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魔王と俺の二人暮らし

作者: kale

仕事帰り、古本屋で奇妙な本を見つけた。

「『悪魔を呼び出す方法』?」

どうせ帰っても自宅には誰もいない。

寂しさを紛らわせるため、俺は興味本位でその本を購入した。


本に書いてある通りに、魔方陣を書いてイモリの黒焼きやらなんやらを添える。

「ベタすぎる方法だけど、本当にこれで呼び出せるのか?」

半信半疑で呪文を唱えた。

その瞬間、魔方陣から煙が上がり、褐色の肌の女性が姿を現した。

「わらわを呼んだのはお前か?」

とがったしっぽ、突き出た角。

「も、もしかして本当に悪魔?」

「そうじゃ。わらわが魔界の王、アニス様じゃ」


本当の悪魔だ。

俺は腰が抜けて座り込んでしまった。

アニスがこちらに近づいてくる。

「召喚してくれてありがとう。これで人間どもの肝を思う存分すすることができる。

手始めにお前からだ!」

口を開き、襲い掛かるアニス。

あわてた俺は何か武器になるものはないかと手もとを探った。


すると、たべかけのアンパンを見つけた。

「そ、そうだ。魔王様、人間の内臓なんてまずいものよりも、こっちのほうが上手いと思いますよ」

俺はアンパンを差し出す。

「ふむ、下等な人間が食すものなぞたかがしれているが、お前を喰う前の一興じゃ。食べてやろう」

魔王はアンパンを眺めていたが、しかめっ面でそれを一口齧った。

「…」

「どうですか?」

咀嚼するうちに、魔王の顔がほころびはじめた。

「う、うまい!!こんなおいしいものは食べたことがない!」


そう喋った後に先ほどまでの自分の言葉を思い出したのか、罰が悪そうに言った。

「か、勘違いするでないぞ!人間の食べ物にしては上手いと言ったのじゃ。

わらわが魔界で食べていた豪勢な料理には及ぶべくもない」

アニスは、言葉を区切った後、ごくりと喉を鳴らす。

「だが…もう一個食べてやってもよいぞ。同じ食物を所望する」

「もしかして気に入った?」

「ち、違うぞ! 魔界へ帰った時の話の種に先ほどの味をよく味わってみたくなっただけじゃ。

ほれ、早くせい!」


(悪魔のくせに面倒くさい奴だな)

明日の昼食用にとっておいたアンパンの包みに手を伸ばす。

「うむ、やっぱり上手…い、いや、まずいのう。こんなまずいもの今まで食べたことがない」

包みに入っていたアンパンを全て食べてしまった魔王は、おごそかな態度を取りつくろって言った。

「し、しかし、地上でもこのようなものがあったとは。

これは研究して魔界の地上侵略計画に役立てねばならぬな。

よし、決めた!しばらく人間界に滞在する」

「はぁ!?」

こうしておかしな同居人ができた。




「おい、アニス」

「なんじゃ、無礼な !魔王様と呼べ。」

「働かずにいるただ飯喰らいに敬称を付けるほど俺はお人よしじゃない。

この1カ月、喰っちゃ寝て、喰っちゃ寝て繰り返しじゃないか!」

俺が働いている間、こいつは人間界の調査と称して、

近所のカフェやファミレスに行きまくっているのだ。

俺が家に帰ってくると、食べ過ぎたアニスが横になってTVを見ていることもしばしば。


「ふん、下等な人間には理解できぬのだ。魔族の長たるもの、自らが率先して人間界の食物を食し、

研究しなければな。」得意そうな顔でほほ笑むニート魔王。

「その高貴なるご研究のおかげで我が家の家計がやばいんだけど。このままだと、

食費を削らなきゃいけないなあ」俺はわざとおおげさにいった。

「しょ、食費を減らされるのは困る。そうじゃ、何かひとつ願いを叶えてやろう」

「じゃあ、一つ質問に答えてくれ。お前、このごろほとんど体を動かしてないよな。どうしてだ?」

「そ、それは…動くのが億劫になったというか…」

「そう言えば、家に召喚された時に来ていた露出の高い服、今は着てないよな。

なんで、今はゆったりしたワンピースを着てるんだよ」

「うっ…それは…」


言いよどむアニスの服を俺はめくり上げた。

そこには真ん丸と膨らんだお腹がどっかりと鎮座していた。


「やっぱりデブってるじゃないか!このニート魔王が!」

「ち、ち、ち、違う!これは、わらわの魔力が脂肪の形で蓄えられうんたらかんたら…」

角がとれたむちむち顔で必死に言い訳する彼女。

「とりあえず、運動して痩せるまで食事抜き!」

そういって俺はビーチボール大に膨らんだアニスの尻を叩き、家から追い出した。





「むむむ、下等な人間の癖につけあがりよって。

しかし、あやつ最近わらわに対する扱いがひどくないかのう…」

追い出された後、アニスはとぼとぼと歩いていた。

自然と通いなれたレストランがある商店街へ足が向いてしまう。


「そこの美しいお客様、流行の服はいかがですか」

商店街を歩いていると、アニスは服屋の店員に声をかけられた。

「わらわのことか?」

「そうです。いまだとショートパンツやTシャツが全品50%OFF。

本当にお美しいお客様にしかお勧めしておりません」

「本当にお美しいとな!? わらわの美しさを理解しているとは、

人間の割にはなかなか見込みのあるやつだな。少し話を聞こう」

「は、はぁ…」

「それで服はどれじゃ?」

困惑する店員をよそにアニスはドカドカと店内に入って行った。


「お客様にはこちらのズボンがお似合いですよ」

店員が示したのは、今のアニスの胴周りではあきらかに入らないと分かる品物。

勧められるままに試着すると、ホックが閉まらず腹の脂肪がはみでてしまう。

「うむ。しかし、わらわの体形では、少し、ほんのすこ~しだけちっちゃくないかの?」

「そそ、そんなことはございません。大変よくお似合いだと思いますよ」

「そ、そうか?そこまで言うなら買ってやるか。あ、あとこのかわいいTシャツもな!」

いそいそと財布を取り出す。

「まいどありがとうございます!」

ドスドスと店を出ていくアニスの後ろで店員が呟いた。

「暑苦しい顔をあんなに嬉しそうにさせてなぁ。角とかしっぽとかのアクセサリーも付けてるし。

ま、とにかくこれでノルマ達成・・と」





服屋で購入したTシャツとズボンに着替えた彼女。

しかし、だらけきった体のラインをごまかせるはずもなく、通行人の注目を(悪い意味で)集めていた。

肉の塊がふたつついているようなバストはサイズオーバーのTシャツを押し上げ、

ブリッジをつくっている。

また、Tシャツに収納しきれなかった三段腹がズボンの上に乗っかっている。

少しでも腰を曲げれば破けそうなほどに引っ張られたズボンのお尻が、

体を揺すりながら歩くだびに左右にスイングする。

それらの肉の隙間に汗がたまるため、黒い汗しみがまだら模様をつくっている。

痩せていたころの怜悧なカリスマ性のかけらもみられないが、

本人は先ほどの店員のお世辞に満足しているのか(気持ちの上では)足取りは軽かった。


なじみのケーキ店の近くに来て、料理の香りに鼻をひくつかせる。

ダイエットという5文字が脳裏に浮かんだが、

前回来た時のクーポン券が財布に残っているのを見つけてしまった。

今日が最後だと自分に言い聞かせ、のそのそと店に駆け込んだ。


店員の怪訝な視線にも気付かず、いつものようにケーキ50個の詰め合わせを注文する。

それらを20分で食べ終わるころには、お腹は一回り大きくなっていた。

席を立とうと伸びをするアニス。

その瞬間、お腹の下からブチっという音がしてズボンのボタンが弾け飛んだ。

と同時に、限界まで耐えていたズボンの生地が肥大した尻の圧力で引き裂かれた。

しばらくは何が起きたか分からずに辺りをみまわしていた彼女だったが、

事態をようやく飲み込むと顔を真っ赤にし涙を浮かべながら、

観衆の苦笑が聞こえるなかそそくさと店を後にした。





夜遅く、俺はアニスの帰りを待っていた。

(さっきは言いすぎたかな)

しょんぼりして出ていったアニスを見て俺は後悔した。

もともと興味本位であいつを地上に呼び出したのは俺なのだ。

帰ったら仲直りしようと、あいつの大好きなアンパンを100個買っておいた。


ガチャリと扉が開く音がして、アニスが帰ってきた。

ぱつぱつのTシャツを着て破れたズボンを手で隠しながら、

赤子のようにぷくぷくとした頬に涙を浮かべている。

「のう。おぬしも笑っておるのだろうな。

暴飲暴食を繰り返し、オークのようになったみじめな魔族の王を…」

「すまん。さっきは俺もいいすぎた。元はと言えば、お前がこんなになった原因は

勝手にお前を召喚した俺にあるんだからさ。責任は持つよ」

「責任…?」

「ああ、満足するまで地上にいるがいいさ。衣食住は面倒みるよ」

「こんなデブ女でもか? エンゲル係数がとんでもないことになるぞ?」

「いいよ」

「性格も尊大で傲慢だぞ? 途中でお前を襲うかもしれん」

「それでも構わない」

「人間のくせにっ…」

太ったアニスに抱き付かれて全身に暑苦しさを感じながら、俺はこれでよかったんだよなと自問した。







2カ月後

「お昼はまだかの?」

「さっき食べたばかりだろ」

「もうお腹が減ったのじゃが…アンパン5つだけでいいから」

「結構な量じゃないか! それに、ごろごろ転がるなよ。床が軋んでるぞ」

「うぐぐ…」

だらしない生活が功を奏し(?)、今ではアニスの魔力は消え失せ完全にただの人間になった。

性格も以前より丸くなった。


一度だけ、魔界から彼女の部下が彼女を連れ戻しに来たが、

変わり果てた彼女を見て失望して帰ってしまった。

もっとも彼女はそんなことはどうでもよく、俺といるだけで良いらしいのだが。

「お腹すいた。」

そういってアニスは太った体を擦りよせてくる。

そこにはかつての威厳は少しもなかった。


やれやれ厄介な同居人ができたもんだ。

少々騒がしいが、こんな生活も悪くはないなと思った。




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