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ドライブレコーダー

  

 署内の映像解析室。六畳ほどの空間には、デスクとラック、モニターとPCだけだが、そのどれもが図体デカくて狭くるしさを感じる。


「三枚もモニターいるのかね?」おれは後輩に言った。

「映像、音の波形、その他の電子資料——ま、ないよりあったほうがいいですよ」


 今回調べるのは、ひとつの映像だ。

 起動するモニターもひとつでいい。


「——タクシードライバーがなぞの扼殺やくさつ、ね」


 山道で見つかったタクシーのなか。運転手は首をしめられ、殺害されていた。ガソリンは空で、車で逃げることはおろか、走って逃げようとした痕跡もない。


「密室殺人か」

「そもそも、いまのタクシーって助手席には乗れないじゃないですか。三人以上の客なら、しかたなく乗せる運転手もいるみたいですけど。都市部で人が多い場所ならまだしも、あの閑散とした山道で、三人も乗せますかね。ぼくだったら無視しますね。強盗の可能性を考えます」


 後輩はつらつらと自分の見解を述べていく。


「後部座席からナイフでおどして、助手席に移動——それも無理な話だな。アクリル版があるし」

「ま、観てみましょうよ。ドライブレコーダー。なにかわかるかもしれませんから」


 PCのカードリーダーにマイクロSDを差して、後輩はわくわくした顔をする。


「仕事中だ」おれは釘を刺した。

「わくわくするじゃないですか。いかにも警察やってるな、って感じで」


 おれにもこんな時期はあったかもしれない。けれど、殺人が起こった場所で記録された映像や音なんかは、大抵さいあくなものだ。記憶にこびりついて、ふとした瞬間に思い出して——食欲が失せる。そのつらさを、こいつはまだ知らない。


 映像は再生された。市街地を走っている。深夜ではあるが、コンビニ、24時間営業のスーパーやガソリンスタンドが明かりを灯す。


「ありがとうございました」タクシー運転手の声だ。

「どうもねー」


 自宅に運んでもらった酔っぱらいがスマホで決済したのか、ヘイヘイ! という音声が入っている。


「この二時間後に、運転手は亡くなっています」後輩が資料を見て言った。


 映像はしばらく、深夜の車道を映した。

 ちらほらとほかの車も走っている。


「あー、寄っておくか」運転手が言った。


 数分もすると、ドラレコの映像はガソリンスタンドを映した。しかしそこは暗い。


「ちっ」運転手は舌打ちを鳴らした。「なんだよ、やってないなら伝えておいてくれよ」


 こういった商業用の車では、おなじガソリンスタンドで給油をするというルールを決めていることも、めずらしくない。会社がそういう契約をしていて、割引があったりするからだ。


「あ——そこのガソリンスタンド、二日ほど休業してたんすよ」後輩が言った。「なんでも危険物の関係で、消防からにらまれたみたいで。こっちからも人、出てましたから」

「そうか……」


 おれは映像を進める。車は別のスタンドに向かうかと思ったが——途中で止まった。路肩にひとりの女がいる。髪をうしろで結んで、赤いワンピース。水商売の帰りみたいな格好だ。


「お客さん、どこまで?」

「〇〇駅へ行けますか」


 運転手は一瞬、沈黙した。たぶん、ガソリンのメーターを見たんだろう。その駅まで行けるか、頭で計算したはず。


「——大丈夫ですよ」

「おねがいします」


 女性を乗せて、車は走りだした。

 なるべく短距離で行きたいはずだ。

 となると——


「あの山道へ入ることになるわけか」

「そっちのが距離が短いですし、信号もないですね。坂はあっても、ガソリンにとっては都合がいい」


 ビルと店舗がすくなくなっていく。道の片方にガードレールが見えるようになって、街灯の代わりに背の高い木が並びはじめる。下向きだったライトが、ハイビームに変わる。


 それから運転手の声が聞こえなくなった。まぁ、目的地まで会話がないこともめずらしくない。しかし異変は起こった。


「なんか、ずっとおなじ方向に曲がってません?」


 タクシーはぐるぐる、ぐるぐる、と右へ曲がり、右へ曲がり——それを繰り返している。おなじ道から、おなじ道へ——何周も、何周も。


「ガソリンがなくなるかもってのに、おかしい」

「ですよね……」


 さらに、おれは気づいて、ヘッドホンに手を伸ばした。音声の出力をスピーカーから、ヘッドホンに切り替える。


「……聞こえない」

「なにがっすか?」

「車内がまるで無音だ」

「走行音も入ってないってことですか?」

「ああ——」


 雑音ひとつ聞こえない、まったくの無音。

 ドラレコのマイクが壊れたのか?

 いや——


「聞こえる」

「え、なにが?」

「——ぎへ、——ぎへ」


 右へ、

 右へ、

 右へ、


「女の声が入ってる」


 タクシーは停車した。

 右へ、という声がなくなり完全な無音。

 ——ドラレコの映像が揺れはじめた。

 一定のリズムで揺れている。


「まさか——そっち?」

「ばか、なわけあるか」


 運転手が女といい感じに?

 女が金で釣った?

 あるいは、気がふれたのは運転手だったというオチか?

 危険を感じた女が、運転手をしめ殺した——

 おかしな想像ばかりしてしまうのは、音声がないせいだ。


 ——かっ


 喉が鳴ったような音とともに、音声はもどった。

 対向車が一台、とおり過ぎていく。


「この時間」後輩が画面を指差して、「〇一時、四六分。死亡推定時刻とほぼおなじです」


 おれの耳は、ヘッドホンからの音に集中する。おかしい。ここで運転手を殺したのなら、女は車を降りるはずだ。そうじゃなくとも、車内で姿勢を変えるなり——その音が聞こえるはずだが。


 撮るな


「うわっ!」おれはヘッドホンを投げた。

「どうしたんすか」

「女の声が、急にでかくなった」


 映像は終わった。ガソリンが尽きて、エンジンが止まったんだ。


 ——こんこん


 ドアをノックする音におどろいて、おれと後輩はむちをうたれた。


「失礼します」婦警が顔をのぞかせる。「山道のタクシーの件、通りがかった車の運転手さんが映像を提供してくださったんですが——」

「見せてくれ」


 マイクロSDを片手に、婦警は気まずい顔をする。


「見ますか……?」

「もちろん」

「えと——ちなみに提供者さんは、このSD、返さないでくれといっていて」

「まじっすか」後輩の顔がひきつる。

「確認する。ありがとう」


 おれがSDを受け取ると、婦警はそーっと部屋から出た。タクシーのドラレコを記録したカードを取り出す。アダプタを外して、新たなカードに取りつけ、カードリーダーに差しこんだ。


 例の時間——死亡推定時刻付近の映像まで送る。


「はぁ」


 またひとつ、おれの脳にこびりついちまった。


 対向車は低速でカーブを曲がっていた。そのせいで、タクシーが映像のどまんなかにいた。実時間としては五秒ほどの映像だが、彼が死んだ原因がたしかに記録されていた。


 赤いワンピースの女が助手席から手を伸ばし、運転手の首をしめる。前後に楽しそうに揺れながら、首をしめて、しめて、しめて——


 映像に違和感を覚えた。フレーム単位のコマ送りに切り替える。五秒の動画を、紙芝居のようにめくっていく。


 たったのひとコマを見た後輩は、「うわっ——!」部屋から逃げだした。

 

 タクシーの助手席にいるはずの女が、そのひとコマだけ、その一瞬だけ、対向車のフロントガラスにしがみつき。にかぁ、と笑った顔をドラレコのカメラに押しつけていた。





 〜ドライブレコーダー〜




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