ユニークスキル『運命鑑定』で聖女の未来を視たら、悪役令嬢として処刑される運命でした
王都アストレアの旧市街、その外れ。
石畳の隙間から雑草が伸び、夕暮れになると街灯の魔石灯も半分ほどしか灯らないような寂れた通りに、小さな占い館がある。
看板にはこう書かれていた。
――『星詠みの館』
もっとも、立派な名前とは裏腹に、建物はかなり古い。
木製の扉は湿気で少し歪み、窓辺の塗装も剥げかけている。
だが、それでも客は来る。
なぜなら、この館の占いは“当たる”からだ。
恋愛運だとか、金運だとか、そんな曖昧なものではない。
失踪した息子の居場所。
取引相手の裏切り。
事故の発生日。
婚約破棄。
病の進行。
未来を、当てる。
そして、その占い師の名は――リゼット。
年齢は十八。
長い灰銀色の髪をゆるく結び、紫水晶のような瞳を持つ少女だった。
「……次の方、どうぞ」
カラン、と鈴が鳴る。
入ってきたのは、恰幅のいい商人だった。
高そうな指輪をいくつもつけているが、顔色は悪い。
「先生ぇ……本当にこの契約、大丈夫なんでしょうな?」
「南方の香辛料輸入ですね」
「な、なぜそれを」
「匂いが服に残っていますから」
リゼットは静かに答えながら、机の上に置かれた男の手に触れた。
その瞬間。
視界の奥に、淡い光が走る。
――ユニークスキル『運命鑑定』
相手に流れる運命の分岐を見る、希少スキル。
だが、その力を知る者は少ない。
人々は彼女を“よく当たる占い師”程度にしか思っていなかった。
本当に未来を視ているなど、普通は信じない。
だから都合がいい。
余計な権力者に狙われずに済む。
「……その契約はやめた方がいいですね」
「えっ」
「三日後、相手商会が摘発されます。違法薬物の密輸です」
男の顔が青ざめた。
「う、嘘でしょう!?」
「信じるかどうかはお任せします」
リゼットはそれ以上何も言わなかった。
占い師に必要なのは説得ではない。
結果だ。
実際、数日後には予言通り商会は摘発され、その件をきっかけに『星詠みの館』の評判はさらに広がることになる。
もっとも。
リゼット本人は、その程度の未来なら驚きもしなかった。
問題は、“大きな運命”を視てしまった時だ。
例えば――死。
あるいは、国の崩壊。
そして。
運命は時に、人を狂わせる。
◇
その日、王都は異様な熱気に包まれていた。
王立セレスティア学園。
貴族、神官、騎士候補、魔術師。
未来の支配階級が集う名門校。
そこに、新たな“聖女候補”が現れたのだ。
名前は、プリエール・エルフォード。
下級貴族の出身ながら、強大な聖力を持つ少女。
病を癒やし、呪いを祓い、神殿から“百年に一人の聖女”と称された存在だった。
王都では連日、彼女の噂で持ちきりだ。
優しい。
美しい。
慈悲深い。
まるで本物の聖女だ、と。
「……興味ないわね」
窓際で紅茶を飲みながら、リゼットは新聞を閉じた。
聖女だろうが王族だろうが、彼女には関係ない。
関われば面倒事になる。
それだけだ。
だが、その日の夕方。
カラン、と店の鈴が鳴った瞬間。
リゼットは思わず顔を上げた。
空気が変わった。
柔らかな花の香り。
白銀色の髪。
そして、透き通るような青い瞳。
店に入ってきた少女を見た瞬間、リゼットは理解した。
――聖女。
プリエール本人だった。
「こ、こんにちは……」
緊張した様子で頭を下げるプリエールに、リゼットは無言で視線を返す。
なぜこんな場所に。
神殿の護衛はどうした。
そんな疑問が浮かぶ。
だが、それ以上に。
リゼットは、奇妙な違和感を覚えていた。
この少女。
“運命の揺らぎ”が異常に大きい。
まるで幾つもの未来が無理やり絡み合っているような、不自然な感覚。
「占いを……お願いできますか?」
「内容によります」
「わ、私……最近、怖い夢を見るんです」
プリエールは不安そうに胸元を押さえた。
「誰かに追われて、たくさんの人に責められて……最後には、火の中で……」
そこまで聞いた瞬間。
リゼットの背筋に冷たいものが走った。
嫌な予感がする。
本能が警鐘を鳴らしていた。
関わるな、と。
だが。
リゼットは静かに手を差し出した。
「……手を」
プリエールが恐る恐る、その手を重ねる。
瞬間。
世界が反転した。
◇
燃えていた。
王都が。
空が赤い。
怒号。
悲鳴。
石畳に飛び散る血。
そして。
大勢の民衆に囲まれた処刑台。
そこに立っていたのは。
黒いドレスを纏った、ひとりの少女。
「……プリ、エール……?」
だが違う。
リゼットの知る聖女ではなかった。
冷たい瞳。
歪んだ笑み。
民衆を見下ろす傲慢な態度。
まるで。
物語に出てくる“悪役令嬢”そのもの。
『偽物の聖女め!』
『国を混乱に陥れた悪女!』
『処刑しろ!!』
群衆が叫ぶ。
プリエールは処刑台の上で震えていた。
そして。
泣きそうな声で呟く。
『……どうして……』
その声は。
悪女のものではなかった。
助けを求める、ただの少女の声だった。
次の瞬間。
ギロチンの刃が落ちる。
鮮血。
悲鳴。
そして――。
リゼットは勢いよく手を振り払った。
「っ……!」
荒く息を吐く。
全身に嫌な汗が滲んでいた。
対面のプリエールは、不安そうにこちらを見つめている。
「だ、大丈夫ですか……?」
リゼットは答えられなかった。
見てしまった。
最悪の未来を。
目の前の少女は。
数年後。
“悪役令嬢”として処刑される。
そんな運命が、確かに視えたのだから。
「……今、何が視えたんですか?」
静かな声だった。
けれど、その奥には確かな不安が滲んでいる。
リゼットはすぐに答えられなかった。
運命鑑定は万能ではない。
視える未来は断片的で、絶対でもない。
だが、“強く定まった運命”ほど鮮明に見える。
そして先ほどの未来は、嫌になるほど鮮明だった。
処刑台。
罵声。
泣きそうなプリエールの顔。
あれはただの悪夢ではない。
「……今日はもう帰った方がいいわ」
「え……?」
「占いの結果は、後日伝えます」
プリエールは困ったように眉を下げた。
「もしかして、私……近いうちに死ぬのでしょうか」
「違う」
反射的に否定していた。
リゼット自身、少し驚く。
なぜこんなにも強く否定したのか。
聖女だろうと他人だ。
放っておけばいい。
そう思っていたはずなのに。
「……あなたはまだ、死なない」
リゼットは視線を逸らしたまま呟く。
「だから今日は帰って」
「……分かりました」
プリエールはそれ以上何も聞かなかった。
深く頭を下げ、静かに店を後にする。
扉の鈴が鳴り、再び静寂が戻った。
だが。
リゼットの胸の奥は妙にざわついていた。
◇
その夜。
リゼットは珍しく眠れなかった。
机の上には、数枚のタロットカードが並べられている。
『塔』
『吊された男』
『悪魔』
そして――『死神』
どれも最悪の暗示だった。
「……こんなの、普通じゃない」
運命には流れがある。
小さな分岐は日々変わる。
だが、人の本質に関わる大きな運命はそう簡単には変化しない。
けれどプリエールの未来は異常だった。
まるで。
誰かが意図的に“悪役令嬢”へ仕立て上げているような、不自然さがある。
リゼットは目を閉じる。
そして再び、運命鑑定を発動した。
薄暗い視界の奥。
いくつもの未来が流れる。
学園。
神殿。
王族。
貴族派閥。
その中で。
ひとりの男の姿が浮かび上がった。
金髪。
紅い軍服。
そして傲慢そうな笑み。
――第一王子、レオルド。
プリエールの婚約相手として噂されている人物だった。
次の瞬間。
視界が揺れる。
『……君には失望した』
冷たい声。
大広間。
大勢の貴族。
そして、膝をつくプリエール。
『聖女プリエール。君の数々の悪行、この場で断罪する』
ざわめく会場。
誰も彼女を庇わない。
プリエールは震えながら何かを訴えている。
だが。
その声は誰にも届かない。
そして彼女の隣には、別の少女が立っていた。
桃色の髪。
愛らしい笑顔。
聖女服。
だが、その瞳だけは笑っていない。
リゼットは息を呑んだ。
――偽物。
直感だった。
あれは聖女ではない。
だが次の瞬間、映像は途切れた。
「っ……」
頭痛が走る。
運命鑑定は強力な分、負荷も大きい。
長時間使えば意識を失うこともある。
リゼットは額を押さえながら、深く息を吐いた。
「……最悪」
どう考えても面倒事だった。
王族。
神殿。
聖女。
関わっていい相手ではない。
未来を知ったところで、変えられる保証もない。
それでも。
脳裏に焼き付いて離れない。
処刑台で泣いていたプリエールの顔が。
◇
翌日。
王都では、聖女プリエールが王立セレスティア学園へ正式入学した話題で持ちきりだった。
街中には彼女を讃える新聞まで出回っている。
『奇跡の聖女』
『神に愛された乙女』
『次代の希望』
どれも大げさだ。
リゼットは新聞を丸め、ため息をついた。
すると。
カラン、と扉の鈴が鳴る。
「……本当に来た」
現れたのは、プリエールだった。
今日は護衛らしき騎士を連れている。
だが本人は昨日と同じように、どこか不安そうな顔をしていた。
「昨日はすみませんでした。急に押しかけてしまって……」
「別にいいわ」
「それで……占いの結果を聞きたくて」
リゼットは少し黙り込んだ。
本当のことを言うべきか迷う。
だが。
運命鑑定で視えた未来を隠したところで、何かが変わるとは思えなかった。
「……あなた、最近誰かに近づかれてる?」
「え?」
「急に親しくなった人とか。妙に優しい人とか」
プリエールは少し考え込み、
「あ……最近、神殿から補佐役の方が来ました」
「名前は?」
「ミレイユ様です。とても優しい方で、色々相談に乗ってくれて――」
その瞬間。
リゼットの背筋に悪寒が走った。
桃色の髪。
笑っていない瞳。
未来視で見た少女と一致する。
「……その人には気をつけて」
「えっ?」
「あなたは、人を疑わなさすぎる」
リゼットは真っ直ぐプリエールを見つめた。
「このままだと、あなたは破滅する」
プリエールの顔色が変わる。
「ど、どういう意味ですか……?」
リゼットは静かに告げた。
「あなたは数年後、“悪役令嬢”として処刑される」
店内の空気が凍りついた。
護衛騎士が険しい顔になる。
当然だ。
聖女に向かって処刑される未来など、普通なら不敬罪ものだ。
だが。
プリエールだけは違った。
彼女は青ざめながら、小さく呟く。
「……やっぱり」
「……知っていたの?」
「最近、皆の視線が少しずつ変わってきてるんです」
震える声だった。
「前までは優しかった人達が、少しずつ……私を怖がるようになって……」
リゼットは黙っていた。
もう始まっている。
運命が。
誰かが確実に、プリエールを“悪役令嬢”へ変えようとしている。
そして。
このまま放っておけば、きっと未来は変わらない。
リゼットは小さく息を吐いた。
本当に最悪だ。
関わるつもりなんてなかったのに。
「……ひとつ聞くけど」
「は、はい」
「あなた、生きたい?」
プリエールは目を見開いた。
数秒の沈黙。
そして。
泣きそうな顔で、彼女は頷く。
「……生きたい、です」
その瞬間。
リゼットは静かに立ち上がった。
「なら、その未来。私が壊してあげる」
運命に抗うように。
紫水晶の瞳が、静かに光を帯びていた。
王立セレスティア学園・大講堂。
天井には巨大な魔導灯が輝き、磨き上げられた白い大理石の床には、王家の紋章が刻まれている。
その中央で。
プリエールは、静かに俯いていた。
周囲から突き刺さる視線は冷たい。
ざわめき。
嘲笑。
嫌悪。
まるで最初から、彼女が罪人であるかのように。
「聖女プリエール」
玉座の前に立つ第一王子レオルドが、冷たい声を響かせる。
「君の数々の悪行について、既に証拠は揃っている」
プリエールの肩が小さく震えた。
数日前から始まった異変。
神殿の浄化魔法の失敗。
貴族令嬢への暴言疑惑。
孤児院への支援金横領。
次々と“証拠”が現れ、いつの間にか彼女は“傲慢な偽聖女”として扱われ始めていた。
そして、その全ての隣にいたのが。
「……悲しいです、プリエール様」
桃色の髪を揺らしながら、ミレイユが涙ぐむ。
「私はずっと、貴女を信じていたのに……」
その言葉に、周囲の貴族達が頷いた。
リゼットは後方の柱陰から、その光景を静かに見つめていた。
――全部、予定通り。
運命鑑定で見た未来とほぼ同じ流れだ。
違うのは。
今日ここに、リゼットがいること。
「プリエール・エルフォード」
レオルドが冷たく言い放つ。
「君を聖女の座から剥奪し、この場で拘束する」
その瞬間。
護衛騎士達が動いた。
プリエールは青ざめながら、一歩後退する。
だが。
彼女は逃げなかった。
逃げれば本当に“悪役令嬢”になってしまう。
だから必死に耐えていた。
その姿を見て。
リゼットは小さく息を吐く。
――本当に、不器用な聖女。
次の瞬間。
「待ちなさい」
静かな声が、大講堂に響いた。
一斉に視線が集まる。
黒いローブ。
灰銀色の髪。
紫水晶の瞳。
「……星詠みの魔女」
誰かが呟いた。
王都で噂の占い師。
未来を当てる女。
その存在を知る者は、貴族の中にも少なくなかった。
レオルドが眉をひそめる。
「何者だ。ここは王族の裁定の場――」
「その女が偽物だから、止めに来たのよ」
リゼットは真っ直ぐミレイユを指差した。
場がざわつく。
ミレイユは一瞬だけ表情を固めた。
だがすぐに悲しげな顔を作る。
「ひどい……どうしてそんなことを」
「演技が上手ね」
リゼットは冷たく言い放つ。
「でも、運命までは騙せない」
紫水晶の瞳が淡く光る。
ユニークスキル『運命鑑定』
発動した瞬間。
ミレイユの未来が流れ込んできた。
神殿地下。
黒い魔法陣。
そして、“魅了”。
リゼットは確信する。
「あなた、魅了魔法を使ってるわね」
空気が凍った。
魅了魔法。
古くから禁術指定されている精神干渉系魔法。
使用が発覚すれば、即刻処刑もあり得る重罪だ。
ミレイユの笑みが消えた。
「……証拠は?」
「あるわ」
リゼットは静かに懐から水晶を取り出した。
それは数日前、リゼットが神殿地下で見つけた記録魔石だった。
映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは。
ミレイユ自身。
神官達と共に魅了魔法を使用し、プリエールを陥れる相談をしている姿だった。
ざわめきが広がる。
レオルドの顔色が変わった。
「なっ……」
「そんな、偽物よ!!」
ミレイユが叫ぶ。
だが。
その瞬間。
リゼットは静かに告げた。
「もう遅い」
運命鑑定で視える。
今、この瞬間。
運命の流れが変わった。
ミレイユの未来が崩壊していく。
逃亡。
拘束。
断罪。
未来が、書き換わる。
「ひっ……!」
ミレイユが後退した瞬間、護衛騎士達が彼女を取り押さえた。
悲鳴が響く。
そして。
静寂の中。
レオルドがゆっくりプリエールを見る。
その顔には動揺と後悔が浮かんでいた。
「……プリエール」
だが。
プリエールはもう、彼を見ていなかった。
彼女が見つめていたのは。
柱の前に立つ、ひとりの占い師だけ。
◇
事件から数日後。
王都は大騒ぎになっていた。
偽聖女事件。
神殿上層部の腐敗。
魅了魔法の隠蔽。
数多くの貴族が処分され、第一王子レオルドも謹慎処分となった。
そして。
本来なら“悪役令嬢”として処刑されるはずだった聖女プリエールは、民衆から以前以上に支持される存在となっていた。
だが本人は。
「……本当に、これで良かったのでしょうか」
『星詠みの館』で、小さく呟く。
リゼットは紅茶を飲みながら肩をすくめた。
「未来が変わった。それだけで十分でしょ」
「でも、私……怖かったんです」
プリエールは俯く。
「もしリゼットさんがいなかったら、私は本当に……」
処刑されていた。
その言葉を、彼女は口にできなかった。
リゼットも言わない。
代わりに。
「……人は案外、簡単に悪役になるわ」
静かに呟く。
「追い詰められて、傷ついて、誰も信じられなくなった時、人は壊れる」
プリエールは黙って聞いていた。
「でも逆に、一人でも信じてくれる人がいれば、運命は変わる」
その言葉に。
プリエールはゆっくり顔を上げる。
そして。
花が咲くように笑った。
「……ありがとうございます」
その笑顔を見た瞬間。
リゼットは少しだけ目を細める。
運命鑑定では未来は視える。
けれど。
未来を変えた後に訪れる“今”だけは、視えない。
だからこそ。
少しだけ――悪くないと思った。
カラン、と店の鈴が鳴る。
今日もまた、『星詠みの館』には客が訪れる。
未来に怯える者。
運命を知りたい者。
誰かに救いを求める者。
そしてリゼットは、これからも運命を視続ける。
誰かが“悪役”になる未来を、壊すために。




