手放さないようにその体をきつく抱きしめた。
※生徒会長sideであります。
彼女を色で例えるならば、そう真っ白だった。
穢れを知らず、汚い世界を知らず、何色にも染まらない。そんな彼女――ヒメ・メシープルだったからこそ、あの学園で俺も含めた多くの男に惚れられる事になった。
彼女は人の心に入りこんでくる。全くの躊躇いもせずに、それでなお自然に。
それは一種の才能だっただろう。
彼女は真っすぐで、人を疑う事を知らない。彼女を守ってあげなければならないって衝動にかられて、思わず勝手に体が動いてしまう。
彼女は悪意から、周りの人間にきっと守られて、それはもう大切に生きてきたのだろうって。あの学園ではじめてあった俺でもわかった。
俺は綺麗で、まっさらで、そして何処までも幸せを信じ切っているそんな彼女を好きになった。そんな馬鹿な彼女を心底愛しく思ったのだ。
公爵家の息子で、それも長男として生まれた俺に手に入らないものは今までなかった。
だからこそ、ヒメのことをどうやって手に入れればいいかわからなかった。
今まで女は向こうから寄ってくるもので、俺から望むものでは決してなかったのだ。
どうすれば欲しいものが手に入るのだろうか。ヒメのことを俺のことを好きになるのだろうか。
わからなかった。
でもわからないなりにヒメに好きになってもらいたいと必死だった。
好きだという思いをさっさと告げた。好きだからと、ただ何度も言った。気持ちを自覚したら言いたくて、すぐに告げた。
それにヒメは顔を真っ赤にさせて、ありがとうといって、だけど恋愛感情はわからないからと謝った。
彼女は無垢だった。どうしようもないほど純粋だったのだ。
そんな彼女が好きだった。貴族社会では決して見られないその愚かだと言えるほどに真っすぐで、純粋な所が好きだった。
彼女が欲しかった。
だけど彼女は奴――シィク・ルサンブルと付き合いだした。
奴は二つ年下の、学園内でも人気の男。俺と同じ公爵家の息子で、次男だから跡取りではないもののこの学園でも優良な結婚相手として見られている男だった。
誰も近づけさせないといった冷たさを持っていて、奴に近づきたい人間は多かったが望んでも傍に行く事を許されなかった。だけどヒメはそんな奴にとっても特別で、奴ば見事俺も含めて多くの男が求めたヒメの心を射止めてしまった。
ヒメは、
「彼には私が居ないと駄目だもの。私は彼の傍にいて彼を救ってあげたい」
そんな風に笑っていた。
結局彼女が奴と付き合い始めた理由は、奴の弱さにあったのだと思う。
どんな弱さかは俺にはわからないが、その弱さがヒメの心に「シィク・ルサンブルの傍にいたい」という気持ちを与えたのだけはわかった。
悔しかった。
ヒメのことが好きで、ヒメが欲しかったからこそ複雑な気持ちが一杯になった。
だけど、ヒメが幸せなら良いかとおもった。俺は笑っているヒメが好きなのだ。馬鹿みたいに真っすぐで、未来が幸せだと信じてあの太陽のような笑みを浮かべるヒメが好きなのだ。
俺が無理やり別れさせようなんて真似をしたらそんな笑顔を見れなくなってしまう。
そんなの、俺は嫌だった。
だからずっと見守っていた。
笑顔で祝福をして、ヒメと奴の付き合いを見ていた。
でも、その付き合いは奴の束縛に終わった。
思うにシィク・ルサンブルの弱さはヒメには重すぎるものであったのではないのだろうか。
奴を受け入れられる事を信じて、ずっと傍に居れる事を信じてヒメは奴と付き合い始めた。でもこの世に永遠などありえない。男女の付き合いが長く続く事は当たり前のことではない。
当たり前のようにずっと一緒に居れると信じていた彼女が馬鹿みたいに純粋だったというそれだけの話。
奴の愛情と弱さは、ヒメには重すぎた。
ヒメと別れても奴は束縛の残ったままだった。奴も情緒不安定な様子があった。でもそれはどうでもよかったのだ。
大事なのは奴が彼女を手放したという事実だ。
奴と別れて弱っている彼女に付け込むようだが、それでもチャンスはチャンスだ。
俺はヒメに出来る限り優しく接した。弱っているヒメをこの機に手に入れてしまいたかった。
彼女は奴の愛情に、弱さに脅えていた。
奴はどこか欠陥しているのかもしれない。彼女を本気で思っていたのは本当だっただろう。でもそれは重すぎた。
奴のそれは異常な愛情と言えた。
「ヒメ、俺はヒメが好きだよ」
俺はヒメが奴を恐がり、弱っているのをいいことにヒメに近づいた。
俺だったら好きな女を逃がすようなヘマをしないのにと奴のことを思う。大切だから、ずっと傍にいてほしいと初めて望んだ存在だから、俺だったら奴のような束縛心は出さずに、うんと彼女に優しくする。ヒメが望むような優しい恋人になる。
そして手放さないようにする。
「……うん」
奴のことで傷ついたヒメは案外すんなり俺の手を取った。
それは誰の手でもいいから取りたかったという彼女の弱さがあったのだろうと思う。
きっと俺じゃなくてもその時、手を差し伸べる奴がいれば彼女は手を取っただろう。俺が一番早く彼女に手を伸ばしたから、彼女がその手を取った。
そんな、ただそれだけのことだったのだと思う。
でも俺はそれでもよかったのだ。
誰でもいいと彼女が手を取ったとしても、手放さないように、俺から離れないようにするだけだから。
きっかけはどうでもいい。後から俺と一緒に居たいと望んでくれればいいと思った。
そして逃げるように奴の前からヒメと俺は消えた。
転入した先の学園で、俺とヒメは公認カップルとして過ごしていた。
ヒメが奴の所から去ってから、少し変わった事ぐらい理解していた。見ていたからその位わかる。
彼女は奴の弱さを恐れてから、前のように人の心に容易に触れることが出来なくなっていた。出会った事のように『誰でも自分は救える』なんてバカみたいに能天気で真っすぐな一面は身を潜めていた。
そして彼女が少なからず奴のことを考えていることはわかってた。
俺の傍にべったりとよりつくのも、奴のことを思い出しそうで必死だからだとわかってた。
ヒメに優しくした。軽い嫉妬だけを見せて、重い束縛などしなかった。ヒメがしてほしいように行動した。
貴族の跡取りとして教育を受けた俺にとって、相手が何をしてほしいかというのを予測するのは簡単だた。
ヒメは真っすぐで単純な考えだったし、何より俺が彼女のことを好きでずっと見ていたからすぐにそれがわかった。
だからヒメの望むようにした。
奴とのことで傷ついて、弱っていた彼女はそれに縋っていた。どんどん俺と言う存在に彼女が依存していて、甘えていた。それをわかっていた。
それでもよかった。
ただ奴のことをヒメに完全に忘れてもらいたかった。俺と傍にいるのだともっと思って欲しかった。
そんな事を思ってどうしたらよいかわからない中で、俺は驚くべき噂を耳にした。
あのリサ・エブレサックが奴と付き合いだしたという噂だ。
リサ・エブレサックは、奴や彼女とは別の意味で目立つ。
何より人望が厚い。いつも微笑んでいて、周りの悩みを解決したりして、異常に慕われている後輩。そして誰に告白されても毎回断っていた。婚約者持ちの生徒だって憧れるような所謂高嶺の花のような少女。
そんな後輩がシィク・ルサンブルと付き合うとは思わなかった。
驚きはしたけれどもこれは使えると思った。
奴が新しい女を手にしているのを見せれば、ヒメは俺の方をもっと見てくれるんじゃないかってそう思ったから。
タイミングをはかろうとしばらくはヒメにもそのことを伝えずに居た。
どうせならリサ・エブレサックとシィク・ルサンブルが何処までも仲の良い様子を見せる方がいい。そして噂を聞いてしばらくたった頃、それをヒメにつげれば彼女は驚くほどに動揺していた。
やはり、彼女の中に奴の存在は大きかったのだ。
「……見に行こうよ。心配だよ、私」
そんな風に彼女はいったけど、きっと内心はまた違ったんだろうと思う。
「シィク、今日はあそこに行きましょう」
「うん。行こう」
俺は彼女の望み通り、昔通っていた学園へと彼女と共に向かった。
そこで真っ先に見たのは、学園の近くに存在する商店街を仲良さそうに歩くリサ・エブレサックとシィク・ルサンブルだった。
ヒメはその様子を見たと同時に俺の手を引いて、そのまま隠れた。
二人を見据える彼女の表情は硬い。もしかしたら彼女は馬鹿みたいに今でも奴が思ってくれているのではとも思っていたのかもしれない。
本当愚かなほどに楽観的で、真っすぐだ。そういう所も愛しいから何も問題はないけれども。
それと俺も二人を見て驚いた。
リサ・エブレサックの笑みは噂で聞く大人びた聖女のような笑みではなく、年相応の笑みだったから。そしてシィク・ルサンブルも異常な束縛をしているようには見えなかったから。
あの二人は幸せなのだろう、見ていてそれがわかるほど幸せそうだった。
しばらく二人が通り過ぎるまでまで俺とヒメは隠れるのをやめた。ヒメは無言だった。何も言葉は出ないと言った様子で、その後彼女は昔の知人に会いに行こうといった。
俺は彼女の気が済むまでやりたい事をやればいいと思っているから、それに頷いて一緒についていく。
俺の手を握る彼女の手はいつもよりも力が入っていた。
やっぱり、二人の様子を見て色々な思いが彼女の心の中で一杯になっているらしかった。
彼女はその後知人達に二人の様子を聞いてもらった。
彼女は奴が束縛を今はしていないの? と聞いた。でもそれは違うと知人達はいった。
俺もそれは驚いた。
ヒメの耐えられなかった奴の愛情と弱さを、リサ・エブレサックが受け入れられるほどに強かった事を。
ヒメとリサ・エブレサックは何処か似ていたから。実際、副会長の男なんてリサ・エブレサックとヒメを重ねて好意を抱いていたようだったから。
リサ・エブレサックも侯爵家の長女だから、貴族の強かな面も知っているだろうし彼女より強さを持っていたのかもしれない。
「――――カイト、帰ろう」
しばらく話を聞いた彼女はそう言って俺の腕に手を絡ませた。
「いいのか?」
「うん、もういいの。彼女も彼も幸せそうだから」
それはきっと本心ではなかったのだろう。奴への思いがあるからすくなからず複雑な気持ちを抱えていたのだろう。
でも俺にとってこれでいい。
これで奴の幸せそうな一面を見て、ヒメは奴への思いをなくそうとするだろう。そして俺の傍にもっと居るといってくれるだろう。
それから帰って、俺はヒメの体を抱きしめた。
弱り切った彼女が俺の物に本当になるように。
「俺はずっと傍に居るから」
そんな風に甘い言葉を吐く。
敢えて弱り切った彼女に俺はそんな事を言う。彼女の心に俺という存在がもっと刻み込まれるように。
「うん…」
それにヒメは縋るように頷くのだった。
弱り切って、俺に縋るヒメが愛しい。絶対にこの手を離さない。そう思って俺はヒメの体をきつく抱きしめるのであった。
―――――――手放さないようにその体をきつく抱きしめた。
(馬鹿みたいに真っすぐな彼女が好きで、傍にいてほしいから。だから、彼女が俺の傍にいるように俺はその弱さに付け込む。手放したくないんだ。はじめて欲しいと思った人だから)