侵入者
女は後ろ手に縛られ、床に座らされていた。冷蔵庫の低い唸り声が響いていた。時折、近くを通り過ぎる車の走行音が聞こえた。女の住むワンルームマンションに侵入して来たのはまだ若い青年だった。視線に落ち着きがなく、ギラギラした目で女を見ていた。
「騒げば容赦しない」
その声には怒りや激情というよりはある種の覚悟のようなものが含まれていた。
「追われているの?」
震える声で女は尋ねた。
「一人やっちまった。お前が二人目にならないことを祈っている」
青年はひきつった笑いを浮かべながら言った。不意に湧き上がって来た怯えを隠そうとしているようにも見えた。カーテンは閉め切られ、部屋は薄暗かった。時折、彼は窓のそばに立ち、外の様子を確かめていた。その時、ドアが勢いよく開き、数人の男がなだれ込んで来た。息つく間もなく青年は取り囲まれた。数的不利は明らかであり、抵抗をあきらめた彼はじっと女を見た。
「あなた、運が悪かったのよ」
男たちに縄をほどいてもらった女は、手首をさすりながら立ち上がった。
「お前と同じように俺たちもちょっと他人には言えないようなことをしている」
男の一人がテーブルの下から白い粉の入った袋を取り出しながら言った。
「お客様がお待ちかねだ。まったくこんなタイミングでボスが監禁されるなんて思いもしなかった。まぁ、室内の様子はモニタしていたから、すぐに駆けつけることができたのだが。さっそくクライアントに届けたいところだが、こいつをなんとかしないとな」
「あんた本当に運が悪いよ」
男たちは声を立てて笑っていた。青年は黙って聞いていた。そして静かに周囲を見ていた。その表情には恐怖も絶望もなく、不思議なまでに落ち着いていた。その時、ドアが破られ、制服を着た男たちが乱入して来た。
「警察だ! 全員動くな!」
一瞬で場の空気が凍った。十数人の警官が部屋になだれ込んで来て、男たちは皆、拘束された。女は呆然として様子を見ていた。女の顔からは血の気が引いていた。
「なんで?」
床に押さえつけた男たちに手錠をかける音が響いていた。女は青年を見た。青年はただ静かにそこに立っていた。
「無事でなによりです」
警官の一人が青年に向かって言った。
「嘘でしょ?」
女の震える声が響いた。
「麻薬組織のアジトを突き止めたという情報があったのだが、メンバーがどこに潜伏しているかよくわからなかった。それで一芝居うって、こうして集まってもらった訳だ。運が悪かったな」
青年は言った。女は信じられないものを見るような目で青年を見上げていた。そして女の手首に銀色の手錠がかけられた。
「クククク・・・こうなってしまっては仕方がない」
女は引きつった笑いを浮かべていた。そして信じられない力で手錠を引きちぎった。女を連行しようとしていた警官は度肝を抜かれていた。自由になった女は自分の顔に爪を突き立てていた。何をやっているんだと一同が思った瞬間、皮が剥がれ、憎悪を剥き出しにしたおぞましい顔が現れた。
「せっかく地上でうまいことやって来たのにな。もうおさらばするよ。何を驚いた顔をしている? 地底人がそんなに珍しいか?」
女は圧倒的な力で警官を次々となぎ倒し、外に出た。だがその前には青年が立ちはだかっていた。
「おや、犯罪者のふりをした刑事さんが何をするつもりだい?」
地底人の女は青年に飛び掛かった。ものすごい力だった。
「ずっと、お前のことを追いかけていた・・・」
青年はぽつりと言った。
「おまえ、まさか?」
おぞましい姿の女の表情が一瞬、曇った。
「俺は地底警察のものだ。お前を追いかけて地上の警察官として潜伏していたのだ」
自信に満ちた表情で青年は言った。
「捕まってたまるか」
地底人の女はものすごいスピードで逃げて行った。だが、地底警察の青年もまたものすごいスピードで追いかけて行った。ワンルームマンションに取り残された麻薬組織の一味と警官たちは呆然として、その場に立ちすくんでいた。




