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忘れられない嘘吐きの話  作者: 若桜モドキ
ずっと傍にいさせてほしい
12/15

眠り姫のキスで目覚めて

 とても幸せな夢を見た。

 夢でしかありえない幸福を、目が覚めてからも彼はしっかり覚えていた。いっそ、忘れていればよかったとは、微塵も思えない。だから彼は、姉のような存在である彼女に言った。

「いい夢を見たんだ」

 息を呑む侍女頭に、雫を伴う微笑を浮かべて、そう言った。



   ■  □  ■



 体が満足に動くようになって、青年は少しずつ仕事を再開した。一応、人々の暮らしを守るのが役目で、その対価としてよい生活を送っている身分。怠けることはできないのだ。

 最初の仕事としてやったのは、例の令嬢への侘びの手紙だった。

 最悪、首でも飛ぶかと思ったのだが、返ってきたのはむしろこちらへの謝罪。人の指摘してはいけないところを無遠慮に引っ掻き回した、彼女こそが悪かったのだという内容だった。

 近々、彼女は別の縁談相手の所に赴いて、そこできっと幸せになるのだろう。

 今更祈れる身分でもないが、彼女が幸せになればいいと青年は思う。

 次にしたのは、心配をかけたであろう人々への謝罪だ。記憶がだいぶ飛んでいるが、かなり危ない状態であったらしい。特に主治医には、こんこんと数時間説教された。

 何も無ければ、きっとそうやって彼女も怒ってくれたのだろう。

 そう思ってわずかに、きしむような痛みがあった。

 残酷なほど幸福だった夢は、もう見ない。

 きっと、あれは彼女からの最後の『手紙』だったのだと思う。そんなことで死ぬなと、手を腰に当ててこちらを睨む姿が、ふいに想像できて。

「ちょっと、休憩に行こうか」

 仕事をひとまず置いて、彼は立ち上がった。

 他のことをしていなければ、女々しくも泣き出しそうになったからだ。

 休憩といっても、行くのは例の衣裳部屋だ。誰も入らないよう鍵をかけて、ずっと飾ったままのドレスを見るだけの時間。あの時の彼女のようにふれることもしない、見るだけだ。

 思うのは、今後のこと。

 きっと結婚などできないだろうと、青年は思う。

 彼女を忘れることはできず、きっと誰が来ても最終的には拒絶する。

 妥協? そんなもの、最初からできるわけが無かったのだ。自分の花嫁は、このドレスに袖を通すことができる彼女だけで、それ以外は必要なく、彼女がいないなら跡取りなどない。

 なので、いざとなれば親類から養子をもらうつもりだった。

「君は、結婚しろと言うかもしれないけどね」

 だけど無理なものは無理だ。

 そこは諦めてほしいと、ここにいない彼女にわびた。

 一通りそこで過ごし、ごまかすように彼は中庭に向かう。その途中、侍女頭とすれ違ったので軽く挨拶をし、中庭に通じる扉を開けようとした時。


「会いたい、ですか?」


 そんなことを、侍女頭が言う。

 まるで、会えるなら今すぐにでも会えます、と言うかのような声に、彼は。

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