彼女の日常
目が覚めたら、知らない場所にいた。
あぁ、ここは天国なんだとわたしは思ったけれど、すぐに違うのだと気づく。やけに薬くさかったから。慌てて起き上がれば、そこにいたのはわたしの親ぐらいの年齢の女性。
「あら、やっと目が覚めたの?」
ちょっとアンタ、と扉を開いて誰かを呼ぶ女性。しばらくしてやってきたのは、若干くたびれた感じのするおじさんで、ここが薬くさい原因はどうやらこの人が薬師様だかららしい。
あの時、毒を飲んだはずのわたしは、確かに死んだと思った。でも実際は毒ではなく数日死んだように眠り続ける、というものだったらしく、死んだことにしてここに運ばれたらしい。
誰がやったのだろうと尋ねれば、わたしの世話をしていたあの侍女さん、だとか。
少し迷い、わたしはこの家の離れを使わせてもらうことにした。ここを出たところで他に行く場所なんてまったくないし、ここなら少しぐらい彼の情報も入るだろうと思って。
せめて出て行くなら、彼がちゃんと幸せになってからがいい。
それを確認してから出て行こう。
こうしてわたしは、薬師様の助手としてご夫婦のご厄介になることになった。
■ □ ■
わたしの指にはまだあの指輪があって、見ると何ともいえない気持ちになった。
結局のところ、わたしは許されたかったわけではない。ずっと自分の気持ちだけで、彼を振り回していた。そうただ単純に、傍にいたいと思っていただけで、ずっとあそこにいたんだ。
そのくせに彼が別の誰かを選ぶと聞くと、悲しくてたまらなくなる。
――彼がいつか、失ってしまったあの笑顔を向けられる相手を見つけられますように。
そんなことを思っていたくせに、ずいぶんとひどい女だ。まぁ、仕方ない。だってわたしはどうしようもない嘘吐きだ。自分の気持ちにすら嘘をついて、彼を利用していたヤツなんだ。
深呼吸を一つ。
彼の噂はあんまり入ってこない。
ただ、最後に聞いた話がどうしても頭に残る。
一時期、病に倒れていた彼はすっかり回復し、どうやらあちこちから縁談が再び舞い込んでいるそうだ。しかし、それに目を通すことも無く、片っ端から断っているという。
きっと、病の前に逃げられた令嬢に本気だったからだ、と。
まぁ、そうでしょうねぇ、と思う。相手はバックがやばすぎて、そんな相手に逃げられるようなことをやれば、誰だって病の一つや二つで倒れたくもなるだろうと思うし。
そして、だからこそできればよりを戻したいと、思うだろうし。
とはいえそれは無理そうで、じゃあ適当な相手を見繕えばいいのに。
「なーにやってんだか」
森の中、薬草を探して歩く。
その間に考えるのは、考えてしまうのは彼のこと。
忘れられない。そもそも、忘れることなんてできやしない。わたしが、自分の思い一つで散々振り回した人なのだから忘れるなんて、そんなこと許されるわけが無いのだ。
わたしは一生、一人身なのだろうと思う。
こんな状態で嫁いだところで、相手に失礼だし。きっと身体も許せない。まぁ、彼に許したことも無いわけですが、なおさら余計に無理って感じで。
だから、わたしはずっと一人だ。
彼しか愛せないから、彼にしかすべてを許せないから。
だからこそ願う。
彼が今度こそ幸せになって、笑うことができますように。