かぼちゃ頭の怪物紳士
ハロウィンになんとか間に合いました。
「ねぇハロウィンの都市伝説って知ってる?」
「まーた都市伝説? マイも飽きないねー。」
十月三十一日の放課後、授業を終えた少女たちは雑談に明け暮れていた。話題があっちこっちする中、マイと呼ばれた噂好きの少女が今日という日にふさわしい話題を持ちかけてきた。
「いいじゃん、リカもなんだかんだ言って嫌いじゃないでしょ?」
背の高いリカに上目遣いでマイが尋ねると、リカは頭をガシガシとしながらため息をついた。
「あんた、前熱心に語ってた噂が丸っきり嘘だったってこと、忘れたんじゃないでしょうねぇ」
リカの鋭い眼光に睨まれたマイは、すぐ傍にいる三人目の少女に救いを求めるかのように視線を向けた。
「私は聞いてみたいかな」
二人の間に割って入り、その少女はそれとなく呟いた。途端にマイの顔がぱあっと明るくなる。
「ユキ、マイをこれ以上甘やかすな」
まるで叱るかのように話すリカをユキがまあまあとなだめつつ発する。
「ちょうど今日はハロウィンなんだし、ね?」
首を傾げるユキの姿を見たリカはこれまた深いため息をついてから呟いた。
「今回限りだからね」
やったぁ! とマイは飛んだり跳ねたりして喜びをひとしきり表現した後、神妙そうな顔をして言葉を紡ぐ。
「それは十月三十一日、ハロウィンのときの噂なんだけど……。」
こうしてリカとユキの二人は爛々と瞳を輝かせるマイの噂話を聞くことになったのだった。
ハロウィンというのは素晴らしい日である。自分のように頭だけがジャックオーランタンになっている怪物でも大手を振って人目のある通りを歩けるのだ。仕立てたスーツを着込み、街を歩けば子供からは歓声が上がるし、何より警察を呼ばれないことが嬉しい限りである。また、この姿はお菓子を貰う子供たちに乗じて自分にも大好きなお菓子をくれることがあり、本当にハロウィン様々であった。
昔いつものようにお菓子集めをしていた時、不審者と間違われ警察を呼ばれたことがある。捕まったら私の人生が終わってしまう(腐っても頭がジャックオーランタンという怪物な)ので俺は全力で逃げたものだ。捕まってしまったら様々な研究機関でいいように遊ばれること間違いなしの見た目をしていることは自覚しているつもりだ。
今日もハロウィンに乗じて夕方くらいから姿を現した俺は通りすがりのおばちゃんやお母様方に例の定型文を投げつけていたのだが、どうも今日がハロウィンだと知らなかったのか未だに何も貰えていない。その上いつもであれば仮装した子供たちが闊歩しているのだが、今回は子供の影すら見あたらない。
それとなく人通りが多いところへ向かいつつ婦人方に話しかけていると、お菓子は貰えなかったが疑問は解決した。どうやら子供たちはみんな塾というものに行っているらしい。今日ぐらい遊べばいいのに、とぼやくと婦人からは将来に関わるからねぇ、と言われた。
色々な人に突撃してみるものの成果は一切ないまま、俺は駅に流れ着いていた。既に日は完全に落ちており、駅の明かりが一帯を照らしている。駅前には酒に酔ったサラリーマンやガラの悪そうな若者がたむろっているだけで、お菓子のくれそうな人が見当たらず一人落胆していた。辺りが暗いためジャックオーランタンな頭が目立つのか、やたらと視線を感じる気がする。厄介事に巻き込まれたくないのもあって、俺は家に直接尋ねる方針に切り替えようと住宅街に足を向けていた。
そんな時、視界の端で揺れるスカートを捉えた。別にスカートが大層好きというわけでは決してないが、不思議と視線を奪われてしまう。その少女は高校生というよりは中学生のような儚げな幼さがあり、一切崩していない制服を着込んでいた。整った顔立ちなのだが、浮かない顔をしてただ黙々と立っている。その姿は辺りの雰囲気から逸脱しており、俺が気になったのもそのせいだろうと推測する。流石に中学生がうろちょろしてもいい時間ではなく、先ほどの若者連中が彼女をチラチラと横目で見ていたのもあって私はその少女に歩み寄り例の言葉で話しかけた。
「トリックオアトリート、お嬢ちゃん」
少女に連れられるがまま俺は少女の家の自室に来ていた。あの時、話しかけると少女は私について来てと言ってきたのだ。道中俺が何を尋ねても少女は口を開かなかったので、嫌気がさした俺は隙を見て去ろうと画策していたのだが、足を止めるたびに少女も立ち止まりこちらをギロリと睨みつけてくるのだ。話しかけた以上放っとくわけにもいかず、大人しくついていくとそこは少女の自宅だった。
なんだ帰るのが怖かったのか、なんて適当なことを思っていたのだが、少女は玄関の扉を開けて中に入るとまたこちらを睨みつけている。まさかそんな訳ないだろうと内心願っていると早く、と苛立ちが含まれた声音で俺を急かしてくる。流石にこんな姿をした怪物が親御さんの許可なく入るわけにもいかなかったのだが、強引に手を引かれて俺は少女の自宅へお邪魔することになった。
「親御さんは?」
適当なところに座り込んで尋ねると、ベッドに腰掛けた少女はどうでもよさそうに答えた。
「旅行でいないけど」
ひとまず安心した俺は気を緩めて小さく息を吐いた。その様子を見た少女は臆病者と吐き捨てる。仲間内に仏とまで呼ばれる程温厚な俺でも流石にキレそうになるが、目の前にいるのがまだ若い少女だということもあってなんとか踏みとどまる。
「で、なんでわざわざ知りもしない奴を親御さん不在の家に連れ込んだんだ?」
尋ねるというよりは問い詰めるように少女に言葉を投げかけると、少女は苛立ちを隠さずに言い放つ。
「あんたが誘ってきたんでしょ」
はぁ? と言いたくなる口を無理やり塞ぎ、自分の発言を思い返してみる。気がつく点といえば初めて少女に話しかけたときのあの台詞だが、あの言葉における悪戯とは一般的な意味合いで使われる方で、決してそういう意味ではない。そういう意味合いで受け取るとは、最近の中学生もませているなぁと他人事のように考えてしまう。
「で、何、やるの? やらないの?」
俺が無言になったのをいいことに少女は挑発的に話しかけてくる。私の選択は決まっているので何のためらいもなく立ち上がった。
「帰る」
俺にはお菓子収集という崇敬な使命があるため、馬鹿なガキにこれ以上時間を食われるわけにはいかないのだ。俺は少女に背を向け部屋の扉のドアノブに手をかける。
「もしこの部屋から出たら警察に通報するよ?」
どこか楽しそうに少女は呟く。ゆっくり振り向くと少女はにやりとイイ笑顔でこちらを見ていた。
「警察が見たらどう思うかなぁ? 頭がかぼちゃなおじさんといたいけな少女が一つ屋根の下にいたらどっちが悪いかな?」
完全に前門の虎後門の狼である。私に選択権はないのか。
「なんだ、俺を脅してお金でも奪う気か? 悪いな、俺は今一文無しだからなにもやれんぞ」
そもそも人間社会に身を投じるのが今日というハロウィンの日限定なため、人間社会でしか通用しない金銭など持ち歩いているはずも無かった。
「そんなもの興味ないわよ。私はさっきからずっと待ってるんだけど」
クソ生意気な少女は相変わらず誘ってくるが乗る気は毛頭ない。そもそもするしない以前の話で、こんな若すぎる子に対して一切の情欲が湧かないのだ。その状態でしろといわれても無理な話である。
「臆病者」
先程言われた台詞を繰り返しは放ってきた。相手にする気は無いので適当に受け流す。
「意気地なし」
「目の前に据え膳があるのに男として恥ずかしくないの?」
「もしかしてそっち系?」
「玉無し」
ブチリ。少女の罵詈雑言に寛大な俺でも流石に堪忍袋の緒が切れた。調子よく嫌味を投げつけてくる少女の肩を強く押し、ベッドに倒れさせる。
少女は俺の突然の行動に大きく目を開かせた。何故だ、お前が望んだ行動なのにと俺も小さく動揺してしまう。しかしここで止めるわけにもいかないので俺はゆっくりと少女の顔に近づいていく。
「何、その被り物したまま?」
驚いた表情がいつもの強気な顔つきに戻って軽口を叩くが声は明らかに揺れている。表情にも少しだけ恐れが含まれていることを俺は見逃さなかった。肩に手をかけて気付いたのだが、少女は何かに怯えるように小さく震えている。顔が近くなると身構えるように少女はぎゅっと目をつぶっていた。これじゃあまるで――。
「ぅあ痛ッ!?」
俺は一つの確信を持って、その生意気な額に全力のデコピンを食らわせてやった。少女はまたしても驚いた表情になり、俺を呆然と見つめる。こう見てみると表情がコロコロ変わってとても面白い。
「バーカ、大人舐めんな。お前、こういうの初めてだろ」
一切の脚色をせず単刀直入に伝える。少女はまるで嘘がばれてしまった子供のようにバツの悪そうな顔を浮かべた。その姿を確認してから俺は深いため息をつく。
「もうこんな馬鹿げた真似するんじゃないぞ」
流石に見逃せないので語気を強めて少女を叱る。しゅんとする少女の姿は先程の強気な態度と明らかに違っていて、あの態度はだいぶ無理をしていたのだと推察した。
「ごめんなさい……。」
どうやら根はいい子らしい。でもそれだと尚更、何故このような暴挙に出たのか気になるというものだ。何故こんなことをしたのか尋ねて見ると
「今日好きな人に告白したけど断られて……。」
「それでヤケを起こした、と」
少女は俺の言葉に小さく頷く。告白か、青春しているのだな、と昔の自分を重ねて感傷に浸ってしまう。しかしそれとこれとは別の話である。いくらヤケになったとしても今回は度を越えすぎだ。もし相手が俺じゃない誰かがだったと考えると寒気がする。
「いくらなんでも今回のはやりすぎだ。若さのせいにするには目に余る。そもそも若い女なのだから……。」
くどくどと説教しようと言葉を並べていると、少女は目に見えて肩を震わせ始めた。気が付いた時には既に泣き出しており、俺はどうしてあげるべきなのか内心オロオロしてしまう。どうしようもなくなった俺は泣いている少女の横に座り、頭をポンポンと叩いてやる。少女はその後も俺にもたれかかるようにして泣き続けた。
ようやく落ち着いた少女はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「私って魅力ないのかな」
「いいや、十分に魅力があるよ。彼がそれに気づいていないだけさ」
こういう状態の女性の扱いにくさは色紙付きだ。地雷処理をする気分で少女の言葉になんとか対応していく。
「彼はクッキーを貰ってくれなかった」
「まぁ告白を断った人から貰う訳にはいかないよな」
「私、立ち直れるかな」
「気の持ちよう次第だ。若いんだから何事も経験だぞ」
ふと静かになったので視線を少女にむけると、少女は俺にもたれかかったまま静かに眠っていた。参ったなぁと思いつつ、少女を起こさないようにゆっくりとベッドに寝かせる。布団を被せてさて帰ろうとするが、視界に少女のバッグが入った。悪い思いつつ、中を漁ると綺麗にラッピングされたクッキーの袋を見つけた。どうしようかひとしきり悩んだ末、俺は立ち直ろうとしている少女がこれを見たらまた落ち込みそうだと判断して、その場で頂くことにした。クッキーはべらぼうにうまく、きっと愛情込めて作ったんだろうなぁ、なんてことを思いながら口にしているとあっという間になくなってしまった。結局今回のハロウィンでの戦果はこれだけだったが、今までのハロウィンで一番満足したと思う。食べきってしまった寂しさにうちひしがれつつも今度こそ、この場を後にしようと窓に手をかけた。しかし、食べるだけ食べて消えるというのも申し訳ないため、俺は手短なメモ帳に一筆書き、頭のかぼちゃを一欠片とってメモ帳に添えた。そしてようやく俺はこの家から離れるのだった。
なお戻ったら欠けた頭を見た仲間に大爆笑されてしまうということを、そのときの俺はまだ知らないのだった。
「……で、かぼちゃ頭の怪物はその子にかぼちゃの欠片を置いて消えていたんだってさ」
マイが満足そうに話し終えると、リカとユキの二人は小さく拍手をした。えっへん、と言いたげにマイは無い胸を張っている。
「その話ってどこから?」
噂の出所が気になるリカがそれとなく尋ねるが、マイ自身もあまり覚えていないのか歯切れの悪い答えしか寄越さない。
「にしても、置き土産がかぼちゃの欠片ってなんかシュールだね」
リカが感想を呟くとマイがそうだねぇと賛同する。
「その子は結局かぼちゃの欠片をどうしたんだろう」
微妙な終わり方をした噂話に案の定リカが食いついているが、リカの疑問はマイが知らない以上解決することは無い。
「食べた、とか?」
マイとリカがかぼちゃの欠片の行く末について話していると、それまで口をつぐんでいたユキが呟いた。
「おいしかったと思うよ」
マイとリカの二人はきょとんとユキを見つめる。すると、ユキは両手をぶんぶん振って弁解した。
「い、いやそうなんじゃないかなーって思っただけ」
美味しくないと話的に面白くないからね、とリカが同調してくれる。何とか乗り切ったユキは胸を撫で下ろしていると背後から声が上がった。
「あーー、ユキこれどうしたのーー!?」
いつの間にかユキの背後に移動していたマイはユキの鞄を覗き込んでいた。鞄にはかぼちゃのクッキーにプリン、人参のカップケーキ、かぼちゃの形をしたチョコレートなどがこれでもかと詰め込まれており、いまからプチハロウィンパーティが開けそうな程だった。
「あー……、親戚の子たちにあげようと思って」
即座に思いついた理由をユキは発するが、マイは物欲しそうにこちらを上目遣いで見つめてくる。
「ごめん、数が決まってるから……。今度また作ってくるから、ね?」
なんとか切り抜けようと説得するが、マイは変わらず見つめてくる。さてどうしたものか、と考えているとリカがマイに後ろから抱きついた。
「ほらユキも困ってるじゃん。今度って言ってるし今日は我慢しような?」
うー、と文句を言いたそうにしていたが最終的に今度ね! とマイが折れる形で切り抜けることができた。流石リカ、マイの扱いにも手馴れている。
「じゃ、私そろそろ行くね」
お菓子が詰まって重くなったバッグを掴み、二人に向けて言葉を紡ぐ。
「おう、親戚のお子さんたちと仲良くな」
「今度だからねー!」
手をひらひらさせるリカと、どうしても食べたいのか念を押してくるマイと別れ、ユキは駅へと急ぐ。辺りは既に真っ暗になっていた。
あの日、目覚めると机にかぼちゃの欠片と『ハッピーハロウィン』と書かれた紙だけが残されていた。窓の鍵は開いていたのでそこから逃げたのだろう。あの時感じていたもやもやは綺麗さっぱりとなくなっていて、引きずることなく過ごすことができた。バッグに入れていた告白のついでに渡す予定だったクッキーも姿を消しており、きっとかぼちゃ頭が食べたのだろうと適当に推測している。あの時、私を正してくれたお礼にクッキー一袋というも少なすぎると感じたので、その後お菓子を作って駅前を中心に探していたのだが、かぼちゃ頭を見つけることはついに叶わなかった。
でも、今日なら。ハロウィンと呼ばれる今日ならばきっと彼に会うことができると私は確信していた。あのときのお礼を述べたいし、このお菓子も渡したい。そして私の気持ちを聞いて欲しい。
はやる気持ちに押されるように私は駆け足で向かったからか、あの時出会った時間よりも早く駅に辿り着いた。駅は相変わらずさびれており、駅前にはガラの悪そうな人たちや騒がしいサラリーマンぐらいしかいなかった。あの時とほとんど同じ状況に不思議と口角があがる。
私がかぼちゃ頭と会ったとして、お礼を言ってお菓子を渡したら、それで終わりなのだろうか。そもそも一年振りの再会なのだ、かぼちゃ頭は覚えてくれているのだろうか。
様々な気持ちをなんとか抑え込んでいると後ろから聞き覚えのある声がした。考え事を全て投げ捨て、私は満面の笑みで振り向く。
「トリックオアトリート、お嬢ちゃん」
個人的にはもう少しイチャイチャさせたかったです