つながってますんで
「いやー、外暑くて。天国ですよ、ここ」
「よかったです」美容師さんが、ハサミを片手に笑顔を見せる。
ぼくは、一対一の美容院じゃないと落ちつかない。複数の客がざわざわと話している声が、あまり好きではない。
普段なら、かかりつけの美容院に行くのだが、いまは出張中だ。ネットのレビューを頼りに、ホテルから近いところを探した。
「雰囲気いいですね」
木製の梁がおしゃれな天井で、シーリングファンがまわっている。観葉植物も多めに置いてある。エプロンを着たご主人は若くて、優しそうな顔をしている。
「ありがとうございます」
がちゃがちゃ、とワゴンの上を鳴らしながら、美容師さんが答える。
「あ、そうだ——あれ、知ってます? 最近話題のニュース」
「え、ああ——なんだろ、いろいろあって」
「そうですよね、世のなか物騒ですし」
「ええ、ほんとに」
「ほら、あれですよ。整体院で起こった連続バラバラ殺人」
「あ——、知ってます」
「やばいっすよね」
九州地方で、行方不明事件が多発していた。その原因となっていたのは、個人経営の整体院だった。
一対一で接客ができるのをいいことに、その日最後の客を狙っての犯行だった。クロロホルムという薬剤で患者を眠らせて、店を閉める。そして——
「首を絞めて殺害してから、遺体をバラバラにして。それを重りと一緒に黒いビニールに詰めて、海へ投げ捨てる。なんでそんなことしなきゃならんのかって話ですよね」
「うわぁ、やばいな、それ——」美容師さんは聞き入っている。
こうなるとぼくの口は止まらない。自分のわるいところだと自覚しているけど、話すのが好きだから、しかたない。
「それで、警察が調べたところだと、整体院のご主人。ネットカルトに関する供述をしたんだそうですよ」
「ネットカルト——ですか」
「なんでも、堕海神とかいう、神を信仰していたんだそうですよ。ネットの掲示板で、そういう信仰ができあがっていて。顔は見せないし、直接会うわけじゃないけど——、自分たちがした行動を写真や動画に残して、見せあう。そして讃えあって、きみには幸せがおとずれる——とほめるんだそうです」
なぜなら、堕海神さまがよろこぶから——と信仰者は思っていたんだろう。変な話だ。
「なんで、人間の死体を海に投げなきゃならんのでしょうね」美容師さんが言った。
「その神さまは肉が好きなんだそうですよ。生肉。ときに豚肉だったり、牛肉だったりを彼らは海に投げていたんですけど。ついにだれかが掲示板に書いた——人間の肉なら、もっと幸せになれるぞ——って」
ぼくはネットやカルト雑誌で得た知識を、あますことなく話していく。話しやすい雰囲気も手伝って、口がすべるようだ。
「わぁ、やだなぁ。気味がわるいですね」
しかし美容師さんは、すこし困った顔をする。
「——あ、すいません。ちょっと話題変えましょう。夜もこれからだっていうのに、無神経でした」
「いえ、ぜんぜん。なんでも話してください」
聞くも仕事のうちなんだろうな、と思った。
ぼくはシャンプー台に移動した。
頭皮をマッサージされて、眠くなった。
トリートメントを髪につけられてから、すこし放置される。寝てしまわないように気を張っていると、外でシャッターが降りる音がした。
「あ——もう商店街閉まっていきますね」
「ええ。ぼくも、最後のお客さんです」
「おつかれさまです」
「いえいえ、最後まで、ちゃんとやりますよ」
濡れた頭をそのままに、ぼくはカットの椅子にもどった。ふと——店の入り口を見るとまっくらになっていた。
「あれ、シャッター降ろしたんですか?」
「あ、うちの奥さんがお客さんいないって、かんちがいして降ろしちゃったのかも。すいません」
「あぁ、なるほど」
まぁ、そういうこともあるか。
「あ、それで、さっきの話しなんですけど。整体院で行方不明者が出ていたことに、警察がなかなかたどりつかなかったのは、理由があるんですって」
「へぇ、どんな?」
タオルをぎゅっと、頭に押しつけながら、美容師さんは興味がありそうな顔を鏡に映す。
「出張中の客だけを狙ってたんですって。ほら、家族には《《出張に行く》》と言うわけで、なになに整体さんに行く、とはいわないじゃないですか」
「あ、そっか。せいぜいラインとかで、疲れたから整体行ったー、くらいの報告ですもんね」
「そうそう。だから、結びつけが遅れたんだそうですよ。ぼくも出張中だから、気をつけないと。——なんて、北海道にいる自分がなにをおびえてるんだって話しですけどね」
はははぁ、と笑ってから、美容師さんはタオルをハンガーにかけた。がちゃがちゃ、とワゴンのなかをあさりはじめる。髪を乾かす前に、ちょっと毛先を整える——それはよくあることだ。
「——あの、それって」
ぼくは鏡に映るものを見て言った。美容師さんの片手には、ハサミでもカミソリでもないもの——
「包丁ですねぇ」
「なん——で?」そんなもので髪を整えるのか?
「ぼくら、つながってますんで」
彼はそう言って、包丁の持ちかたを変えた。それはたぶん、人を刺して殺すには都合がいい持ちかたなんだろうな、と思った。
〜つながってますんで〜