表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第1話 春の呼び声
4/22

(3)

 ユーマは夜、孤児院の隣にある医院の一室に呼び出されていた。


 椅子に座って穏やかに待っていたのは、ローラ・ライディング。孤児院で暮らす子供達はたくさんいるが、皆が母と呼ぶのは彼女一人だけである。それなりの齢になったはずだが、見た目はとても若く見える。元々が器量良しであるため、男性からの誘いには事欠かなかったに違いないが、現在まで独身を貫き、血の繋がらない子供達のために心を砕いていた。


 孤児院を営む傍らで、彼女は医者としても働いている。むしろ、本業はそちらだった。医者として得た稼ぎを惜しげもなく孤児院の運営に投じている事から、ローラを聖母のように崇める者も世間には少なくない。


 ただし、彼女は優しいばかりではなかった。


 実際、ユーマは今朝思いっきり怒られたばかりである。


 孤児院の子供達に割り当てられた朝の仕事をすっぽかし、ゴーレムの大演習を盗み見るため、街外れまでアレティアと二人で遠出した事がばれて、ローラから容赦のない拳骨を貰った。


 夜にこうしてもう一度呼び出されたのは、きっと説教の続きに違いないと、ユーマはビクビクしながら医院の一室にやって来たのだが――。


「怒られると思った?」


 拍子抜けである、ローラは優しく笑っていた。


 温かい紅茶を並べて、今、和んだ空気の中で二人は向き合っている。


「アレティアと違って、ユーマはちゃんと反省しているようだったから、朝の事はもういいわ。呼び出したのは、もっと他の事について話したかったからよ」


 そうして切り出された話題は、卒業について――。


 十六歳。


 来月で、ユーマやアレティアは都市学校を卒業する。


 カイナン王国では、十六歳になれば大人として認められるのだ。


「ユーマは、これからどうするの?」


 ローラの孤児院で預かっている子供は少なくない。


 かつての大戦が終わったばかりの頃とは違い、戦災孤児が無数に生まれ続けるような時代ではないけれど、様々な事情から両親を失ったり、両親と暮らせなくなったりする子供が王都では決して珍しくなかった。


 医者として十分な稼ぎを得ているローラでも、たくさんの子供達を養っていくのは大変な事である。だから、その負担を減らすためにも、大人になれば孤児院を出て行くのは当然だった。


「もしも、あなたが希望するならば……」


 ローラは優しく云ってくれる。


「もう少し、ここに居ても良いのよ?」


 ユーマは俯いたまま、何も云えなくなる。


 大人になるという事は、一人で生きていくという事だった。


 一人でも生きていける力を持つ事が、大人になるという事なのだ。


「僕は、魔法が使えません」


 ユーマが心の中で、密かに思い出しているのは朝に見た光景だった。


 すなわち、ゴーレムの戦闘風景である。


 子供ならば憧れない者はない、騎士。


 例えば、アレティアは熱意を込めて、いつでも堂々とその夢を口にしていた。騎士になりたい、と――。だが、ユーマは同じ台詞を口にできない。騎士になるための才能が、自分には欠片ほどもない事を知っているからだ。魔法が使えない。羽を持たない鳥が飛べるはずがなかった。それなのに飛ぼうとする事は、無様であり、危険でもある。


「……そう、僕は魔法が使えません。一人で生きていく事が大変なのは、ちゃんと、わかっているつもりです。でも、母さんにこれ以上の迷惑はかけたくありません」 


「ええ、その気持ちは嬉しい。でも、行く宛が見つかるまで大変でしょうから――」


 魔法。


 エーテルを利用し、世界の物理法則を歪める事で起こす現象。


 魔法は人々の生活の中、あらゆる所に根差している。農業でも工業でも、様々な生産活動に魔法は利用されていた。もちろん、騎士がゴーレムを操る技術もエーテルが根幹に存在している。


 ユーマは、世にも珍しい体質である〈アンチ・エーテル〉。


 エーテルに一切干渉できない身体であるため、魔法が使えない。魔法が使えないから、誰でも当たり前にできる事ができなかったりする。皆のように、速く走れない。皆のように、重いものが持てない。ほんの小さな火花を作り出す事もできないから、ランプに火を灯すだけでもモタモタと遅くなり、こんな事もできないのか、と――。


 いつも罵倒された。


 いつも排除された。


 ユーマには友達と呼べる者がいない。唯一の例外が、アレティアである。孤児院の子供達は家族のようなものであるが、ユーマはその中でも異物だった。


 子供は遠慮がない分だけ残酷である。いつしか劣等感は檻のようにユーマの周りを囲み、身動きを取れなくしていた。悲しいと云えば、悲しい。辛いと云えば、辛い。だが、ユーマには、あらゆる出来事が虚しく、儚く、まるで他人事のように遠いものとして感じられている。


 物心付いた頃から、ずっと――。


 ユーマは思っている。


 自分の居場所はここではない、と――。

 本当の自分はこんなものではない、と――。




 ――は……、……マ。




 誰かが、呼んでいるような気がするのだ。


 現実逃避に過ぎないと思いつつ、ユーマはそれでも、ふとした時に空を見上げる。遥か彼方を見つめる内に、何かを見つけられるような気がして。この瞬間もまた、ローラと突き詰めて将来の話をする途中、窓の外、光の網が美しく広がる夜空に目をやっていた。


「う、痛……!」


 すると、突然の激しい痛み。


 ユーマは額を押さえながら、椅子から転げ落ちる。


「ま、また、始まった……」


 残念ながら、人生の重い枷になるものはアンチ・エーテルだけではないのだ。


「ユーマ、大丈夫!」


 アンチ・エーテルと同じく、ユーマを幼少時から苦しめる原因不明の頭の痛み。ハンマーで内側から叩かれるような激しい頭痛は、年々酷くなる一方だ。ローラは医者として、この病を治すために色々と手を尽くしてくれているが、これまで改善の兆しは見られていない。


 最近は、痛みの末に意識を失う事すら増えていた。


 ユーマは思わず泣きそうになる。


 痛みの苦しさ以上に――。


 ただ、情けない。


 本当は、ユーマも騎士になりたいのだ。


 アレティアや他の子供達と同じように、無邪気に、夢を追いかけてみたかった。だが、ユーマには夢を追う事はもちろん、人並みに生きる事すら許されていない。才能がなく、一人ぼっち。もうすぐだ。もうすぐ、ユーマは本当に一人ぼっちになる。


 アレティアは、才能豊か。


 特に、魔法には天性の素養があるらしい。


 騎士になるための試練は難関中の難関であるけれど、彼女ならば合格するだろう、と――ユーマは確信に似た予感を覚えている。幼い頃から彼女の修行・・に振り回されて来たユーマだから、こりごりする一方で、積み重ねた努力を認めていた。合格するだろう、合格して欲しい。


 しかし、栄えある騎士として一歩を踏み出したならば、ユーマとアレティアの道が交わる事は二度となくなる。彼女は遠い人となり、ユーマは本当に一人となるのだ。


 ズキリ、と――。


 頭の痛みは激しさを増していく。


 ローラが必死に呼びかけて来るが、もはや聞き取れない。


 何も、聞こえない。


 ゆっくりと意識が途絶え、ユーマは夢の中に落ちていく。


 いつもの、果てしない深みを持った夢の中に――。




 ――はい、ユーマ。




 彼女の声は、まだ聞こえない。




 ◇




 目覚めると、朝だった。


 朝日が窓辺から差している。カーテンの隙間から見えるのは、エーテルの風。頭痛の余韻がまだ残っており、ユーマは身体を起こしながら額を押さえる。昨夜、意識を失ってしまった後で、この子供部屋のベッドに運ばれたらしい。サイドテーブルに置かれていた眼鏡を掛ければ、現実が途端にクリアなものとなる。


 夢の残滓はたちまち消えていった。


 頭痛の酷さで気を失った時には、ユーマは決まって同じ夢を見るのだ。


 しかし、何度も同じ夢を見ている事には気付いているが、果たして、夢の内容がどんなものだったか、肝心の部分は何も覚えていない。目覚めた瞬間には、奇妙な焦燥感で胸が苦しくなるものの、所詮、夢は夢でしかなかった。数秒も経てば、夢は、現実の湿った空気にさらりと溶け去る。


 ユーマは、窓を開けた。


 気持ちの良い、青空。


 今日もまた、春を告げるエーテルの風が吹き抜けていく。パレードの紙吹雪のように、細やかな光が王都の街並みを彩る。幼子のように、窓から手を伸ばしてみた。エーテルは目の前を溢れんばかりに流れているのに、たった一粒も、ユーマの手は掴み取る事ができない。


「僕は……」


 まだ、聞こえない。

 まだ、思い出せない。


「これから、どうしたら……」


 ユーマは一人、音も立てずに泣き始める。


 その時は近付いていたが、彼は少なくとも、今、孤独を感じていた。

END

 >>> 【第1話 春の呼び声】


NEXT

 >>> 【第2話 杖の儀式】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ