表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掌編集  作者: 八幡祐咲
2/2

クロという犬がいた

 近所にあるコンビニ。

 最近は行かなくなってしまったけど、昔はよく行っていた。


 ある日いつものように乗ってきた自転車をコンビニの前に停めると、その近くに黒い犬がいた。顔馴染みの店員さんに訊いてみると、最近コンビニの周りで見かけるようになった野良犬らしい。

 店員さんは『クロ』と呼んでいた。

 その名前の通り、全身まっ黒な毛色をしている犬だった。駐車場のまん中で、ただこちらをじっと見て近付こうとはしない。その姿からは強い警戒心が滲み出ているかのようだった。

 クロには一体どんな過去があったのかは分からない。おそらく、そこの店員さんも詳しくは知らなかったんじゃないかと思う。


 これが僕とクロの最初の出会いだった。


        †


 またそのコンビニへ行った時、やっぱり駐車場のところにいた。相変わらず、周囲の人間を警戒している感じは伝わってくる。

 その日、店員さんが思いついたように「そうだ、これあげてみたら?」と串に刺した肉を僕に差し出してきた。多分、規定の販売時間が過ぎた商品なんだと思う。僕は、それを受け取り駐車場の方へ行ってクロに渡そうとした。しゃがんで、その肉を見せたり振ったりしてみたが彼(それとも彼女?)は一向に近付いて来ようとはしない。取り敢えず買い物を済ませておきたかったし、仕方なく駐車場の中心あたりにそれを置いて僕は店内へ戻った。

 買い物を終えて外に出ると、地面に置いていた肉は綺麗に食べられ串だけになっていた。クロは少し離れたところから、こちらを見ている。まだ警戒はしていたみたいだったけど、ほんの少し心と心が通じたような感じがあったのは憶えている。

 後日、コンビニに来た際クロの姿がなかったので店員さんに聞いてみたところ近所の人でクロを引き取ってくれる家があったらしい。会えなくなるのは残念に思ったけど「まあ、それはそれでよかったかな」とも思い、自分も素直に喜んだ。


 それから、また暫く時間は流れ……久しぶりに、そのコンビニに足を運んだ時のこと。何気なく、あの店員さんに「そういえばクロ、どうしてます?」と尋ねてみた。

「前に死んじゃったみたいだよ」

 店員さんの口から出てきた答えは、思いもしないものだった。

 いずれ、そういう時は訪れるものだとは思っていたが――まさか、その瞬間がこんなに早かったとは。驚きが……いやそれだけじゃない、さまざまなものが混ざり合った感情がビリビリと徐々に身体を震わせていくのを感じた。


        †


 やがて進学などで自分の周りの環境も変わっていき、僕がそのコンビニに寄ることもなくなっていった。あの店も、いまあの場所にはもうない。

 時は流れる。

 人生の時間の長さを考えれば、そのコンビニによく通っていた時のこともクロと接していた短い瞬間も本当に小さなことなのかもしれない。でも、あの頃の記憶は自分の中で大きな想い出として心に刻まれている。


 僕はあの時、そこで過ごした時間と『クロ』という一匹の黒い犬がいたことを忘れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ