高嶺の花と決めつけたのは俺だった。
※ヒメの逆ハー要因の1人、副会長side
幼いころ父上に連れられていったパーティー。
ドレスに着飾り、噂話をする貴婦人達。腹の探り合いをする貴族たち。はしゃぎまわる貴族の子息達。
さまざまな人があふれているパーティー。
はじめてのパーティーだったけれど、詰まらなくて端の方で俺はふてくされていた。
そんな中で、周りがざわざわと騒ぎ出し、それに興味を持って俺は騒ぎの方を見た。
その先には一人の少女がいた。
周りからの視線を一身に集めながらも、美しい銀髪の少女。
「……父上、あの子は?」
思わず目が惹かれて、父上に少女の名を聞いてしまった。
「ああ、あの子は―――」
父上がいったその名前が俺の心にひどく残っていた。
それが俺の初恋だった。
俺は、ヒメ・メシープルが好きだった。
ヒメは優しくて、あたたかくて、誰にでも手を差し伸べた。
それに加えて、可愛くて。
思い返してみれば、俺はきっとヒメが初恋の彼女に似ていたからこそ惹かれたんだと思う。
はじめてヒメを見た時、彼女みたいだとただ思った。
俺の持っていた兄上への劣等感とかに気づいて、つつみこんでくれるような優しさをくれた時、ますます似ていると思った。
好きだと思った。愛しく思った。ヒメと一緒に居たいと思った。
だけどそれは俺以外の男たちにとっても同じだったらしく、沢山の男がヒメに惹かれた。俺はヒメに好いてもらおうと必死だった。誰かにヒメを取られないように、なるべく傍にいた。
ヒメに夢中になっている間生徒会の仕事はしていたけれど、他の連中とは疎遠になっていた。友情よりも恋愛感情を俺は優先して動いていた。もっとも俺には数えられる程度しか友人はいなかった。侯爵家の子息ということで地位目当ては沢山いたけど、対等な友人は少なかったんだ。
ヒメはある貴族の隠し子で色々苦労してきた子だった。それだけ苦労していたのに前向きで明るくて、いつでも笑っていた。
その笑顔が好きだった。誰にでも優しく笑う笑顔が好きだった。
でもヒメがシィク・ルサンブルのものになった時も、その束縛に耐えられなくてあいつと去って行ったときも俺の中では悔しさとかそういうのはわいてこなかった。もっと行動してればヒメと付き合えたんじゃないかっていう後悔も。
確かに好きだった。惹かれていたのは確かだった。
それでも失恋した後に初恋のあの子をみたら、一気に自分の気持ちに納得した。
ああ、似ていたから好きになったんだと。幼いころから一目ぼれをして、ずっと目で追っていたあの子―――リサ・エブレサックに似ていたから、惹かれたんだと。
そんな風にすとんっと心の中で納得出来たのだ。
ヒメはあの子みたいに誰にでも優しい。
ヒメはあの子みたいに温かい。
ヒメはあの子みたいに誰にでも手を差し伸べる。
ヒメの事が好きだった。でもそれはあの子が手に入らないからの代わりとしてだったのかもしれない。それを自覚したら、ヒメが俺を選ばなくて良かったと思った。代わりの愛情なんてあんなにまっすぐで優しいヒメに向けていいものじゃない。
でもいざそれを自覚したとしても、俺はあの子に近づく努力も、好かれようとする行動もしなかった。
仕方がないことなんだ。だって、あの子は高嶺の花だったから。
同じ侯爵家の子供だったから、地位はつりあっていた。でも、彼女は俺にとっては手の届かない存在だった。
誰にでも優しくて、明るくて、まっすぐで、沢山の人に慕われていた。
様々な人間が彼女に好意を寄せていた。誰もが彼女をも求めた。
それでも彼女は一度としてうなづいたことはなかった。
誰に告白されようとも断り、いつしか彼女は学園の高嶺の花と化した。
近づくことは恐れ多い、好きになってもらうなんておこがましい。そう思ってしまうような存在で、この学園の人気者だった。
だからこそ俺は勝手に思ってた。
彼女が誰のものにもなるはずがないと。
彼女も貴族だから、誰かといずれは結婚することはわかってたけれどどうしてもそう思った。
そして、もし誰かと彼女が結婚するとしてもそれはよっぽど彼女のように出来た人間で、誰もに認められる人間じゃないと許されないだろう。
そんなふうに、感じてた。
それなのにヒメが去っていた一年後、彼女はヒメを束縛した男………シィク・ルサンブルと付き合いだした。
信じられなかった。
言葉で言い表せないほどの驚愕が、俺の心を支配した。というより、学園中がその話題に驚きを示し、彼女を心配したものだ。
俺はその噂を聞いた時、嘘だと思った。
シィク・ルサンブルが彼女に惚れて彼女をものにしようと噂でも流したんじゃないかとか、脅されて優しい彼女が他人のために自分を犠牲にしたんじゃないかとか。
そんな思いばかりだった。
だって当然だ。シィク・ルサンブルは学園から退学することはなかったものの、ヒメに対しての束縛は目に余るものがあった。学園の大半がヒメに同情を示し、シィク・ルサンブルの事を非難したのだ。
彼女はその噂を知っているはずだ。そんな男と彼女が付き合うなんて許せないと思っている人間も俺の周りだけでもかなりの数がいた。
俺自身も彼女をシィク・ルサンブルが無理やり手に入れようとしているのかもしないと考え付いた時、憤慨した。
彼女もヒメ同様に疲弊して傷ついていると思った。
でも遠目に見る彼女はシィク・ルサンブルが傍にいようといつも通りで、付き合っていることは本当だと笑っていた。
ヒメはシィク・ルサンブルの束縛におびえて、表情に出すようになっていた。おびえたような目に、周りがシィク・ルサンブルの異常性に気付いたほどだったのだ。
そんな男と彼女が付き合ってる。それを肯定してる。
彼女がいつも通りで決しておびえたような目をルサンブルに見せなかったとしても、それでも俺は脅してると思ってしまった。
だって彼女がルサンブルと付き合うことは受け入れられなかった。
ルサンブルを許せないって人間は付き合いだした当初は多くいた。だというのに、しばらくすればそんな意見は徐々に少なくなっていた。
どうして、と思った。
そんな中で、あのシュア・ミルガントが騒ぐ連中を説得して回ったのだと聞いた。彼女の幼いころからの親友で、最も彼女が不幸な目にあえば憤怒しそうなミルガントがルサンブルを認めている事実が衝撃だった。
ミルガントはあんな男が彼女と付き合っていて許せるのかと思った。
他の連中もミルガントに説得されたからと、あんな男が彼女と共にあるのが許せるのかと思った。
彼女は、そう高嶺の花だ。
周りから認められるほどの彼女とつりあえる人間じゃなければ隣は認められない。それなのに、どうしてヒメを束縛し非難されたルサンブルが彼女と付き合っていて許せるんだ。
俺がそういっても周りは「リサさんがいいっていってるから」とか「ミルガントも認めてるし」とか「リサ様が幸せそうだから」だのいって徐々に認めてきてる。
なぜと思った、どうしてと思った。
歯がゆい思いで一杯で、ルサンブルが彼女のそばにいて、笑いあう姿に何故だかどうしようもなくいらだってしまった。
ルサンブルが彼女に何かしたのではないかとやっぱり思った。それならば助けなきゃと思った。それでも俺は彼女に、高嶺の花である彼女に近づくことはできなかった。
歯がゆい思いで一杯で、どうしようもなくいらだって、友人たちに心配された。「どうした?」と聞かれても俺は彼女が『初恋』だと言うことさえ、誰にも告げてなかった。
どうして彼女はヒメのように苦痛に顔をゆがめないんだろう。あんなに束縛が強い男なのに。彼女が憂いを見せればきっと周りは彼女とルサンブルを引き離してくれるのに。
そう思う俺はきっとルサンブルが彼女と別れることを望んでた。
彼女は俺なんかには届かない存在だ。
人気者で優しくて、完璧でまっすぐで、完璧な後輩。
そんな彼女がルサンブルと一緒に居るのが嫌だった。
そんな思いにふける中で、俺は1人で行動しているルサンブルを見つけた。
思わず、話しかけてしまった。どうしようもなく渦巻く思いが止まらなかった。
「ルサンブル」
俺が声をかければルサンブルはこちらへと視線を向けた。だけどその目には興味は一欠けらもない。基本的に人に興味がないのか、この後輩は大抵の生徒への対応がこのようで愛想がない。
そういう所も誰にでも優しい彼女につりあわなく思えていらだった。
「お前、今度はエブレサックを犠牲にするつもりか。ヒメをあんな束縛しといてよくもまぁ付き合えたな」
自分でも冷たく、言いがかりのような言葉だったと思う。
だけど、止まらなかった。周りに何人か人がいたけど、無理だった。
ルサンブルはその言葉に反応して、こちらを睨みつけるように見た。
光に反射して煌めく金色の髪に、緋色に染まった瞳。悔しいけど外見だけはいいと思う。周りが騒ぐのもそこは納得出来る。
「エブレサックが優しいからって付け込んでるのか?」
「……違う」
「じゃなきゃ、エブレサックがどうしてお前と付き合うんだよ。ヒメを束縛しといて」
止まらない言葉。
人の交友関係になんて口に出していいものじゃないって思う。それでもどうしても出てしまう。
「エブレサックがヒメに似ているから、付き合ってるのか?」
何も言わないルサンブルに俺は続けていった。
その言葉にルサンブルは驚いたようにこちらを見ていた。その表情を怪訝に思い見かえせば、ルサンブルは脅すような低い声を出した。
「……副会長、リサが好きなのか?」
緋色の目が一気に細められて、地を這うような冷たい声が響いた。
それを見て、ああ、と歓喜した。やっぱりこいつは独占欲ばかりの人間で、彼女のそばにいていい人間じゃないと。こんな風に人を射殺さんばかりに睨みつける姿をみれば彼女も恐怖し、ミルガントもルサンブルを認めなくなるだろうと。
「ヒメの代わりにエブレサックをって? それで同じように執着してるとかまた逃げられるぞ?」
彼女もルサンブルと別れるだろうと思うといい気分になって、そんな風に笑った。
自分の口から出た嘲笑うような声に自分で驚いた。
「違う。ヒメとリサは似てない。代わりじゃない。それに…リサが俺の傍から離れるとかふざけたことぬかすな」
そう告げると同時に一気にルサンブルの魔力が膨れ上がった。
ヒメと別れた後と一緒だ。やっぱりこいつはくるってる。一気に充満した魔力はルサンブルの実力を考えれば、恐ろしいものだ。
ルサンブルはその家柄や外見はもちろんのこと、実力もある。魔力量だって多くヒメの件で批難されるまで『完璧で将来有望』だと言われていた。ヒメへの束縛により、評価はガタ落ちしている。
そもそもそれを考えれば彼女を溺愛しているという前侯爵家当主が黙っているのが不思議だ。引退した身でありながら、いまだに色々な場所に影響力のある侮れないご老人である。
「ふざけたこと? 違うね。優しいヒメにさえ逃げられたお前にだからこそ、いってんだよ。いくらエブレサックが優しかろうとそんな姿を見れば逃げるだろう」
はっと笑いながらいえば、益々表情を硬くしてルサンブルはこちらを見た。
その狂ったような異常な目を見て、こいつは暴走すると思った。暴走すれば流石に言い逃れは出来ず、別れるだろう。
そう思っていれば、
「先輩、シィクに何を言いましたか」
彼女の声が響いた。
声のしたほうを見れば、彼女とミルガントがこちらに近づいてきていた。
近くで彼女を見たのは本当に久しぶりで、彼女の声をこんなに近くで聞いたのも本当に久しぶりだった。
心臓が震えた。
腰まで伸びる銀色は彼女の美しさを強調している。すべてを包み込むかのような優しい新緑の瞳がこちらを見ていた。
幼いころに惹かれて、手を伸ばしても届かないと思っていた彼女。視界に捉えたら、どうしても目が離せないほどに人を引き付ける彼女。
ヒメと対峙していた時と比にならないぐらい、緊張が走った。
「………リサ」
相変わらず魔力を放出したまま、危ない目をしているルサンブルがその名を呼んで近づく。
それでも彼女はおびえたような目をルサンブルに見せない。危険人物が彼女に近づいているというのにミルガントは彼女とルサンブルを観ているだけで止めようという素振りはなかった。
俺は彼女に見惚れて、動けない。
でも彼女が危険だと、逃げろと叫びたかった。でも俺は彼女を前にすると動けなかったのだ。
危ないと思ったのに、彼女は笑ったまま驚くべき行動にでた。恐ろしいまでにどこか狂ったような目のルサンブルをただ抱きとめた。
すがりつくように触れるそのルサンブルは安心したように息を吐く。でもそれでもまだその目は、雰囲気は消えない。
「リサは、俺の傍にいるよな?」
低い声だった。その声を上げて、彼女の手をきつく握る。
ヒメが跡がつくまで腕を握られたといっていたから、ヤバイと思った。彼女が危険だと。
それでも彼女はどこまでも優しく笑ったままで、その笑顔を見ると動けなかった。
「ええ。何か言われたの? でも大丈夫よ、シィク。他人の言葉を気にしないで大丈夫よ。私はシィクが私と離れたいって言わない限り離れるつもりはないわ」
ほほ笑んだまま、ポンポンッと背中を安心させるように叩く。
見るものを穏やかにさせるような、今まで見たこともないような優しい笑みで、受け入れる。彼女がしたことはそれだけだった。
でもたったそれだけで、ルサンブルのあの異様な執着心ゆえの行動が消えた。
狂ったような目がなくなり、力をこめていたであろう手がはずされる。
「シィク、少し離れてくれる?」
「…ああ」
落ち着いたのかルサンブルは彼女から離れる。それでも彼女の手を握ったままだ。
そんな2人を見て、ミルガントはにこにこと愛らしく笑っている。
彼女とミルガント、そしてルサンブルと俺までいるわけだから徐々に人が集まってきていた。
「先輩、シィクに何を言いましたか?」
再度、問いかけられる。
いつも微笑んでいるその目が、穏やかなその目が、敵意のようなものが含んでいる気がして驚いた。
「お、俺は―――……」
言えなかった。優しい彼女を前にして、自分がいっていしまった彼女を汚してしまいそうな汚い言葉なんて。
彼女があんなルサンブルを見ればおびえると思ったのに、決してそんな事もないのも予想外で、どうすればいいかわからなかった。
何も言わない俺に、彼女は視線を向ける。
「言わないなら結構です。でもシィクを不安にさせないでください」
聞いたこともないような冷たい声だった。
「シィクと共にあることを望んだのは私自身です。ですから、何か文句があるなら私にいってください。シィクを傷つけるなら、私は貴方を許しませんから」
それは明確な敵意だった。
誰にでも優しく、平等な彼女の敵意に困惑した。
完璧で、俺では手が届かないような彼女の年相応な姿をはじめて知った。いつだって彼女は大人びていて、そのような姿を見せたことがなかった。
それなのに、彼女はルサンブルのためなら人に敵意を向ける事を躊躇わないのだ。
唖然として立ちつくす俺を背に、彼女はルサンブルの手を引いてその場から去っていった。
その場に残るのはあの『リサ・エブレサック』を怒らせた俺に対する敵意を露わにする傍観者達と、にこにこと笑いながらもどこか冷めた目をこちらに向けるミルガントだった。
「副会長様、先ほど周りに聞きましたけどルサンブルにリサとヒメ・メシープルの事を言ったんですって? 副会長様は私の可愛いリサがルサンブルと付き合うことが気に食わないんですか?」
赤色の目がこちらを見据える。
「……それはっ」
「どうせ、リサがルサンブルに何かされるとかだまされるとか勝手に思っていたのでしょう? でもそれは違いますわ。リサは望んでルサンブルと付き合っているのですよ。だから他人の副会長様が口を出す問題ではありません」
反論も出来ないほど冷たく言い放つミルガント。
周りのミルガントに同調するような声が痛かった。でも確かにその通りではあるから、何も言えない。
「そういった人たちは私が話し合いをさせていただきましたわ。リサとルサンブルに直接いかれても困りますから。ただ副会長様がルサンブルに突っかかっていくとは予想外でしたわ」
にっこりとほほ笑んでミルガントは俺を見ている。
「それにしてもルサンブルに突っかかっていくなんてリサを好いていたのでしょうか? まさか副会長様ともあろうお方が勘違いしているおバカさん達と同様、『リサが高嶺の花だから』だの『ルサンブルでは釣りあわない』だの愚かなことを思ってたわけではありませんよね?」
普段彼女のそばで無邪気に笑っている姿からは考えられないような冷え切ったような声だ。
ミルガントは彼女の敵には容赦がないと聞いている。これは先ほど彼女が俺に敵意を見せたからこういっているのだろう。
「ま、とりあえず一言言いたいことと言えば、副会長様がリサとルサンブルを引き離したいたいというなら私の持てる力すべてを使って副会長様を二人に近づけさせず、その思いを叩きおってさしあげますわ」
無邪気な笑みとは違う、どこまでも冷たく言い放ったミルガントはその後「では、私はリサを追いかけなきゃいけないので」といって去っていった。
残された俺は、周りから冷たい視線を向けられるのだった。
後から友人たちに何をやっているんだと怒られた。俺も対面して、敵意を向けられて流石に認めざるを得なかった。
彼女が望んでルサンブルと共に要ることを。
それを思えば彼女は高嶺の花ではなく、行動すれば届いたんじゃないかって一気に実感した。
「…は、馬鹿らしい」
思わず口から洩れた声。
勝手に惹かれたのは俺自身。そして勝手に高嶺の花で誰のものにもならないと思ったのも俺自身。
きめつけなければ、行動してれば、手が届いたんじゃないかって思ったのは今更ながらの後悔だった。
――――高嶺の花と決めつけたのは俺だった。
(彼女が誰のものにもならないと思ったのは俺だった。彼女も普通の少女で誰かと付き合うぐらいする。もっと早くにそれを自覚してれば何かが変わったんじゃないかって今更ながら後悔してる)