、ゴールドの瞳の生命力に溢れた輝きのせいか。


 実力に加えて、抜きん出た美貌も国内外で知られている。


 今一度、真正面からじっと見つめ合えば、ユーマは今さら顔を赤くした。


「カイナン王国の天秤騎士団、第三騎士隊長――」


 エンノイアはそれから、自らの肩書きを名乗り上げた。


「最強の騎士」


 冗談のような名乗り方である。


 だが、冗談ではない。


「ど、どうして、あなたのような人が、観客席なんかに……?」


「……うーん。仕事をサボるのに盲点の隠れ場所と思ってね」


「え?」


「いやいや、そんな事はどうでもいいんだ」


 エンノイアはくすくすと笑った後、真面目な表情を取り戻した。


 腰元にロングソードと一緒に提げていた杖を引き抜くと、ユーマの目の前に差し出す。シンプルな造りの杖であるが、真紅一色で染め上げられているのが何よりも特徴的である。地平線に沈む最後の太陽の光を受けて、クオリティの高そうな輝燧石が美しく輝いている。


 ユーマは息を止めていた。先程以上に頬が昂揚している。


 当たり前だ。騎士の杖と云えば、騎士の命にも等しい。それが手の届く所に差し出されているのだから、オグドアスに生きる少年少女ならば感動しない者はいないだろう。


「ユーマ。己の可能性を問いかける、その覚悟はあるか?」




 ◇




 カイナン王国の未来を担う特別機、レーベンワール。


 外装は、黒一色。


 未起動の状態におけるエーテルフレームは、不透明な黒色をしているため、闇の中に置かれたその姿は、巨大な影のようにも、死神のシルエットのようにも見えた。攻撃的な面立ちに、禍々しい圧迫感。肉が削げ落ちたように、胴体のエーテルフレームは剥き出しになっている。


 現行の量産型であるバイダスとは、何から何まで異なった。


 闘技場の裏手にあるゴーレムの待機場にて、ユーマは呆然とレーベンワールを見上げている。


「あー、悪かったよ」


 一方のエンノイアは、形だけの謝罪を口にしていた。


 周囲を取り囲んでいるのは、天秤騎士団の見習い騎士達である。エンノイアが仕事をサボタージュしたために、待機場であるここからレーベンワールを動かせる者はいなくなった。「隊長、本当に酷いですよ」と真剣な声で文句が出るのは、本来ならば闘技場の方で〈杖の儀式〉を見守るはずが、ひと気のないこの場所でレーベンワールの見張りをするという貧乏くじを引いたためか。


 見習い騎士は全員、『文句が一杯あります』という顔である。


 しかし、エンノイアは強かった。まったく怯む様子もないまま続ける。


「どうせもう間に合わないんだ。だから、放っておいてよ。心配しなくても、どうせ団長殿にはたっぷり後で怒られる。だから、はい、解散。見張りの任務ならば、第三騎士隊長として僕が解くよ。お役御免というわけだ。帰った帰った」


 ほとんど無理矢理、エンノイアは見習い騎士をこの場から追い払ってしまう。


 隊長の命令には逆らえないため、彼らは不満気な表情のままで待機場を後にして行くが、その際に、エンノイアの連れて来たユーマの方をちらりと見て、さらに複雑な表情を浮かべていた。


 何処の誰かは知らないが、レーベンワールを部外者に見せて良いのか――。


 そんな風に云いたいのが表情に出ているものの、エンノイアは敢えて気付かないふりだ。もはや何を云っても無駄と悟っているらしく、彼らはそのまま大人しく待機場を出て行った。


「やれやれ」


 いつも以上に馬鹿な事をしているという自覚ならば、エンノイアにもあるのだ。


 しかし、放っておけない。なぜと問われたならば、縁があるからだ。本日偶然に、観客席で隣に座ったという縁。それから何時間も、だらだらと話し込んだという縁。それだけの縁である。それでも一度関わったからには、エンノイアはもう無視する事はできない。馬鹿である。馬鹿な性格をしていると、他の誰に云われるまでもなく自覚していた。


「お待たせ、ユーマ。さあ、ちゃんと続きをしようか」


 ここまで、エンノイアは一切の説明をしていない。


 ユーマは心ここに在らずと云った調子で、ぼんやりと尋ねて来る。


「どうして、ここに?」


 エンノイアは肩をすくめて答えた。


「さて、ね。僕がお節介を焼く理由と云えば、そんな性格だからとしか云い様がない。ただし、お節介を焼きたくなるぐらいには、君の背中は寂しそうだったよ」


 さらに続けて、エンノイアはこんな風に付け足した。


「僕に尋ねるよりも、君自身の心に尋ねてみた方が良い。君はどうして、ふらふらと僕に付いて来たのかな? レーベンワールを一目見た瞬間、どうしてそんなに瞳を輝かせたの?」


 答えられなくなるユーマに対し、エンノイアは真紅の杖を差し出してやる。


「……レーベンワールの、杖」


 息を呑んだユーマに、エンノイアは笑いながら頷く。


「ああ、そうだ。僕は、レーベンの騎士である。バイダスの騎士ではない。〈杖の儀式〉はバイダスを用いて行われるものだ。時代遅れと笑われるけれど、あちらは安定性が売りの動かし易い機体だからね。若者の力試しにはちょうど良い。それに比べると、こちらは全然優しくない。レーベンで力試しをするなんて無茶な話だ。でも、覚悟を示すだけならば問題ない」


 エンノイアは話を締め括った。


「これは〈杖の儀式〉ではない」


 だが、〈杖の儀式〉の本来の意味に近いものだ。


 現在の形として、王国全土から才能ある若者を発掘するという目的で〈杖の儀式〉を大幅に改めたのは、騎士団長であるロゴスだった。その内容はもはや、儀式と云うよりも選抜試験と云う方が正しい。遥か昔の〈杖の儀式〉は異なった。その名の通り、儀式という意味合いが強かった。


 カイナン王国で騎士を目指す者の多くが貴族の生まれに限定されていた時代、〈杖の儀式〉はあくまで覚悟を示すための通過儀礼に過ぎなかったわけだ。


 エンノイアは、はっきりと云ってやる。


「君は、君自身と戦うべきだ」

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