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転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第1話 春の呼び声
3/22

(2)

 カイナン王国の王都は、四方を王壁と呼ばれる高い壁に囲まれている。


 近くから見上げれば、空に蓋をしているようにも見える。それぐらいに高い壁だ。王壁の存在理由はもちろん、恐ろしいモンスターの侵入を拒むためであるが、その他にも、他国から攻め入られた際にはゴーレムの集団に対する最後の盾として機能する。


 そして、盾が王壁ならば、剣となるのは天秤騎士団である。


 天秤騎士団の砦は、王都に隣接していた。


 早朝の訓練を終えた騎士とゴーレムが、王壁を横目に見ながら砦に帰還していく。


 オグドアスの大陸には、現在、十二の王国が存在するが、カイナン王国はその中でも弱小と呼ばれて仕方のない国である。特に問題なのは、軍の力である。すなわち、シンプルな戦闘力。軍部の主軸たる天秤騎士団、保有するゴーレムは百体足らず。大陸の覇権を争うような強大な国々が、千体以上のゴーレムを保有している事を考えれば、数の上でも圧倒的に負けている。さらには、ほぼ全てのゴーレムが時代遅れとなりつつある旧式のバイダスなのだ。


 整備場も兼ねた格納庫は、年季の入った埃っぽい空気が充満していた。


 格納庫のハンガーに収まり、胸部のコックピットハッチが開かれたバイダスからは、騎士が次々と汗を拭いながら出て来る。見る者が見れば気づくだろうが、騎士としては比較的、年齢の若い者が多い。騎士という誉れの称号を獲得するためには、様々な試練を乗り越える必要があり、そのためには平均して十年以上、才能と努力の具合によっては二十年や三十年かかる場合も決して珍しくない。そのため必然的に、騎士はある程度以上の年齢の者が多くなる。それなのに、天秤騎士団のメンバーには若い顔が目立っていた。


 理由は単純であり、現在の騎士団の方針がそうあるからだ。


 天秤騎士団は、弱い。


 弱いままではいけなかった。

 強くならなければいけない。 


 そのために求めるは、新しい風。


 大きく開け放たれたままの格納庫の扉から、今、一際強い春の風が吹き込む。

 エーテルの風に装甲を撫でられるは、漆黒の機体である。試作型特別機のレーベンワール。格納庫の最奥にある専用のハンガーに収まった状態で、最後に、エーテルフレームを一際強く真紅に輝かせていた。それから、沈静化する。模擬戦を終えた直後だと云うのに、レーベンワールの装甲には小さな傷一つすら見受けられない。


 一方で、レーベンワールとやり合ったバイダスの多くは、整備員が大いに嘆くだけの傷が無数に刻まれていた。それだけ一方的な戦いであった事がわかる。ただし、模擬戦のそんな結果に驚く者はこの場に一人もいない。バイダスとレーベンワールの性能には圧倒的な差があるし、それと同じぐらい、並大抵の騎士とは隔絶した実力の持ち主が乗り手を務めているのだから。


 レーベンワールのコックピットから、一人の女性が降りて来る。


 他の騎士よりも、さらに若い。少女と呼んでも、決して間違いではないだろう。カイナン王国では十六歳から成人として認められるが、彼女は今年十八歳になったばかりだ。ただし、その年齢以上に見目は大人びている。女性にしては、平均よりも高い身長。すらりとした手足。ショートカットのピンクブロンドに、活き活きとした力強さに満ちたゴールドの瞳。第一印象として、美しさに圧倒される者がほとんどだろう。国外にも噂が届く程の美貌の持ち主である。そしてまた、恐るべき強さも知れ渡っていた。


 レーベンワールの騎士――。


 彼女の名は、エンノイア・サーシャーシャ。


「エンノイア隊長、団長殿がお呼びですよ」


 彼女が機体から降りるのを待っていたように、騎士団の事務員がそう声を掛けた。


 隊長と呼ばれた事からわかる通り、エンノイアは天秤騎士団の第三騎士隊長を務めている。


 十八歳という若さで、だ。


 常識的には、騎士という称号を得ているだけでも驚異的なのだが、さらに隊長の座にも就いているという現状は、カイナン王国の歴史上でもまったく前例がない。騎士の多くは、彼女よりも長年修練を積んできた先輩に当たる。後からやって来た者が遥かに先を行くという事に関して、不平不満が出て来そうなものだが、実際の所、天秤騎士団でそのような意見が出る事はまずなかった。


 皆、理解している。


 彼女は強い。


 強すぎるぐらいに、強い。


 再び、春の風が吹き込んだ。


「うん、気持ちいい」


 ピンクブロンドの乱れを整えながら、新しい風の象徴たるエンノイアは笑った。


「さて、僕は団長殿にまた何か怒られるのだろうか?」


 カイナン王国は度々、昔から仲の悪い隣国と小競り合いを繰り広げている。


 残念ながら、バイダスという量産機の性能で劣るため、最近は連戦連敗の有様。そんな状況下で唯一、エンノイアだけがいつも目覚ましい戦果を挙げていた。まさしく、英雄。王国の上層部はさらに大衆の厭戦気分を拭うためにも、エンノイアを積極的に祀り上げている。


 結果として、大衆からは抜群の人気を誇るようになっていた。


 ただし、騎士団の面々は知っているのだ。


 大衆の目がある所では、非常に口数少なく、クールでミステリアスな雰囲気を漂わせる彼女だけど――実際の所、口を開けばあっさりとボロが出てしまうため、騎士団長直々に人前では口を開かないように厳命されているだけという事を。


「うーん。何だろうか、僕は最近何をやったかな?」


 エンノイアは首を傾げている。


「団長殿の机に、カエルを放り込んでおいた件だろうか? それとも、一張羅を勝手に借りていた事だろうか? いや、まさか、あれを壊したのが今さらバレたなんてのは――」


 残念美人。


 あるいは、トラブルメイカー。


 エンノイアに対する認識は、騎士団の中ではそんな風に共通していた。


「まあいいや。怒られるならばそれまで。いつもの事だ」


 彼女は軽やかな身のこなしでハンガーを飛び降りると、上着を脱ぎ捨て、ラフな恰好のまま騎士団長の執務室に向かった。騎士団長はもちろん、天秤騎士団のトップである。騎士であろうと若輩ならば敬意と畏怖を抱く相手であるが、エンノイアにそんなものは欠片もない。


 執務室の扉をノックすると、返事も待たずに堂々と踏み入る。


「第三騎士隊長、呼ばれて飛び出て参上いたしました」


「……ああ、ご苦労」


 執務室の机で書類を眺めていた団長には、おそらく、云いたい事が山のようにあっただろうが、云っても意味はないと諦めの境地で悟っているのか、すぐに本題を切り出そうとした。


 エンノイアは鋭い視線で言葉を挟む。


「カエルの件ですか?」


「……やはり、あれは貴様の悪戯だったか」


「黒革の上着は、もうしばらく貸しておいてください」


「見当たらないと思ったら、あれも貴様が持って行ったのか」


 先手を取って謝ろうと思えば、墓穴を掘り進めるという醜態を犯した。


「さすが、団長殿。やりますね」


「私はそもそも、まだ何も云っていない」


 エンノイアは大人しく黙り込んだ。


 結局、騎士団長から改まって告げられたのは、数々の悪戯に対する叱責の言葉ではなかった。良かったと云うべきなのだろうか。いや、そうとは云えない。エンノイアは大いに眉をひそめていた。彼が切り出した内容は、決して歓迎するようなものではなかったのだから。


「レーベンワールのお披露目を、〈杖の儀式〉でやれと?」


 レーベンワールは、現行の主力であるバイダスに代わる次世代の量産型を生み出すための長期計画――その記念すべき第一歩目となる試作機である。本来ならば幾つかの実験を終えた所で用済みとなり、解体される運命にあった機体なのだが、完成度が非常に高かったため、エンノイア専用の特別機という形で落ち着く事になった。


 現在は試用を兼ねて訓練を重ねている最中だが、立派に騎士団の戦力としてカウントされるようにもなっている。


 ただし、長期計画の機密の一端を担うという問題もあって、これまでレーベンワールを衆目の集まる所で大々的に披露するような事は控えられて来た。


 要は、タイミングを見計らうためだ。今後、騎士団の様々な任務にレーベンワールが投入されていく事は間違いない。大衆の目から隠し続ける事は不可能なため、量産機の長期計画がある程度の段階に進む時期を見計らっていた訳だが――。


「二号機の製造も大詰めを迎えていると聞くからな。レーベンワールを前面に出しても良い時期が来た。そのための舞台として、〈杖の儀式〉はちょうど都合が良い。無難に、穏便に、平和に――大衆の目が集まる場所でとりあえず披露するには、まさに打ってつけと云える。さあ、話はそれだけだ。〈杖の儀式〉の日にはよろしく頼むぞ、エンノイア第三騎士隊長」


 反論は聞かないとでも云うように、騎士団長はそう云い切る。


 エンノイアは一瞬口を開きかけるが、思い直し、敬礼のポーズを取った後に退出した。

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