可愛い孫娘のために。
※リサのお爺ちゃん目線。
シュアの『リサ談義』仲間です。
「それでリサってば凄く可愛かったのですの!」
現在、わしは可愛い孫娘のリサの親友であるシュアと紅茶を飲みながらも『リサ談義』を行っている。
わしは今、郊外にあるお屋敷で隠居をしておる。護衛と侍女を雇ってのんびりと暮しておるのだ。今も、シュアと会話をする傍らに護衛と侍女は居る。
引退した身だというのに、わしは少なからず狙われる立場にある。面倒なことよ。
わしの力を借りようと寄ってくるものは少なからずいる。それに比べて目の前のシュアは全くそういうたくらみがないというのだから流石リサの親友を名乗るだけあると思う。
リサはわしの可愛いたった一人の孫娘だ。
わしには二人の息子がいたわけだが、優秀だった長男は戦争で命を落としてしまった。今侯爵家を継いでいるのは出来の悪かった次男だ。一応侯爵家を運営出来るだけの頭はあるものの、育て方を間違ったのか愚息に育ってしまった。
息子の嫁も同様である。
わしは息子とその嫁が好きになれず、孫娘が生まれた時も興味はなかった。が、生まれてから五年後、リサがわしに挨拶にきた時から認識は変わった。
まだ幼いというのに完成されていたリサを見ていて、今まで色々な人間を見てきたわしは気づいた。
この子は周りを大切に思っていないと。どこか線を引いていて、自分に踏み込んでこないようにしていると。まだ幼いというのに周りを自分の味方につける術を知っていることにも驚いた。
息子と嫁はこの子に十分な愛情を注いでいないようにも見えた。
家のためにこの子を使おうというのが見てとれた。わしはその分、この子を愛してやろうと思った。
それからしばらくして、またわしは気づいた。この子は幾ら愛情を注いでも決してそれを返すことはしないだろうと。いうなればリサの愛情は平等で、誰かに特別分け与えようというものではなかったのだ。
確かに誰にでも優しくあれるのはいいことだ。それでも、それは誰も大切にしていない事と同義であった。わしはメルティ(今は亡き妻)とであえて、幸せを満喫した。大切な人がいることは良い事だ。
侯爵家の当主として生きていた時、メルティや友人達にわしは支えられてきた。
わしは、リサが大切な者を作ってくれればそれでいいと思った。リサは一人娘だ。何れ婿を取り、侯爵家を継ぐだろう。その時に大切な存在が居た方が思ったのだ。
シュアの事を呼び寄せたのは、リサの特別になるかもしれない少女だとおもったからだ。遠目に見て、リサに一番近かったのかシュアだったから。
思えばあの時、シュアを呼び寄せていてよかった思う。だからこそ、今可愛い孫娘の現状を詳しく知る事が出来、写真も見せてくれる。リサについてこれほどまで語れる同士(年齢差は激しいが)が居る事は老後の楽しみだった。
初等部の高学年の際に、リサに特別が出来たとシュアから聞いた時本当に嬉しかった。どうか、リサが唯一大切だと思ったその子がリサと仲良くしてくれればいいと思った。
家柄も相手は公爵家の次男。付き合っていくのに問題もなかった。
それでもシュアから聞く所リサは自分から近づく気はなく、交流もなしに何年も過ぎた。シュアが無理やり会わせようかなどといっている中で、ヒメ・メシープルという少女が学園に転入してきて色々騒動が起こった。
少女がシィク・ルサンブルと付き合った時残念だと思った。
もしリサがルサンブル家の次男に恋をし、恋人にでもなれば丁度いいと思っていたのだ。そうして婚約させて、唯一と結婚出来ればリサも幸せを実感できるんじゃないかと思っていた。
最もわしの権力を使えばそれは出来たが、流石に幸せな恋人を無理やり引き裂く趣味はわしにはない。それにリサはそれを望んでいない事はわかていた。
だからわしは何も動かなかった。ただわしが思いもよらなかった展開―――ルサンブル家の次男の束縛により二人が別れた時、わしはどうするべきか迷った。束縛し恋人を疲弊させるような相手への『特別』な気持ちを断ち切らせるべきか、交友を持つように協力すべきか。
ただリサの行動次第で決めようと思った。
でも、リサは行動しなかった。
確かに『特別』を抱いているというのに決して関わろうとしなかった。寧ろシュアからの報告でリサが関わる気がない事をわかっていた。
本人が関わる気がないのにこちらから働きをかけるべきか迷った。リサの幸せはわしや他人が決めるものではない。本人が望むようにしてやりたかった。
最もわしがそんな風に迷っている間にシュアはさっさと行動を起こして、ルサンブル家の次男に接触したらしいが。若者は行動力があるとしみじみと思った。わしも若い頃はメルティを妻にするために奮闘したものだが、もう老いぼれのわしは今はそこまでの行動力はない。
わしはリサがルサンブル家の次男と交流を持っていく様子をシュアから聞いていた。
リサがルサンブル家の次男に恋心を抱いた事もしった。束縛した男にリサが恐怖も一切抱かずに、受け止めている事を知った。
わしは嬉しかった。
シュアから年相応な表情を見せるリサの話を聞き、写真を見せられる事が。
周りに嫌われる事のないように、味方を増やすように、まるで息をするかのように自然と弱音を吐いた人間を救うリサが、大切に思うからこそ、傷ついてほしくないと思うからこそルサンブル家の次男と接する姿を見て安心した。
『特別』がいなければリサはきっとあんな風な表情を見せる事はなかっただろう。わしは、リサが人を『特別』に思った事実が嬉しかった。
「…そういえば、サラガント侯爵家の次男ともめたと聞いたが」
ふと、先日聞いた報告の事をシュアからきちんと聞こうと思いそんな言葉を零してみる。
人ともめ事を起こさないリサが、学園の副会長であるサラガント侯爵家の次男と少しもめたとの報告を聞いた時驚いて、耳を疑ったものだ。それもルサンブル家の次男の件でだと聞いている。
とはいっても嬉しさはあった。
微笑んでばかりでそういう表情を見せないリサが誰かと衝突したという事実だけでも、リサの人間らしい表情があらわになったという事なのだから。ルサンブル家の次男がリサを傷つけるなら別れさせるが、人間らしいリサをわしやシュアに見せてくれた事には感謝している。それはルサンブル家の次男にしか出来ない。
わしやシュアはどれだけリサを大切に思ってもリサの『特別』にはなりえないのだから。
「副会長様はですね、ヒメ・メシープルの事でか、リサの事でか知りませんがルサンブルにやつあたりをしたんですの」
そういってシュアは続ける。
「ヒメ・メシープルの件もあるでしょうけど、あれはリサの事もありますわね。多分リサに少なからず好意でも抱いていたのだと思いますわ。
リサが衝突したのは…、ルサンブルが不安定だったからだと思いますの。ヒメ・メシープルが離れていこうとした時期のルサンブルの状態になりかけてましたから。リサにとってはじめての『特別』ですから、私の可愛いリサも少し冷静になれなかったのだと思いますわ。普段のリサなら笑って副会長様のやつあたりを受けいれるというか、受け流すでしょうから」
シュアはリサの事をよく見てる。
全てを理解出来ているとは言えないだろうが、わしよりもリサの隣にいつもいるシュアの方がリサを理解しているだろう。そのシュアがいうのだからそうなのだと思う。
いつものリサならもし他人から悪意を向けられても、敵意を返す事はないだろうから。
リサが幾ら大人びていようともまだ十代だ。それに自分から近づく事を思わなかった唯一の『特別』と恋人関係になった事への戸惑いも少なからずあるはずだ。リサが色んな事を簡単に受け入れてしまう人間であるのは確かだが、『特別』を受け入れる行為は他人を受け入れる行為とは違うだろうから。
「ルサンブルはヒメ・メシープルに捨てられた事実があるから、心の底からリサを信用しきれていないのかもしれませんわ。まだヒメ・メシープルと付き合いだした当初のような余裕がないように思えますの」
シュアはリサの親友をやっているだけあって、広い人脈を持っている。リサが周りを味方にして人脈を作り、シュアはリサの生み出した人脈を使って情報を集める。シュアはリサを大切に思っているからこそ、情報収集を怠らない。
幾らリサが人を味方につける天才であろうとも、人気者の侯爵令嬢という立場のリサを気に食わない人間がいないわけではないのだから。
リサの凄さはそこなのだ。
味方を自然と作る術をリサは知っている。そしてリサのためにと周りが勝手に動く。けれども行きすぎた行為をしないようにも周りの手綱をしっかり握ってる。
というより、シュアが居る限り周りが『リサのために』をいい訳にとんでもない事をしでかす事はないと思われる。シュアは勝手にリサの不利になる行為をしでかそうとする連中を黙って見ているような子ではない。
「リサはルサンブルを傷つける事を恐れてるようですから、ルサンブルが不安定なのを知っていてつい敵意を向けてしまったのでしょう。リサの人間らしい部分を見れるのは嬉しいですけれども、ないと思いますが万一にリサがルサンブルを優先させるあまり行きすぎた行動をしそうになったら私が止めますわ」
ルサンブル家の次男の事でいつもより冷静ではいられないとしても、リサが万一に『特別』を優先させて行動を間違ったらシュアが止めてくれるという事にほっとした。ルサンブル家の次男はリサに良い影響を与えているが、悪い影響を与えないとは限らないのだ。
本当にリサの本質を理解し、リサのために行動してくれるシュアが居てよかったと思う。
ただリサがルサンブル家の次男の事で冷静さを失うように、シュアもリサの事となると同様なのだ。もしシュアが『リサのために』と暴走しがちになる事があったらわしが止めようと決意する。
一人で考えて行動した結果、間違う可能性は誰にだってあるのだから。
紅茶を口に含みながら、優雅に微笑むシュアは続けて笑った。
「でも心配しなくていいとは思いますわ。今の現状にまだなれていないだけで、リサもルサンブルもきちんと考えて行動する方ですから。ルサンブルには束縛気質がありますけれども、リサが離れないと安心出来れば…、そうですね、あと数年一緒にいれば落ち着くと思いますわ。そしてルサンブルが落ち着けばリサだって冷静に対応できるはずですもの」
それはわしも同感する。
変わった関係に戸惑っていない事はありえないと思うのだ。恋人という関係に変化してまだそんなにたっていないのだから、数年たったら心配がなくなる可能性は高い。
「とりあえず、様子見をするべきだな」
「そうですわ。そういえばルサンブル家にはもうリサとルサンブルの婚約の件、話を通しましたの?」
「まだだ。だが、近々わしが出向いて話をしにいく」
リサにも多くの婚約話が既に舞い込んできているものだが、わしが全部止めてきた。それも幸せになってほしいからだ。貴族として家のために結婚するものも多くいる。それは理解している。愛のない結婚なんて珍しくない。
それでも人を大切に思えないリサに幸せになってもらいたかった。まだ社交界デビューもまだなリサだから婚約をしていなくてもおかしくはないし、結婚の適性年齢のギリギリまではリサを幸せに出来る相手を探すつもりだった。
リサがはじめて『特別』に思い、恋人となったルサンブル家の次男の家柄は身分的な問題でも問題がない。ルサンブル家は我が侯爵家よりも格上であり、ルサンブル家の長男は王妹を妻にめとる事を許されるほどに王家からの信頼を得ている。
そんなルサンブル家の次男が相手なら、あの息子達も文句を言うはずもない。実際にルサンブル家と婚約を取り付けるから邪魔をしないように言った際、息子は快く頷いた。
「そうなのですの。なら、頑張ってくださいませ。でも慎重にやってくださいませ」
「そのつもりだ。可愛いリサのために秘密裏に進めるつもりだ。そうだな……、様子見の期間も兼ねて、正式に婚約を発表するのは一年後以降として話を進めてみよう」
集めた情報によると、ルサンブル家の長男と次男の仲は悪くない。寧ろ昔から執着心の激しかったらしい(集めた結果知った)次男の事を心から心配していた。
だからこそ、きちんと理由を告げて一年後に正式の発表―――本人達には直前にでも告げる予定だ――という事で進めれば上手くいくはずだ。
「それがよろしいと思いますわ。その頃にリサも社交界デビューするでしょうから、婚約発表はその直前でいいと思いますの」
そのつもりだとわしも頷いた。
この国の社交界デビューは大体、上級階級の子供達は高等部の内にすませる。社交界の場は人脈を作る場でもあり、若者達にとっては結婚相手を探す場である。
家同士の婚約話が正式に発表されているならば、リサやルサンブル家の次男を結婚相手として見るものはあまりいないだろう。それにわしの決定として発表していればなお、わしの不孝を買おうと思うものは少ないだろうからわざわざ仲を引き裂こうとするものもいなくなるはずである。
「最も私も含めて多くの令嬢や子息達がリサを慕っていますから、リサの幸せを邪魔しようという愚か者がいたとしても成功はさせませんけれど」
にこにこといつも通り微笑んだままシュアはいう。
「それはありがたいが、シュアはそういう相手はいないのか?」
昔からの仲であるシュアは正直わしにとってもう一人の孫のような存在だ。リサの事を大切に思ってくれているのはありがたいのだが、シュア自身にも幸せになってほしいわしとしてはシュアの事も心配であった。
「私ですか? いませんわ。まぁ、社交界の中で後々私にぴったりな殿方を探しますわ! リサを優先してもお怒りにならず、良好な関係を築ける方がいいのですの」
シュアは昔から口を開けばリサの事ばかりであった。そんないつも通りの発言に、侍女や護衛が苦笑を浮かべている。
「まぁ、わしからもよさげな男がいたら紹介しよう」
「本当ですの? それは嬉しいですわ」
にっこりとほほ笑むシュアを見ながら、シュアを任せられる男も調査して割り出していく作業もこれからしようと思うのであった。
シュアときたら、リサを優先させるあまりに結婚話がまとまらない事もあるかもしれない。この可愛い孫娘を本当に大切に思ってくれているシュアにも、幸せになってほしいのだ。
―――――可愛い孫娘のために。
(わしには可愛い孫娘のリサと、孫娘のように思えるリサの親友のシュアという幸せになってほしい存在が居る。リサのために婚約話をまとめあげ、シュアのために結婚相手を割り出そう。リサとシュアの結婚式を見る事が出来るなら、わしもどうしようもなく幸せを感じる事は出来るだろうから)