彼女が最期に吐いた嘘
彼の部屋の前で聞いてしまった。
何もかも、知ってしまった。彼はわたしを、許す気はないらしい。それは彼が味わった思いから考えると当然のことだから、わたしは彼のすべてを受け入れることを決めた。
だってだって、最初に嘘をついたのは、わたし。
彼を傷つけたのはわたし。
出会った時から、彼は少し人間への嫌悪を口にしていた。わたしはとっさに自分が人間であることを隠し、魔族だといった。魔術を使わない限り、この嘘はバレないと思って。
一緒にいるだけでよかった。
好きになってほしいとは、思わなかった。
だけど彼はわたしを好きになって、プロポーズしてくれて。
もう、嘘をつけなくなって。
何もかも壊れてしまった。ゆっくりと取り除かれていった、彼の中にある人間への憎悪や嫌悪はよりその濃さを増してしまって、わたしが知る温和なあの人は、もういない。
わたしのせいだ。
だから、償おうと思った。
無謀な条件を飲み込んだのは、少しでも人間を見直してほしいから。
でも、やっぱりわたしは嘘吐きだから。本当は、彼の傍でお嫁さんごっこしていたかっただけなんだろう。ドレス、うれしかった。指輪は……あの日、渡された方が好みかな。
ドレスを見ている時だけは、何もかもを忘れられる。
嘘の世界に、浸れた。
そんなことをしていたバチが、あたったんだと思う。衣裳部屋からの帰り、わたしは彼が側近の青年と話をしているのを聞いてしまった。彼ははっきりと、言い切って見せた。
――近いうちに、わたしを『処分』する。
処分の意味がわからない、なんて現実逃避はしない。結局、わたしは彼の心を傷つけるだけ傷つけて、償いも何もできなかっただけの話。きっとね、本心ではわかっていたから。
あとどれくらい、彼の傍にいられるのかわからない。
その間、少しでも『夢』と『嘘』が続くよう、わたしは何も知らないフリをした。
どうせわたしは、嘘吐きだもの。
嘘に嘘を重ねるだけ。
そして、嘘吐きにふさわしい罰が来る。
目の前に置かれたのは、朝食代わりの水と薬。これを飲め、ということらしい。最後に会いにも来てくれない彼を少しだけ恨み、けれどこれも罰だと自分に言い聞かせる。
一人になったわたしは、重くて仕方がない指輪をはずした。
そして、拾っておいたあの指輪をはめる。
彼は嘘を明かした後、激怒して指輪を投げ捨ててしまった。彼が去った後、わたしはそれを拾っておいたのだ。彼を傷つけてしまった自分への、罰と戒めになると思って。
安い石で、輝きも鈍いけれど。わたしはこの指輪がいい。死ぬ時は、一番大事な思い出と大事なものを抱えていたい。あんな、重いだけのとってつけたような指輪は、要らないの。
薬と水を口に含み、こくり、と飲み干す。
ちゃんと溶けるよう、水は全部飲んだ。
ベッドに横たわったわたしは、おなかの辺りで指を組む。薬は即効性なのか、思ったよりも早く意識が遠のき始めた。もしかして、あんまり苦しくない薬を選んでくれたのかしら。
そんな彼の優しさのようなものに、少し感謝して。
わたしはそっと、目を閉じた。
――彼がいつか、失ってしまったあの笑顔を向けられる相手を見つけられますように。
そんな願いを最後に、わたしの意識は闇へと沈んでいった。