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捨てるなら、最初から拾わなきゃいい。

 知ってたくせに。どうして、彼の手を離したの。ただ私は彼女に冷めた目を向けて、そう告げたかった。

 彼―――シィク・ルサンブルは魔法学園でも有名な少年だった。大貴族の子息であり、見た目も美しく、その力も強い者だった。

 金色に光る髪に、緋色の瞳。美形と称されるその顔は女子生徒達には昔から人気だった。

 初等部からあるこの学園で、私は幼少の頃から彼を知っていた。人に囲まれても、冷めた目を浮かべる彼に気付いていた。

 他の少年少女達はただ彼を凄いと騒ぐだけだった。ただ私がその目に気付いたのは、前世の記憶なんていうバカげたものを持っていたからだ。

 前世、日本と言う国で生き、20歳で事故死した私はこの世界に記憶を持ったまま生まれ変わった。

 前世の私は冷めた女だった。現世の私も前世の記憶があるせいか、妙に冷めている。子供の頃に見たものは大きな影響を及ぼすものだ。前世の私の冷めた部分はほとんど幼少の頃に心に刻まれたものだった。

 両親はトラウマだった。にこやかに話した相手の悪口をすぐにいいすて、喧嘩をする癖に仲の良い夫婦を演じる。それをずっと見せられた。

 そりゃ、誰にだって仮面ぐらいあるだろう。作った姿だってあるだろう。でもそれを子供の前で隠しもしなかったのだから、私にとって仲の良い夫婦は幻想だ。恋人にも同じ事が言える。そんなものが存在しているという事が信じられない。

 友情だってそうだ。面倒な人間は切り捨てられるものであろうし、結局絶対的な絆なんてこの世にないんじゃないかと20年しか生きた事ない小娘だった癖に思ってた。愛情も友情も永遠に続くなんて、きっと物語の中だけだ。

 生まれ変わってもそんな思いは変わらない。でも何処かでそういう絆があったならいいなとは思ってた。現世の両親も仲のよさなんてなかったけれど。貴族の両親には愛人だって居るし、結局、そういうものなのだ。

 そんな私が彼を昔から見てたのは、ただ孤独を感じる冷めた少年なんて物語の主人公みたいだったから。いつか彼を救うヒロインでも現れるのだろうかとちょっと考えていただけだ。

 実際にそのヒロイン―――ヒメ・メシープルが現れたのは中等部の時で、訳アリな美少女転入生なんていうありきたりなものだった。私は彼らと関わらないままにただ観察していた。私はただの傍観者だった。

 ヒロインの引き起こす騒動も、彼が徐々に心を開いていく様子も、逆ハー展開を引き起こしているのも私にとって他人事でただの観察対象だった。騒動で自身に降りかかってきた危険は自分で排除出来る範囲だったから何も問題なかった。

 ずっと見てたのだ。彼が彼女に笑いかけるようになった時を。心をゆるしていった姿を。あんなに冷めた彼が彼女に本音を零せるようになった瞬間を。その一瞬一瞬を目で追った。見つからないように見ていた。ただ、見て居たかった。

 彼女は本当に物語のヒロインみたいに、何だか色々な人の弱さを知っていった。心にすーっと入っていって、その心を知っていくのだ。純粋にあんな子実際に居るんだと驚いた。何処か冷めてしまっている私には決して出来ないし、やろうとさえ思わない真似だ。私は人への関心が少ないし、気付いてもその心を知ろうなんて思わない。それとも誰でも救えるとでも思ってるのだろうか。そう考えると訳アリでも彼女は愛されて生きてきたのだろうと思った。

 だって愛されていきてこなければあれだけ純粋でいられるわけないのだ。あれだけ周りを信頼して、人のために生きようと出来るのは、きっと自分の人生に満足してるからだろう。だって自分の事もままならない人にとって他人を思いやる余裕なんてない。違うかもしれないけど、少なくとも私はそう思う。

 見ていくうちに彼は彼女に愛情を持った。恋愛感情と言う名の執着だったのかもしれない。でもきっと彼が彼女を愛したのは事実だっただろう。昔から観察していた彼の感情の動きは私にはよくわかった。最も恋愛感情をよく理解出来ない私にとって思う恋愛感情だったけれど。

 彼女はよくモテた。他の人達にとって幼い子供の恋愛や本気の初恋なだけだったかもしれない。でも彼にとってはちがった。冷めて居た彼はきっと唯一を求めてた。そんな風に私は見ている限り思う。心を読むなんて真似は出来ないからわからないけど、多分そうだと思う。今まで何も求めてなかった彼が唯一求めた一人なんだから。何としてでも欲しいという執着がその緋色の瞳に映し出されていた。

 彼は彼女が他の手に渡ったら何をしでかすかわからないような、狂気を持っていた。それでも正気を保っていたのは、その狂気が元から持っていたもので、彼にとっては当たり前の狂気だったからだ。

 何かが起きて壊れた人間は耐えられない人って多い気がする。おかしくなってしまう人っているものだと思う。昔、この国に居たらしい恋人が死んで壊れた王子のお話みたいに。でも違うのだ。彼も、そしてきっと私も。彼は育った環境で、そんな人間になったのだ。だからその執着は彼自身の本質だと言える。そして私の冷めた部分も、なんだかんだで人を信用したがらないのも、興味がないのも、私自身の本質だ。環境次第で人の性格は育っていく。人によってどうするかは違うから、あのヒロインを彼や私と同じ環境において同じように育つとは言えないけれど。

 あのヒロインは、彼の狂気をおかしいと否定するだろうか? 彼女以外他に何もいらないと言い捨てそうな彼の心を。

 しばらくして、彼は彼女に告白した。彼女も彼に告白されて、嬉しそうに笑った。どうやら彼女は彼に惹かれていたらしかった。でも彼は優しいのだと思う。だって、ちゃんと言っていたんだ。

 『俺は手に入れたら手放せない。逃がさない。一度手に入れたら。嫉妬だってする。俺は自分を抑えられないから』ってちゃんとそういう事言っていたから。彼女が好きだから、他にやりたくないけど、幸せにしたくないわけではなかったのだと思う。

 彼女に伸ばされた手が震えていたのを。おそるおそると触れていたのを、私は知っていた。壊したくないと思ってたのかもしれない。自分をきっと彼は知っていたから。その自分自身といえる強い狂気が彼女を壊してしまうんじゃないかと怖かったんだと思った。

 きちんと彼は忠告したんだ。幸せを願ってたから、きっと好きだったから。自分の執着と言う名の狂気が暴走するかもしれないって言ってたんだ。抑えきれない狂気があるからって。

 優しい彼女なら、受け止めてくれると思ってたんだ。彼は。

 彼女は彼の手をとった。彼は嬉しそうに笑った。ずっと観察している私が見た事のないような笑みを浮かべて。

 そう、『私は何があっても離れない』って無責任に彼女はそういって彼を拾って、手にしたんだ。少し期待した。永遠があるのだろうかと。物語の世界みたいに、一生死ぬまで寄りそい合う事が出来るのだろうかと。でも、彼女は駄目だと思った。

 どうして彼女は彼のために動かないんだろう。

 誰とでも仲良くするのが彼女で、明るくて、優しいのが彼女。そして人を救う力を持って、まるで太陽みたいなのが彼女。そんな彼女の性質を彼だってちゃんと知ってた。

 他の人ではなく、彼を取ったなら、彼を恋人としたなら、何で彼女は彼のために生きられないのだろう。今まで通りに苦しんでいる人に手を伸ばし、自分に惚れて居た人達と友人になって。いっていたじゃないか。彼はちゃんと。自分を抑えようと必死だったじゃないか。他の人と喋らないでほしいとただその狂気を抑えながら。

 彼の狂気を受け入れてまで何があっても離れないと言ったのなら、彼が暴走しないようになるべく彼の傍にいてあげればよかったのに。

 ずっと見てたらわかった。

 彼女が誰かと喋っていると歪んだ顔が。彼女が誰かを助ける度に不安そうに揺れる瞳が。彼女が誰かに笑いかけるために震える体が。

 不安定で、異常と思えるほどに彼女に執着していたのが彼だった。

 手にした唯一が離れたら彼はどうなってしまうのだろう。その不安定さに、彼女はきっと気付いていなかった。もしこの時気付いていたなら、彼女はきっと彼の傍にずっといた。

 彼女がその不安定さと、それよりも強大な狂気に気付いたのはそれから一年以上後だった。彼はずっと我慢していた。抑えよう抑えようとしていた。

 壊すのが怖かったから。笑顔を失われるのが怖かったから。でもそれに彼女はきちんと気付いてくれなかったのだ。

 だから彼は抑えられなくなった。

 彼は彼女を束縛するようになる。抑えきれないものは溢れだした。不安定さと狂気がにじみでる中で、彼女は彼の狂気ばかりを見た。彼がおかしいとやっと気付いたとでも言うようだった。酷く滑稽だった。

 最初から彼はおかしかったのに。結局彼の心に入っておきながら、その本質の異質さを彼女は理解していなかったようだった。自分が離れたら壊れそうな彼の不安定さにもようやく気付いたようだった。

 ああ。何で気付かないんだ。

 束縛を嫌がるように目を伏せる彼女に、彼の体が震えた事を。

 脅えを見せた瞳の彼女に、彼の瞳が恐怖に揺れた事を。

 そこで抱きしめて、離れないといつも通りに笑えばよかったのに。彼はきっと安心出来たはずなのに。どうして狂気ばかり見るのだろう。離れていく事に震えている不安定な彼が、わからないのだろうか。

 彼女は彼に恐怖する心に支配されて、それが見れる余裕がないのだ。結局自分でいっぱいな人は他人にまで気が回らないんだろうなとただ思った。

 どんどん彼が狂気に支配されていく。でもそれは彼女が抱きしめなかったから。不安そうに脅えた目を見せたから。ああ、彼を受け止める強さがないなら最初から受け止める事をしなければよかったんじゃないか。

 拾ってくれて、受け止められたからこそ、彼が期待したというのに。

 結局、彼女は彼を捨てた。恐怖心に、他の人達に縋ったんだ。他に彼女に惚れていた男達に。嫌だ、離れないで、って彼の心が泣いてるのに。どうして、安心させてやらないのだろう。

 他の人達だってそう。束縛を異常と見て、彼女を守ろうと動く。彼が悪いとただ責める。彼から彼女を引き離す。不安定さを知っていたならば、離れたら彼がどうなるかぐらい理解しただろうに。それより自分を取ったのだ。

 ああ、やっぱり人は自分が大事なんだなぁと思う。

 狂気を纏った彼は、周りにとってきっとめんどくさい人間と認識された。他と違う考えを持つからこそ、異質だからこそ、周りに恐怖される。他と違う事を人に認識されれば、そうなるものだ。

 彼はただ彼女だけを見ていた。

 彼女の脅えた瞳や、他に縋る手を見て、徐々に執着心が溢れ出てくる。彼は他の人の目なんて気にしていない。ただ彼女の目だけ気にしていた。彼女の事だけを、彼女からの視線だけを――…。

 他のものなんてどうでもいいと言う風に。

 受け入れたなら、あんな狂気も受け止めてあげればいいのに…。脅えるなら最初から手をとらなきゃいいのに。

 彼女に少し苛立ちを感じた。

 結果をいえば、彼女は逃げた。彼が彼女が居ると狂うからと。新たに恋人を作って、その生徒会長だった男と共に学園を去った。

 彼女が去った彼は大人しかった。でもそれは狂気がなくなったわけでもない。周りがこれで彼は彼のままだと思ってても、違った。その心はすっかり色を無くしたように空洞だった。それでも周りに彼女が関わらなければ狂わないと思われたのは――、彼が元から狂っていて、唯一執着する彼女以外には冷たい対応が普通だったからなだけだ。狂気はずっと彼の心にある。その執着心を否定するのは彼を否定するようなもの。

 彼自身を否定した彼女は、彼に傷をつけた事をわかっているのだろうか。

 元から人間らしくなかった彼が、また傷ついて人間味を失っていたのが見ていてわかった。

 前と変わらないようで、ボロボロなのを気付いていた。

 彼女にいら立ちを感じる。どうして拾ったのと。受け入れようとしたのかと。元からそうしなければ、こんな風にボロボロになる事はきっとなかったのにと。

 表面上には出さないけど、心の奥から湧いてくる感情に、私は彼が好きなのかと冷静にその時はじめて理解した。愛情なんて信じてない癖に、彼に好きという感情を抱いた自分が馬鹿らしかった。

 でも私は気付いたからと行動は起こさない。ただ彼を見ているだけだ。

 私は彼を受け入れられるほどの強さを持っているなんて思っていない。それに人間をなんだかんだで信用しない私はきっと彼に近づいても傷を大きくするだけだ。

 幸せになってほしいという感情は少なからずわいてはいる。でもだからこそ、私では駄目なのだ。やってみなきゃわからないとしても私は彼に求められるほどの人間でもなければ、彼を傷だらけにするかもしれない人間だ。

 それに私は見ているだけで十分だ。彼の傍に誰かが現れて、彼が受け入れられる。それがいつか見れたならそれだけで安心出来るのではないかと思う。

 だから私は見ているだけだ。好きだときづいてもやることは構わない。傷つけてしまわないように、遠くから私はただ、彼を見続ける。

 私と彼は、話した事もない他人。きっとこの関係は一生変わる事はない。


 


 ――――捨てるなら最初から拾わなきゃいい。

 (私は拾おうとさえしない。ただ私は彼を見るだけだ)




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